(3)「文芸部部室を継ぐものに!」

 

「……で、君は何を読むんだ?」

 生徒会長の来襲が終わったあと、長門くんが私にたずねてきた。

「なにを読むって、読書感想文を書けばいいんでしょ? 時間がないから、すでに読んだ本から――」

「ほう、このSFコレクションで、君が読んだ本があるというのか?」

「…………あれ?」

「文芸部の活動報告だ。ならば、部の補助金で購入した本で感想を書くのが当たり前だと思うが?」

「そ、そういうものなの?」

 あわてる私を見て、ハルヒコが笑う。

「ははは、長門の言うとおりだな! あのベッコウメガネが言ったのは、学校の補助金が文芸目的で使われてるかどうかなんだから」

「そ、そんな……」

 ハルヒコの笑い声に青ざめる私。

「どうしたんだよ、読書感想文の清水さん」

「……つまり、私にSF小説を読め、ということなの?」

「あたしの分もね!」

 イツキの無責任な声に私は反応することもできない。

「そうか! キョン子はSF小説をロクに読んだことないのか!」

 ハルヒコは楽しそうに言う。

「だ、だだだだって、私には関係ないし……」

「でも、長門の言うとおり、ここにあるSFで感想を書かないとな。じゃあ、キョン子はどの本を選ぶんだ?」

「う…………」

 私は自信喪失気味に本棚に向かってふらふらと歩きだす。

 SF小説――それは、私がずっと避けてきた道。

 そこにある本の多くは、私にとって遠く離れたものであるはずだった。

 銀河とか宇宙とか光速船とか星間戦争とか……。

 いや、ひとつだけ、私が覚えているタイトルがある。

 このSOS団に入ったとき、長門くんが勧めてくれたSF。

 たった一言、「ユニーク」の紹介で渡されたSF。

 その感想文を書くことこそ、私のSF嫌いを助長した長門くんに対する復讐になるはずではないか。

 そう決意して、私はその本に手をふれる。

「くっ…………」

 しかし、私は目にしてしまった。

 最初に借りたときには、まったく気にしていなかった、一つの漢字を。

「お、キョン子、それを選ぶのか? さすが、読書感想文の清水さんだぜ!」

 ハルヒコが無責任にはやしたてる。

 さっき、あそこまで大見得を切った私が、逃げるわけにはいかない。

 私はその本を抜き取った。

 

【ハイペリオン〔上〕  ダン・シモンズ】

 

 そう、上巻である。

「まさか、君は上巻だけで感想を書くつもりなのか?」

 長門くんの冷たい声。

「わ、わかってるわよ!」

 私はその隣にあった下巻も抜き取る。

 なんと、私はSF小説をいきなり二冊も読む羽目になったのだ。

「おいキョン子、そんな分厚い上下巻を選ぶなんて、ほかの二人の感想文はどうするつもりなんだよ?」

「ご、ごめん……ムリ」

「おいおい、副団長になるとまで言ったのに、さっきまでの自信はどうしたんだ?」

「うわっ、キョン子ちゃん、そんなこと言ったの?」

「ぼ、僕は自分で感想文書くよ」

 たまらずにみつる先輩がそう申し出る。

「……そうよ、みんな自分で感想文を書かなくちゃいけないはずよ。この部の存続のために……」

「キョン子ちゃん、ひどすぎ! このあたしに、そんなものを書かせるつもり?」

「ハルヒコ、あんたはどう思う? 副団長のくせに、読書感想文すらも自分で書こうとしない子について」

「そ、それは……自分で書いたほうがいいと思うが」

「ふうん、やっぱり団長はキョン子ちゃんの味方なんだ?」

「イッちゃん、僕が書いてあげるから」

「そう? みつる君、優しい!」

「うん、がんばるよ、僕!」

 チッ。せっかくイツキをイジめようと思ったのに、ノロケ話になってるじゃないか。

 これだから恋愛はダメなんだ。

「じゃあ、長門。俺にオススメのSFを教えてくれよ」

 ハルヒコが長門くんに話しかける。

「あんた、自分で選ばないの?」

「だって、このSFコレクションを一番知っているのは長門だからな」

 愚かにもハルヒコは長門くんを信頼しているようだ。

 SF初心者の私に、上下二巻の長編を勧めるような長門くんに。

 ハルヒコの申し出に長門くんは張りきって上中下の三分冊のSF大作を勧めるんじゃないか。私は期待のまなざしで長門くんを見つめる。

「涼宮には、これが一番楽しめると思う」

 そう言って、長門くんが差しだしたSFは――。

 

【星を継ぐもの   J・P・ホーガン】

 

「長門くん、これ、一冊で完結なの?」

「ああ、締め切りまで一週間しかないから、大作を読んでいる余裕はないだろう」

「じゃ、じゃあ、なんで私には……」

「君には別の本を勧めようと思っていたのだが、勝手に選んだからな」

「だ、だって、あのとき、長門くんは――」

「その『ハイペリオン』は、SFの要素がすべてつまった名作だ。じっくりとSF小説の世界に入るには、もっともふさわしいと思って勧めたのだが……」

「そ、そう……」

 あれは五月のこと、私には読む時間がたっぷりあった。

 しかし、今回はハルヒコが生徒会長に余計なことを言ったせいで、時間は限られている。

 せめて、上下分冊の大作はやめるべきかもしれない。読むだけならともかく、「読書感想文は私の特技」と言い張ったからには、下手な感想文を書くことはできない。

 すっかり弱気になっていた私に、陽気な声が聞こえてくる。

「ふふふ、キョン子ちゃんったら、メガネ君とずいぶんと仲良いんだね。SFを勧めてくれる仲になってたなんて」

「ふんっ!」

 私は反射的にイツキの言葉をさえぎる。

 おかげで、私は本を取り換えるチャンスを失ってしまった。

「それで長門、この『星を継ぐもの』ってどんな本なんだ?」

「ハードSFの傑作だ」

「ハードSF? なんだそりゃ?」

 首をかしげるハルヒコに長門くんが説明を始める。

「SFとはサイエンス・フィクションの略だが、多くの人が考えるSFは、映画『スター・ウォーズ』のような宇宙を舞台にした群像劇だ。科学考証の確かさよりも、スケールの壮大さを重視した物語。それらを我々SF愛好家は『スペース・オペラ』と呼んでいる。日本人になじみのあるアニメ、『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』は、この系譜に連なるといえるだろう」

「なるほど。惑星間の戦争とか宇宙艦隊とか、そういうものが出てくるSFは『スペース・オペラ』なんだな?」

「その通りだ涼宮。それに対するSFを我々は『ハードSF』と呼んでいる。最新理論に基づいた大胆な仮説を描いているのがハードSFであり、その面白さを見事に知らしめたのが、この『星を継ぐもの』なのだ」

「ねえ長門くん、最新理論っていうけど、この本が書かれたのは最近なの?」

 私の問いかけに長門くんは首をふる。

「この『星を継ぐもの』は1977年に発表された。だから、当時の最新理論をもとにした作品でしかない。だからといって、古くささを感じさせることは――」

「私たちが生まれるずっと前の話じゃん!」

 大げさに私は叫んでみせる。

「といってもキョン子、アポロ計画のあとの話じゃねえか。なあ長門?」

「この『星を継ぐもの』は高度な専門知識の持ち主でなければ、現在でも通用する内容だ。当時の最新理論を物語に組みこもうという意欲が、時代の風化から逃れることに成功しているといえるだろう」

「いわれてみれば、いまの日常を書こうとしているライトノベルのほうが、古くささを感じさせたりするからな」

 ハルヒコは感心しながらうなずく。

「そうだな涼宮。現在を書こうとする作者は、現在を当たり前のものとして書いている。すると、十年後には説得力に欠けていたり、説明不足に陥ったりするものだ。ところが、近未来を描くSFはそうならない。現在では当たり前でない世界を語るためには、読者の想像力に働きかける工夫が欠かせないからだ。だから、現在の最新理論で否定された学説に基づいていたとしても、そのSF作品の説得力が薄れることはない」

 長門くんはメガネを光らせながら、そんなことを言う。

「ところで長門くん、私の選んだ『ハイペリオン』は、スペースオペラなの? それともハードSFなの?」と私は口をはさむ。

「君の選んだ『ハイペリオン』は、スペースオペラの群像劇を最大限に活用した名作といえるだろう」

「良かった、ハードSFじゃないのね」

 長門くんの返事に私は安堵する。

「なんでキョン子は、スペースオペラのほうがいいんだよ?」

「そのほうが読みやすいじゃん」

 どうやら、私が偏見をいだいていたSFは、スペースオペラというジャンルらしかった。

 それはそれでとっつきにくいが、ハードSFのほうがより危険だろう。

 理系科目の成績が悪い私は、教科書に載っている一般理論を覚えるだけで、ひーひー言っているのだ。ハードSFで余計な理論(しかも、時代遅れの最新理論!)を読まされるなんてまっぴらだ。

「ただし、『ハイペリオン』を読むうえで、特殊相対性理論の基礎知識ぐらいはないと」

「と、特殊、相対性理論?」

 長門くんの何でもないつぶやきに、私の頭は痛くなる。

 文系女子高生の私に、相対性理論は理解したくもないミステリーだ。しかも、特殊ときた。そんなものを、なぜ、わざわざ小説で読まなくてはならないのか。

「長門、それってウラシマ効果みたいなものか?」とハルヒコ。

「ああそうだ」と長門くんがうなずく。

「ウラシマ効果? なにそれ?」

「昔話の『浦島太郎』からとった、おまえみたいな文系バカにもわかりやすく説明するための言葉だよ」

 わざわざ私の神経を逆なでしながら、ハルヒコが説明を始める。

「特殊相対性理論を一言でまとめると『高速で移動する物体の中は、時間の流れが遅くなる』ということだ。光速に近い速度のロケットの中にいる人が過ごす一日の間に、地球上ではそれ以上の時間が流れる。いわば、竜宮城で数日過ごしただけの浦島太郎が、地上に戻ったら百年近くたっていたという昔話と同じ現象が起こるってわけだ」

「そ、そうなの? 浦島太郎はSFってこと?」

「今の科学技術では、人間が体感できるほどの影響が出る速度のロケットを作ることはできないが」と長門くん。

「そうだ、キョン子が生きるうえでは、まったく関係ない話だ」とハルヒコ。

「君が選んだ『ハイペリオン』では【標準時間】と【主観時間】という用語で使い分けされている。星間を高速で旅する宇宙飛行士は、地上で暮らす人よりも年をとらない。それは空間の時間の遅れがもたらしたもので、特殊相対性理論にもとづいた――」

「ということは、こういうのもアリかな?」

 いきなり、みつる先輩が会話に加わってきた。

「長門君、宇宙の星間を旅してコンサート・ツアーをするアイドルは、年をとらないってこと?」

「光速に近い速度で移動するロケットに乗っている間は、地上よりも時間の流れが遅くなるから、結果的にはそうなるだろう」

「じゃあ、それを利用すれば、合法ロリアイドルが――いってぇ!」

 ゴツッ!

 オタク発言を始めたみつる先輩の頭に、イツキは持っていたSF小説を叩きつけた。

 18禁ゲームには寛容なイツキも、ロリコン発言は許せないらしい。

 それは私も同意する。ロリコンは全人類の敵なのだから。

 みつる先輩は涙目になったものの、いつものような見苦しい反論をしない。

「ご、ごめん……」

 それどころか、暴力を与えたイツキに謝ってる始末だ。早くも尻に敷かれているみたいである。年上の男なのに情けない。

「とにかく、君の選んだ『ハイペリオン』は、そのウラシマ効果さえ頭に入れておけば、問題なく読むことができるだろう」

 そんな二人を無視して、長門くんが話をまとめてきた。

「ハルヒコに勧めた『星を継ぐもの』はそうではないってこと?」と私。

「ウラシマ効果は現実的ではないからな。『星を継ぐもの』では、人類が到達できる科学技術の延長線に沿って描かれている。そのぶん、読みごたえがあるだろう。宇宙科学への関心が高い涼宮ならば、必ずや満足できる作品だと、自信を持って推薦することができる」

「おう、面白そうだな! 信用しているぜ、長門」

「それに、タイトルも涼宮向けだしな」

「そうね、星を継ぐもの…………って、まさか?」

 私はポンと手のひらをたたく。

「なにがまさかだよキョン子」

「つまりハルヒコ、あんたは長門くんに指名されたのよ! 文芸部部室を継ぐものに!」

「なんだそりゃ? 急にスケールが小っちゃくなってるじゃねえか」

「あれ? うれしくないの?」

「なんでこのタイトルを見て、そんなことを想像するのか、俺には理解不能だよ」

「フッ……君は面白いことを言う」

 ハルヒコのみならず、長門くんにも鼻で笑われてしまった。

「じゃあ、僕は――」

 つづいて、みつる先輩が立ち上がって、読む本を選ぼうとするが、

「ねえねえ、みつる君、この本読んで」

 イツキが先ほど武器として使用した本を差し出してくる。

 

【たったひとつの冴えたやりかた  J・ティプトリー・ジュニア】

 

「これ、タイトルがカッコいいから気になってたんだよね~」

「さすがイッちゃん、僕もタイトルだけは知ってるんだよ、その本」

 だから、部室でノロけないでほしい。

「むぅ、ティプトリーか。……手ごわいぞ」

 そんな二人の様子を意に介さずに、長門くんがつぶやく。

「長門君、この本、もしかして難しいの?」とみつる先輩。

「そんなことはない。ティプトリーの代表作『愛はさだめ、さだめは死』に比べれば、な」

「うわっ、そのタイトルも聞いたことある!」

「うん、カッコいいね、この作家、センスあるじゃん!」

 そう喜ぶ二人に向かって、私は説教してやりたかった。

 題名だけで本を選ぶのはあまりにも危険すぎると。

 そもそも、海外の作品なんだから、センスあるのは日本語に訳した人ではないのか?

「ティプトリーの作品は骨太で筋肉質であると形容される。ムダのない文章ということだ」

 長門くんは解説を始める。

「そもそも、SF小説において、文章力はあまり問題とされない。読者からすれば、文章の完成度の高さよりも、駄文があったほうがありがたいものだ。SFの魅力は、それぞれの作家が想像する近未来世界の構築にあり、そのヒントの手がかりは多いにこしたことはない。――ところが、ティプトリーは、それぞれの作品ごとに文体を変えてくる。文体で世界観を築くことができるSF作家はきわめて稀だ。たいていのSF作家は物語を脱線してまでも、読者に訴えようとする。ティプトリーにはそれがない。贅肉がない、筋肉質の小説なのだ。だから、ティプトリーが女性であるかどうかすら、長年の間、SF愛好家には見抜くことができなかった」

「え? この作者って女性なの? SF作家に女性なんているの?」

 私が驚いて声をあげる。

「なにを言う? SFの定番である『未知なるエイリアンとの遭遇』でのコミュニケーション不全を書くのは、君たち女性のほうが得意だと思うが?」

「…………なるほど」

「おい、そこでなんで俺を見る?」

 私の視線に、ハルヒコが過剰に反応する。

「あんたが宇宙人だと考えれば気が楽になると思ったんだけど――」

「俺は地球人だぞ…………たぶん」

「たぶんってなによ。100%地球人じゃないの?」

「だって、誰もが昔は、自分がロボットかもしれないとか、いやいや自分以外がロボットかもしれないとか、そんなこと考えたりするじゃねえか?」

「私はそんなこと考えたこともない」

「僕もあるよ! ハルヒコ君みたいなこと」

 みつる先輩が余計な口をはさむ。

「あたしも!」

 イツキも調子よく同意する。

「……フッ」

 長門くんすら肯定的な鼻笑いをする。

 まあ、言われてみれば、私だっていろいろ自分のことを妄想したことはあるけど、あくまでもそれは妄想でしかないし、その区別をするように努めてきた。

 自分は人間ではなく、特別な存在だ――そんな妄想を助長させるような作品を、私は意識的に遠ざけていたのであって、だからこそ、SF嫌いになったのだから。

「とにかく、SF作家に女性は少ないという君の偏見はとんでもないまちがいだ。日本人の有名どころでいうと、女性漫画家だな。萩尾望都や武宮恵子といった先駆者たちは、優れたSF作品を残している」

「そういえば、そうね」

 さすがの私も、その二人の名前は知っている。

 SFが好きなのは男だけ、というのは、どうやら私の思いこみにすぎなかったらしい。

 たしかに、SFめいた妄想は、日々の生活に潤いを与えるかもしれない。例えば、このSOS団の面々のなかに一人ぐらい宇宙人を混ぜたほうが面白いかもしれない。

 もし、そうだったら、ハルヒコよりも長門くんのほうが良いだろう。すっかりこの地方にも認められた金持ちの長門家であるが、実は地球侵略をもくろんでいた宇宙人一族であって、長門くんはSFを読むふりをしながら地球人の観察をしているわけだ。やがて来るべき地球征服のために。しかし、それにいちはやく気づいたハルヒコが、人類の尊厳のために立ち上がる。日々の学校探索が、長門くんの正体を見破るきっかけになったのだ。こうして、ハルヒコと長門くんの戦いは、宇宙の覇者をかけたものへと発展していき――。

「長門君、もっとやさしい本のほうがいいかなあ?」

 私のSF妄想はみつる先輩の声にさえぎられる。

「まあ、その『たったひとつの冴えたやりかた』は三つの作品を収録した中編集だ。それぞれ独立した作品だから、中編一つだけ読んでも感想は書けるだろう」

「やったー! それなら僕にも読めそうだ!」

 うれしそうなみつる先輩の姿に、私は思わず嫉妬してしまう。

 私が上下二分冊で、みつる先輩が中編一つとは、どうも不公平だ。選んだ私が悪いと言われればそれまでだけれど。

「個人的には、その本で収録された三作のうちでは、最後の『衝突』がもっとも好きだが、一つ目の『たったひとつの冴えたやり方』が、もっとも人気が高い」

「長門くん、それ、どんな話なの?」と私。

「十六歳の少女が、未知のエイリアンに遭遇する話だ」

「ラノベじゃん、それ!」

 私はたまらずツッコんでしまう。SFとはもっと無骨な世界ではなかったか。

「へえ、だったら、あたし読もうかな?」とイツキ。

「え? イッちゃん、自分で読むの?」

「だって、あたしと同じ年の女の子が活躍するSFなんて、そうないと思うし」

 みつる先輩から本を取り戻して、イツキが笑う。

「ふふふ、キョン子ちゃん、あたしだって本ぐらい読めるんだからね」

「ふんっ!」

 私はそう強がってみたものの、心の中では後悔しきりだった。

 まさか、長門コレクションのなかに、ライトノベルがまぎれこんでいたとは。

 それを一発で選びだしたイツキが強運だというべきか。

「まあ、どうせ僕も自分の分を読まなくちゃいけないから……」

 みつる先輩がふたたび本棚に向かう。

「じゃあこれだ!」

 そして、みつる先輩が選んだのは、またもや長いタイトルの本だった。

 

【アンドロイドは電気羊の夢を見るか?  フィリップ・K・ディック】

 

「これもタイトルだけ聞いたことあるからね」

「ほうディックか。……賛否両論あるが、SFの可能性を追求した作品といえるだろう」

「長門君、有名な作品なんだよね、これ」

「ああ、映画『ブレードランナー』の原作になったぐらいだ」

「やったー! 映画化されてるなら楽勝じゃん!」

 これまたうれしそうにみつる先輩は騒ぐ。

「あの……みつる先輩、もしかして、映画を先に見て、感想を書くつもりなの?」

「だってキョン子さん、映画見るほうが小説読むより楽だからね」

「残念ながら、映画は全然別物だぞ」と長門くん。

「え? 原作小説なんだよね、これ」とみつる先輩。

「読めばわかる」

 熱心なSF紹介者である長門くんが言葉少なめに答える。

 これはきっと外れを引いたな、と私はほくそ笑む。

「……でも、エロゲでも良く似たタイトルがあるし、きっとあのゲームのパロディ元と考えれば――」

「また、18禁ゲーム? どこまで毒されてるのよ、みつる先輩」

「なに言ってんだキョン子さん。かつて一世を風靡したエロゲというジャンルは、今の日本が誇る文化、漫画やアニメ、そしてラノベに多大な影響を残しているんだよ。いわば、エロゲは日本の文化遺産だといっていい!」

 ……文化とまで言うか。

 大げさなみつる先輩の発言に、私はほとほとあきれる。

 できるなら、みつる先輩を法隆寺に連れて行って、今のセリフを叫ばせたかった。

 なにが、18禁ゲームは文化遺産、だ。SF愛好家の長門くんですら、そこまでむちゃくちゃなことは言ってないぞ。

「よーし、みんなの本も決まったことだし、これから我がSOS団は、SF読書会の時間としよう」

 ハルヒコがうれしそうに話をまとめる。世界不思議発見部であるSOS団からすれば、まともな部活動といえそうである。

「キョン子、読書感想文の清水と呼ばれし実力を楽しみにしてるぜ」

 そして、ハルヒコは気さくに私の肩に手を置く。私にできるのは、その手を払いのけて「ふんっ!」とそっぽを向くことだけだった。

 

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