(2)「だから、私を副団長にして」
「ねえキョン子ちゃん、あのときのみつる君、面白かったよね?」
「ふんっ!」
部室にて、なれなれしく話しかけてくるイツキに、私はそっぽを向く。
あのお茶会以来、私はイツキと絶交していた。イツキが話しかける言葉を私はことごとく無視していた。
それなのに、イツキはまったくこたえてない。
むしろ、この状況を面白がっているみたいなのだ。
「おまえら、あいかわらず絶賛絶交中か?」
そして、それに便乗する男子が一人。
「そうなのよ団長、いまだにキョン子ちゃん許してくれないんだよね~。団長からも何か言ってよ」
「いやそれは……」
そう言って、ハルヒコはちらりと私を見る。
私は憤怒の表情で、ハルヒコをにらみつけてやった。
球技大会で負けた直後はあんなに悔しがっていたくせに、部室でのハルヒコはいつもの団長だった。
指定席に座り、パソコンを操作しながら、私たちの会話に茶々を出す。
のんきなものである。
「ねえねえ団長は本気にした? PKのときのみつる君のコース予告」
「別に。みつるのシュートなんて、蹴ってから反応しても十分に間に合うだろ?」
「だってさ。みつる君、作戦失敗、カッコ悪いぞ~」
「で、でも、ああいうことをして惑わせないと、ハルヒコ君相手にゴールを決められるとは思わないし……」
「ところで、みつる先輩」と私は場を読まずに口をはさむ。
「自分のクラスが試合をしている最中に、他クラス男子の応援をする女子について、どう思う?」
「う、それは……」
私の冷え切った声に、たちまち狼狽するみつる先輩。
あのハルヒコVSみつる先輩(+つるやさん)の試合をイツキは見ていたが、そのとき彼女のクラス女子は試合中だった。自分のクラスの試合中に他クラスの彼氏の応援に行く女子。とんだ不届き者である。
しかし、イツキは反省するどころか、堂々と開き直る。
「なに言ってんのキョン子ちゃん、あたしなんかハナから人数に入ってないから行ってもムダだって。だいたいさ、一学期の球技大会はサボってたんだから、来ただけでもスゴイとほめてくれなきゃ。そう思わない?」
「ふんっ!」
世間体を気にすることはないのか、この子には。
そして、苛立たしいことに、みつる先輩の泥臭いプレーの背後には、イツキの視線があったことに私は気づいていた。
つるやさんたちクラスメイトのためでも、ミッチーズの皆さんのためでもなく、みつる先輩は愛するイツキのために本気でプレーしたのだ。とんだ不埒者である。
「どうせ、みつる先輩は試合でカノジョとなにか賭けてたんだよね?」
「そ、それは……」
「ふふふ、キョン子ちゃん、それがなんだかわかる?」
「ふんっ!」
図星のようだ。
「へえ、ジュースとか賭けてたのか?」
「なに言ってんのよハルヒコ。そんな健全な理由で、この変態オタク野郎みつる先輩が必死で試合するわけないって」
「キョン子さん、それ以上は……」
「そうそう、実はあの試合でみつる君が活躍したら、あたし――」
「ふんっ!」
私はイツキの言葉をさえぎる。
ノロケ話を聞かされる身にもなってほしい。
イツキと絶交してからの私はこんな感じだ。当初は「部室に私情を持ちこむな」ともっともらしいことを言っていたハルヒコ団長も、今ではこの状況を楽しんでいる始末だ。
さらに情けないことに、私はイツキと一緒に帰っている。一人帰りがさみしいからだ。帰り道でも私はイツキの言葉に「ふんっ!」と返すだけなんだけど、それで会話が成立するようになってしまった。
意地を張るのがバカらしくなったことは何度もある。そして、会長さんの執拗な説得から逃れるためには、イツキを味方につけるしかないこともわかっている。
でも、せめて、イツキには謝罪なり何なりの言葉がほしい。とにもかくにも、私はすごく怒ったのだ。その怒りを、ごまかされたくないのだ。
「…………フッ」
そんな私に聞こえてくる鼻笑い。部室の奥にいる長門くんのものだ。
この鼻笑いに、私たちの言動はいっさい関係ない。長門くんがいつも読んでいるSF小説に対する反応にすぎない。
たとえ、私がイツキと絶交していようが、イツキとみつる先輩がイチャイチャしてようが、長門くんにはどうでもいいことなのだ。読んでいるSF小説の内容に比べれば。
そんな我関せずの長門くんのことをうらやましいと思ったことは何度もある。ハルヒコのムチャぶりに巻きこまれたり、イツキの気まぐれさに振りまわされるぐらいならば、私もSF小説の世界に逃避したいと。
でも、あいにく私は文系人間である。宇宙の神秘には特に興味がないのだ。宇宙は広大だが、私には私なりの問題があり、それを考えるだけで精一杯なのだ。
いったい、SF小説が生きるうえで何の助けになるというのか?
バァン!
そんなことを考えていたとき、いきなり部室のドアが勢いよく開け放たれた。
驚いて入り口を見ると、そこには見たくもないメガネをかけた先輩がいた。
「年貢の納め時ですわよ、清水京子! そして、その仲間たち!」
あいかわらず意味不明な煽り文句とともに。
「ちょっと待て」
そんな挑発的な生徒会長に、我らが団長ハルヒコが立ちはだかる。
「いま、なんて言ったんだ?」
「ふふふ、年貢の納め時って言ったのですわ」
なぜか誇らしげに答える生徒会長。
この人、頭のネジが完全に抜けている。ひょっとして、バカなのか?
「そうじゃなくて、そのあとだよ」
「あなた、清水京子の仲間なんでしょう?」
「そ、そうだが……ちがう!」
ハルヒコは机をドンと叩く。
「たしかに、キョン子は団員その1だ! しかし、SOS団の序列では、みつると同じくキョン子は最底辺に位置する! だから、その言い方はまちがっている!」
こいつも何を力説しているのだ、と私はあきれる。
SOS団での序列が低いことに、私は特に不満はない。使い走りなどの雑用を強制されるわけではなく、デメリットがないからだ。
ハルヒコによると、私やみつる先輩の序列が低いのは、SOS団への貢献度が足りないせいらしい。だから、猛省して発奮してほしいという団長の愛のムチらしい。そう説明されても、私は「はい、そうですか」としか言いようがないのだけれど。
「……SOS団ってなんのことでしょうか?」
「まさか、SOS団のことも知らずに、この部室に入ってきたのか?」
ベッコウメガネとハルヒコの間で、頭の悪い会話が続いている。
「生徒会はそんな意味不明な呼称の部活を認めた覚えはありません」
「そりゃ生徒会非公認だからな。だが、正式に認められたところで、何の意味がある?」
おいおいハルヒコ、目の前にいるベッコウメガネが生徒会長であるとは知らないのか?
いや、抜け目のなさには定評がある涼宮ハルヒコ君のことだ。わかってて挑発しているのだろう。無礼千万なことに。
「まあ、こういう参考資料は持ってますけどね」
「そ、それは……」
生徒会長が差し出したのは、我がSOS団が文化祭後に販売した自主制作映画DVD『純愛ファイターみつる』だった。
まさか、生徒会長ですら見てしまったのか。あのナンセンスきわまりない映画を。
「……ここは『文芸部』の部室であるのに、これはどういうことでしょうか?」
そう言いながら、生徒会長は一枚のプリントを掲げる。
「私たち生徒会は、これから『部活動健全化運動』を始めます! それぞれの部活動の実態を調査し、部室から不適当なものは処分し、不健全な活動をしている部は翌年度の認可を取り消すように働きかけます! 見たところ、この文芸部にもその名称にふさわしくないものが部室にあるようですが……」
「生徒会がそんなこと、これまで一度も言ったことなかったじゃねえか」
「あら、わたしは生徒会選挙のときに、そう公約したつもりですわ。健全な部活動のために尽力する、と」
「ならば、ここだけじゃなくて……」
「ええ、隣の部はすでに調査済ですわよ。黄緑くん、見せてやりなさい」
「はい」
会長の後ろからにょきっと男子が顔を出す。
「こちらが隣の『コンピ研』から没収した不健全図書類です。あ、ぼくは副会長の黄緑といいます、よろしく」
律儀に自己紹介しながら、黄緑副会長は段ボール箱をドカッと置く。
中身を見ることはできないが、私はそれが何であるかを知っていた。
忘れもしない。この五月、SOS団結成間もないころ、私を「ひょえ~!」と言わしめた忌まわしきものである。
そして、そのときに、みつる先輩のオタク疑惑が――。
「な、なんてことを!」
これまで無言だったみつる先輩が、いきなり立ち上がって叫ぶ。
たちまち、生徒会長があわてだした。
「え? みっちゃ――朝比奈くんが、どうして?」
あれ? このベッコウメガネ、みつる先輩のことを「みっちゃん」って言おうとしたのか?
「みっちゃん」はミッチーズの公式愛称であったはずだ。そして、生徒会長の姿はミッチーズ定期お茶会にはなかった。
ミッチーズには入ってないのに、みつる先輩のことを「みっちゃん」と呼ぼうとしている。ひょっとして、この生徒会長――。
「い、いや、なんでもないよ」
みつる先輩はそそくさと座る。彼が18禁ゲーム愛好家であることは、部室の外ではヒミツなのだ。
「このように、部活動に関係のない、もしくは、高校生として不健全なものが部室にあることが判明したら、どんどん取り締まっていくことに――」
「……みつる先輩って生徒会長と知り合いなの?」
私は生徒会長の口上を無視して、みつる先輩に耳打ちする。
「うん、クラスメイトだよ」
「なら、どうして、このことを教えてくれなかったんだよ、みつる」とハルヒコがみつる先輩に顔を近づけて、
「あらかじめ生徒会が動くって知っておけば、SOS団として準備ができたっていうのに」
「だってハルヒコ君、僕、生徒会長とは特に仲が良くないし……」
それから、みつる先輩はイツキをちらりと見て、
「うん、生徒会長と僕はただのクラスメイトだよ!」
「そ、そそそそ、そうなの?」
いつの間にか、口を止めていた生徒会長が、あたふたとしている。
「ひゃははははっ!」
それに高笑いする女子が一人。あからさますぎるだろ、イツキちゃん。
そりゃまあ、あのベッコウメガネがずり落ちるほど生徒会長が動揺している様子は、私にとっても愉快な光景だけれど。
生徒会長が地味な私に敵意をいだいた時点で、みつる先輩がらみであることに、早く気づくべきだった。ミッチーズ次期会長に一年の私がなることに、生徒会長は我慢ならなかったのだろう。どうせ、会長さんが卒業したら、自分こそが「真の会長」になれると思っていたのではないか。
「なにを取り乱してるのです、会長!」
イツキの性格の悪さがにじみでる高笑いをさえぎるべく声を出したのは、意外にも黄緑副会長だった。
「会長のモットーは『公明正大』ではなかったのですか!」
「そ、そそそ、そうですわ」
生徒会長はベッコウメガネを例の動作で引き上げて、私たちに向き合う。
「けっして、特定の部員がいるから、私たち生徒会が動いているわけではありません! この部が『文芸部』という名にあるまじき行動を繰り返しているからです」
「だってよ、長門」
ハルヒコは肩をすくめて、後ろを見る。
「…………フッ」
SF小説を閉じて、長門くんはキラリとメガネを光らせる。
うん、メガネ男子はこうあるべき、という理想的なメガネさばきである。
生徒会長の見苦しさに比べれば、なんともスマートではないか。
「――あなたは誰ですの?」
「オレは文芸部部長の長門ユウキ」
「あ、あなたが……では、このような三下どもは抜きにして、あなたに直接うかがいましょう」
「おい、俺を三下扱いするんじゃねえよ」
ハルヒコが文句を言っているが、生徒会長は無視する。
「文芸部部長、この部員の勝手きわまりない活動について、あなたはどう考えていますか?」
「問題ない」
「問題ないって、あなた、学校が文芸部のために配分した部活動補助金を使って自主制作映画を作っているとか、言語道断ではありませんか!」
「フッ……文芸部補助金の用途は生徒会に提出済みだ」
「黄緑くん、そうですの?」
生徒会長は振り向いて、副会長にたずねる。
「ええ、書籍代とはなっています……でも会長、それが本当かどうか」
「それがこれだ」
長門くんは、部室の一角を占めたSFコレクションを指さした。
「今年度の文芸部の補助金は一銭残らず、これらの書籍を購入することに費やした。疑問があるならば、くわしく調査してみるがいい」
「そ、そうなんですの?」
生徒会長は目を丸くする。
そうなのだ。長門くんが部の補助金を使ってSFコレクションを購入したから、私たちは自主制作映画のために、部費を徴収することになったのだ。
私はその件で「金持ちなんだからSFぐらい自費でそろえろよ、ケチ!」と長門くんを心でののしっていたものだが、結果的にそれはまちがってなかった。
表向きは文芸部なのだから、学校から配分される補助金は、文芸活動のために使わなければならない。
「ふふふ、これで文句ねえだろ、生徒会長さんよ」
ハルヒコも強気になって、ベッコウメガネを責め立てる。
「で、でも……本があるだけで、文芸活動をしているとは言えませんわ。この北高で部室を構えているからには、その活動をわかりやすい形で、一般生徒に伝える義務があるはずです!」
「どういうことだ?」
「あなたたちは文芸部。ならば、本の感想ぐらいは書けるでしょう。だから、部活動補助金で購入した書籍を本当に読んだか、生徒会に活動報告を提出すれば、文芸部としての活動を認めてあげますわ!」
「……それって、読書感想文を書け、ということですか? 生徒会長さん」
「清水京子! そう、そのとおりですわ。まあ、形だけの文芸部員であるあなたには無理な話でしょうけどね」
私の質問に大げさに驚いて、ベッコウメガネをクイクイさせながら、そんなことを言う生徒会長。
しかし、私はあわてるどころか余裕の笑みを浮かべた。
「ふふふ、生徒会長さんたる者が、私の特技をご存じないとは――」
「キョン子、おまえに特技なんかあったのか?」
ハルヒコが不思議そうな目で私を見つめる。
「失礼ねえ、私にだって特技ぐらいあるわよ」
「どんな特技なんだよ」
「それは――読書感想文よ!」
「……はぁ?」
気の抜けた返事をするハルヒコに、私は自信満々に言ってやる。
「実はこの私、小学一年から高校一年に至るまで、十年連続で読書感想文のクラス代表に選ばれてるのよ。人呼んで『読書感想文の清水』。それが私の異名よ!」
「そうか」
「そうかって、もっと驚きなさいよ、ハルヒコ!」
「だって、そんなの特技になるのか?」
「なるわよ! 十年連続でクラス代表よ! 勉強の成績はあんたに負けるけど、読書感想文では絶対に負けやしない!」
「そういや、夏休みにおまえの部屋に行ったとき、やたらと盾を飾ってたけど、あれは読書感想文のヤツだったのか」
「さすが目ざといわねハルヒコ。そう、運動オンチな私がもらえる盾と言ったら、読書感想文ぐらいしかないのよ!」
「……キョン子ちゃん、頭に虫わいてるんじゃない? 読書感想文ごときでそんなに調子に乗っても――」
「ふんっ!」
私はイツキを軽く無視したあとで、生徒会長と向き合う。
「生徒会長さん、読書感想文ぐらいなら、いくらでも書いてあげますよ」
「おいキョン子、おまえ調子に乗りすぎだろ。勝手に話を進めるなって」
「むむむ……計算外ですわ。まさか、読書感想文を喜んで書く人が世の中にいるだなんて……」
「あらあら、生徒会長までしている人が、読書感想文を苦手にするなんて、信じられませんねえ。たしか、生徒会ではいろいろ書類作ってるはずでは?」
「あ、それ、ぼくが作ってます」
私の質問に黄緑副会長が律儀に手を挙げる。
やはり、この生徒会長、バカなのだ。実務能力ゼロなのだ。
こんなベッコウメガネなんて、こけおどしにもならない。
丁寧そうな口調だって、ミッチーズ会長さんとちがって品がない。
生徒会長、恐るるに足らずだ。
「じゃあ、二学期が終わるまでに、キッチリと活動報告を提出してやるぜ! お歳暮代わりにな!」
ハルヒコは高らかに宣言する。
「ちょっと、あなたは文芸部部長じゃないくせに、でしゃばらないでくださる?」
生徒会長の反論にも、ハルヒコはまったく動じずに、後ろを向いて、
「長門、問題ないよな?」
「ああ問題ない」
長門くんはクールに答える。
「でも、あと一週間で、そんなことできますの?」
「当然だ。なあキョン子」
ハルヒコが頼りにした目で私を見てくる。SOS団結成以来、私がこれほど中心人物になるなんて、初めてのイベントじゃないか。
「――まあ、問題は、あの二人なんだけど」
私は生徒会長に聞こえないようにハルヒコに耳打ちする。
イツキのみならずみつる先輩も、露骨にイヤそうな顔をしていた。
「なあキョン子、読書感想文の清水って名乗るぐらいだから、あいつらの分も、おまえなら書けるんじゃねえか?」
「そうね、腕が鳴るわね」
私は強気でハルヒコに応じる。
「おう、これでおまえのSOS団での序列は上がるぞ。期待していてくれ」
「……じゃあ、私をあの女よりも上にして」
思いきって言ってみた。
「あの女って……古泉は副団長だろ?」
「だから、私を副団長にして」
「お、おまえ……正気か?」
「こらー! 生徒会長の話を聞きなさい!」
ベッコウメガネが私たちの大事な交渉に割って入る。ハルヒコはあきれた顔で、
「だから、生徒会長さんよ。二学期が終わるまでに活動報告を提出してやるよ。長門、それでいいだろ?」
「ああ、文芸部部長として約束する。各部員が本の感想を書き、それを活動報告として提出することを」
「ぐぬぬ…………」
長門くんの宣言に、生徒会長は歯がみする。
そして、その怒りはなぜか私に向かった。
「清水京子! これで勝ったつもりにならないことですわよ!」
「心配しなくてもちゃんと提出しますよ、生徒会長さん」
満面の笑みを浮かべて私はそう答えてやった。
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