(5)「キョン子ちゃん、ウソだと言ってくれ!」
「――キョン子と古泉イツキの関係がなんだって?」
「グッチはどう思ってるの? 正直なところ」
お茶会翌日の月曜の昼休み。
私はクラスメイトのグッチにイツキのことをたずねてみた。
「そんなの、ライバルに決まってんじゃん」
「……ライバル?」
首をかしげる私にグッチは笑って言う。
「なに言ってんのよ。あんたたち、スズミヤをめぐる恋のライバルじゃん」
「そ、そうだったの?」
「ったく、キョン子に自覚がないから、ウチやクニが苦労してるのよね。何度も背中を押してやってるのに」
なるほど、イツキのことを悪しざまにののしっていたグッチの態度が変わったのは、イツキと私をそういう関係と見るようになったからなのか。
私が涼宮ハルヒコに恋をしているというのはとんでもない誤解だが、レズ疑惑に比べるとはるかにマシである。
やはり、ミッチーズの皆さん(会長含む)が異常なだけなのだ。あの人たちは、世の中の男女を同性でカップリングしないと気がすまない病人なのだ。
少なくとも、イツキは誰彼構わず私をレズ仲間と言いふらしているのではないとひとまず安心する。
あのお茶会のあと、私はイツキにメッセで問いただした。
イツキはあくまでも無実を主張した。
夏休みのお泊り会で、私の身体にイタズラしていないことは誓ってくれた。
しかし、私とのレズ疑惑を否定するどころか、それっぽい話を会長さんに流し続けたことは否定しなかった。だいたい、お泊り会のことを会長さんに意味ありげに話した時点でアウトである。
結果、私は『みつる先輩になぐさめてもらえば!』という捨て台詞とともに、イツキと絶交することにした。
今後、一週間ぐらいはイツキと口をきかない予定である。
とにかく、私が本気で怒っていることを、イツキに伝えなければならない。
「それよりキョン子に、古泉イツキのことでききたいことが――――キャーつるやさん!」
いきなりグッチの声のトーンが上がった。
私は驚いて振り返る。
そこには、柔道部主将であるつるやさんの姿があった。
あれ? ここ、一年の教室なんだけど?
「キョン子ちゃん、ウソだと言ってくれ!」
「……はい?」
なんの前フリもなく、つるやさんは私に向かって叫んでいた。
「会長さんが辞めるって本当なのか!」
それからつるやさんは私に近づき肩に手をかけようとする。その必死さに私はたじろいでしまう。
私とつるやさんの仲は、それほど親しいものではない。
しかも、この場にはつるやさんファンであるグッチもいるのだ。
「ちょ、ちょっと、つるやさん。ここでそういう話は……」
「キョン子、どういうこと?」
「こ、これは……」
とにかく、教室を出るしか危機を逃れる手はないと、私は脇目もふらず走りだす。
「ま、待てよ、キョン子ちゃん!」
たちまち追いつくつるやさん。さすが柔道部主将である。
それでも私は人目のつかないところまで歩を進める。
さすがのつるやさんも察したのか、私にだまってついていく。
「わざわざ一年の教室に来るなんて、どうしたんですか、つるやさん」
いつぞや、ハルヒコと話した階段の踊り場まで来て、私は振り返って、つるやさんに話しかける。
「どうしたもこうしたも、会長さんが辞めて、キョン子ちゃんが後任になるって聞いたから」
「いや、それがつるやさんに何の関係が……」
「だ、だってさ」
それから、つるやさんは体格に似合わず声を落として、
「会長さんがみつるのファンクラブ辞めたら、会える口実がなくなるじゃないか」
「ま、まさか、つるやさん……」
「い、いや、ちがう。いや、ちがわない」
たちまち取り乱すつるやさん。
なんということだ。恋愛に無縁で柔道一直線だと信じていたつるやさんが。
「……もしかして、つるやさん。みつる先輩と仲良くなったのって、会長さん目当てだったりするんですか?」
「それは違うぞキョン子ちゃん。もともと、オレがみつる先輩と仲良くなったのは、会長さんにお願いされたからだぜ」
「そ、そうなんですか?」
つるやさん、なんでそんなことを自慢げに語るんですか。
「じゃあ、今でもつるやさんがみつる先輩と仲良くしているのは、会長さんに向けたアピールにすぎないってことなんですか?」
「そ、そんなことない。実際に話してみると、みつるは良いヤツだったからな」
「ええ。みつる先輩もつるやさんのこと、信頼していますし」
「そ、そうか?」
照れくさく笑うつるやさんを見て、私は失望する気持ちをおさえようとする。
美人の先輩からいきなり「あの子と仲良くしてくれ」と言われて始まった友情は決して美しいとは言えないかもしれない。
でも、それなら、私とイツキの友情だって、ハルヒコの「女子部員がいないとキョン子がさみしかったから」という余計なおせっかいで始まったものだ。
友情において大事なのは、きっかけよりも今のかたちなのだ。
って、イツキに絶交宣言した私が言えることじゃないけど。
「だから、会長さんのオレに対する『好感度』は上がっているはずなんだよ」
「は?」
いきなり、つるやさんの口から、いつもみつる先輩から聞かされてウンザリしている単語が飛びだしてきた。
「だってさ、弟と仲良くなったら、姉からの好感度は上がるものだろ?」
まるで数学の公式のようにそう語るつるやさん。
しかし、それはまちがいである。
例えば、私の弟は夏休みにハルヒコと会って、彼のことを『団長』と呼ぶ、世界で二人しかいない人間の片割れになってしまった。そのことで、私のハルヒコ好感度が上昇することはない。ますます頭痛の種が増えただけである。
というよりも、つるやさんの具体例って――。
「ま、まさか……つるやさんって、みつる先輩からイヤらしいゲームを借りてプレイしたりしてるんですか?」
「な、なにをいってるんだ! 『こいはる』はイヤらしいゲームなんかじゃないぜ! ……そりゃ18禁だけど」
なんということだ、みつる先輩と言い分が同じではないか!
もし、私がグッチの立場なら、膝から崩れ落ちて、そのまま保健室送りになっているぐらいの衝撃だった。
「男らしさ」を地でいくはずのつるやさんが、18禁ゲームをプレイする変態オタク野郎だったなんて。
「……あらまあ、美しい友情ですこと」
私はとびっきりの冷めた口調で答えてみせる。
「お、おい、キョン子ちゃん、このこと言いふらしたりとかしないよな?」
「心配しないでください。私、口かたいほうですから」
私は定番のセリフを口にする。
「そ、それよりも、大事なのは、会長さんのことだ。キョン子ちゃん、会長さんはみつるのファンクラブやめちゃうのか?」
「それはないと思います。私、次期会長の話は断りましたし」
「そ、そうか? なら、まだチャンスはあるってことだな!」
「チャンスって何のですか?」
「会長さんに告白するチャンスだよ!」
私は唖然とした。
ファンクラブでつるやさんを妄想のネタにして楽しんでいる会長さんに、愛の告白をする? 無理に決まっているではないか。
「あの……いきなり告白するんですか?」
「だって、オレ、みつるとは仲良しだから、『こいはる』を信じれば、会長さんの好感度はすでにMAX近くになってるはずだぜ?」
「ゲームは信用しないでくださいつるやさん。それより、このこと、みつる先輩に相談したりしました?」
「そ、そんなこと、みつるに言えるはずないだろ! 恥ずかしいじゃないか!」
「へ、へえ」
18禁ゲームは貸し借りしながら、好きな女子のことは相談しない友情。たいした友情である。
いや、男子の友情なんてこんなものであるかもしれない。私たち女子は、そんなものを過度に美化しすぎる傾向にある。
その果てがミッチーズの皆さんのようなカップリング妄想である。
かく言う私も、つるやさんとみつる先輩の友情は美しいものだと信じていた。つるやさんに黄色い声援を送るグッチのことだって、私なりに応援しようと思っていたのに。
「こういうことは、キョン子ちゃん相手だから話せるんだからな」
「ま、まあ、がんばってください、としか……」
「キョン子ちゃん、このことはくれぐれ秘密にしてくれよな!」
「は、はい」
そして、つるやさんは去って行った。
私に大いなる失望を残したまま。
◇
「おいキョン子」
聞きなれた偉そうな声がしたので、ふりかえる。
「どうしたのハルヒコ」
「おまえ、さっき、つるやさんとなんか話してたよな?」
「見てたの?」
「いや、見てたっていうか、見えたっていうか……」
あいかわらず、ハルヒコは休み時間にも教室にいない。
学校探索とやらを熱心に続けているのだろう。
その途中で私がつるやさんと話している姿を目撃してもおかしなことではない。
「べつにたいしたこと話してないけど」
「でも、めずらしいじゃないか、つるやさんとおまえが二人きりで話すなんて」
「そう?」
「なに話してたんだよ」
やけに絡んでくるハルヒコをうっとうしく感じながら、私は言ってみた。
「友情について、いろいろと」
「お、おまえ、つるやさんと友達になっていたのか!」
ハルヒコは過剰反応をする。
「そんなことないって。ちょっと相談されただけだし」
「だから、友達ってことだろ、それは」
「いや、相談っていっても、つるやさんの一方的なものだから。友達っていうのは、たがいに相談できる仲じゃん。私とつるやさんはそうじゃなくて……」
「なるほど、たがいに相談できる関係を友達というのか。キョン子の場合は」
やけに感心してハルヒコは言う。
そういえば、こいつには友達なんていたことあるのだろうか。
自分が上じゃないと気がすまないあまり、みずから部活を立ち上げて、一年なのに『団長』と名のる男子。
「――ところで、おまえと俺ってどういう関係なんだ?」
ハルヒコがなんでもないそぶりで、そんなとんでもないことをたずねてきた。
いつもならば、軽く無視をしてしまうところだが、ちょっと考えこんでしまう。
私とハルヒコは友達なのだろうか?
もし、母さんにたずねられたら「友達」と答えるのが無難だろうが、直接「あんたと私は友達よ」なんて言いたくはない。
だいたい、こいつに相談したところで、ロクな返事が戻ってこない。だから、友達のように、たがいに相談し合える関係ではないはずだ。
そうじゃなくて、ハルヒコと私は――。
「仲間、かな?」
「ほう、仲間ときたか」
ハルヒコは予想に反してうれしそうな顔をする。
あれ? 私は友達よりも柔らかい意味で言ってみたんだけど。
「たしかに、俺とおまえは『仲間』というのがしっくりくる」
「どういうこと?」
「だって、仲間は互いの危機にかけつけて助け合ったりするじゃないか」
そういえば、少年漫画では『仲間』という関係がやたらと強調されている気がする。
主人公のピンチのときにかけつけたヤツが、『仲間だから』セリフだけで片づける都合のいい展開に、私は何度ため息をついたことか。
少年漫画を盛り上げる便利な関係、それが『仲間』なのだろう。
男子にとっては、友達よりも仲間のほうが、重要な関係であるのかもしれない。女子の私は、そんなつもりで言ったのではないのに。
「じゃあ、私がピンチのときに、あんたは助けてくれるわけ?」
「前に助けてやったじゃねえか」
「そういえばそうだったね」
この五月の『体育館旧用具室事件』。
朝倉リョウの悪だくみに巻きこまれた私を助けに来てくれたのが、ハルヒコたちSOS団員だった。
「……ということは、あんたがピンチになったら、私は助けに行かなくちゃいけないわけか」
「まあ、おまえみたいなかよわい女子に期待するほど、俺はヤワじゃないけどな」
「でも、祈るぐらいはしてあげるよ。あんたが無事に助かるように」
「祈るって、何に祈るんだよ?」
「一件落着マン」
「はぁ? なんだ、そのフザけた名前は」
「私が一番好きなヒーローの名前よ。覚えておいてね、一件落着マン」
「一件落着マンなんて、最後にしか出番ないじゃねえか」
「でも、画面に見えないところで一件落着マンは必死でがんばってるんだから」
「なにをがんばるっていうんだよ」
「ほら、そろそろ教室に戻らないと、昼休み終わっちゃうよ」
私は無理やり話を打ちきって歩きだす。
「だから、なんなんだよ、一件落着マンって」
後ろから聞こえるハルヒコの声を頼もしく思いながら。
うん、仲間という関係はそんなに悪くないと思う。少なくとも、恋愛に比べればずっといい。
恋愛のために、イツキは私を犠牲にした。会長さんという最大のライバルを出し抜くために、私を同性愛者に仕立てあげた。私は親友だと信じていたのに、この裏切りである。
だから、私は決意をあらたにした。イツキが反省するまで、謝ってくるまで、絶対に口をきかないと。
一週間がすぎても、十日がすぎても、妥協してはならないと。
まさか、それが一ヶ月以上も続くとは、このときの私は思ってもみなかったのだが。
【紅葉ティーパーティー 終わり】
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