(4)「わたしはなんでも知っているのよ」

 

 もちろん、一件落着マンは助けには来ない。私が創作したヒーローにすぎないからだ。

 孤立無援の私に、こんな質問が投げかけられる。

「清水さん、あの映画でみっちゃんに女装させたのは、本当にあなたなんですか?」

 いきなり直球ストレートの質問である。

 あらためて説明すると、SOS団の自主制作映画は、部の財源確保のために、ミッチーズの皆さん向けの内容となった。そのコンセプトを提案したのはイツキである。

 ところが、撮影ロケは、イツキとみつる先輩が本当にキスをしてしまうというハプニングで幕を閉じた。それでは売り物にならないので、追加撮影と編集によって、私を悪玉とする筋書きに変えられた。みつる先輩が女装したのも、イツキにイジメられるのも、私が元凶だというとんでもないストーリーになったのである。

 その映画を見て、会長さんは私を「次期会長にふさわしい」と考えるに至ったという。でも、それは完全な誤解なのだ。

「い、いえ、それは…………」

 私は言葉をつまらせる。

 真相を言ってしまえば、イツキとみつる先輩の甘い関係は終わってしまう。ミッチーズの皆さんはたちまちイツキを敵視するだろう。それは親友であるイツキを裏切ってしまうことだ。

 でも、無責任に「だいじょうぶ」を連呼して、私を窮地に追いやったイツキのことを、本当に思いやる必要があるのか?

 そう答えあぐねていたときだ。

「じゃあ、やっぱりスズミヤって子の陰謀?」

「………………は?」

 あまりにも斜め上の名前が出てきて、私は絶句する。

 この話のどこに、涼宮ハルヒコが関係しているのだ?

「そうなんでしょう? みっちゃんはスズミヤに弱みをにぎらされて、映画撮影のために女装させられただけでなく、もっとひどいことをされたりしてるんでしょう!」

 あれ? 話が何かヘンな方向に進んでいるんだけど。

「みっちゃんが、あのヘンな部活に入っているのも、スズミヤがいるからなんだよね。同じ部活の清水さんなら、真相を知っているよね?」

「何言ってるのよ!」

 ちがう女子が立ち上がって叫ぶ。

「みっちゃんの本命はつるやさんよ! 今までも、これからも!」

 つ、つるやさんの名前まで出てきたぞ。どうなってんだ、これ。

「だって、つるやさんに飽きたから、みっちゃんは、あのヘンな部活に入ったんじゃない?」

「でも、それからも、みっちゃんとつるやさんは仲が良いし。きっと、あのヘンな部活に入ったのは、つるやさんへのあてつけだって。つるやさんを嫉妬させようとしたみっちゃんの高等テクニックなのよ!」

「いやいや、スズミヤと結ばれてからのみっちゃんの様子は明らかに変わっているし。あのヘンな部に毎日のように行ってるし」

「それはあんたの憶測でしょうが! そりゃ、あんな意味不明な部に入ったみっちゃんの本心はわからないけど」

「そのわからないところに真実があるんじゃないの! つるやさんとの甘い蜜月は過去のものなのよ」

「ちょっと待ってよ。あんたたち、みっちゃんが受けだって決めつけてない?」

「はぁ? みっちゃんはタチかネコかでいったら、永遠のネコでしょうに! 相手がスズミヤだろうがつるやさんだろうが、これだけはゆずれないわ!」

「なに言ってんのよ。あのたくましいつるやさんが、みっちゃんの性技でメロメロになるのがいいんじゃないの!」

「あの、皆さん、落ち着いて、ね?」

 会長さんが声をかけて、ようやく場は沈静化する。

「……ということで、清水さん。いま、ミッチーズは、スズミヤくん派やつるやさん派に分裂してしまって、大変なのよ」

「そ、そうですか……」

 私とて、女子の間で「カップリング」という趣味があることを知らないわけではない。でも、みつる先輩をその対象にするなんて考えもしなかった。

 これがミッチーズの実態なのか?

 みつる先輩がいなくなってからのほうが、ミッチーズの皆さんの表情はいきいきとしている。

 では、あのファンクラブ冊子の優等生なみつる先輩のインタビュー記事はなんだったのか。そして、こんな妄想を部外者である私に披露するのはなぜなのか。

「ねえ、清水さん、みっちゃんの相手は、スズミヤとつるやさんとのどっちなの?」

 ミッチーズの一人が私に問いただす。

 ほかの皆さんも、それにうんうんとうなずきながら、私に真剣な眼差しをむけてくる。

 とてもじゃないが、言い逃れができる状況ではない。

「そ、それは……みつる先輩に直接きくのが良いのではないでしょうか?」

 余計なことをしゃべることに身の危険を感じた私は、あたりさわりない答えを口にする。

 しかし、それに納得するミッチーズの皆さんではない。

「それができたら苦労しないって」

「だから、ウチら清水さんを呼んだんじゃない!」

「清水さんは知ってるよね? 部室でみっちゃんとスズミヤがイチャイチャしてるって」

「そ、そんなことないです!」

 私はたまらず否定してしまう。

「じゃあ、なんで、みっちゃんは、あの意味不明な部活に入ってるの?」

「そうそう、みっちゃんがスズミヤの言いなりになっているのは、そういう関係にあるとしか、あたしたちは思えないわけよ」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 思わず私は立ち上がる。

「皆さんはヘンな部といいますが、あの部だって、ちゃんとやることはやってますから」

「なにを?」

「そ、それは……」

 まさか、自分がSOS団の代弁者になるとは、思いもしなかった。

 でも、言わなければならない。みつる先輩とハルヒコの名誉のためにも。

「あの部は、世界の不思議を発見するためにがんばっているんです。みつる先輩だって、そういうことに興味があるから入部しているんですよ。そもそも、私たちの部にはSOS団という名前があって、その由来は――」

 ……なんだっけ?

 SOS団って、何かの略称だったよな?

 世界をうんたらかんたらする団とか。

「清水さん、もういいわ。皆さんもわかったよね? みっちゃんがスズミヤくん目当てであの部にいるんじゃないってことは」

 会長さんがうまく場をまとめてくれる。

 そうだ、会長さんはこのきわめて不毛な議論に加わろうとはしなかった。

「あの……会長さんは、そういうことは考えないんですか?」

「清水さん、そういうことってどんなこと?」

「みつる先輩が、ハルヒコとかつるやさんとかと、その……くっついているとか?」

 口にするだけで恥ずかしい話題じゃないか、これ。

「ええ清水さん、わたしはちがうのよ。だって、あの部には、ほかにも部員がいるじゃない? もっと魅力的な子がね」

「それって……」

 まさか、会長さんは知っていたのか。イツキとみつる先輩が付き合っていることを。

 だいたい、イツキと親しい仲である会長さんがそのことを知らないほうがおかしいんじゃないか。

 私がごまかそうとしたのは、すべてムダな努力だったということで――。

「ほら、あのメガネかけた子がいるじゃない? わたし、あの子がみっちゃんにお似合いだと思うんだけど」

「そ、そっちですか!」

 すっかり忘れていたSOS団メンバー、長門ユウキくん。

 無口な彼すらも、ミッチーズの餌食になっていたとは。

「だって、ほかにいないじゃない? あとは、あの子と清水さんだけだし」

「あの……なんで、私たちは人数に入ってないんですか?」

「だって、あなたたちは、あなたたちで結ばれてるじゃない!」

「………………へ?」

 結ばれてるってどういうこと?

「そうそう、だから清水さんに次期会長になってほしいのよ」

「男子に興味がない清水さんがなってくれたら、あたしたちミッチーズの分裂も避けられると思うし」

「そうそう、会長さんの卒業後のことを考えると、あなたしか適任者はいないのよ、清水さん!」

「うん、会費は払わなくていいから! 形だけでも、ね?」

 なんてことだ。予想に反して、私は次期会長に歓迎されていたのか。

 この部屋に入ったときのギスギスした雰囲気は、つるやさん派とハルヒコ派の内部抗争がもたらしたものだったのか。

 しかし、それを受け入れるわけにはいかなかった。

 断じて、私が「男子に興味がない」というウソを認めてはならない。

 イツキと私がそんな関係であるはずないじゃないか。

「あの、会長さんはイツキのこと、よく知ってますよね?」

「ええ、あなたが言うオタク仲間だったから、ね?」

 会長さんは意味ありげな視線を投げかけてくる。

 もみじの天ぷらを覚えていたことといい、どうも、この人、根に持つタイプである気がする。見た目は気品あふれる美人さんなのに。

「じゃあ、あたしとイツキがそんな仲だって、本当に信じられるのですか?」

「ああそっか、あの子、まだ話してないのね」

 会長さんが、ふっとため息をついて言う。

「あの子、わたしを犯そうとしたのよ」

「マジですか!」

 たまらず大声をあげてしまう私。

「そう、あれは、あの子がまだ小学生だったときのことなんだけどね」

「そんな古い付き合いだったんですか? 会長さんとイツキって」

「うふふ、ホントに何も知らないのね、清水さんは」

 会長さんの話を聞いていると、なんだか自分がまちがっている気がしてくる。

 イツキがみつる先輩と付き合っているという真実を知っているのは私のほうなのに。

「わたし、あの子が小学生のとき、一緒に合宿することがあってね、そのとき同じ部屋になったのよ」

「……合宿、ですか?」

「そう、あなたが言うオタク仲間の合宿」

「はぁ」

「でね、あの子ったら、わたしと一緒の布団で寝たいって言い始めたのよ。冗談だと思ってたんだけど、しつこく何度も言ってくるから、わたし、だんだんと怖くなってね」

「そうですね、イツキって本当にしつこいですよね」

「でも、冗談じゃなかったのよ。わかるでしょう? あなたには」

「い、いや……」

 そう言いながら、私は会長さんと向き合う。

 会長さんの目はうるんでいた。

 か、かわいい。

 その眼差しに、なぜか、私は動揺してしまう。

 自分が女子であることを忘れてしまいそうなぐらい、イツキとの過去を語る会長さんは色っぽかった。

「あの子、わたしの布団にもぐりこんできたのよ! そ、そして……わたしの、む、胸を……」

「もんだり、とか?」

「な、なななな、なに言ってんのよ、清水さん! わたしはそこまでされてないからね! でも、つんつんされたのよ。その……胸で一番敏感なところを……」

 会長さんはすっかり赤面していた。

 私は会長さんをなぐさめるべきだった。それなのに、恥ずかしがる会長さんを見ると、私はむしろイツキのほうに共感してしまったのだ。

 とびっきりの美人が、自分の冗談を真に受けて、プルプル震えながら、布団で眠ったふりをする。こりゃもう、イタズラしてもおかしくないんじゃないかとか。

「それで、わたし、あの子の本性がわかって……だんだん距離を置くようになったのよ。それまではかわいい妹分だったんだけど、まさかわたしの身体が目当てだったとは思わなくてね。それから、かなり疎遠になってたんだけど、久しぶりに連絡があったと思ったら、北高に入学するっていうじゃない? うれしかったけど、不安もあったのよ。また犯されるんじゃないかって」

 つまり、イツキの中学時代を、会長さんは知らないということか。

 だんだんと私の頭は冴えてくる。

 イツキからすれば軽いイタズラのつもりが、会長さんはそれに本気でおびえるようになった。

 こうして、頼れる同性の先輩と距離を置かれたイツキは、中学生になってから奔放なことをしてしまう。

 でも、それでうまくいかなくて、だからこそ、イツキは自分の中学時代を知らない会長さんを頼ることにしたのだろう。

「そんなわたしの不安を解決してくれたのが清水さん、あなたなのよ! あなたがあの子と深い関係になったから、わたしもあの子と向き合えるようになった。そのことにはすごく感謝してるの。できれば、あの映画を見る前にも、一度会って話がしたかったんだけどね」

 なるほど、それで私がイツキのパートナーになったと思いこむようになったということか。

 うん、他人事として聞くなら良い話かもしれない。私の名誉を抜きにして考えれば。

「でも、ただの友達って関係かもしれませんよ? 私とイツキは」

 ふと、そんなことを言ってみた。

「なにいってるのよ。わたしはなんでも知っているのよ。あなたたちが夏休みにお泊り会したってことも」

「だ、だって……友達同士でも、お泊り会はするじゃないですか?」

「うふふ、まだシラを切るつもりなのね。わたしがこのお茶会に誘ったときのこと、覚えてる?」

「――――なっ!」

 私は思いだす。会長さんが話しかけてきたとき、私がイツキにされていたことを。

「清水さん、あなた、あの子とハグしてたじゃない! 白昼の廊下で、堂々と!」

 高らかに会長さんは叫んだ。

 そのあと、手をたたく音が聞こえてくる。

 まさか、ミッチーズの皆さんに祝福されているのか、私。

「清水さん、わたしたちはあなたの禁断の愛を応援しているからね!」

「そうそう、次期会長になってくれても、清水さんの恋路のジャマはしないから!」

「あたしたちミッチーズは清水さんの幸せを全力でバックアップするよ!」

「あは、あははははは」

 私は乾いた笑い声をたてるほかない。

 ミッチーズは同性愛に寛容な組織であるようだ。

 日頃、みつる先輩を対象に妄想を繰り広げているからだろう。

「そんな清水さんだからこそ、このミッチーズの次期会長を引き受けてほしいのよ」

 会長さんがさらなる説得にかかってくる。

「見てのとおり、ミッチーズに入ると、みんな心の底でいだいていた幻想を話し合うことができるのよ。それが本気なだけ、ときには論争になったりするけれど、わたしはそれをとても美しいことだと思うの!」

「は、はい……」

「わたしはこの集まりを永遠のものとしたい! せめて、みっちゃんが高校卒業するまでは続けたいの。そのためには、清水さんに次期会長をしてもらうしかないのよ。いいよね?」

「い、いえ……」

「な、なんで?」

 唖然とした表情を会長さんは浮かべている。

 さすがの私も首を縦にふることはなかった。

 それよりも、私の中で怒りがこみあげてきたからである。

 そもそも、その子が否定すれば、会長さんがこんな提案をすることはなかったのだ。

 その子は、自分の最愛の男子と付き合うために、自分が親友と呼ぶ女子のあらぬウワサを流すことをためらわなかった。

 その子は言い訳するだろう。「あのヒトは思いこみが激しい性格だから」と。

 その結果、私はとんでもない誤解のもとに、なりたくもない役職を背負わされようとしている。

 思えば、みつる先輩と親しかったのに関わらず、私はミッチーズの皆さんの敵意を受けることはなかった。

 私とその子だけは、いくらみつる先輩と仲良くなっても、ミッチーズからはノーマークだった。

 そのときから、すでにその子は自分と私にまつわるウワサを流していたのだろう。

 かつて、その子は私に言った。「恋愛は仁義なき戦争」なのだと。「友情よりも恋愛をとる」と。

 その結果がこれなのか? 親友を同性愛者に仕立てあげてまで、恋愛を成就させたかったのか?

 私は心の中で吠えた。

 ――イツキ、許すまじ!

「すいませんが、失礼します」

「し、清水さん」

 席を立つ私に、会長さんの声が聞こえてくる。でも、私は振り向かない。

「会長さんは悪くないですよ。悪いのは全部イツキです」

「も、もしかして……わたし、しゃべりすぎたかしら」

「いえいえ、そんなことないです。会長さんは魅力的な人です。これは、私個人の問題です」

「あの……結論を急がなくていいからね」

「それよりも、やるべきことがありますので」

 私はそう答えて、部屋を出る。ミッチーズの皆さんの表情をうかがうこともなく。

 すぐさま、私は携帯電話を出してイツキにメッセで伝えた。

「どういうことなのよ、これ!」

 

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