(6)「みんな、気をつけてね!」

 

 びしょ濡れのハルヒコを見て、母さんは驚きながらも、ハルヒコに浴室を貸してくれた。服は父さんのことを貸すことにした。

「母さん、もし父さんにバレたらどうするの?」

「だいじょうぶだって京子。うちの父さん、ニブいから」

 しかし、それよりも問題は、ハルヒコの男気とやらに感動した弟だった。

「おれ、キョン子ちゃんのこと見直したよ」

「そう?」

「だって、団長みたいなスゴいヒトと友達になってるんだから」

「いやいや、ハルヒコはスゴい人じゃなくて変わった人だから」

「なにいってんだよ。団長こそ、男の中の男だぜ!」

「……まさか、あんた、自分のケンカの後始末に、ハルヒコを呼んだりしないよね?」

「なにいってんだキョン子ちゃん、団長は世界のために人類のためにがんばってるんだぞ。そんな団長に認められるために、おれは自分の力で男にならないといけないんだ!」

 弟は目をキラキラさせて答えた。なんだか立派な発言みたいだが、とてつもない危険性に満ちていた。私はあわてて言う。

「でも、あいつのマネをしたらダメだからね。あんたはまだ子供なんだし」

「ふん、キョン子ちゃんこそ、せっかく団長が良いことしたのに、恥をかかせるようなことを言いやがって……まあ、キョン子ちゃんの気持ちはわかるけどさ」

「その気持ちがわかるなら、あんたが見習うべきは、みつる先輩よ。あの人、気がきくし、いつもフォローしてくれるし。いい? これから、あんたが尊敬するのはハルヒコじゃなくて、みつる先輩にしなさい」

「それって、あのオカマ野郎だろ?」

「お、オカマって……」

 その発言を聞いていたイツキは面白がって、みつる先輩に話してしまったらしい。おかげで、みつる先輩は「小学生にもバカにされるなんて……」とショックを受けていた。かといって、それからみつる先輩が男らしくなったりはしなかったけれど。

「じゃあ、俺は帰るからな。あ、風呂、ありがとうございました!」

シャワーを終えたハルヒコは、私には不機嫌に、母さんには愛想よくそう言った。

「うんうん、よく似合ってるわ。昔の父さんを思い出すわね」

「え? うちの父さんって、若いころハルヒコに似てたの?」

 私の言葉に母さんは微笑んで言う。

「ええ、カッコよかったのよ」

「は?」

 私の父さんとハルヒコは顔の形からして違う。それに、カッコよかったなんて何の答えにもなっていない。

「ま、とにかく、我がSOS団への誤解はなくなったことだし、めでたしじゃないか」

 話をまとめようとするハルヒコに、母さんがつぶやく。

「そうね、顧問の先生のこともたずねたかったけど」

「顧問? 失礼ですが、我がSOS団に顧問なんて……」とハルヒコ。

「す、ストップ!」

 話をさえぎろうとする私に、弟が声をかける。

「あれ? キョン子ちゃんは、あのとき、車に送ってもらったんだよね? 顧問の先生に」

「あちゃー」

 あからさかまに舌を出すイツキ。

 私はすっかりあの35歳ロリコン野郎のことを忘れていたのだ。

 ハルヒコがいなければいくらでもごまかせるが、残念ながら、我らが団長は場の雰囲気を察するのが苦手である。

 彼は私の胸ぐらをつかむ勢いでたずねた。

「おい、キョン子。それって、もしかして長門の家の車か?」

「え?」

 しかし、ハルヒコの問いは、あまりにも的外れだった。

「キョン子、俺には無断で、また長門の家に出入りしてるっていうのかよ!」

「い、いや、これは……」

 私は思わず口をにごらせる。

 否定するのは簡単だが、母と弟の追及から逃れるためには、長門家を利用したほうがいいんじゃないか。なんとか着地点を見いだしたい私は、視界をめぐらせる。

 問題の長門くんは相変わらず存在感ゼロのまま、近くに立っていた。

「長門、どういうことだ?」

 ハルヒコの詰問に長門くんは表情を変えずに答えた。

「涼宮、お前に彼女を縛る権利はないと思うが?」

「な、なんだと……」

「フッ」

 それからメガネをクイっとあげる長門くん。

 いや、長門くん、ウソだと言わなかったことはありがたいが、さらに火種を起こす発言をしてどうする。

「えー! もしかして、キョン子ちゃん、シュラバってるの?」

 そこにわりこむ弟の声。

「うちのキョン子ちゃんはイツキ姉ちゃんに比べたら、全然かわいくないじゃん。なんで?」

「あんたはだまってなさい!」

 身内に冷たい弟の発言に、私はたまらず叫ぶ。

「では、俺はここで失礼する」

 場がおさまったと判断したのか、長門くんはクールに振り返り玄関に歩き出す。

「待てよ長門! あ、今日はありがとうございました」

 母にお辞儀をして、あわてて長門くんを追いかけるハルヒコ。

「じゃあ、僕もそろそろ帰ろうかな。あと、僕はオカマじゃないからね」

 弟にそう念押しをしてみつる先輩も帰っていく。

 その背中に、イツキは優しく声をかけた。

「みんな、気をつけてね!」

 私はイツキに言った。

「あれ? イツキちゃん、なんで?」

 

     ◇

 

「ったく、まさかこうなるとは思わなかったわよ。自分の部屋に地べたで寝るなんて」

「じゃあ、ベッドで寝たらいいじゃん」

「いや、そういう問題じゃなくて……」

 ベッドで頬杖をついているイツキに、私はあきれてみる。

 あのあと、イツキちゃんは帰らなかったのだ。

 イツキは「キョン子ちゃんに勉強を教えてほしい」と言って、ぬけぬけと我が家に残った。夕食の時間になっても「ママに電話したからだいじょうぶです」と居座った。

 それでも母さんと弟は歓迎ムードだった。というのも、口うるさい父さんが出張で帰って来なかったからだ。

 こうして、イツキちゃんお泊り会は、あまりにも早く実現してしまったのである。さすがに一緒にお風呂に入ったりはしなかったけれど。

 そんなイツキの適応力の高さを思い知りながらも、私はたずねてみる。

「ねえ、イツキちゃんってさ、もっとかわいい女の子が好きだと思ったんだけど」

「キョン子ちゃんだってかわいいよ」

 何でもないように、そう答えるイツキ。

「いや、そういう意味じゃなくて」

「つまり、かわいいカワイイしている女の子ってこと?」

「うん」

 たいてい、美人の子は美人同士で友達を作るものだ。私みたいな地味系女子は、美人のアタシが話してやってるんだからありがたく感謝しなさい、と見下される立場だと思っていた。

 でも、イツキの私に対する接し方はそうではない。

「ああいう子たちと付き合うのって疲れるんだよね。ほめてあげちゃうと死んじゃうから。かわいいかわいい連呼するのもあきちゃったし」

「へえ」と私。

「それに、キョン子ちゃんとの出会いは特別だったから」

「あ……」

 私はイツキと初めて会ったときのことを思い出す。

 イツキはハルヒコに勧誘されて、SOS団に入った。副団長というハルヒコなりの好待遇を与えられて。

 それから、バニーガール騒動が起き、私は一時退部することにした。でも、そのころからイツキのことを私は憎めなかった。

「ねえイツキちゃん。あのとき、ハルヒコは私のこと、どう言ってた?」

 私はなにげないそぶりでたずねてみる。

「まあ、キョン子ちゃんがいるから、私は勧誘されたものだから」

「そうなの?」

 ハルヒコがイツキに声をかけたのは、彼の目にかなう「最強メンバー」だったからではないのか。

「団長は、キョン子ちゃんのこと、かなり高く買ってたわよ。見た目はドンくさそうだけど、なかなか鋭いヤツなんだって」

 そういえば、入学当初のハルヒコは毎日ブレスレッドの色を変えるとか、小賢しいことをやってたっけ。

「で、キョン子ちゃんは女子一人でさみしがってるから、最後の団員は女子でなければならない。すると適格者はお前しかいないって言われてね」

「へえ」

「今だから明かす『イツキちゃん入団の真相』ってやつよ」

 まるで先生の強制ペアのような乱暴さもあったけど、いちおうハルヒコなりに考えていたのか、私のこと。

 でも、そのわりにハルヒコの私に対するあつかいは、みつる先輩の次に悪い。私の言っていることをまともに取り合ってくれないし。

「だからね、あたしにとってキョン子ちゃんは初めから特別な女の子なんだよ」

「そう?」

「そして、そんなキョン子ちゃんに会わせてくれた団長にも感謝してる。……きっと、あたし一人だと、キョン子ちゃんみたいな子と知り合えなかったから」

 そうつぶやいたあと、いきなりイツキは部屋の電気を消した。

「ちょ、ちょっと、イツキちゃん」

「もう寝る時間だからね」

 そんな自分勝手なイツキのふるまいに、私は怒る気にはなれなかった。

 きっと、イツキは照れていたと思うから。二人きりの部屋じゃないと話してくれないことだと思ったから。

 私にとっても、古泉イツキという子は特別だった。見た目がかわいいだけじゃない。私の知らないことをいっぱい知っていて、私のことを大事に思ってくれている。

 そんな友達を持てたのは、たしかにハルヒコのおかげだ。私もあいつに感謝しなければならないのか。

「ちなみに、あたし、寝相悪いから」

「へ?」

 いきなりのイツキちゃん発言に、私はとまどう。

「あたし、最近はあのぬいぐるみを抱いて寝ているから、まちがってキョン子ちゃんに抱きついたりするかも」

「え?」

「ふふふ、じゃあ、おやすみなさーい」

「ちょ、ちょっと」

「ぐー、ぐー……」

 あからさまなイツキの寝言に、私の警戒心は高まる。まさか、ここからがお泊り会の本番なのかと。

 でも、その夜、イツキは私に対して何もしなかったと思う。翌朝、私はイツキよりも早く起きたし。パジャマは乱れていなかったし。

 だから、私はイツキを信用しつづけていたのだ。それから数ヶ月後、あのウワサを知るまでは。

 

 

【エンドレス・サマー 終わり】

 

 

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