(6)「そんな願いごとでいいのか」

 

「それで願いは考えたのか、キョン子」

 星空観賞会翌日の放課後。

 私は懲りずにSOS団の部室に顔を出していた

 今日こそはクニと一緒にテスト勉強しようと考えていたのだが、グッチに無理やり追い出されたのだ。

 それというのも、中河さん報告のせいである。

 昼休み、私のクラスに戻ってきたグッチは上機嫌で言った。

「キョン子、うまくやったみたいじゃん?」

「なにが?」と私。

「中河さんがうらやましがってたよ。キョン子とスズミヤの相性はバッチリだって」

「はぁ?」

「昨日、すごく良い雰囲気だったんだよね?」

「……どこが」

 私はあきれながら言う。昨日、私はあいつに「義務教育からやり直せ」と言われたのだ。慰謝料を請求してもいいぐらいの暴言である。

「それよりグッチ、中河さんに私のこと教えてあげればよかったのに。彼女、部室に来たとき困ってたよ」

「ごめんごめん。でも、結果オーライってことで」

 悪びれなく答えるグッチに私はあきれつつも、ついでにたずねてみた。

「あとグッチ、中河さんに彼氏がいるって本当?」

「うん、このクラスのサカモトなんだけど」

「ま、マジで?」

 私は思わず、阪本くんの席を見る。

 その阪本くんは、この昼休み、友達と一緒に談笑していた。

「キョン子のおかげで、彼女、サカモトとも仲直りできたみたい」

「……そうなんだ」

 いやいや、阪本くん、昼休みは中河さんと一緒に弁当を食べないとダメじゃないか。彼氏と彼女の仲なんだろ? あんたたちは。

「ははは、キョン子ったら、マヌケな顔をしてるよ」

 私の表情を見て、クニが笑う。

 とまあ、結局、何がどうなったのか私にはよくわからないまま、放課後をむかえたのだ。

 そして、教室に残って勉強しようとした私は、グッチに「スズミヤに教えてもらえば」と軽くあしらわれたわけである。

 文芸部部室には相変わらず短冊のついた葉竹が飾られている。

「キョン子ちゃん。あたしは新しい願いごとを書いたからね!」

 にこやかなイツキにうながされて、私はその短冊を見る。

 

【キョン子ちゃんがグラマーになりますように 古泉イツキ】

 

「てぇーーーい!」

 私は光の速さでそれをひきちぎった。

「な、なに? あたしとの友情を否定する気?」

「そんな友情は、いらない!」

 私は肩で息を切らしながら、そう叫ぶ。

 いったい、昨日の星空鑑賞会はなんだったというのか。

「だって、キョン子ちゃんがもっとグラマーになったら、一緒にお風呂に入ったとき、楽しそうじゃん!」

「な、なにを……」

 私は絶句する。

 ここ数ヶ月、イツキとはずいぶんと仲良くなったものだが、まだお泊まり会をしたことはない。

「ごほん」「ごほん」

 男子の咳払いが聞こえる。ハルヒコとみつる先輩のものだろう。

「あんたたち、心配しなくていいから。私にそんな気はないからね!」

「えー? キョン子ちゃん、あたしと一緒にお風呂に入りたくないの?」

「うん、こんな願いごとされると入りたくなくなった」

「そ、そんな……」

 私のつれない返事にかわいらしくうなだれるイツキ。しかし、そんな仕草にダマされるほど私と彼女の仲は浅くはないのだ。

「で、キョン子、おまえはどうなんだ?」

「……うーん、と」

 ハルヒコの催促に私は抵抗せず、すらすらと短冊にこう書いた。

 

【SOS団のみんなが元気でありますように 清水京子】

 

「そんな願いごとでいいのか、キョン子?」

「だって、今度の期末テストの成績が良くなりますように祈っても、あんたはバカにするよね?」

「ああ、それは愚の骨頂だ」

「だから、こう祈るのよ」

 私は七夕の星空にたくすような切実な願いはない。

 ただ、今の生活が続くこと。

 それを願うしかないと思ったのだ。

「はいはーい、団長。書き直しました!」

 いっぽう、イツキは調子の良い声で手を挙げる。

 私は不信度100%の眼差しでそれを見た。


【キョン子ちゃんともっと仲良くなれますように! 古泉イツキ】

 

「な、なんで、執拗に私をターゲットにするのよ」

「だって、キョン子ちゃんが、みんなのことを願うから、あたしが代わりにね」

「もっと仲良くなるって、どうなるの?」

「そりゃもう、ベッドで一緒に寝たりとか」

「な……」

 私は自分の肩を抱きしめる。まさか、貞操の危機なのか、これ。

「ごほん」「ごほん」

 男子二人の咳払いに、私は平静さを取り戻す。

 そう、これはイツキの悪い冗談なのだ。

 だいたい、中河さんと恋愛話をしたように、イツキはその気になれば誰とでも仲良くなれる子だと思う。わざわざ、私だけを標的にするはずがない。

「まあ、キョン子ちゃんだけでなく、みんなと仲良くなりたいけどね、あたしは」

 そう言って、イツキはちらりとみつる先輩を見た。その視線にみつる先輩はすぐさまうつむく。

 うん、やっぱりオタク先輩だ。年上のくせにイツキをリードするなんてできそうもない。みつる先輩が想いを告げるのはいつになることやら、と私は思う。

 まあ、そんなイツキの七夕の願いは、夏休みに予期せぬ形で実現しそうになったのだけれど。

 

 

【笹の葉レクイエム 終わり】

 


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