(3)「サンタクロースは、いるだろ?」
我がSOS団は秘密結社めいているが、関係者以外立入禁止ではない。
ハルヒコ団長は、不思議な体験談を常時募集しており、それを告知するポスターだって出している。
だから、ハルヒコはあわてることなく、ドアの向こうの人影に高らかに叫んだ。
「どうぞ!」
ガチャリ。我が団長の声にはげまされたのか、ドアが開く。
その女生徒の顔を見て、私は思わず叫んだ。
「中河さん?」
彼女も私を見て、驚いて言った。
「清水さん?」
それに便乗するように、イツキも声を出した。
「清水さんって誰?」
真顔でたずねるイツキに私はあわてて、
「ちょっとイツキちゃん、冗談はやめてよ」
「冗談もなにも、この部室に清水さんってヒトはいないんだけど」
「そうだ!」
ハルヒコが立ち上がって力説する。
「この部室に、清水京子という女子はいない! キョン子と呼ばれし女子がいるだけだ!」
「な……」
私は怒りを通りこして、あきれた眼差しをハルヒコに向ける。
書き忘れていたが、私の名前は「清水京子」という。
古くさい名前だと感じるかもしれないが、私自身は気に入っている。習字で書きやすいわりにサマになる名前なのだ。
ただ、親しい友人には、みんな「キョン子」と呼ばれるので、これまで紹介しそびれていただけである。
「……まさか、イツキちゃんって、私の名前、知らなかったの?」
「だってキョン子ちゃんは、キョン子ちゃんだし」
私の問いに当たり前のように答えるイツキ。
たしかに、私たちは正式に自己紹介したことはなかった。でも、私の名字を知る機会はいくらでもあったはずだ。一週間とか一ヶ月の付き合いじゃないのだから。
「それより、この女子はキョン子の知り合いなのか?」
ハルヒコが私に耳打ちしてくる。
「まあ、顔を知っている程度だけどね。グッチの友達だよ、中河さんは」
「あー、谷口つながりか」
私の返事に納得するハルヒコ。ちなみに、谷口とはグッチの名字である。
グッチの知り合いはクラス内外に多い。クニや私はそんな女子たちをよく紹介されたものだ。私たちはグッチ一人で間に合っているので、彼女たちと親しくなることはなかったけれど。
中河さんもそのひとりだ。私のことを「キョン子」ではなく「清水さん」と呼ぶ時点で、あまり親しくない関係であることがわかるだろう。
その中河さんが私を手招きする。
「清水さんって、涼宮くんと親しいの?」と中河さん。
「まあ、なりゆき上、仕方なくっていうか」と私。
「へえ、イメージとちがってたなあ」
「どういうこと?」
「だって、清水さんって、どちらかというと地味キャラっていうか……」
「そうだよね」
私は中河さんの言葉を素直に受けとめる。自分がこの部室にもっとも似合わない存在であることは、我ながら理解していることだからだ。
団長のハルヒコは言うまでもなく、副団長のイツキ、文芸部部長の長門くん、そしてオタク先輩と、SOS団員は我が北高の個性キャラをかき集めたようなメンバーなのだ。
「で、なんの用だ? ここがSOS団だと知ってるんだよな?」
偉そうな口調で、ハルヒコは来訪者にたずねる。
「うん、涼宮くんって、宇宙人を探しているぐらいだから、星空のこと、くわしいんだよね?」と中河さん。
「まあな」
「じゃあ、涼宮くんは望遠鏡とか持ってるよね?」
「ああ、たいしたもんじゃないけどな」
持ってるのか。こいつの性格からして、望遠鏡を持っていたら、部室で見せびらかしたあと、掃除大臣である私を悩ます邪魔物になりそうなものだが。
「アタシ、七夕の星空をマジメに見たことがなくて。グッチに星にくわしい人がいないかたずねてくれたら、涼宮くんのことを紹介されて――」
中河さんの言葉に私は納得した。なるほど、放課後にグッチがクニと勉強せずにクラスを去った理由はこれなのだ。
「それは良い心がけだ。我が団員のキョン子に爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだ」
「って、まさか、これから星を見に行くつもりなの?」
私はハルヒコにすかさず言い返す。
「昔の人は言ったものだ、鉄は熱いうちに打て、とな。今の季節だと、まともに星が見えるのは八時ぐらいになるか」
「こ、この、テスト勉強で大変なときに、夜の八時から星空を見るって――」
私はあきれてつぶやく。
「おいキョン子。せっかくの良い機会じゃないか。俺はひそかにSOS団で星空鑑賞会を計画していたのだが、依頼者がいるとなれば、是が非でも強行せねばなるまい」
「ねえ、中河さん。どうして、七夕に星が見たいなんてこと考えたの?」
私は非常識なハルヒコから目をそらし、来訪者と向き合う。
「そ、それは、秘密、かな?」
頼りなく答える中河さん。
「そうだ、星を見るのに理由などいらない。古代から、人類は星空を見つめ、その位置に様々なメッセージを読みとったものだ。七夕はその思いを知る絶好のイベントではないか」とハルヒコ。
「で、でも……」
「だいたいさ、ハルヒコ君、どこで星を見るっていうの?」
言葉につまった私にかわり、朝比奈先輩がハルヒコにたずねる。
「そりゃ、この学校の近くでいいんじゃないか? ちょうど星を見るには良いところがあってな」
「げぇ」
私はたまらず下品な声をあげてしまう。まさか、そこは二度と思いだしたくもないことをハルヒコから聞かされた場所ではないか。
「まあキョン子、あのことは、忘れて、だな」
さすがのハルヒコも、きまり悪そうな顔をしたが、それも一瞬のことだった。
「あらためて部活動として星空を見るのも良いじゃないか。なあ、キョン子」
「あんたの望遠鏡を使って?」
「まあ、オモチャみたいなもんだけどな。サンタクロースからもらったものだし」
「サンタクロース?」
ハルヒコの口からもれた意外な言葉に、私はすばやく反応する。
「それって、あんたが何歳のとき?」
「ああ、小三のときだったな」
「へえ、あんたって、小三になってもサンタさんを信じてたんだ」
「信じるもなにも、サンタクロースは、いるだろ?」
「へ?」
真顔で答えるハルヒコに私はしばらく絶句する。
「……ま、まさかあんた、サンタさんを今でも信じてるの?」
「そりゃそうだろ。サンタクロースがいなければ、クリスマスプレゼントをもらえなかったんだから」
平然と答えるハルヒコに、私は冷や汗すら浮かべてしまった。
「あのね……サンタの正体っていうのは、父さんっていうか」
「それがどうした?」
「は?」
「俺にプレゼントを買ってくれたのも枕元に置いたのも父親だってことはわかっているんだよ。でも、サンタクロースという存在がいなければ、俺がクリスマスプレゼントをもらうことはなかっただろう」
「そ、そうだけど……」
ハルヒコの妙な理屈に、私はたじろぐ。
「もちろん、サンタクロースは何でもくれるわけじゃない。親の予算と願望を計算しなければいけないのだ。子供は親が自分に何を望んでいるのかを見きわめたうえで、クリスマスプレゼントを要求する。サンタクロースという存在を仲介してだ。クリスマスプレゼントは、子供が子供らしくふるまうことが試される社会のテストなのだ!」
「は、はい」
私は神妙にうなずくほかない。
「……で、団長は小三のときに望遠鏡をもらったんだよね?」とイツキが口をはさむ。
「ああそうだ」とハルヒコ。
「じゃあ、小四のときは?」
「顕微鏡だ」
「あ、あんたって、クリスマスプレゼントに顕微鏡を頼んだの?」と私。
「ああ、星の次は、ミクロな世界を見たいと思ってな。たいしたものじゃなかったから、すぐに飽きたけど」
私は小四のハルヒコを思い浮かべようとする。クリスマスプレゼントで顕微鏡を要求する子供。実に利発だ。将来ノーベル賞をもらえるかもしれないと親は期待するだろう。
でも、そんなに頭いいのなら、サンタクロースの存在を信じているほうがおかしいと考えるんじゃないか。
「で、キョン子は、いつまでサンタクロースにプレゼントをお願いしてたんだ? おまえのことだから、小二ぐらいで、サンタはいない、とか余計なことを言って、せっかくの贈り物をフイにしそうだけど」
ハルヒコの問いに私は正直に答えた。
「ま、まあ、小六のときまでだったかな?」
「しょ、小六? キョン子ちゃんって、そんなにバカだったの?」とイツキ。
「失礼な。私の場合、弟がいたからね」
「へえ、キョン子って弟がいるのか? あんまり姉っぽくは見えないけど」とハルヒコ。
「僕もキョン子さんに姉属性はあまり感じられないなあ。キョン子さんの属性ってどちらかというと――」
「オタク先輩はだまっててください」
私は朝比奈先輩の発言を容赦なく切り捨てる。
「つまりキョン子、おまえは弟につけこんで一緒にサンタクロースからプレゼントをもらってたってわけか」
「まあそれも、弟が小二になって、サンタはいないとか騒ぎだしたせいで終わっちゃったけどね」
そうなのだ。我が家にサンタさんが来なくなったのは、弟が余計なことを親に言ったせいなのだ。私のはぐらかし方がマズかったこともあるが、弟のバカさが最大の原因である。
世の中にはだまっていたほうがトクをすることがたくさんあるのだ。サンタイベントはその最たるものではないか。
「――それで、今夜八時に、学校の近くで星を見るってことでいいの?」
すっかり対応を忘れていたゲストの中河さんが口をはさむ。
「ああ、そうだな。ただ、問題は月齢なんだが……」とハルヒコ。
「月齢って、月の満ち欠けのこと?」とイツキ。
「できれば、新月のほうがよく星が見えるからなあ」
「団長、それならだいじょうぶ。今日は新月ぐらいだから」
イツキは自信満々に答える。
「おい、古泉。なんで、おまえ、月齢がわかるんだ? もしかして、おまえの腕時計に月齢機能がついているとか?」
「そんなことないって、団長」
そう答えながらイツキは私にウィンクをして、
「だって、女の子は体の中に月齢時計があるんだから!」
「ちょ、ちょっと、イツキちゃん!」
私は大声で叫ぶ。
「イッちゃん、そういうことを言うのは」
続いてオタク先輩も口を出す。
「……どういうことだ?」
ハルヒコは怪訝な顔を浮かべている。
「あれぇ? 団長はわからないのぉ?」
「わからなくてもいいし、口に出さなくてもいい!」
私は机をたたいて、イツキをさえぎる。
「そ、そうか」
私の剣幕にさすがのハルヒコもだまったようだった。
「とりあえず団長、今夜は月明かりにジャマされないってことは確かだからね」
「ならば古泉、是が非でも本日に決行しなければならないな」
ハルヒコはゴホンと咳払いして断言する。
「もちろん、団員は全員強制参加だ」
「私は行かないわよ」
すぐさま私は声を上げる。
「おいキョン子、おまえが来なくてどうする?」
「だって、行くわけないじゃん」
「おまえ、七夕の星空を見たくないのか?」
「それよりも、テスト勉強をしたいし」
「キョン子、おまえはまちがってる! テスト勉強なら、週末にまとめてやればいいじゃないか。それよりもだな……」
「だいたい、午後八時に、ここに来れるわけないし。私んち、門限あるから」
我が家の門限は六時ぐらいである。事前に連絡していれば、ちょっとぐらいは遅くなっても許してくれる。
でも、部活動で星空を見るとなれば問題だ。しかも、顧問の先生がいるならともかく、引率者は涼宮ハルヒコである。許してくれるはずがない。
「みんなでテスト勉強するとか、そういうウソをでっちあげればいいじゃないか?」とハルヒコ。
「もし、緊急事態が起きて、親がその家に電話かけたりしたらどうするのよ?」と私。
「過保護なんだな、キョン子の家は」
「そんなことないって、女子高生なら常識だよ。ねえ、イツキちゃん」
ハルヒコに対抗すべく、私はそんな声をかけてしまった。ピアスをして、メイクをバッチリきめた女子に向かって。
「キョン子ちゃんさ、そういうのは、一度、思いきり破っちゃえばいいんだよ。家出とかしたら、親はなにも言わなくなるものだって」
「いやいやいや」
たずねた相手が悪かった。私は来訪者に向き合う。
「中河さんの家もそうだよね? 門限は六時だよね?」
「あ、アタシはだいじょうぶ。今日は予備校があるから、遅く帰ってもバレないし」
すでに中河さんはアリバイ工作を終えているようだった。
「ねえキョン子さん、これは親のしがらみから離れる良い機会だと思うよ。キョン子さんは華のJKじゃないか!」
「オタク先輩はだまってください」
私は朝比奈先輩にそう言ったあとで、
「私は絶対に行かないからね。他人は他人、私は私」
「どうして意固地になってんだよ、キョン子」
「いや、意地張ってるんじゃなくて……」
そりゃ自分が「箱入り娘」を気取るには不相応なことは知っている。いざとなれば、私だって門限を破るときがあるかもしれない。
でも、その「いざ」が、七夕の星空を見るというのはどうなのだろう?
門限破りという一大決心をするには、もっと重要なイベントがあるはずではないか。
「なあキョン子、おまえ、今までマジメに星を見たことないだろ?」
ハルヒコがさらに説得の言葉をかけてくる。
「まあね」
私は軽く受け流す。
「そんな調子だと、いい大学に入ってもバカにされるぞ」
「バカにされるもなにも、ここより都会になれば、星なんて見ることはできないだろうし」
「でも、都会にはプラネタリウムがあるからな」
「ぷ、プラネタリウム!」
私はその言葉の響きにたまらず叫んでしまった。
「どうしたの、キョン子ちゃん」とイツキ。
「いや、幼稚園のときの七夕の願いごとを思いだして」と私。
「ほう、おまえは昔、どんなことを短冊に書いたんだ?」とハルヒコ。
私は少しためらったあと、言ってみた。
「……【プラネタリウムに住みたい】って」
私は幼稚園のときに、そんなとんでもない願いをしたのだ。
なぜ、今でも覚えているかといえば、それを知った母にさんざんからかわれたからである。
そして、いま、私はイツキにバカにされていた。
「ひひっ、キョン子ちゃん、どうして、そんな願いを」
笑いをこらえながら、イツキはそうたずねてくる。
「だ、だって、子供の頃って、プラネタリウムにあこがれたりしない?」
「あこがれるかもしれないけど、住むところじゃないよね? キョン子ちゃん」
「でも、そのときは子供だったから、星空を見ながら寝るのが、すごく素敵な気がして」
そのあこがれが一過性のものであったことは、クリスマスプレゼントで家庭用プラネタリウムをねだらなかったことからもわかるだろう。
ただ、私はひそかにプラネタリウムに行く日を夢見ている。大学生になって彼氏を持つようになったら、一度ぐらいはデートで行ってみたい。それぐらいのロマンティズムは私にもあるのだ。
「なるほど、やはりキョン子、おまえは有望な団員だ」
ハルヒコがやけに感心しながら言う。
「でも、これ、子供のときの話だし」
「なにを言う? 昔の人は言ったものだ、三つ子の魂百まで、とな。そして、幼き日の願望をかなえるときは、今日なのだ!」
高らかに叫ぶハルヒコ。
「ま、まあ、言われてみれば、せっかくのチャンスではあるけれど……ほかのみんなはどうなの?」
「あたしは行くわよ、キョン子ちゃんも来ると信じて」とイツキ。
「僕も、もちろん」とオタク先輩。
「俺もだ」と長門くん。
「な、長門くんまで……」
いきなり動きだした長門くんに私は驚きながらも、すぐさま納得する。SF小説愛好家である長門くんは、ハルヒコに負けないほど宇宙へのあこがれがあるのだろう。
「それでは、SOS団公式イベントとして、本日夜八時から、七夕星空鑑賞会を行う。ゲストとして、その、中河さんにも参加してもらう」
ハルヒコ団長の言葉に、イツキ副団長が調子よく答えた。
「はーい、意義ありませーん」
「もし、参加しない団員には、それ相応の罰があるといっていいだろう。具体的にいえば、団員その1であるキョン子が参加しなかった場合、みつる以下の待遇になると警告しておく」
「はーい、意義ありませーん」とイツキ。
「ねえ、それって罰になるの?」
私は素朴にたずねてみるが、ハルヒコは完全無視した。
「それじゃ、七時半に校門前で集合だな。俺は望遠鏡を持って来るから一度帰るけど、おまえらはどうする?」
「あたしは、ずっとここにいるけど。帰るの面倒くさいし」とイツキ。
「僕もイッちゃんと一緒にいるよ。中河さんはどうするの?」とオタク先輩。
「アタシもここで学校が閉まるまで待つつもりです」と中河さん。
「それでは、俺は双眼鏡を持ってこよう」と長門くん。
「……で、キョン子は?」
みんなの乗り気な態度に驚きながら、私はハルヒコにこう答えるしかなかった。
「ま、まあ、行けたら行く、かな?」
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