(2)「おまえは七夕の星空に何を願うんだ?」
【文芸部】
私が向かう部室の表札には、そう記されている。しかし、私は文芸部員ではない。
いや、表向きはそうなっているし、私だって面倒なときはそのふりをしているけど、実態は大きく異なるのだ。
私は嫌な予感をかかえながら、その部室のドアを開ける。
「キョン子ちゃん、おそーーい!」
そんな私への第一声は、ピアスがキラリと輝く茶髪女子から発せられた。地味な私の対極に位置する派手な外見をした女の子。彼女はここの副団長である。
「そうだ、なにやってたんだ、キョン子」
そして、奥の席から身を乗りだしてきたのが、我らが団長である涼宮ハルヒコなのだが――。
「って、なにそれ」
それよりも目に飛びこんだものがある。昨日までは部室になかったもの。
短冊のついた笹竹だ。
「キョン子、おまえ、七夕も知らないのか?」
あきれた顔で、ハルヒコが声をかけてくる。
「いや、知ってるけど」
「じゃあ、おどろくなよ。まさか、今が何月か知らないのか?」
「いや、知ってるけど」
そりゃ、幼稚園のときは、七月七日になると笹の葉に願いごとを書いた短冊を吊して、そのまわりで歌ったりしたものだ。
でも、私たちは高校生である。そんな子供向けのイベントからは卒業してしかるべき年齢ではないのか。
「……ということは、短冊になにを書くか、まだ決めてないのか?」とハルヒコ。
「へ?」と私。
「前に言っただろ、七夕に向けて、短冊に書く願いごとを考えてこいって」
「聞いてないんだけど」
「言った」
「聞いてない」
「いや、言っただろ。なあ、おまえら」
そう言って、ハルヒコ団長は、他の団員を見わたす。
「あたしは聞いてないけどね」
入り口に立つ私から見て左側に座っているのは、さきほど声をかけてきた副団長、古泉イツキちゃんである。目立ちたがりの気まぐれ屋。わがままだけど、なんだか憎めない女の子。
「でも、笹の葉飾るってことは、ハルヒコ君が前に言ってなかったっけ」
イツキの前、つまり、私から見て右側に座っているのが、朝比奈みつる先輩である。かわいい外見をしているくせに、オタクな趣味をした小柄な男子。
「そうだ! 七夕は宇宙のことを考える絶好の機会なのだ! このイベントをムダにすれば、我がSOS団の名がすたる!」
そうそう、文芸部室を借りているが、私たちの部活の名称は『SOS団』という。この名を決めたのが、涼宮ハルヒコ団長であることは言うまでもない。立派な名前だが、特に人助けをすることはなく、勝手気ままな活動をしている。団員の私にも、よくわからない部活である。
「さっきあんたが放課後に教室を飛びだしたのってこれが理由?」と私。
「ああ、長門のやつが葉竹を用意してくれたからな」とハルヒコ。
「長門くんが?」
私はハルヒコの奥にいるメガネ男子を見る。彼は正真正銘の文芸部員である。彼の許可によって、我々は文芸部室を占拠しているのだ。
彼、長門ユウキは、我が街でピカイチの金持ちの御曹子だが、その存在感はきわめてうすい。部室では、いつもSF小説ばかりを読んでいるし、ほとんど口を開くことがない。
そんな長門くんが葉竹をどんな表情で持ってきたのだろうか。もしかしたら、私の知らない長門家執事が届けに来たのかもしれない。いずれにせよ、持ち物検査をパスできたのは、長門家ならではの権力だろう。もっとほかのことにその財力を使えばいいのに。
私の視線に気づき、長門くんは、クイッとメガネをあげる。そして、また読書モードに戻る。彼からすれば、私の驚きよりも、SF小説の続きのほうが重要なのだ。
「そうそう、キョン子ちゃんが来るの遅いから、短冊書いちゃったんだよね、みんな」
イツキがうれしそうに話しかけてくる。
「ああ、もうちょっとで、勝手におまえの願いごとを書こうと思ったぐらいだ」とハルヒコ。
「なんでそんなことを」と私。
「やっぱり、五人そろわないと、しまりが悪いからなあ」
ハルヒコの言葉を聞きながら、私は安堵する。部室に来たのは正解だった。私の名前でハルヒコ発案の短冊が飾られるなんて、考えるだけで恐ろしい。
「ねえ、みんなの願いごと、先に見ていい?」
「どうぞ、どうぞ」
私の言葉に、やたらとうれしそうにこたえるイツキ。
「まさか、俺たちの真似をするつもりじゃないよな?」とハルヒコ。
「そんなわけないじゃん」と私。
他のメンバーと願いごとがかぶらないことには自信があった。期末テストが近いというのに、七夕気分で浮かれる連中と、常識人の私の願いが同じはずがないだろう。
私は笹の葉に近づく。真っ先に目についたのは、もっとも大きな短冊に、でっかい文字で書かれたものだ。
【世界に異常なことが起こりますように 涼宮ハルヒコ】
「……って、ダメじゃん!」
「は? なに言ってんだよ」
平然と答えるハルヒコの姿に私はあきれる。変人とは思っていたが、よくもまあ、こんなバカげた願いを恥ずかしげもなく書いたものだ。
「こういうのは『世界が平和でありますように』とか書くものよ」
「そんなことを七夕に願ってどうするんだよ」とハルヒコ。
「どうするって、平和は尊いものでしょうが!」
私たちは平和な世界に生きている。だが、日々の平和に感謝する気持ちを忘れてはダメではないか。
世界のどこかでは、今でも戦争が起きていて、尊い命が奪われているのだから。
「キョン子、おまえは世界が平和になってほしいのか」とハルヒコ。
「当たり前じゃん」と私。
「じゃあ、短冊に書くよりも募金でもしろよ。そのほうがマシだ」
「う……」
まさかのハルヒコの正論に私はたじろいでしまう。
「俺は平和を願うヤツをバカにするつもりはないし、そのために活動するヤツは立派だと思う。だが、短冊に書くだけで何もしないヤツは腹立つな。願うよりも行動しろよと。ボランティア活動するとか募金するとか」
「じゃ、じゃあ、なんで、あんたはこんな願いをしたのよ」
「そりゃ、異常現象が起きるためには募金できないからだ。祈るしかない」
「そのせいで、戦争になったら、どうするのよ!」
「キョン子、なんでそういう話になるんだよ。おまえは戦争が起きてほしいのか?」
「起きてほしくないから、こういうこと言ってるんだけど」
私の言葉にハルヒコは、はぁー、と大げさにため息をついて、
「あのさ、異常現象というのは、新たな発見につながることなんだ。例えば、俺は定期的に学校の様子をチェックしているけど、もし、数日前にないものが見つかったら、何かあるって気づくだろ? それは、日々探索してないヤツにはわからないことだ」
「それ、掃除みたいなもの?」と私。
「どういう意味だよ」とハルヒコ。
「だって、いつも部屋をキレイにしておくと、汚くなったところが目立つからね。そうすると、日ごろから整理整頓するようになるんだよ。そういうことを言ってるのかと」
「なるほど、一理あるな。キョン子にしては、良い話するじゃないか」
大げさに納得するハルヒコ。素直に感心すればいいのに、余計な一言を付け加えてしまうのが、彼のダメなところである。
「とにかく、あんたは、そういうちょっとした異常なことが起こればいいってことね」と私。
「ああ、俺はどんな些細な異常現象でも見逃さない自信がある」とハルヒコ。
「じゃあ、いいんじゃないの」
「なんで、おまえが俺の短冊を認めるような口ぶりなんだよ」
うん、見たときは、常識外れな願いごとだと思ったものだが、話を聞いてみると納得である。
こいつも、入学当初に比べると、だいぶマシになったんじゃないか。これも私の努力の成果だと思いたい。
「……で、次は」
その下には達筆な書体でこう記された短冊があった。
【「ろまねく」の新作が出ますように 朝比奈みつる】
「字、うまいんだね、みつる先輩」
「だって、僕、ここに入る前、書道部に入ってたし」
「あ、そうだった」
私はそう答えながら、謎の四文字に心を奪われている。達筆だからこそ、より目立つというものがある。そして、みつる先輩は、何かを話したくて、うずうずしているようだ。気乗りはしないが、社交辞令として、いちおうきいておかなければなるまい。
「で、『ろまねく』ってなに?」
「ロマンシング・ネクロマンサーの略だよ、キョン子さん」
正式名称を聞いても、さっぱりわからないのは言うまでもない。
「つまり、ゲームか何かのタイトルなんだよね?」
「うん、エロゲだけどね」
「はい?」
私は光の速さで反応してしまう。今、聞いてはならない単語が聞こえた気がした。
「だから、エロゲのタイトルなんだよ」
「はい?」
「えっと、要するに、エロゲっていうのは18禁ゲームのことで」
「いやいや、そういう説明を聞きたいんじゃなくてね」
「え? どういうこと?」
みつる先輩は愛らしい笑顔をたたえたままだ。私はこの外見に何度もダマされてきたのだが、さすがに今回は怒りがこみあげてきた。
「みつる先輩は、まだ18歳じゃないよね?」
「うん、そうだけど」
「じゃあ、ダメじゃん」
「なにがダメなの?」
「18禁ってことは、18歳未満はやっちゃダメなんだよ、そのゲーム」
「でも、みんなやってるよ」
あまりにも罪の意識がゼロのみつる先輩に、私の堪忍袋の緒が切れた。
「そんなもの、部の短冊に書いて、どうすんのよ!」
「だ、だってさ、それ、泣きゲーなんだよ、抜きゲーじゃなくて」
「なに言ってんのかわかんないんだけど」
「だから、『ろまねく』は感動できる名作ってことだよ。キョン子さんが、エロゲに偏見を持ってるのはわかるけど、トゥルーエンドを見たら泣けることまちがいなしっていうか」
「ハルヒコ!」
私は机をたたいて、団長席に視点を変える。
「な、なんだ?」
「18歳未満がプレイしてはいけないゲームのことを短冊に書くなんて、団長として、見逃せないことだと思うんだけど」
「そうか?」
「例えばさ、あんた、部の短冊で、『酒飲みたい』とか『タバコ吸いたい』とか書かれてたら、どう思う?」
「いや、そういうのとエロゲはちょっと別だし」
「同じよ! そうよね、イツキちゃん」
私はさらなる同意者を求めて、イツキを見る。しかし、こういうときに頼りにならないのは、イツキも同じだった。
「……だってさ。みつる君、キョン子ちゃんに嫌われちゃったぞ~」
「かまうもんか。男には自分を貫かなければならないときがある!」
「そういう問題じゃなくて、ダメなものはダメなの!」
私はさらに机をたたく。
「そりゃ、みつる先輩がオタクなのは知ってる。家でそういうゲームをプレイしてるのは、ショックだけど、まあ許す。問題は、部活動に、それを持ちこむことよ!」
「だから、キョン子さんは、大げさなんだって」
「18禁って、何の略なの? 日本語わかってないのは、オタク先輩のほうでしょうが!」
「……お、オタク先輩?」
「あーあ、みつる君、変なあだ名つけられちゃった」
「そうだな。キョン子の言い分のほうが一理ある」
ようやく、ハルヒコ団長も納得してくれたようだ。
それにしても、こんな当たり前のことで、なぜ大声を出す必要があるというのか。
「わかったよ。じゃあ、これ、アニメのほうにするから」とオタク先輩。
「アニメもゲームも関係ない! 18禁なのが問題なの!」と私。
「だから、アニメは18禁じゃないんだよ」
「はい?」
「『ろまねく』のアニメは地上波で流してる一般アニメだからね。一期は終わったけど、まだゲームのシナリオ全部やってないから」
「……つまり、18禁ゲーム原作のアニメが、普通にテレビで流されたってこと?」
「そうだよキョン子さん。これは、泣きゲーとして話題になったからこそ実現したことだから、僕の主張の正しさの証明に――」
「それって、誰が見ても問題ないの?」
「当たり前だよ。そういうシーンを抜きにしても、シナリオの完成度が高いからね。『ろまねく』は」
「で、そのアニメを見て感動したところで、原作は18禁ゲームなんだよね」
「そりゃそうだよ。だいたい、エロゲというのは、数多くの優秀なシナリオライターとイラストレイターを世に生みだした偉大なジャンルなんだよ。いわば、クール・ジャパンの最先端といっていい文化で、その影響力は一般アニメしか知らないニワカどもにも無視できないスゴいものであって――」
「そんなの関係ない! ダメなものはダメなの!」
「なにがダメなの?」
平然とするみつる先輩に、ハルヒコは、
「そうだ、キョン子。今回はみつるのほうが正しい」
「……ハルヒコ、あんた」
「キョン子ちゃん、アニメのほうは18禁じゃないんだから、それを短冊に書くことは、すごく気持ち悪いことだけどまちがってはないよね」
「……い、イツキちゃんまで」
「ふふふ、キョン子さん。これでも反論できる?」
「く……」
たしかに、みつる先輩の言い分はまちがっていないかもしれない。でも、人として根本的にダメな気がする。そんなことで敗北宣言をするわけには――。
「……わかりましたよ、朝比奈先輩」
「え?」
「おっと、オタク先輩からグレードアップしたか、みつる」とハルヒコ。
「朝比奈先輩の言うとおりですよ、はい」
「あれ? キョン子さん、どうしたの?」
「なにかおかしいこと言ってますか? 朝比奈先輩」
「だ、だって、なんでいきなり敬語なの?」
「朝比奈先輩は二年で、私は一年だから、敬語を使うのが当たり前じゃないですか? なにがおかしいんですか、朝比奈先輩」
「う……」
「うわー、みつる君ったら、キョン子ちゃんを本気で怒らせちゃったね」とイツキ。
「でも、僕は一介のオタクとして、自分の信念を曲げるわけにはいかないんだ!」
「はいはい、朝比奈先輩はオタクです。で、次は、と」
私はその下の短冊を見る。
【S・B・メイスンの新作が出ますように 長門ユウキ】
朝比奈先輩とは異なり、こちらは機械的で均一的な筆体である。しかし、書いていることが、オタク先輩とほとんど同じではないか。
「このメイスンって人は、SF作家だよね?」
「そうだ」
長門くんは私の問いにうなずく。普段は無口だが、SFのことになると熱弁するのは、彼もまたオタクだからだろうか。まあ、18禁ゲームのような忌まわしい話題よりは、はるかにマシであると、私は彼の言葉に耳をかたむける。
「S・B・メイスンの代表作『天の支配』は、SF界に多大な衝撃をもたらした傑作だ。彼の小説が後世に与えた影響は計り知れない。親日家でもあり、世界SF協会の会長をしているときに、何度も来日をしたこともある。日本のSF界の発展を考えるうえでも、彼の存在を抜きにして語ることはできないだろう。そもそも、我が国の同人誌即売会はSF愛好家によって始まったという歴史的経緯があり、その黎明期にメイスンのような大御所が後押ししてくれたという事実は、日本のサブカルチャーを考えるうえで無視できるものではない。SFという枠組みをこえて、この国にも影響をもたらした偉大な小説家だ。――昨年、残念ながら亡くなったが……」
「はい?」
途中まで、ふんふんと聞き流していたのだが、最後に聞き逃してはならない言葉が聞こえてきた。
「ということは、このメイスンって人は、死んでいるの?」
「ああ、故人だ」
「え? じゃ、じゃあ、この願いって……」
いくらSF小説ばかり読んでいたとしても、長門くんはまともな思考をしていると信じていたのに。
「長門くんは、死んだ人に新作を書いてもらいたいの?」
「フッ、君は何を言ってるんだ?」
あれ? 長門くんにすごい軽蔑した目をされたぞ、私。
「死者に小説が書けるはずがなかろう」
「で、でも、長門くんは、そう願ってるじゃん?」
「ああ、それは未発表作品のことだ。メイスンには、ファンなら誰もが知る未発表作品があり、我々はそれが世に出されることを待ち望んでいるのだ」
「な、なーんだ」
じゃあ、まぎらわしい書き方をしないでほしい。例の先輩もそうだけど、なぜ、オタクは自分にしかわからない書き方しかできないのだろうか。
「その未発表作は、彼の傑作『天の支配』のプロトタイプ的内容らしいのだが、生前は本人の意志により刊行されなかったのだ」
「うーん、作者が見せたくないということは、面白くないんじゃないの?」
「それは、メイスンの偉大さを知らないから言えることだ。彼のファンならば、その未発表作品を読みたいと誰もが願っているはずだ」
「でも、本人が死んだからって、それを世に出すっていうのは、あまり良くないことだと思うんだけど」
「その点は問題ない。死後は、彼の家族に権利がゆずられているからな。我々SFファンは署名活動などをして、その刊行を訴えているのだが……」
ちょっと待て。まさか、夫を亡くして悲しんでいる妻に「死んだ主人が見せたくなかった作品を売ってくださいよ~」と訴えているというのか。それ、遺族の心を踏みにじる行為じゃないのか。
「未発表作品が発売されれば、印税は遺族に入ってくるから、悪い話ではあるまい。おそらく、今年中に何らかの発表があるのではないかと我々は期待しているのだが、なかなか交渉が難航しているようなのだ」
そうか、そのメイスンさんの遺族は、お金になるからと言われても、故人の遺志を尊重しているわけだ。なんとも立派な人たちではないか。うらやましい。
たとえていうならば、私の死後、我が弟に「お金出すから、姉さんの卒業文集を見せてくださいよ~」と言っているのに等しい。弟のことだから、ジュース一本ぐらいで簡単に裏切りそうである。反抗的なくせに安っぽい困ったヤツなのだ。
犯罪者の卒業文集がさらされるのは自業自得だと思うが、何も悪いことをやっていない人の過去を暴くのは、死体を鞭打つ残酷なことではないか。いやいや、私が中学の卒業文集で赤面するほど恥ずかしいことを、勢いで書いちゃったという苦い経験はさておき。
つまり、メイスンさんの未発表作品の刊行を願うSFファンは、死者の卒業文集の中身を暴露する連中と同じなのだ。
最低ではないか。
「なるほど、長門くんは、そういう人間だったのね」
「その通りだ」
私の皮肉にまったく気づかないのか、長門くんは満足そうにうなずいて、読書モードに移る。
この結果、私がSF小説を読む可能性はさらに遠のいてしまったわけなのだが。
「……で、最後は」
【キョン子ちゃんの胸が大きくなりますように 古泉イツキ】
「てぇーーーい!」
私は光の速さでそれを引きちぎった。
「な、なにするのよ、キョン子ちゃん!」
「ちょっとなに書いてんのよ、イツキちゃん」
「だって、キョン子ちゃんは、恥ずかしくて自分では書けないと思ったから、あたしが代わりに願ってあげようかと」
「そんな余計な親切はいらない!」
私は肩で息をしながら、そう叫ぶ。
まさか最後にこんな爆弾が待ち受けているとは。
「あーあ、これで、キョン子ちゃんの胸が大きくなる可能性は、完全になくなっちゃったね」
「……どういうこと?」
「だってさ、せっかくの願いごとを破っちゃったんだよ。今後キョン子ちゃんのバストが変わらなくても、それ、自業自得だからね」
「そ、そんなわけないし!」
私の胸が成長しなくなる可能性はゼロではないがありえるわけで、それをこのせいにされるなんて、たまったものではない。
「だいじょうぶだよ、キョン子さんは今のスタイルでも十分に魅力的だからさ」
「朝比奈先輩はだまってください」
「え? まだ、それなの?」
「だって、朝比奈先輩は、朝比奈先輩じゃないですか?」
いつもならばなぐさめになるオタク先輩の言葉も、イヤらしいゲーム愛好家と知った今となっては、まったく心に響かない。
「……で、キョン子はどうなんだ?」
ずっとだまっていたハルヒコが声をかけてきた。
「みんなの分を見たんだ。キョン子、おまえは七夕の星空に何を願うんだ?」
「う……」
まさか、高校生にもなって、七夕の願いをするなんて思いもしなかった。
頭に浮かぶものはある。一番の切実な願いは、来週の期末テストの成績だ。だが、そんなことを書けば、ハルヒコに「じゃあ、勉強しろよ」と言われるのがオチだ。平和を願おうとしても募金しろ、と言われるぐらいなのだ。
ううむ、私が本気で願いたいことって、いったい何なのだろう。
そんなときだ。SOS団、いや、文芸部部室のドアを叩く音がしたのは。
顧問すらいない我が部にとって、来訪者が現れることは、ほとんどない。私たちは、いっせいに口をとめて、その音を発するドアに視線を向けた。
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