尋問される執政官

 (※半月前)


 イワン王国執務室に、二人の少女と、一人の青ざめた男がいる。


 壁に背を持たれて暇そうに欠伸をするのは、セーラー服を着た亜利奈だ。

 赤いドレスのローゼは席に着き、羊皮紙に書かれた報告書を黙読している。

 その様子を怖々伺いながら、俯き加減で待っている男は執政官だ。


 報告書には、偽のローゼ印についての捜査結果が書かれていた。


 緊迫した状態がしばらく続いたが、数分して、

「なるほど。

 つまり、偽の印事件は全て、ドッブ・ロック兄弟の仕業ってことですか!」

 と、朗らかに微笑んだ。

「よかったー。これで事件は解決ですね♪」

「は、はい!」

 執政官は機嫌の良さそうなローゼの姿にホッと胸を撫で下ろし、

「あのギャングの足取りはもう少しで掴めます!

 これで姫殿下の恩名を穢す輩は居なくなります!」

「本当ですか!? 安心しました。

 あとは無能なあなたを処分してまともな後継者を用意すれば一件落着♪

 枕を高くして眠れますねっ!」

「そうです、一件落着――、へ?」


 ローゼは一転、気に障った様子で報告書を丸め、投げ捨てた。


傀儡かいらいなら傀儡かいらいらしくもう少し真面目に働きなさい。

 こんなもの、ゴロツキに罪をなすりつけただけでしょう?」

「い、いえ、そのような決して意図では!」

 執政官が冷や汗をかきながら釈明する。

「我々は昼夜を問わず捜査をし、この結論にたどり着いたのです!

 あのギャング共はそうやって私腹を肥やし……」

「あー。それ嘘だよ」

 ここまで関心を示さなかった亜利奈が、突然口を挟む。

 彼女は宝石をあしらった調度品の呼び鈴を、もの珍しそうに弄りながら、

「あいつらのアジトで印の偽造なんてできないもん。

 そんな設備も技術もないし――ねえ、この呼び鈴貰っていい?」

「ダメです」

「ユウ君にあげるから」

「本当に?」

「ウソ。ユウ君こんなの喜ばないし」

「じゃあダメです。値がつかない品なんですから戻してください」

「ちぇー。まあ、正直いらないけど」

 亜利奈は乱暴にその呼び鈴を戻すと、

「ともかく、その役人の言ってることは全部嘘だよ」

「根も葉もないことを言うな!

 ギャングのアジトは我々でも掴んでいないのに!」

「西区の小麦倉庫。赤レンガで出来てるやつ。そこの地下」

「なに……?」

「あ。アドバイス。ちょっとショックな散らかり方をしてるから、調べるなら死体慣れしてる人を連れてった方がいいかもねー」

 亜利奈は今度は青銅で出来た屈強な戦士の胸像をしげしげと眺めながら、

「ちなみに、あのマヌケの双子ならもう殺したよ」

 と、悪びれる様子もなく殺人の自白をした。

「こ、殺した?」

「そ。ユウ君の命を狙うとか、禁忌に触れてるよね♪」

 亜利奈は片手で銅像の頭を掴むと、


 ばきり。


 ――そのまま頭部を捻り潰した。

 その様子に執政官は怯えた様子をみせるが、一方ローゼは「またか、やれやれ」といった呆れたため息をつく。


「私の国で何をやってるんですか。ところ構わず人を殺さないでください」

「えー。あのゴミ共を庇うわけ?」

「私の獲物を残せと言っているんです。

 祐樹さんに危害を加えたなら、この手で絞首台にかけてやらないと」

「ああ、そういう事ね。

 いや片方は生かしとくつもりだったんだけど、ちょっとアクシデントがあって。

 なんにせよ、あいつらに印の偽造は無理だよ」

 亜利奈はぐしゃりと銅像を引き千切る。

 執政官はひっ、と悲鳴を上げ、

「で、殿下! その狂人と我々のどちらを信用なさるおつもりですか!?」

「どちらも信用してません。

 こっちの女に至っては隙あらば殺してやりたいくらいです」

「〝隙あらば〟ね。あはは」

 亜利奈は冗談でも聞いたようにけらけら笑った。


「で、でしたら……」

「――とは言え。あなたの嘘ぐらいこのローゼでも見抜けます。

 一体誰を庇っているのですか?」

「だ、誰も庇ってなどおりませぬ……」

 執政官は狼狽した様子で俯いてしまった。

 こうなれば、彼が隠し事をしているのはもう誰の目にも明らかだ。

「…………」

 ローゼの冷たい視線を浴びながら、執政官は脂汗を流し、しかしどうしたらいいのかわからず沈黙してしまう。そうしていると、しばらくして亜利奈が、


「ローゼちゃん、時間かけ過ぎ」


 と、執政官に歩み寄った。

「こういう事はサクサク進めないと」

 亜利奈はイヤホンをどこからか取り出し、E:IDフォンに繋ぐと、執政官の耳元にそれを寄せる。イヤホンなど知らない執政官は怯えて後ずさるが、亜利奈は、

「大丈夫、痛くないから。耳元で音が聞こえる道具よ」

 と、簡潔に使い方を説明した。

「ほら聞いてみて、面白いよ」

「……?」

 執政官が耳を澄ませる。

『……ぁぁぁぁっ!』

 イヤホンの奥で、女性の声が響く。

 イヤホンから距離のあった執政官は、もう少し側に寄る。

『ああああああああッ!!』

 金切り声――悲鳴だ。若い女性の悲鳴が聞こえてくる。


 執政官は声の主に目を見開き、

「あ、アペロォォォォォッ!!」

 裏返った声を上げた。


『痛い、痛いいいいいいいっ!!

 やめ、許して、ぎゃあああああああっ!!

 お父様、助けて、お父様あああああっ!!』


「アペロ、アペロォッ!!

 大丈夫か、しっかりしろ、アペロッ!!」

 執政官はイヤホンに向かって呼びかけるが、当然応答などできず、聞こえてくるのは悲痛な娘の悲鳴ばかりだ。

「それ、通話する道具じゃないんだけど」

「お、お、お、お前ぇッ!! 娘に何をしたッ!!」

「うふふ、さぁねー。

 おじさんのご想像にお任せしちゃおっかな♪」

「娘は無関係なんだ!」

 執政官は亜利奈に縋り付く。

「こんな、こんな目に遭わされるような事は何もしていないじゃないか!

 拷問なら私が受ける、だから娘は、」


「ユウ君の亜利奈に気安く触らないで」


 亜利奈がそう冷たくあしらうように言うと、

 ドンっ!!

 っと、執政官は不可視の力で弾かれた。

 彼は床を転がるようにして翻り、壁際に叩きつけられる。

 そこに亜利奈はニコリと笑み、E:IDフォンの音量を上げながら、

「可愛い娘の断末魔よ。最後まで聞いてあげなきゃダメじゃない」


『いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!』


 聞く者の精神をかき乱す様な絶叫が、部屋の中に響き渡る。

 命を最大限の苦痛で奪われた時に発する、獣の様な声だ。

 常人であれば耳を塞いで恐怖の同調を避けようとするが、亜利奈は元より、ローゼも涼やかな顔で紅茶を飲んでいた。

「あぁ……アペロ……」

 執政官は立ち上がる素振りを見せたが、絶望し、力尽きたように項垂れる。

 彼は娘の名を呼びながら伏せてしまった。




「――アペロさんなら無事です」

「――……へ?」

 ローゼがティーカップに口をつけながら、明かした。

「安心してください。

 今のはただの幻聴の類です」

「げん……ちょう……?」

「はい。幻です。

 その女の性格が多分に含まれた悪趣味な音ですが」

 亜利奈は舌を出し、イタズラ成功とばかりにピースサインをした。

「彼女が手を出すならこの程度では済ましませんし。

 アペロさんなら今日もクテールで健やかな学園生活を送られています」

「は……はぁ……」

 頭がついていかないのか、執政官は呆然とした顔で止まっていた。


「デモンストレーションって知ってる?」

 亜利奈が指を振り、スキップをしながら、

「〝こうしたら〟→〝こうなるよ〟ってお手本の事。

 今のはそれかな?」

 と、説明した。

「えっと……つまり……」

「わっかんないかなぁ」

 亜利奈はふふっと笑い、


「次は幻聴じゃ済まさないって言ってるんだよ♪」


「ひぃ……ッ!」

 執政官が目を見開き頭を抱える。

 死相に近いその表情に、亜利奈は、

「ちなみに今の音はね、アペロちゃんの右腕と左腕を機械で引き伸ばしながら、血管に針金を少しづつ差し込んだ声だよ」

 と、言葉でさらなる追撃を仕掛ける。

「肩を脱臼したあたりがクライマックスかな?

 耳元で『お前のお父さんが悪いんだ』って囁き続けるのも忘れずにね」

「や、や、やめてくれ――ッ!」

 あんな音声を聞かされたあとでは、亜利奈の語る処刑方法の詳細すら、鳥肌を容易に呼び寄せてしまう。執政官は耳を塞ぎながら、何度目かの悲鳴を上げた。

「じゃあとっととゲロしちゃいましょう。

 亜利奈もローゼちゃんに用事があるから、早く済ませたいし」


「……、

 …………、

 ………………言えない…………」

 だがしかし、男は頭振った。

「言えるわけがない……ッ」


「うぇー。まだ引っ張るわけ?」

「思ったより強情ですね」

 二人の少女は呆れかえった表情をした。

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