イワン王国

第41話イワン王国名誉市民


「イワン王国、第一王位継承者!

 ローゼ=ヴォーヌロマネ・グラン・クリュ・イワン殿下の!

 ご着席であーーーーるぅぅぅぅぅぅッ!!」


 身なりの良い禿のオッサンが腹筋を全力駆使して宣言する。

 ちょっとびっくりしていると、それに合わせて周りのみんながざっとかがみ、膝をついて頭を下げた。

 俺と亜利奈は慌てて真似をした。




 ここはイワン城の最頂部にある〝王座の間〟。

 広く高く、そして見事な空間だった。

 荘厳ってこういうときに使えばいいのかもしれない。

 まず目を引くのは部屋の奥の巨大な石像。

 長いひげを生やしたケープ姿の賢者で、大きさは大仏くらいか。

 この国の創設者、イワン一世だそうだ。

 彼が見守るその膝の下に、金縁で赤い玉座が二つ。

 玉座は祭壇の様な高い位置にあり、そこから下々への階段が伸びている。

 横幅50メートルはあろう室内は赤い絨毯が敷かれ、両脇には、およそ手の届かない場所で石造りのアーチがわたっている。そこには紋章を描いた布が均等に飾られていた。それらを支える、大理石でできたいくつもの柱には立体的な幻獣の装飾が彫られ、その奥のモザイク画が部屋の神々しさをいっそう引き立てている。

 吹き抜けのホールを思わせる高い高い天井には、なにやら天使らしき人物が西洋画タッチで描かれていた。




 神殿と言われても違和感を感じないそこに、数十人の貴族、役人、騎士が礼服姿で行儀よく並び、その先頭には身なりの卑しい高校生が二人、周りに合わせて屈んでいた。


 そう俺と亜利奈だ。


「な、なんか……時代劇みたいだね」

「やってることはいっしょだな。

 あっちはもっと土下座っぽいけど」

 小声で話していると、パイプオルガンの重厚で神々しい音色をBGMに、女性が一人、祭壇の奥の出入り口からゆっくりゆっくりと登場してきた。


 潔白を示す白を基調とした、ドレス。

 頭を覆うベール、大きな天秤状の金細工が揺れる。

 顔は化粧を施され、口紅が鮮やかに映えていた。


 かなり個性を奪われてしまっているが、ローゼ姫……俺達と一緒にイスキー邸事件を戦い抜いたあの子に間違いない。

「ひえぇ……。

 あ、ああしてみると、本当にお姫様なんだね」

「しーっ!」

 俺は亜利奈を叱るが、感想は同意だ。

 ずいぶんと時間をかけて、ローゼ姫が王座に座る。

 すると、途端にBGMが止んだ。

 俺達の並んでいる隅から貴族が一人立ち上がる。

「この度は、殿下自らの事件解決、大変お疲れ様でした。

 臣下一同、心より感謝申し上げます」

「祖国への務めを果たしたまでです」

 ローゼ姫が高い位置から返事をする。

 感情と抑揚の無い声で、しかし音は王座の間全体に響き渡った。

 部屋の構造がそうさせるのかもしれないな。

「祐樹、亜利奈。表を上げなさい」

 そしてローゼ姫が言う。

「……って、俺ら?」「たた、立てばいいのかな?」

「いやわからん……」「ゆ、ユウ君……」

 ぐだぐだしていると隣に居た貴族が、

「殿下の御前だぞ! 早くしないか!」

 と殺した声で怒鳴った。


「構いません。そのままで」

 ローゼ姫はそう言うと、立ち上がり、高台から降りはじめた。


 すると、なにやら周りがざわつき始めたじゃないか。

「俺ら、なんかやらかしたっぽい?」

「た、たた、多分。

 何かはわかんないけど……」

 ローゼ姫は階段を降りきると、俺達の前に立ち、


「ごめんね。

 突然格式ばった所に連れてきて、びっくりしましたよね」

 といつものトーンで言ってくれた。


「で、殿下、平民のために王座から下られるなど……」

 一人の貴族が抗議するが、

「彼らの功績を鑑みれば当然のことでしょう。

 それとも、あなたは私の友人に意見があるのですか?」

 姫がそう言うと、おずおずと黙ってしまった。

「お二人を皆さんに紹介しますので、立ってください。

 ……楽にしていいんですよ」

 そういわれてもなぁ。

 俺達は立ち上がって、二人して「どうしましょ?」と顔を見合わせる。

 するとローゼ姫が階段側まで促してくれた。

 ちょっと離れた位置から、俺達は貴族たちの前に立つ。

 朝礼台で晒し上げを喰らう優等生みたいなかっこうだ。


「下山祐樹と桜井亜利奈。今回のイスキー侯爵が子息、グレン=イーリッシュ・イスキーの起した謀反に対し、命がけで私を護ってくださったお二人です。

 この方々が居なければ今ここに私が無事立っていることも無かったでしょう。

 お二人にはイワン王国の名誉市民権を差し上げます。

 これはローゼ=ヴォーヌロマネ・グラン・クリュ・イワンの名において、この国における市民としての全ての権利、福祉を受ける事を示します。

 この国にいる限りお二人には不自由をさせません。

 ……本来は勲章や爵位を差し上げても良さそうなものですが」

 ちらりとローゼ姫が貴族たちを冷たい目で見て、

「何かと都合の悪い方々がいらっしゃるようなので」

 ――そういうの、言わない方がいいんじゃないの?

 と思ったが、場が場だけに黙っておいた。

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