第42話酒場の五人

「はっはっはっは! 姫殿下がそんな事を!」

「いやいや、笑い話じゃないぞ……くっくっく!」

 この話を護衛騎士達にすると、二人は腹を抱えて笑った。

「いやマジ、笑い話じゃないって。

 そのあとの空気ときたら、生きた心地しなかったもん」

「だろうな」

「ははは、夜道には気をつけろよ」

 二人の名前はコージとカース。

 俺達と最初に出会った、あの護衛騎士達だ。

 イスキー邸で俺と亜利奈が約束通り姫を守り抜いたことで、二人とはすっかり打ち解けていた。




 あの事件から丸一日が過ぎていた。

 俺達はイスキー邸で体を休め、翌日姫を迎えに来た馬車でイワン城下町に移動した。

 そこで部屋を一つ与えられ、今夜から寝泊まりすることになっている。

 今居るのはその近くにある酒場だ。

 この世界にある大衆食堂といえば、基本的には〝酒場〟を示すらしい。

 街は昼日中から賑やかな熱気に包まれ、客引きの声、値切る声、大道芸人の口上、ひゃっほーい、そしてそこかしこに賑やかなバグパイプやアコーディオンっぽい楽器の音楽が溢れる。この酒場も例外では無く、腸詰の注文や飲み物のおかわりを頼む声で騒がしかった。


 円盤状のテーブルに、俺、亜利奈、そしてコージとカースが座って大盛りのパスタを取り分けて食べている。パスタといってもなぜか蕎麦みたいに小分けに置かれて、取り皿に注がれたしょっぱいスープで食べる謎料理だが。

 そこに、

「ジュースのお代わり、買ってきたよ」

 と、ミストがやってきた。

 今はメイド服から、麻布でできた平民服に着替えている。

 彼女はイスキー邸を出て、俺達と一緒にくることに決めた。

 ……まあ俺も彼女の身体に責任っぽいものがあるし、断ることはできない。

「悪いな」

「ううん、いいよ」

 ここは酒場だから、アルコール以外を頼もうとするとどうしてもカウンターまで行かなくちゃならない。

 お酒であればウェイトレスさんが常にお盆に載せているためすぐに提供できるが、それ以外の飲み物は割と手間になるから嫌がられるみたいだ。

「酒が飲めんとは、お前は子供か」

「子供なの」

「しかしもう十七なのだろう?」

「俺の国じゃ、十七でもまだ子供なのっ!」

 お前らこそ昼間っから酒ってどうかしてるよ!

「ってか、なんで式典にミストが呼ばれてないんだろうな。

 一緒に大変な目に合ったのに」

 俺がそう言うと、ミストが、

「さあ。

 お屋敷のメイド全員を招待しなくちゃいけなくなるからじゃない?」

 と推測で答えた。

 他のメイドさんとはちょっと違う気もするけどなぁ。

「きっと姫は意趣的に呼びたくなかったんだよ」

 すると亜利奈がそんな事を言い出した。

「はぁ? なんで?」

「グズな亜利奈とはいえ女の勘は侮れないものなんだよ。

 ふっふっふ」

 意味がさっぱり分からん。

 こいつ酔ってんのか?




「……しかし真面目な話、恐ろしい事件だったな」

 コージが酒を煽りながら言う。

「仮にも婚約者たるグレンが、ローゼ姫に呪いをかけて国を乗っ取ろうとするなど」

「ああ、未遂で終わってよかった。

 姫の御身も当然だが、国の存亡すら危うかったな」

 カースが頷いた。


 ――正確には未遂とは言えないのかもしれないけど。


 姫があと一歩でグレンに手籠めにされかけたことは、もちろん国家機密級の内緒だ。

 彼らにも事のあらましは完全には話していない。

 姫が蟲を発見し、逆上したグレンの放った魔物から、俺達が姫を護った。

 大雑把にそういう事になっている。

 一度でも寄生虫を投入されたとすれば、姫はあの純潔のドレスを着れないそうだ。

 お姫様ってホント大変だよな。


「だがこれからだぞ。

 失意のイスキー侯爵とて、御咎めなしにはなるまいし」

 ……一番可哀想なのは侯爵かもなぁ。

 息子さんは反逆者になってしまったし、体は下半身不随に近い。ウェルシュ夫人もトリスも自分の偽物に殺されてしまったらしいし、屋敷は呪われてるってメイドさんも次々逃げてしまった。

 すっかり塞ぎ込んで部屋から出てこないらしい。

「それではシドールとの国境は誰が護る?」

「しばらくは城の官人が就くが……」

「畑違いだ、長くはもつまい」

「だな。そこに来て、姫の婚約者不在ときた」


「婚約者が居なくなると、どうなっちゃうの?」

 俺が口を挟むと、


「実は今現在、国王陛下のご容体が良く無くてな」

「お前らの式にも御出にならなかっただろう?」

 ああ、そういえば。

 あそこまで派手にやるなら王様が出てくるのが普通かもしれないな。

「陛下が床に伏して、もうずいぶんになる」

「滅多な事を口にするものではないが、万が一の事があれば、この国は跡目不在ということになる」

「でもローゼ姫はいるんだから、いきなりアウトって事は無いでしょ?」

 そういうと、騎士達は沈黙して何かを言いづらそうに目を逸らしてしまった。


「……お姫様じゃ、ダメなんだよ」

 そこでミストが捕捉をする。


「この国はね、今は直接戦ってないけど、お隣と睨み合いになっているのは私達平民でもわかっているんだ。そこで王様が亡くなって、お姫様だけになったとき、きっとみんな不安になっちゃうから」

「不安?」

「〝シドールに攻め込まれたりしないかな〟

 〝そうなったら、お姫様で大丈夫かな〟

 〝もし負けるなら、早めに降伏した方がいいのかな〟……って」

「そう言った国全体の士気は直ぐに戦力に直結する」

「戦争だけではない。農民が畑を捨て、漁師が逃げ出せば飢饉の恐れもある」

「そうなる前に、力強い婚約者がローゼ姫には必要なのだ」


 ――だからグレンなんかが台頭に上がったのか。


 トリスが自慢していたとおりなら、イスキー侯爵は軍人一家。

 それも長年シドールを睨んで国を護ってきたプロフェッショナルだ。

 中身はともかく、次の国王としてはうってつけの名前だったんだろう。

「でもそんな理由で結婚相手を決められたら、ローゼ姫も嫌だろうな」

「そんなもの、御側に仕えている我々が一番よく分かっている」

「詮無い事だと割り切るしかあるまい」

 そういうの、歴史の授業でなんとなく習っていたけど、自分の知っている女の子が立たされている境遇だとわかると……、

「なんか……すごく気分が悪い話だな」

「――ユウキ、お前はいい奴だな」

 するとカースがそう言った。

「人を案ずることが出来る。簡単そうだが、それは心根に大きく左右される。

 グレンにお前ほどの優しさがあれば、あんな事にはならなかったのかも知れないな」

 そう言われても、苦笑いしかできない。

「そんなつもりないけど、だとしても今俺が姫にしてあげられることは何もないし」

「いやどうだろうな」

「この時勢、近いうちにお前の力を借りる時がくるかもしれん。

 そんな気がする」

「…………」

 俺はちょっと考えてから、

「なあ」

 っと、亜利奈に問いかけた。

「……忘れたわけじゃないんだ、旅の目的」

 イスキー邸事件に巻き込まれて、数日間うやむやになってしまっているが、本当はこの旅は亜利奈という勇者が魔王を討伐する旅だったはずだ。

 本当の主役は亜利奈のはず。

「でも今一つどこに行けばいいのか掴めてないしさ……、その」

「――ユウ君がそうしたいなら、亜利奈はそれでいいよ」

 姫のごたごたが落ち着くまでは、ここに滞在して様子を見たい。

 そう言おうとしたところで、亜利奈が先に答えてくれた。


「じゃあまずは、生活する準備をしなくちゃね」

 そこでミストが立ち上がった。

「ユウ君。この国のお買い物の仕方、どうせわかんないんでしょ?

 ついてきて」

 これは心強い。最初の村でも苦労したしな。

「助かるよ」

 と、俺はミストに感謝した。


「あ、あ、亜利奈も行きますっ!」

 慌てて亜利奈が立ち上がった。

「荷物持ちぐらいは……」

「亜利奈ちゃんは部屋の掃除をして」

「え、でも」

「部屋しばらく使ってなかったみたいで埃っぽいし。

 日中にやっとかないと今夜寝れないよ?」

「で、ですが……」

「じゃあ亜利奈ちゃんがお買い物、できる?」

「……ぅぅ、

 …………ぁぅぅ。

 はい、亜利奈、部屋の掃除、してます……」

 しゅんっと、亜利奈は着席した。

「よし。じゃあ、ユウ君……いこっ!」

 今ミストが小声で「勝った」と呟いたのは空耳に違いない。


「げに恐ろしきは女の妄執だな」

「はたから見る分には愉快よの」

 コージとカースが何やらぼそぼそ言っているが、聞こえないフリをして、俺とミストは酒場を後にした。

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