第40話新たなる脅威

 ――亜利奈と祐樹がグレンの野望を打ち破った数日後。


 地下道に陽の光が差し込む。

 天井にぽっかり穴が空き、瓦礫と化しているからだ。

 偽侯爵の拳でぶち壊されたその山の下に、一組の男女の遺体が埋まっていた。

 そこに、ぽちゃり、ぽちゃりと何かの液体が滴る。

 瓦礫には破損したビーカーが紛れていた。その中に残っていた液体だ。

 亜利奈がグレンに飲ませようとした、〝適当に混ぜた何か〟である。




 ばんっ!




 瓦礫の山から、裂傷した腕が飛び出した。

 腕は少しづつ、少しづつ障害物を除去し、自らの身体を外へと誘う。




 シスター・ニッカだ。




 全身に亜利奈の液体を浴びた彼女が苦しそうに呻くと、床を這うようにして移動を始める。しかし程なくして力を失い、動かなくなる。

 すると彼女に付着した液体から、肉眼で見えるサイズの〝蟲〟が蠢き、傷や穴からニッカの身体に入り込んだ。

 ニッカは再び這い出す。




 長い、長い時間をかけて、ニッカは亜利奈が気付かなかった部屋へやってきた。

 そこはイスキー侯爵が幽閉されていた牢獄と同じ造りだが、中央に何かが安置されている。

 腕輪だ。髑髏、蛇といった禍々しい意匠が施してある銀色の腕輪だ。




 ……そもそも正史において、魔王妃大戦と呼ばれた悲劇はグレンとニッカの自作自演であったわけだが、一つだけ不可解な点に注目して欲しい。

 例えローゼを操り魔王を演じさせたとしても、彼女は一体どうやって万の兵を打ち破り世界を恐怖へと叩き落としたのだろうか?

 いち姫君に過ぎないローゼのままではそんな芸当は不可能だ。


 その疑問を解決するのがこの呪われしマジックアイテム、〝破滅の腕輪〟だ。


 持ち主に勇者バッカスと同等の力を与え、代わりに心を狂わせる邪悪な道具を、ニッカはすでに準備していたのだ。

「ローゼ……許さない……許すものか……」

 恨みを唱え、ニッカはその腕輪を手に取る。

 全身に這う蟲が、腕輪に反応して集まっていく。

 ニッカはそれを自分の右腕に装備した。

 破滅の腕輪は鈍く輝き、そして蟲たちがニッカの口に次々と飛び込む。

「あおぶ……おぶぅ!

 す、すごいちから……っ!!」

 ニッカは立ち上がり、右腕を翳した。

「待っていてくださいグレン様ぁ!

 ローゼを王座から引きずりおろして、あなた様の国を作って見せます!

 ふふふ、あはは、イスキー国は永遠となるのです!

 ふふふ――――ふへへへっ!!」


 どんっ!


 力を持て余したニッカは壁を殴る。

 硬い牢の壁は湿った粘土のように砕けた。

「うへへへ、ローゼ、亜利奈、祐樹……殺す!

 グレン様に酷いことしたあいつら、ぶっ殺すッ!!

 殺したらグレン様、喜ぶ!

 グレン様の王国を創る!

 うひ、うひひひひっ!!」

 狂気乱舞とはまさにこのことで、常軌を逸脱した表情で踊り狂っていたニッカだったが、不意に、

「あひひ――あふ、」

 と倒れた。

「……今はまだ、力制御できない……。

 でもいずれ……、あいつらに天罰を……」




 ――驚異の力を持つ亜利奈の手で変化してしまった歴史の中で、それを上回る脅威が近い未来に祐樹と亜利奈を襲うだろう。

 未知の世界での彼らの冒険は続く。


                    

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