第3話Elixir-Replica System

 自分の面倒見の良さが嫌になってくる。

 正直この展開は薄々気付いていたからもうしょうがないとして、それにしても出発が本日っていうのは酷すぎる。



 幸いなことに俺はもとより全寮制の学校に通っていて、さらに親は超放任主義だ。

「今年の夏は帰れんわ」

 とだけ断りを入れておけばそちらの事は足りた。



 そして準備が始まるのだが、時計を見るともう約束の時刻まで一時間を切っている。

 旅立つためには〝旅の扉〟っていうワームホールを使うのだが、それが開く時間はシビアに決められているんだと。

 もうすでにファンタジーが俺の現実を侵食してる有様だ。

 上記理由のため集合時間厳守と言われたんだが、だいたい異世界に出発ってって何を準備していけばいいんだ?

 とりあえずリュックに懐中電灯と、スマホと着替えと……あーもー、わからん!

 途中からイラついて適当に詰め込むと、俺は出発時間ギリギリで寮を飛び出す。






「さーてユウ君。RPG《ロールプレイングゲーム》は知ってるわよね?」

 桜井家に到着すると、お母さんの恵美子えみこさんが出発前の講習を始めた。

 鋭い眼鏡にスーツと知的な印象を漂わせる彼女は、大学の教授をしているというが、なんともまあ女教師って感じがしっくりくる容姿だった。

 とても17の娘がいるとは思えないくらい若い。

「そりゃ、まあ。知らない奴の方が珍しいんじゃないっすか?」

 〝旅の扉〟なんてのがあるって聞いていたからもうちょっとなんかダンジョン的な家を想像していたが、ごく一般的な二階建て一軒家だった。



 俺は高校に入学する際に寮に入ったのだが、母子家庭の桜井家は丸ごと移り住んだと聞いていた。こちらに来てから家に上がり込むのはこれが初めてだ。



「というか亜利奈が勇者ってくだりをもうちょっと掘り下げたいんですけど」

「RPGにおけるファンタジー世界とこれから出発する世界は非常に酷似しているの」

「質問は受け付けないスタンスですか」

「ごめんなさいね。

 時間があんまりないのよ」

 ウェーブがかった髪を揺らし、リップで彩られぷっくりとした唇で恵美子さんは謝罪する。品の良い香水がふわりと香った。



 ……このエロ美人からどうやったらあんな地味っ子が生まれてくるんだ?



「ユウ君はファンタジーモノのRPGをクリアしたことはある?」

「ガキの頃メジャーな奴を一つか二つは」

「そう。ならジャンルについての説明は特に必要ないわね。

 スマホを貸してくれるかな?」

 恵美子さんは俺のスマホを受け取ると、妙なコードに接続してパソコンを操作し、なにやらアプリのインストールを始めた。



 あれはただのスマホじゃなくて〝E:IDフォン〟という学校から支給されるツールで、中には電子学生証とかも入っているから勝手に弄んないでほしいのだが。



「それで、勇者である亜利奈はともかく、あなたがファンタジーの世界にいきなり放り込まれてまず何をすればいいのかわかるかしら?」

 作業しながら、恵美子さんが話を続ける。

「いいえ、さっぱり」

「そうだよね。じゃあRPGなら?」

 恵美子さんはスマホをコードから抜き取り、あらかじめ用意していた部材とドライバーでカスタマイズを続けている。

「……それ、壊さないでくださいね」

 心配になって言うと、

「質問に答えてね」

 と半ば無視同然の返答をされた。



「えーと。

 まずは最初の村で、弱い敵を倒して経験値を稼ぐ……かな」

「ぴんぽーん、正解。それがセオリー。あなたはファンタジーの世界を探索する能力が無くても、RPGをクリアする能力はあるわ」

「さっきから何が言いたいのかわかんないんですけど」

「ユウ君がファンタジーの世界で生きていくおおよその答えは出てるって話。

 ……はい。返すよ」

 そう言ってスマホを渡される。



 スマホは妙なケースに入れられて一回り大きくなっていた。

 タッチすると、ブォンっと音が鳴り、目の前に半透明のスクリーンが現れた。

 3Dで目の前に画面を表示させる、超未来的な奴だ。



「なにこれすげぇッ!」



 っておもわず声に出しちまったよ。

「研究中の実験機なの。

 喜んでもらえてうれしいわー♪」

 画面には、



『Elixir-Replica System』



 と表示されていた。

「えりくす?」

「エリクサー・レプリカシステムって読むんだよ」

「わー、なんかファンタジーっぽい名前!

 雰囲気でてきた!」

「ふっふーっ。喜ぶのはまだ早いよー」

 恵美子さんがタッチすると、ウィンドウが増える。



『ステータス』


『スキル』


『アイテム』


『その他』



 RPGでよく見るコマンド表示ばかりだ。

「ユウ君、これつけて」

 渡されたリストバンドを着用する。

 そして『ステータス』をタッチすると。



『名前:しもやまゆうき ジョブ:高校生

 LV:1

 HP:100 MP:100%

 力:5 素早さ:5 賢さ:3 運:0』


 こんな感じにずらずらと俺のステータスが表示される。

「うわー、ホントにRPGっぽい!

 運が0ってすげぇ気になるけどっ!」

「これがさっきの答えよ。

 ユウ君がファンタジーの世界で生き残るなら、現実をRPGのシステムに置き換えてしまえばいいの。非常識な世界にこちらの『常識』をねじ込んでやるのよ」

 なるほどわからん。

 とりあえず俺は頷いておいた。



「私は亜利奈の力を長年研究して、このシステムを開発したの。

 ここに出ている数値は、あなた自身の実力を示しているのよ」

「え、でもMPって?

 俺でも魔法が使えるの?」

「ううん。

 それはどっちかっていうと電池の残量に近いかな。

 この改造スマホは空間に存在する〝マナ〟というエネルギー源を自動的に吸収して電力に換えているの。そしてそれらを使って、」

 恵美子さんはさらに『スキル』のボタンを押す。

 そこには


『サラマンダー・カノン 60%』


 という表記があった。

「……必殺技?」

 俺が聞くと、恵美子さんはふふっと肯定、

「ピンチの時にぶっ放してね♪」

 と言った。



『アイテム』→『しまう』を選び、スマホの先端から出てきたレーザービームを俺の荷物に照射する。数秒するとリュックサックは消滅してしまった。

 今度は四次元●ット機能だ。あれと違って重量制限があるそうだが。

『アイテム』に『リュック』やら『着替え』やら『チョコレート』やら表示される。

「チョコレート?」

「慌ててたもんで、なんかつい」



 リストバンドにスマホを装着すれば、お手軽冒険セットの出来上がりだ。

「これで準備はOKね♪」

 そう言って恵美子さんは時計を確認し、

「……あらやだ、こんな時間!

 私今日は大事な会議があるの!」

 そう青ざめるとバタバタと準備を始めた。

「時間が無いって恵美子さんの私用なの!?」

「そうよ。教授は忙しいの」

「えっ、娘の出発見送らないんですか!?」

「大丈夫よ。ユウ君がついてるんだから」

 ……この改造スマホといい、この親子は俺が同行する事前提で話を進めてやがる。



「あれ、そういえば亜利奈は?

 さっきから居ないんですけど」

 普段から影が薄いから気付かなかった。

 この大事な話の最中、主役の亜利奈が居ない。

「亜利奈なら部屋で準備中。

 女の子は支度に時間がかかるの。

 あ、覗いちゃダメだからねー!」

 アホか。

 繁華街に出かけるんじゃねーんだぞ……。


「それじゃあ亜利奈の事、よ ろ し く ねっ!

 チャオ☆」


 軽く手を振って、恵美子さんは飛び出していった。

 いやまったく、若いお母さんだよ。

 あれで長年独身って、アケスケに見えてガードが堅いのかね。

 昔見たときはもうちょっと歳を取ってるイメージだったけど……。

 まあ、ガキに女の魅力に気付けって言う方が無茶だしな。





 あれ。

 よく考えたら、超ハイテクアイテムに惑わされて肝心の話が何も聞けてないぞ!

 魔王って何とか、モンスターの類が居るのかとか、そもそもどうやって出発すればいいんだよとか……。

 そんなこんな考えていると、急に上階が騒がしくなった。

「あわわわわっ!」

 階段を転げ落ちるようにして、勇者様のお出ましだ。

 支度してるって聞いてたけど、格好は伝説のサークレットとセーラー服のままだぞ。

 準備はどうしたんだ?

「ごご、ごめんなさいっ!

 寝坊しましたッ!!」

「はあああああああああああああああああああああっ!?」

 頭にきて血管ぶちぎれるかと思ったよ!

「お前ふざけんなよッ! 誰の出発に付き合ってやってると思ってんだ!」

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!!

 昨日誕生日が楽しみすぎてあんまり寝てなかったんです!

 く、靴でもなんでも舐めますから赦してください!」

「舐めなくていい!

 つかお前半分自分の趣味を混ぜ込んでるだろ!」

「そ、そそ、そんな、趣味だなんて……。

 ――――あー、」

 ご自分の性癖を自覚召されたようです。




「勇者が出発前にマゾヒズム覚醒って前代未聞だぞ。

 お前マジかよ」

「ち、ちち、違うっ! ユウ君なら何されても構わないって思っただけ!

 蹴られてもぶたれても、亜利奈はユウ君になら」

「おいやめろっ! やめろーっ!!」

 旅への不安ばかりが雪だるま式に募るッ!

「そ、そそそうだ、時間が無いの!

 靴を持って、早く下に付いてきてッ!!」

 そう言って亜利奈は俺の手を引き、下の階へと誘う。



 ――ん?



「……お前、香水つけてるの?」

「え? つ、つけてないよ?」

「いや、恵美子さんと同じ匂いがするし」

「え? え?

 ……お母さんがしょっちゅうハグしてくるから、に、匂い移っちゃったかな。

 こ、香水の匂いする亜利奈、きき、気持ち悪い?」

「いやまあ、仄かに香るだけだから大丈夫だけど……」

 亜利奈はしばらく自分の袖をすんすん匂いを嗅いでいたが、やがて諦めて、

「と、とにかく、いい、急ぐよぉ!」

 と地下階へと駆けて行った。











 地下室に、なんか俺よりもデカイ卵のような形状の〝メカ〟が置いてある。

 パイプやケーブルなんかで配線をしてあって、側にあるモニターがアルファベットと数字と記号をひっきりなしに垂れ流していた。

 どごん、どごーんと重厚な駆動音がする。

 どうやら裏に機械室があるらしい。

 卵の表面には大きく『A・R・N』とマーキングしてあった。

 何かの頭文字だろうか?

「こ、これが〝旅の扉〟?」

「うん。ご、ごめんね、そうなの」

 有名テーマパークぐらいでしかお目にかかれないであろうSFマシンを目の前にして、俺は一気に不安が増してきた。

「動かせるのかよ」

「大丈夫、お母さんに習ったから」

 えっとー、と亜利奈がキーボードに取り付く。

 できれば恵美子さん本人に操作して欲しかったぞ。

「座標位置確認〝イワン城下町〟……。

 こ、これで今日中に王様に会いに行けるはず」

 冒険開始の定番はどこも変わらないってことか。


 Pi……PiPi...ガコンッ!


 卵の表面が、上下に大きく開いた。

 そして、その先が発光している。

 うわなんか……。




 ちょーこえー。




「こ、これで準備完了だよ!

 い、い、いよいよだね!」

 亜利奈が胸元でグーを作り、意気込みを露わにする。

「これに飛び込むのか?」

「そ、そうだよ! うんっ!」

 うわぁ嫌だ……。

 亜利奈にばれたくないけど、得体のしれない機械に飛び込むとかこれ怖すぎだろ。

「よーし、いっくよー!」

「お、おう」

「……、いくよー」

「お、おう」

「ユウ君……?」

「お、おう」

 いつまでたっても相槌しか打たない俺を亜利奈は覗き込むようにして、

「もしかして、ビビってる?」

「…………。

 ………………。

 …………ま、……まーさーかーっ!!」

「そうだよね、ゆ、ユウ君に限って、こんな事でビビったりしないよね!

 ユウ君が怯えてるなんて、

 あ、あり得ないのに。

 亜利奈、馬鹿だなぁ。

 ほんと馬鹿だなぁ。

 ご、ご、ごめんね!

 亜利奈、馬鹿だから……っ!」

 こいつ下から来るくせに逃げられない状況を作るのだけは上手いんだよ!

 ちっきしょーっ! やってやろうじゃねぇかっ!

「あ、亜利奈ッ!」

「はいっ!」

「ついてこいやうらああああああっ!!」


 俺は!


 機械に!


 飛び込んだッ!!










 青い空と涼やかな風。

 雄大な草原と牧歌的な穏やかさが溢れる景色。

 清流が流れ、それを動力に水車がくるくると回っている。

 ちらほらと数件の小屋が点在して、人々の営みが垣間見れる。

 めぇぇー、とヤギの鳴き声が聞こえた。





 ……そんなド田舎100%な村の入口で、俺は亜利奈に尋ねた。

「おい。これのどこが城下町なんだよ」

「あ、あああ、あの、あの……あのぉ!」

 亜利奈は青ざめてガタガタ震える。

「靴舐めますから赦してくださいぃぃっ!」

 やっぱり座標を間違えやがった。

 さっそくやらかしてくれた勇者様に脱力してしまい、どうしたものやらとその場に腰を下ろした。

 俺達の旅はこうして始まった。

 まずはここ、オッカ村。



 イワン城への街道で人攫いが多発しているという噂耳にするのは、この後すぐだった。

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