第2話俺の幼馴染は勇者らしいが一人で出発させられない
セミの大合奏と肌を焼く直射日光が日本を支配する季節。夏休みに入る終業式を終えた下校中の出来事だった。
「あー、ちょっとまて」
……俺は耳をかっぽじって、
「もう一回言って。何?」
「う、うん、ごめんね、ユウ君。
亜利奈の言い方悪くて伝わらなかったね」
ユウ君っていうのはこいつが勝手に呼んでいる俺の愛称だ。
俺の名前は
高校2年生だ。
これといった趣味もないし、自己紹介の時に言うことなくて困るくらいの凡人だ。
で、俺の目の前で卑屈になっているのが幼馴染みの
三つ編みの地味な奴で、いつも下を向いて歩いているちょっと可哀想な奴だ。
普通男女の幼馴染みっていったら中学ぐらいには関係が切れそうなもんだが、こいつがあんまりドン臭いもんで他に友達は出来ないし、いっつも一人だから放っておけず、気が付いたら小学校以来ずるずると一緒にいる。
ここだけの話だが、正面向いて笑うとわりと可愛い顔をしている。自覚して活かしてくれれば彼氏もできそうなもんなんだが……。
話を戻そう。
今日17歳の誕生日を迎える亜利奈に、簡素な祝辞をよこすとこいつはこんな事言い始めたんだ。
「ユウ君、あ、あの、あのね。
亜利奈ね、勇者なんだって。
他の世界の。え、……えへへっ」
――、な?
聞き返したくなるだろ?
「さっぱり意味がわからん」
「そそそ、そうだよね。
意味わかんないよね。
亜利奈、馬鹿だから」
「馬鹿は関係ないだろ。馬鹿だけど。
え、なに?
勇者なの、お前」
「うん、そうみたい」
そう言って亜利奈は学校指定鞄をごそごそと探り、何かを取り出した。
金属製のヘアバンド……じゃなくて、赤い宝石の入ったいかにも〝勇者っ!〟って感じのサークレットだ。
それを額につけて亜利奈は、
「ほ、ほら、……伝説の装備。
ね?」
何が〝ね?〟なんだ。
紺色のセーラー服に重厚な金属製のサークレットをつけたその格好は中々異様だ。
普通の友達ならここで、
『あはは、冗談かー。
あんまりおもしろくねーよー』
って会話になるんだがこいつはマジで言ってるのが顔に出てるから困る。
「どうしたお前、なんか得体のしれない詐欺にでも引っかかったのか。
詐欺にしても内容がエキセントリックだがお前の場合はあり得るぞ」
「えっと、違うの、その……。
ご、ご、ごめんなさいっ!」
すぐに謝るから会話が進まない。
こんな調子だからこいつとまともに会話できるのは俺ぐらいなもんで、あれこれ聞き出してやっとこの話題の全容が掴めてきた。
17の誕生日を迎えた朝に、こいつのお母さんがこう言ったんだと。
「亜利奈……亜利奈、起きなさい。
今日はお城の王様に会う日ですよ」
もうこの時点でツッコミが追いつかないのだが、ここはあえて受け流しておく。
んで、流石のアホの子もこればっかりはこう答えたそうだ。
「お母さん、意味が分かんないよ」
そりゃそうだ。
「いいですか。今までお話してなかったけれど、亡くなったお父さんは異世界の勇者だったんです。だから、勇者の血が流れているあなたは17歳になったら魔王討伐の旅にでなくてはいけないんです」
俺の知っている常識とはまるで違う何かで喋っている。
こいつの言うことが本当ならおばさんはカウンセリングが必要なんじゃないか?
頭の悪い亜利奈は話の内容をかみ砕くのに数秒かかったそうだ。
そして最後にこう納得したんだと。
「そっかー。
だから私、魔法が使えるんだー」
「え、ちょっとまって。
ストップ、回想ストップ!」
亜利奈はきょとんっと、何故止められたのかわからないといった顔をしている。
「何、……お前魔法使えるの?」
「う、うん。変かな?」
「変かなっていうか。
あー、ホントにツッコミきれない。
じゃあお前、使ってみろよ」
「え、え、で、でも。
……危ないよぉ」
「いいから。早く」
俺はすでにこの時点で失敗する亜利奈を見てから、
『ほらみろ、魔法とかないんだよ。
お前は何と勘違いしたんだ』
って感じの会話の流れを喉の奥で用意していたんだ。
だがしかし。
「〝火の魔法〟」
そう唱えると、亜利奈の指先からぼうっ、と音を立てて火炎が噴出する。
そしてそれはその辺の壁を黒く焦がすと、一秒弱で止んでしまった。
「はああああああああ!?」
こいつ、ホントに火を出しやがった!
「か、壁焼いちゃった。
お、お、怒られないかな?」
亜利奈はピント外れの内容でオロオロすると、
「あ、あ、亜利奈が怒られるからユウ君は逃げて、ユウ君は何も悪くないの!」
「ちょっと手を貸せっ!」
俺はわけのわからん事を言っている亜利奈の手の中を調べる。
エアゾールスプレーとか、トリックらしきものは無い。そもそもそういうのでハッタリかます御大層な脳味噌はこいつには搭載されていない。アホの子が言うがゆえに信じざるを得ないってすげぇ。
「……火以外も出せるのか?」
「か、風とか、水とか、雷とか。
ちょっとなら、空も飛べるよ?」
えー、なに、えぇー?
幼馴染みが魔法使うって、なんかもう、どう反応すりゃいいんだ……。
当惑し過ぎて思考停止気味になっていると、俺の挙動に敏感な亜利奈は、
「ご、ごめん、ごめんなさい……。
びっくりしちゃったよね。
亜利奈、き、気持ち悪いかな?」
などとネガティブな誤解をして泣きべそをかきはじめた。
「ゆ、ユウ君に捨てられたら、あ、あ、亜利奈は生きてけないよぉ」
こいつの俺への依存もいつか直さなきゃと思うが、今はそれよりも、
「で。……お前は勇者なんだな?」
「うん、ごめんね、亜利奈は勇者なの」
「それで、異世界の魔王討伐の旅にでる」
「そう。ごめんね。夏休みだし、することないし、ちょうどいいかなーって」
「……わかった」
やや頭痛がするが、すべてを払拭するにはとりあえず話の内容を認めるしかない。
無理やり納得した上で、こう言った。
「じゃあ頑張って来い。
先に言っておくが俺は行かない」
「え……、えぇっ!?」
「当然の如く付いてきてくれると思ってんじゃねぇ。俺はお前の保護者じゃない。
だいたいせっかくの夏休みをそんなわけのわからんクエストで潰されてたまるか」
「うぅ……」
ぐすっと鼻をすすると、
「わかった、ユウ君がそう言うなら、亜利奈一人で頑張る」
「そうしてくれ」
「ひ……一つだけお願いしていい?」
俺が了承すると、
「ユウ君の持っているハンカチを貰っていいかな?」
「はあ? ……どうすんだよ」
「お、お守りにするの。きっと辛い事とか苦しい事とかいっぱいあるけど、ユウ君を側に感じてたら頑張れるから」
依存しすぎだろ。
拒否しようと思ったが、こいつを一人送り出す以上、多少の援助くらいはしてやってもいいと思えてきた。
「……ほれ」
俺がポケットからくしゃくしゃのハンカチを寄越すと、
「うわあっ! ユウ君のハンカチぃ!」
肉に飛びつく獣のようにしてひったくられた。
「お前それ、汗とか拭いてるやつだぞ」
「気にしないよ」
「気にしろよ。
出発する前に洗って使えよ」
「……誰が洗うもんですか」
「あ?」
「ううん、なんでもないの。
あ、ありがとうっ!」
あー、そう言えば、後でいいやと思って誕生日プレゼントも用意してない。出発するなら予め用意しとくんだったな。
そんなこと考えて歩いてると、
「も、もう一つ、いいかな?」
と亜利奈が言ってきた。
「ユウ君の髪の毛。
ちょっと、欲しい、かな……」
「は?」
「だから、あの、……髪の毛。
お守りっていったら、恋人の髪の毛って昔どこかで聞いたことあるし、ももも、もちろん、あ、亜利奈じゃユウ君の彼女にはなれないけど、でもユウ君の髪の毛ならご利益ありそうっていうか」
「――――……」
「う、あ、亜利奈……気持ち悪い?」
髪の毛欲しいとか気持ち悪いじゃ済まないんだが、こいつがたまに変なモノ欲しがるのは知っているからそんなに驚かない。
それにプレゼント渡しそびれてるし。
「いいよ。好きにしろよ」
「あ……、ありがとうございますッ!
ありがとうございますっ!」
亜利奈は謝辞を連呼しながらハサミを取り出すと、俺の髪の毛の適当な部分をじょきっと切った。
「か、髪の毛……ユウ君の髪の毛……。
えへ、……えへへ」
ジッパー付きのビニール小袋にそれをいそいそと入れていく。
うわー。
「お前その変な趣味やめないと、本当に人が寄り付かなくなるぞ」
「そ、そう、そうだよね。
で、でも、髪の毛、欲しかったから」
まあいいか。
誰にだって変な趣味はあるだろうし、外に漏れなければ問題ない。
何より今日はこいつの誕生日だ。
好きにさせてやろう。
「あ、あの、あの。
ものはついでなんですが」
「なんだよ」
「ユウ君の爪も、いただけませんか?」
前言撤回。
「爪とか髪の毛とか集めてどうすんだよ!
呪いでもかけるのかよ!」
「ゆ、ユウ君に呪いだなんてそんな!
亜利奈、そんなつもりじゃないの!
た、ただ旅に出る前に、ユウ君とのひと夏の思い出が欲しいのっ!」
「ちょ、おまっ!
誤解を招く表現をやめろっ!」
「あ、あああごめんなさいっ!
亜利奈、欲張りすぎましたっ!
死んで、死んでお詫びしますっ!」
「死なんでいい!
死ななくていいから!
ちょっと落ち着け!」
「冥土の土産にユウ君の制服を……」
「奪衣婆かお前はッ!! あー、もーっ!」
ダメだ! やっぱりこいつを一人で旅に出すわけにはいかないっ!!
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