俺の幼馴染は女子高生で異世界の勇者なんだがそれだけじゃないっぽい。

山田中ミキヤ

恐怖の勇者と普通の高校生

第1話とある野盗の断末魔

「ヒャッハーッ!」

「やりましたぜお頭ッ!」

 人里離れた洞窟の中。

 ここを根城にしている五人の無法者たちが歓喜の声を上げながら帰ってきた。

 皆身長2メートルはある巨漢揃いで、逞しい筋肉に覆われた丸太の様な手足を持ち、その眼光は悪事に良心が痛まない狂気に満ちていた。

 この近辺で有名な人攫いを生業にしている悪党どもである。うち一人が肩に担いでいる大きな麻袋の中身を外に出す。



 女の子だ。



 二本の長いおさげの、あか抜けない印象の少女が荒縄で拘束をされていた。気を失っているのか、瞼を閉じている。

「しっかし、この辺じゃあ見ない服の娘ですねぇ。外国人でしょうか?」

 一人が言った。

 少女が来ているのは学校指定で夏仕様のセーラー服なのだが、荒くれ者達にはそれがわからないようだ。

「さあな。まあ生娘には違いねぇ。

 高く売れるさ」

 頭取らしき男が少女の顎を摩って、品定めでもするかのように言う。

「でもよぉ、お頭」

 さらに一人が下卑た笑みを浮かべ、

「生娘って確かめなきゃわかんねえぜ」

「ははは、ちげぇねえ」

「ちょっくら、〝味見〟しときやすか」

 男たちの欲望を剥き出しにした薄気味悪い笑い声が、洞窟の中響き渡る。



 そこの声に反応したのか、

「……んっ」

 っと、少女が目を覚ます。

「やあ、お嬢様のお目覚めだ」

「ヒヒヒッ。パーティーの時間には間に合ったみたいですぜ」

 数人の悪漢たちに見下げられる状態から、少女は自分の置かれている立場に気付いたようだ。


「こ、来ないで……っ!

 ――ユウ君っ!

 ユウ君はどこっ!?」


「ユウクン?」

「あ、連れの小僧の事言ってるんじゃないんっすか?」

「見たところ彼氏っぽかったしな」

「へっへっへ、安心しな。

 すぐにあんな男の事忘れさせてやるぜ」

「俺達と忘れられない思い出作ろうぜ」

「ひゃははは」

 男達は少女を取り囲むようにしてにじり寄る。


「いやあああっ!

 た、助けて、助けてユウ君ッ!」

 少女は半狂乱になって少年を呼んだ。

 だがそれは悪党にとって興奮を高めるスパイスにしかならない。

「惚れた男の名前呼んでますぜ」

「いいねぇ、燃えてきた。

 好きだぜこういうの」

 男たちは慈悲もなく少女に手をかける。

「やだっ! こ、来ないで……ッ!

 ユウ君……ユウ君助けてぇぇぇッ!!」

「ぎゃはは、馬鹿だねー。村からここは人の足では半日かかっちまうんだぜ」

「馬で来た俺たちに追いつくかよ」

「あの小僧が頑張って走っても間に合いはしねぇってのになぁ」


















「あ。そうなんだ」

 唐突に、少女の悲鳴が止んだ。



「ん?」

「え?」

「あ?」

「お?」


「計算違いだわ。せっかくユウ君の経験値稼ぎになると思ったのに」

 ケロッとした顔で言うと、呆気にとられる悪漢どもを無視して少女は立ち上がる。

 そして、

「よいしょ」

 の掛け声で荒縄はスルスルと解けて彼女を解放してしまった。

「ちょ……ッ!」

「え、は? なんで?」

 少女は体の調子を確かめるように軽くストレッチをしながら、

「要するにトラップ解除魔法の応用なんだけど、ユウ君の足元にも及ばないカスのあなたたちにはきっと理解できないし」

「ま、魔法ッ!?」

「なんでこんな小娘が魔法使えるんだ!?」

「カスのくせに質問は多いなぁ。

 まあ、一つだけ教えてあげる」




 そういうと少女はフッと消滅した。




「き、消えた?」

「逃げちまったんじゃねぇの!?」

「ちきしょー、追えッ! 逃がすな!」

「お、おいまて!」

 血気滾る男たちを、そのうち一人が静止した。周囲を見渡し、違和感を確認すると、

「――お頭はどこだ?」



 どっしぃぃぃぃんッ!



 天井から〝お頭〟が降ってくる。

 背中を強かに叩きつけられた巨漢は、がはっと口から泡沫を吹き、全身を痙攣させ、

「バ……、化け物……」

 と、搾るような声を上げて、ガクリと動かなくなってしまった。


「「「ひぃッ!?」」」


 戦慄する荒くれ者たち。

 天井から落下してきた少女が〝お頭〟の上に着地すると、

「あのね。亜利奈ありなは身も心もユウ君のモノなの。ユウ君以外の人が触ったりしたらいけないの。それ泥棒だよ? ドロボー」

 〝お頭〟の胴から跳躍、目で追うことも叶わない速度で一人の首根っこを掴む。

「ひ、ひぃぃぃっ!? た、たすけ、」

「ドロボーはいけないんだよ?

 ユウ君が亜利奈をレ●プしていいって言ったの? ユウ君の許可を取ったの? 取ってないのに亜利奈を●イプしようとした?」


 ドンっ!


 男は壁に押し付けられると、

「クズのくせになにユウ君の持ち物に手を付けてるの?

 こんな余計なモノぶら下げてるから?」

 股間をおもいっっっきり蹴り上げられた。



「が……ッ!」

 男は白目を向く。

 そして股間からは大量の血が溢れた。

 男の生死はともかく、男性機能タマキンは確実に御臨終だ。



「ひ、ひでぇ……っ!」

「当然だよね。ユウ君のモノに手を付けようとしたんだから当然だよね。至極当然の罰だよね? そうだよね、そうに違いないわ、そうよ、そうでしょ?」

 少女はくるっと振り返り、震えている男共に向かってにっこりと微笑んだ。



「みんなそう思うよねー?」



「「「は、はいぃっ!」」」

 男たちは命乞いの代わりに調子を合わせ、そう答えた。

 すると少女はうんうんと満足げに頷き、

「うん。亜利奈もそう思うの。

 だから亜利奈がユウ君に代って、」




「全員」




「平等に」




「罰してあげるね♪」





「ひぃぃぃぃぃッ!!」

「た、たたたたたた」

「助けてくれええええッ!!」

 男たちは絶叫を上げ、蜘蛛の子を散らしたかのように逃走を始める。

 だがしかし、たった一つしかない出口には絶望が笑顔で佇んでいた。少女はとっくに先回りをしていたのだ。

「どーして逃げるの?

 逃げちゃ罰受けれないよね?

 あと逃げちゃった罰も受けないとね?」

 一人が少女に取り押さえられる。


「あ、あんちゃんっ! 

 ジローが、ジローが捕まったッ!」

「あいつはもうダメだ、逃げるぞ!」

「お、お、お……っ!

 置いてかないでくれええええっ!」



「そもそも世の雄の遺伝子はユウ君の優秀なDNAに遠く及ばない事は論を待たないわけだけどじゃあそれを駆逐しきったら将来ユウ君の子供達が近親相姦になっちゃうから止む無く生かしてあげているの亜利奈って将来設計完璧だよねだけど無駄な遺伝子の根絶は許されてしかるべきだと思うのそうでしょそうよねその通りだわあなたもそう思うでしょ?」


 少女は恍惚とした表情でなにか不明瞭な事を呪文のように唱えながら、ジローと呼ばれた男を事も無げに転倒させると、手ごろな石を手に取る。

「やめて、お願い、お許し、ガッ!」

 少女が石を振り下ろし、

 びちゃっ、と鮮血が洞窟の壁を染めた。

「ジロー―――――ッ!!

 あんちゃん、ジローがやられ……」

「ひでぶっ!」

「あんちゃああああああんっ!?」

 少女に蹴り上げられ、衝撃で瞬く間に肉塊と果てた〝あんちゃん〟は虚空の果てへとぶっ飛ばされる。

 お星さまになるという比喩表現があるが、あの高度はまさしくそれだ。

 少女は最後に残った一人に微笑む。


「あのね亜利奈ねあんまりユウ君の前ではごみ処理はしないようにしてるのだってユウ君が怯えちゃうかもしれないしふふっ可愛いよねユウ君って世界で一番かっこよくてかわいくて素敵な男性っていうかユウ君以外の男性は男性と呼ぶべきじゃないというか男性は即ちユウ君の事を示す単語であるべきであなたたちはそれ以外の何かとして呼ばれるべきで醜い生き物っていう生物学的部類が必要よねそうだよねこれでユウ君の素晴らしさ少しは分かってもらえたかなわからないかなそうだよねあなたたちはそれ以外の何かだもんねごめんねごめんね難しい話をしちゃって」


「く、くるな、くるなああああっ!!」

 男は馬に跨ると、必死に鞭を振って逃走を始めた。

 とにかく遠くへ逃げて生き延びようとする。


 が、


「あははは、おっかしぃー。

 それじゃあ逃げられないよぉ」

「ひぃっ!?」

「あはは、あははは。

 逃げるならもっと真剣に逃げないとー」

 男の顔が死相に歪む。

 逃げているはずなのに少女が居る。

 馬が駆けているのに、少女は笑い声をあげながらゆっくり歩んでくる。

 もっと早く、もっと早くっ!

 馬は嘶き、景色は流れる。

「あははははは。

 あははははははは」



 ――なんで追いついてくるんだっ!?



 実は男が跨り必死に鞭打っているのは地面に隆起しているただの大岩なのだが、彼は幻術の類でそれに気付いていないのだ。



 男は少女に怯え、必死に大岩に鞭を叩きつけ、都度振り返っては恐怖に怯える。

 少女はその滑稽な姿を嘲笑いながら、楽しむようにゆっくりゆっくり男の背後にたどり着いた。そして血糊がべっとりとついた石を振り上げる。

「あ……悪魔だ……、

 狂った悪魔だあああ!」

「ううん、違うよー」

 また満面の笑みを浮かべ、

「亜利奈はね、この世界の勇者なんだよ」









「亜利奈ーーッ!

 どこだーーッ!!」

 村から飛び出し、少年は必死に少女を探していた。ちょっと目を離した隙に居なくなってしまったのだ。

 ここいら一帯は旅人を襲う人攫いの山賊が出るという噂を聞いた。

 ……まさかという不安ばかりが募る。

 無事でいてくれよと口の中で呟き、少年は見知らぬ街道をあてもなく駆けた。



 三十分ほど走ったところだろうか。

「きゃあああああっ!」

 っと、悲鳴が辺りにこだました。

 間違いない。亜利奈だ!

「ありなッ!」

 少年は叫び、悲鳴を頼りに急行する。

 丘を越えた向こうの平原、そこに亜利奈と呼ばれた少女は居た。

 三匹の〝ベオウルフ〟と呼ばれる狼のような魔法生物モンスターに囲まれ、泣きべそをかきながら立ちすくんでいたのだ。

「あうう、ゆ、ユウ君、助けてぇ!」

「くそっ!

 お前はいっつも面倒事を起こすな!」

 あれが〝勇者〟というのは何かの間違いなんじゃないのか?

 少年は購入したばかりの安い剣を構えると勇敢に飛び込み、ベオウルフと対峙する。


「危ないから、下がってろ!」

「う、うん……ご、ご、ごめんね」

「そういうのは後だ!

 俺の背中を離れるな!」

「は、は、はいっ!」

 剣を振りかざし、魔物と戦う少年。



 その背中で、亜利奈はにへらっと笑んだ。

「魔王をやっつけてこの世界を征服したら、ユウ君にプレゼントしてあげるんだー。

 もうちょっとだけ待っててね♪」


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