第4話キャホーイ! オッカ村へようこそ!
〝旅の経験のない人間は、旅に出てから後悔し、旅の経験を得る。〟
何かの本に書いてあった禅問答みたいな文言だ。
読んだときは「ったりめーだばーか」と鼻で笑ったもんだが、
今現在肌身に染みている。
俺達の旅はあまりに見切り発車すぎる。
いや見切り発車を強要された感じもあるが、それにしても見切り発車すぎる。
そもそも異世界うんぬん以前にここは〝外国〟だ。
言葉も文化もお金も通用しない〝外国〟なのだ。
海を越えないと異文化に触れる事のない島国根性が完全に災いしていた。
村の入り口でガタイの良いおじさんに話しかけると、笑顔でこう言われた。
「●*※@#Σ......!」
何言ってんのかわかんないけど、すっげー気さくにこう言われたんだ。
おそらく、
『村へようこそ旅の方!』
ってな感じこと言ってくれたんだと思う。
すごく自然な感じで喋ってくれたから、言葉通じませんとも言えず、こっちも笑顔で頷くしかない。
そして「わほーい!」だか「やほーい!」だかそんな感じの単語を大きな声とジェスチャーで言ってくれた。
多分、親愛のしるしか何かだ。
……どうしたらいいのかもうわかんねぇ。
とりあえず薄ら笑いを浮かべて、
「へへへ……」
と適当に反応しておいた。
実に日本人らしい保守的な態度だと思う。
すると、
「●×※! @&$! ――キャホーイ!」
おじさんが一言二言、意味不明の事をテンション高めに言ってもう一回ジェスチャーしてきた。
そして「ほら! ほらお前も来いよ!」って感じで身振りする。
やれってか。
一緒にきゃほーいしろってか。
初対面のおじさんと
「※$! キャホーイ!」
「きゃ……きゃほー……」
「#%×※ッ!!」
あー。これわかる。
『ダメダメそれじゃあ!
元気足らないよ!』
って言ってる。
これあれだ。
自分を捨てないと絶対解放してくれないめんどくさいパターンだ。
「※$! キャホーイ!」
「きゃ、きゃほーい」
「※$! ※※Δ! キャホーイ!」
「きゃほーい!」
「※$! キャホーイ!」
「キャホーイ!」「キャホーイ!」
「キャホーイ!」「キャホーイ!」
「ハッハッハ! +%$##ッ!!」
4,5回きゃほーいした後、おじさんは高笑いし、俺の肩をポンッと叩いた。
そして満足そうな顔で一言二言言いながら去って行った。
「……」
「……」
「……」
「……ゆ、ユウ君……?」
「今俺に話しかけるな」
「う、うん。なんか……ごめんね?」
幼馴染みの前で不用意に恥をかかされた俺の気分はわかるまい。
「おい言葉通じないぞ。どうすんだよ」
「ど、……どうしよ」
「てかお前、お金もってるんだよな?」
「に、二千円ぐらいかな?」
「日本円じゃねぇ!
この世界のお金だよ!
あと所持金二千円とか国内旅行もままならない金額だぞ!」
「あううう、
一度に二つ以上ツッコまないでぇ……」
亜利奈はぐるんぐるん回転した後、
「お金……もってません」
……と白状した。
「はああああああああああああああっ!?」
「じ、実は二千円も無くて」
「そっちもかよ!
もうこの際どうでもいいよ!
着地点間違えるしお金は無いし!
こっからさきどうすんだよッ!!」
「ご、ごごご、ごめんなさいいいいいッ!!
靴舐めますぅぅぅぅッ!」
「靴舐めればなんでも許されると思うなあああああああああああ!」
「ごめんなさい、ごめんなさいっ!
亜利奈は愚図でおバカなダメ勇者です!
気が済むまで罵ってくださいいいッ!」
うっわこいつこの状況で自分の趣味混ぜ込んできやがった!
マゾ最強説急浮上だよ!
逆に尊敬に値するわ!
くそ、こいつを責めても悦ぶ一方でなんの解決にもならねぇ……。
「所持品うっぱらうにしても言葉通じないんじゃあなあ……」
「……ある」
「あ?」
「言葉が通じなくても売れるもの、
……あるよ!」
亜利奈が急に何かを決意した表情で、唇を噛みしめて立ち上がった。
「お前、止せ、この流れは絶対ロクな事思いついてない」
「だ、大丈夫! 亜利奈はユウ君のためならどんな相手でも頑張って」
「おいやめろ!」
「で、でででも、街道沿いでスカートをたくし上げてちょっと痛いのを我慢すれば一晩でお金持ちになれるってお母さんが」
「やめろ! やめろーっ!」
娘にどんな処世術教えてんだあの
「確かに万国で通用する最終手段っていうのは否定しないが、ちょっと落ち着けよ。
●ッチ勇者爆誕の瞬間に立ち会う気は無いぞマジで」
「は、はい……」
亜利奈はしゅんっとなった。
「うーん。ハイテクメカまで作ってくれた恵美子さんが、なんにも準備無しでここに放り込むとは思えないしな……」
そう言ってスマホにタッチし、
『Elixir-Replica System』
とやらを立ち上げる。
それを弄ってなにか手段を……、
『はなす』
「ん?」
『はなす』
なんだこのコマンド……。
え。まさか。
使い道を直感した俺はさっきのおじさんの元に走った。
「お、……おじさん!」
「※◇? Δ※#……」
俺はおじさんに向かって『はなす』コマンドをタッチした。
「……なんだいそりゃ。
変な籠手をつけてるなぁ、坊主」
……やった! 通じるッ!!
おじさんの言葉は日本語として俺の耳に伝わった。
「おじさん、ここ、どこ?」
「あ?
……どこって、ここはオッカ村だぜ」
逆も大丈夫だ。
どうやらこの『はなす』コマンドは自動通訳システムになっているようだ。
これがあれば言葉に困ることは無い。
〝非常識な世界にこちらの『常識』をねじ込んでやるのよ〟
あれはこういう意味だったのか。
――そういうの、ちゃんと説明しといてくれよ……。
なんにせよ、このスマホにはまだまだ使い道がありそうだ。
とりあえず情報収集だッ!
「……なるほどねぇ。
イワン城に向かいたいけど道に迷って、あげく路銀も底を尽きた、と」
俺は多少捻じ曲げて経緯を説明した。
まさか異世界からほぼ着の身着のまま状態で飛び込んできたとは言えないし。
「イワン城なら街道を一本道だし、ここに来るまでに路銀が無くなるっていうのもどっか信ぴょう性に欠けるが」
「うっ」
おじさんはじとーっと訝りながら俺の顔を見て、
「嘘つくときはもう少しマシな嘘練りな。
まあ根掘り葉掘り聞く気はねぇけどよ」
そう言ってにっと笑ってくれた。
「人生いろいろあらぁな」
……ファーストコンタクトがこの人でホント良かったよ。
「ただで銭くれてやるわけにはいかないが、見たところ働いて稼ぐ時間も無いらしい」
「すみません。
今日中に王城に着きたいんで」
「そいつは、そうとう急がないと間に合わないぜ。あのお嬢ちゃんも一緒だろ?」
「……道さえ教えてもらえれば、あとは根性でなんとかします」
「馬鹿言え。おめえ丸腰じゃねぇか。
ここは街道って言っても魔物は出るし、旅人を狙った盗賊やらが多い。
人攫いだって出るって話だ」
やっぱり出るのか、モンスター。
さっそくどうしたらいいんだよ……。
「ついてきな」
俺はおじさんに促され、一軒の小屋にやってきた。
「ここは?」
「村唯一の店だ。よろず屋ってやつさ」
扉を開くと、四畳ぐらいの倉庫の様なスペースに剣やら盾やら杖やらがごちゃっと置かれている。
そこらに蜘蛛の巣が張っているのが、なんというか〝田舎のお店〟って感じだ。
「あーいらっしゃい」
剥げたじいさんが、やる気ない感じにカウンターに座っている。
「ジジイ。若い旅人だ。
丸腰のこいつに護身用の剣を売ってやってくれ。一番安い奴でかまわねぇ」
おじさんがそう言ってくれる、と、
「そこの屑鉄で作った剣ならあるよ。
50
あ。
お金の単位
いや恵美子さんの翻訳次第だから遊び心でそんな感じになってるのかも知れないが。
「50だ。出せるか?」
おじさんに言われても、答えはNOだ。
「本当に無一文なのか……」
はぁーっとため息をつかれた。
というか、そもそも俺はこの世界のお金の価値観もわからない。
「あの。50Gなら他に何が買えます?
例えば食べ物とかで」
「50ったら、そうだな。
腸詰一人分ってとこかな」
腸詰ってウインナーのことだよな?
夕食のお惣菜一食分って感じか。
……結構安いんだ。
とにかく、お金がないなら物々交換しかない。俺はスマホの『アイテム』をクリックして、目ぼしいモノを持ってないか調べる。
リュックにごちゃごちゃ詰まってる割には、良いものないなぁ……なんだ〝金だらい〟って。俺はいったいどうするつもりだったんだコレ。
「へぇぇー珍しい籠手だねぇ」
よろず屋のじいさんがスマホに食いついてきた。
「こ、これは売れませんよ。
……あ」
面白いモノを見つけたぞ。
「チョコレートって、知ってます?」
「あ?」
「ちょこ?」
二人ともいい反応をしてくれた。
食い物一つ分っていうのなら、珍しい食べ物一個でちょうどいいかも。
俺はチョコレートをクリックする。
『ready』
カウンターに向かって、光線を照射。
ピーという音の後、板チョコレートが半透明で映し出されてから実体を得る。
「おお!」
「なんと……!」
こう感嘆を挙げられると気分がいい。
俺は二人にチョコレートを一切れづつ渡した。訝る二人を促し、口に含ませる。
「なんだこれ!」
「い、今まで食べた事ないわい!」
よしよし。いいぞ。
「これと剣、交換できない?」
じいさんは快諾してくれた。
そもそも屑鉄の剣にそんなに価値は無いらしい。
刃渡り1mほどで、それに柄を取り付け持ち手を布で縛っただけの簡素な武器だ。
刃といっても平たく分厚いだけの鉄板で、切れ味というものはほとんどないらしい。
さらにその刃は鉄やら銅やら分別不能の金属を適当に溶かして作られた合金で、鋳物のように脆く、使用回数はかなり限られるそうだ。
なるほど、安い武器だ。
だが無いよりは遥かにマシで、今の俺には必要な武装に感じられた。
俺は剣をスマホに仕舞う。
『アイテム』欄に〝屑鉄の剣〟が増えた。
「いろいろありがとうございました」
よろず屋を出て、おじさんにお礼を言う。
「なに、なにもしてねぇよ。
どんな事情があるのかしらねぇが、お嬢ちゃんをしっかり守りな!」
あいつあれでも〝勇者〟なんっすよ。
そう言おうと思ったが、やめといた。
「こんなもんしかねぇが、餞別だ」
おじさんが透明なボトルをくれた。
「酒だ。気つけに使いな。
安もんだから呑み過ぎるなよ」
未成年にアルコールって……まあ、ここ日本じゃないしな。
「ありがとうございます」
「頑張れよ、小僧!
――キャッホーッ!!」
あー。これは通訳不能だったか。
会話の端々に出ていたのに、すっかり亜利奈の事を忘れていた。あの存在感の薄さはステルス麻雀やステルスバスケに活かせるかもしれない。
そもそもいつも勝手に着いてくるから気に掛けたことがないからな。
俺は亜利奈がまっているであろう村の出入り口にたどり着いた。
あれ。
亜利奈が居ない。
勝手に置いて行っても大抵その場でじっとしているはずなので、ここに居ないというのはおかしい。
まさかあいつ本当に早まって躰を……。
いやいやいや。
さすがにそれは無いだろう。
だったらどこに……、
〝ここは街道って言っても魔物は出るし、旅人を狙った盗賊やらが多い。
人攫いだって出るって話だ〟
――――…………。
嫌な予感がする。
身体から血の気が引いて、すぅっとした冷気を指先に感じる。
まさか、そんな……ウソだろ?
「亜利奈……ッ!!」
俺は居ても立っても居られず、オッカ村を飛び出した。
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