花鳥風月/2-3

――千葉県チーム太陽。スキル、本気。ランクAが発動します。全てのステータス、スキル、アビリティを解放します。解放レベル3。


「あ……?」

「足りないのでしたっけ? それなら安心していいわ、神崎伊織さん。私のイリーナが貴女達のこと……」


 顔に痣ができたイリーナは、今まで見たこともないほど狂暴な笑みを浮かべ。



 槍を再度構え直した。


「今まで手加減してたんか、我……?」

「気を悪くしたならごめんなさい。でも貴女達、私のイリーナが本気出したらすぐに潰れそうじゃない?」


 相手を挑発するように言ったその言葉を聞いて、僕は全身の身の毛がよだった。

 決して、風音先輩の言葉にそうなったわけではない。それは……きっと。


「我、見下すんも大概にしぃや」


 冷徹に、真の怒りをその瞳に込めたいなりと神崎さんの感情にだ。


「見下したつもりはないのよ、馬鹿にしただけ」

「もうええ。くたばれや、クソが」


 空気が、がらりと変わった。


「あら、怒っちゃったかしら?」

「もうええ言うとるやろ、くたばれや」


 今までの粗雑なものとは全く違う。


「あんたも……同じや」


 風が吹く。それはいなりの髪をふわりと撫で、その髪の奥にある怒りに燃えた瞳を僅かに隠した。


「うちらのこと、ゴミクズやと馬鹿にしやがって」


 風が止む。それが合図とでも言うように、いなりは目にも止まらぬ速さでイリーナへと突進していた。


「……!?」


 それを受け止めるイリーナもさすがだが、しかしそれでも……。


「貴女も私相手に加減してたのかしら……!?」


 明らかにそれは違う動きだった。

 今までに見えていた粗雑さはもう見えなくなっており、無駄のない一撃が常にイリーナに打ち込まれる。


「お前とは違うんよ」


 僕は少しの間だけど、彼女の戦いに魅了されていた。自分の気持ちに素直で、そして何よりも純粋に感じられたから。

 思いのままに動き、思いのままに戦う。獣のような動きであるというのに、それでも人間らしい〝感情〟が感じられる動き。


「どう違うのかしら?」


 激しい衝撃を伴って、彼女らの武器が鬩ぎ合う。

 バディタクティクス……現実と類比するゲーム。確率やデータだけで全てが決まらないゲーム。一割の命中率も、状況によってはに命中してしまうゲーム。気持ちで容易くステータスなんて超越できる。


「何でも持ってる貴様らは、さぞや楽しかったろうよ」


 一撃。

 いなりのその一撃で、僕らの足元は壊れた。


「太陽くん! 急いで離れて招集を!!」


 透子の声に、僕ははっと彼女らから目を逸らして。


「テラス、ここから離れるぞ! えーっと、北東の広場だ!」


 僕らは一旦、ここから離れる。

 テラスは足が速いわけではないが、それでも僕が思っているよりも早く広場へと着いた。


「テラス、招集を……!」


 テラスが頷いたとほぼ同時に、ぐらりと倒れた。


「困るんよ、伊織の邪魔されると」


 何とか片足を踏ん張ったテラスは、背後へと目を向ける。


――京都府チーム花鳥風月。スキル、不意打ち。ランクBが発動しました。相手がスキル使用者を視認、もしくは検知していない場合のみ、防御不可の攻撃が必中します。


「横宮……春さん!」

「向かう途中で会えたんはラッキーや。悪いんやけどな、うちらやりたいことあんねん。お前らこれやってんの、どうせ進学とかそういうのためやろ? ここで負けろや」


 ぐらつくテラスへ彼女の相棒こはるは再び釘バットを振りかぶる。


「他力本願セット、柔軟思考!」


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキル柔軟思考C+がランクアップし、柔軟思考A+になります。

――千葉県チーム太陽。スキル、柔軟思考。ランクA+が発動しました。ランクに応じて、一定時間条件を満たす未取得スキルが使用可能となります。

――千葉県チーム太陽。スキル、柔軟思考発動中です。スキル発動、返しの刃A+。相手の攻撃を受けた場合、すぐに反撃を行うことができます。


 スキルのおかげでテラスはすぐに反撃を行った。咄嗟に後退したこはるにダメージは与えられなかったが、それでも追撃は避けられた。


「それがチーム太陽の切り札やんな?」

「まだまだありますよ……テラス、他力……!」


――ヒェヒェヒェヒェヒェヒェヒェヒェヒェ!


 黒板を引っ掻いたような鳴き声がする。


――スキルの使用は禁止だよ、ヒェヒェヒェ!

――チェシャ猫が毛繕いを始めました。一定時間、スキルの使用が禁止されます。


「ってこんな時にかよ!?」

「運はうちらに向いてるな。こはる、さっさと潰すぞ」


 釘バットを持つこはるもまた、いなりやいろはと似たように和装であるのだが……!


「おらぁ行くぞぉぉぉぉ!」


 武器やら行動やらが全く合ってない上に攻撃的すぎる!


「テラス、逃げ、逃げろ!」


 あわわ、と慌てながらテラスは逃げると、すぐに激しい地鳴りが背後から聞こえる。


「うへぇ……京都こえぇ……」


 土煙を一振りで払うと、彼女らは突っ込んできた。


「テラス、みんなの方に逃げるぞ!」


 僕のその言葉に逃げながら頷いて、先ほど来た方向を戻るように駆けだすのだが。


「逃がさへんって」


 一跳びでテラスの前に現れたこはるは、そのまま釘バットを振り下ろす。


「テラス、回避!」


 後ろに跳んで直撃は避けたものの、その衝撃でテラスは吹き飛ばされた。


「これが……全国!」


 今まで以上にことにこだわる。

 今まで以上にを忌み嫌う。

 だからこそ……それは。


「うちらは、学校を綺麗にしたいだけなんや。だから、ここで負けてくれや。ええやろ、それぐらい。あんたらは、うちらより沢山持っとるやろ?」


 思いもよらない気持ちを吐き出すこともあるのだ。

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