花鳥風月/3/流れ星は刹那に消えようとも
『勝ったのは……り、流星、高校、です』
京都府大会決勝のアナウンスは驚きを隠しきれずに、そう呟いた。
会場はしんと静まり返る。そんな中、流星高校の五人はフルダイブの機器を外し立ち上がった。
拍手も歓声もない。彼女ら五人の足音が会場に静かに響き、やがて聞こえなくなる。
他校の廊下は彼女らを中心に別れ、ひそひそと陰口が聞こえていた。それを彼女らは気にしていなかった。
流星高校にはフルダイブの施設はない。
だからこそ、彼女らは他校で京都府大会決勝を行っていた。
そんな五人の見た目には共通している箇所がある。
数世紀も前から変わらぬセーラー型の制服、くるぶしまではあろうかというロングスカート、髪の色は統一されているわけではないが、全員色を抜きすぎて痛んでいた。
彼女らの足は自分達の高校に向かっていた。
誰も何も話はしなかったが、周りは彼女らを見て、皆が嫌な顔を浮かべている。
――こんな時間からまた流星がほっつき歩いてる。
――ひでぇ格好してるなぁ……。
――目を合わせちゃダメだよ。目が合うとカツアゲされるんだって。
そんな街の人々の態度に彼女らはすっかり慣れっこだ。
ぴこん。
一人の相棒が彼女らにメッセージを表示する。
それに足を止めると、五人は僅かに微笑み真っ直ぐ行くはずの道を右へと折れる。
少し歩くと水族館が見えるが、彼女らはそれには入らず公園へと足を進める。
まだ昼過ぎだからだろう。人はまばらで、子供を連れた母親がぽつぽつといるだけだった。
ぴこん。
また、相棒がメッセージを表示する。
それに一人……藤本咲は涙を流した。
そんな彼女を見て、肩をがっしりと組んだのは神崎伊織。藤本の頭を撫でたのは横宮春。横宮と神崎、二人と肩を組んだのは朽木宮子。朽木と向かい合うようにして藤本、横宮と肩を組むのは東城奈美だ。
ぴこん。
ぴこん。
ぴこん。
ぴこん。
ぴこん。
五人の相棒がそれぞれ、彼女らにメッセージを送り全員の瞳から、多少の差はあれど涙が溢れていた。
少しして、彼女らは涙を拭い来た道を戻り、再び自分達の高校に向かった。
校門前まで来ると、何人かが彼女らを嘲笑し始めた。
「ゲームオタクのなんちゃってヤンキーが帰ってきたで」
「なぁおい、萌えとか言ってみろや?」
相手は男二人だ。校門の前だというのに煙草を吹かしている。
彼女らは彼らの足元を見た。そこには数本の吸殻が転がっている。
それを黙って、藤本が拾い上げた。
「ははっ! そういや掃除好きやったなぁ! ほれ、拾わせたるで」
一人の男は彼女の目の前で煙草を捨ててみせる。藤本はその火を消して同じように拾ってみせた。
「オタクは礼儀知らずやなぁ。こういう時はお掃除させてくれてありがとうございます、て言うんやで」
それを無視して、彼女らは校舎へと足を進めた。
彼女らの背中からは、変わらない嘲笑が聞こえていた。
そしてその嘲笑は、校舎に入っても絶えない。
――ゲームオタク共や。
――おもちゃ貰ってから腑抜けた奴らや。
――格好だけは一人前やんね。
――キモいのぅ。
校長室の前に着くと、神崎は二度ドアをノックする。どうぞとドアの奥から声が聞こえると、神崎はそれを開いた。
校長は質素な机と椅子に座っていた。頭は禿げ上がり、目の下に濃い隈が出来ている。しかし、ガタイはしっかりしており、瞳は鋭く強い。
「優勝おめでとう」
「うぃっす」
ここまで来てようやく、彼女らは……いいや、神崎は口を開いた。
「うちら約束守りました、校長! だから学校変えるために協力してください!」
次に口を開いたのは藤本だ。
「確かに優勝はしたね、君達は」
「はい。ですので、約束を守って……」
続いて東城。
「はは、何か勘違いしてないかい?」
しかし校長は彼女らを馬鹿にするように一笑し、言を繋ぐ。
「私はね、全国で優勝したら、そういう意味で言ったんだけどね」
彼女ら五人は、全員目を見開いて驚きを表す。
「そんなん後出しじゃんけんやんか! 学校綺麗にするだけの条件にしちゃ釣り合い取れへんやん!」
意見を出したのは横宮。それに朽木はうんうんと、何度も頷いた。
「困るんだよねぇ……うちが優勝するとか。うちは底辺のままでないとダメなんだよ。君らみたいなゴミ達最後の掃き溜めであるべきなのに敷居を上げられるのは……本当に困る」
禿げた頭を掻きながら言った校長に、神崎は声色を変えずに答えた。
「いっす、わかったっす。全国優勝っすね。りょかいっす」
それに驚いたのはその場にいた全員だ。
「その代わりちゃんと約束しましたよ、校長。うちらが全国バディタクティクス大会で優勝したら、〝全校生徒に校舎の清掃〟を学校行事として命令してください」
「は? ははは! いいよ、いいとも! 絶対無理だけどね! あはは!」
校長の笑い声に神崎は片眉を上げて。
「いなり、校長約束したやんな?」
ぴこん。
録音も録画もしたで。
「ならええわ。校長、また他校の施設貸し出しの件でサイン貰いに来るっす。その時はお願いしゃっす」
そして神崎は軽く頭を下げ校長に背を向け足を進める。すると、それに他の者達も続く。
「ゴミ掃除なら、君ら全員がいなくなるほうが早いんだがね」
ドアが閉まるその時、校長の嫌味を彼女らはしっかり聞いた。
そして彼女らは教室には行かず、屋上に続く階段の踊場で腰を下ろした。
「何であんなんオッケーしたんや、伊織!」
口火を切ったのは横宮だった。
「しゃーないやんか、あの禿貍は確かに府大会でなんて言うとらんし」
壊れかけた椅子に座りつつ、神崎は答える。
「せやかて無理すぎるやろ! 全国なんて強い奴らぎょうさんおるやんか! 高天なんか全国模試でも上位なんやで、うちらが持ってへんすげぇスキルとどうやってやりあうんや!?」
横宮の言葉に、全員が口を噤む。
しかしそんな中、藤本が瞳に涙を溜めながら、絞り出すように言葉を口にする。
「あの校長、またうちらのことゴミ言うた……うちら、一生懸命やってるやんなぁ? 煙草も喧嘩もやめたし、勉強かて少しは頑張ってるし、ボランティアかて去年からずーっと……」
鼻をすすった藤本を、静かに朽木は抱き締めて神崎を見た。
「うちらは頑張っとるで。でもな、他の高校の奴等は煙草も吸わんし、警察が出てくる喧嘩なんてせぇへん。頑張って勉強して立派な高校入って、そこでも将来のために一杯勉強しとる。うちらはマイナスがゼロになりかけとるだけや」
神崎は藤本に正論で返す。
「そんなん、いやや……いつまで経ってもうちらゴミやクズやと言われなあかんの? こんだけ頑張ってもまだゴミでなきゃあかんの? ええやん、一回ぐらい……誉められたってええやんかぁ……」
藤本は朽木の胸に顔を埋め、声を殺して泣いた。それに朽木も涙を溢すが、それでも彼女は神崎からの慰めの言葉を待った。だが中々その言葉は神崎の口からは出て来ず、朽木は目を伏せて藤本をより強く抱き締めた。
「なぁ伊織。うちらで勝手に掃除だろうとなんだろうとやってやろうや。あんな校長に頼らんでもええやん。うちらが声かけりゃ前のツレかて……」
横宮がまだ話してる途中、それを切るように神崎は言葉を発した。
「それじゃあかん。うちらしか変わらん。うちらだけじゃなく、この学校を変えようて決めたやん」
「そんなんもう無理やろ!! 府大会で優勝してもみんなうちらのことオタクやなんやと馬鹿にして……うち、いつかあいつらのこと殺してまうわ!」
「アホか! また戻りたいんか!? 喧嘩ばっかして、警察から逃げて、やっぱりゴミやクズやと後ろ指差されたいんか、我は!?」
神崎は椅子から勢い良く立ち上がり横宮の胸ぐらを掴みながら叫んだ。
「楽しかったか!? なぁ!? いっつも……いっつも! 気に入らなけりゃ相手を殴って、どうせゴミクズやからと煙草吹かして、周りから見下されて楽しかったんか!?」
そんな神崎の剣幕に横宮は物怖じもせずに、胸ぐらを掴み返し吠えた。
「じゃあどうすりゃええねん!? フジや朽木が何回お礼参りされたと思っとるんや!? お前や私や東城は喧嘩強かったからそんなんなかったけどな、こいつら酷いときは骨も折られたんやぞ!? お前かて知っとるやろが!!」
神崎は言い返そうと思ったが、すぐに言葉は出てこない。
「それでもあんたが言ったよう変えるために……我慢して、我慢して我慢して我慢して!! ようやくここまで来てこんな仕打ちやぞ!?」
そんな二人の腕に、東城はそっと手を置いた。
「変わるって、私達は決めた。それを今更止めたら……それこそ
静かにはっきりとそう言われ、二人は互いの胸ぐらから手を離す。
「悪かったな、伊織」
「いや、うちもあんたらの気持ち知ってんのに
重い空気の中、東城は困ったように少し笑って。
「今度のボランティアっていつだっけ?」
「なんや急に。明後日の土曜に
東城の問いかけに答えたのは神崎だ。
「そうだったね。私達が二つに顔出してるんだから、交流企画できたら楽しそうって、フジが言ったよね?」
藤本は自分の名前が出たことで、泣き続けるのをやめて顔を出す。
「それに賛成した朽木が介護施設の施設長に説明して、横宮は保育園の園長に説明したんだよね」
懐かしむように東城は言い、髪の毛先をくるくると弄っていた。
「そもそもこの二つのボランティアに応募したのが伊織だったね。よく受かったよね、ホント。あんた、その格好で面談したんだっけ?」
「う、うるさいわ。派手じゃなけりゃええ言われたから普通で行っただけや!」
東城は微笑んで。
「きっとさ、それに出たらみんな元気出ると思うよ。今は砂だろうと苦虫だろうと、噛んで耐えるときだよ」
「虫、嫌い……」
ぽそりと、か細い声で朽木は呟いた。
「もう、朽木は変なところで天然入ってるんだから」
その東城の言葉に、ようやく全員は笑みを浮かべた。
――……
土曜日。
彼女らは自らが企画した交流会のため、花園介護施設に向かった。
既に子供達は介護施設におり、各々が老人達と共に戯れていた。しかし、彼女らが姿を現すと一気に彼女らに歩み寄る。
「りゅーせーのねぇちゃん! 試合凄かったなぁ!」
「かっこよかったよ!」
「ねーちゃんの相棒見せてや!」
あらあらと、保育園の園長は嬉しそうに微笑み、「お姉さん達は来たばっかりなんだから」と言って、その子達を宥める。
ぴこん。
うちのママは、とっても格好いいんやで!
神崎の相棒いなりは、子供達の前に現れて胸を張った。
「やめぇや、いなり」
神崎はいなりを手で払う仕草をしたが。
ぴこん。
ママ、照れてんねん。可愛いやろ?
「だからやめぇて」
顔を真っ赤にする神崎に、子供達はそれぞれ茶々を入れて騒ぎ出す。それを老人達は温かい笑みを浮かべていた。
「伊織ちゃん達、かっこよかったねぇ」
「私達、すっかりファンになっちゃったのよ」
「口が悪いの直せば、もっとファンが増えるだろうねぇ」
和やかな空気に、彼女らは涙が込み上げてきた。
「うっさいわ。ジジババが寄ってたかってうちらのこと泣かそうとすんなや」
伊織は涙を拭いながらも、何とか笑みを作る。
「最初は心配だったけど、貴女達が良い子だってこと、私達は知ってるからね?」
保育園の園長は優しい言葉を彼女らにかけると、一人ずつ頭を撫でて抱き締める。
それに藤本は涙を堪えきれずに嗚咽を漏らした。
「うちら、まだ変われてへんねん。なぁセンセ。うちら、全国で優勝せな変われへんねん……」
それは純粋な愚痴であった。藤本としては「それは大変ね」と同情の言葉を待っていたが、しかしその期待は裏切られる。
「できるでぇ、かーちゃん言ってたもん。りゅーせーのねぇちゃんは良い子やから、きっとゆーしょーするって」
一人の女の子は藤本に抱きついて、にかっと笑った。
「そうかなぁ? うちら優勝できるかなぁ?」
「できるてぇ。うち、ウソついたことないもん。なぁ抱っこしてやぁ」
「そっか……そっかぁ……うちら、優勝できるかぁ。ええで、優勝するんやし、抱っこぐらいしたるわ」
「やったぁ」
「ずるいでぇ、うちもぉ!」
藤本の元に子供達が集まり抱っこをせまる。
「府大会優勝じゃなかったのかい?」
子供を膝に乗せている一人の老人が、東城に話しかけた。
「みたいですね。私達も約束をしっかりしてなかったので、はぐらされちゃいました」
自嘲気味に笑った東城を、その老人は手招きして呼び寄せる。小首を傾げながらその老人の元に向かうと、老人は子供を抱き立ち上がり東城の頭を撫でた。
「嫌な思いしたんだね。大人として私から謝らせておくれ」
「そんな……こと……」
「君らは良い子だ。きっと変われるよ。大丈夫。他の流星の子もきっと、君達の努力で変われるよ」
頭を撫でられる心地好さと、優しい言葉に東城は柔和な笑みを浮かべた。
「なぁなぁ、くちきのねーちゃん、うちらも抱っこしてぇやぁ」
ねだってきた子供に、朽木は黙って頷き子供を抱き上げる。
「くちきのねーちゃん、おっきぃのぅ」
ぴこん。
ついでに優しいのです。
「あーかるたやぁ。かるたはうちらより小さいのぅ」
ぴこん。
すぐに大きくなるのです。
「あははー! かるたはおもろいのぅ!」
彼女らはその温かい雰囲気のおかげか、前までの陰鬱な気持ちも全て吹き飛んでいた。
子供達と老人達が互いに遊び合うようになり、五人はようやく一息つくと。
「ね? 元気出たでしょ?」
してやったりと東城は言ってのけ、それに四人はじとりとした目を彼女に向けた。
「何やねん、お前ばっかなんでも知ったような顔してからに」
不貞腐れつつも、神崎の顔には笑みが浮かんでいる。
「ホンマやで。東城は一人だけ別世界の人間ぶって、嫌な奴や」
横宮は神崎の言葉に頷きながら言い。
「でも、奈美の言った通りやな。うん、元気出た! 全国だろうと勝たんとな!」
「うん」
奮起した藤本と朽木。
「優勝や。うちらは全国で優勝したる。そんで、流星を変えるんや」
そんな神崎の言葉に、全員は黙って頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます