花鳥風月/3

 学校を……綺麗にしたい?


「あんたら知っとるよな、うちらの高校の評判」


 こはるは攻撃を止め、こちらをじっと見つめる。


「うちらはな、バカやゴミやと罵られるのを変えたいんや。うちらが仕出かした自業自得なんてことはわかってる。けどな、変えるために、うちらは優勝せなあかん」


 ちらと、こはるは横宮さんを見た。


「だから、負けてくれへんか?」

「それは……できません」


 真摯な気持ちは伝わってくる。彼女は決して嘘を吐いているわけではないこともわかる。

 でも、負けてあげる理由にはならない。

 僕らだって、みんなで頑張ってここまで来たんだ。負けたくないと願って、進んで、戦って……そして、沢山の人達の期待を背負ってる。


「陽光はええとこらしいな。生徒は素直で優しい、偏差値も悪くない。明るい高校らしいやん」


 横宮さんは話を続ける。


「流星はひどいとこやで。生徒同士の喧嘩なんていっつもあるし、相棒配られても誰も付けへんし、授業なんて誰も聞かん。学校は落書きやらゴミやらでそらもうひどい有り様よ」


 テラスはじりと半歩足を進ませるが、それをこはるは見逃さず睨み付けることで先制する。


「ええやんか、優勝なんかせんでもあんたらは褒めてもらえるんやろ? うちらは……うちらはなぁ……」


 一拍溜めて。


「馬鹿にされるだけなんや!!」


 彼女の叫びと共に、こはるが突進してくる。


「テラス、ファイアウォール!」


 炎の壁が彼女の進路を塞ぐが。


「邪魔ぁ!」


 それを一薙ぎで振り払い、こはるは釘バットを振り上げる。


「落ちろや天広太陽!!」

「させるかぁぁぁぁ!!」


 疾風が走る。


「うちの大将に手は出させないっての!」


 遥香のリリィだ。リリィは拳で釘バットを弾いて、逆の拳でこはるを殴り付ける。

 僅かに後退してこはるだが、すぐに反撃のために一歩を踏み出した。


「東城! 怠けんなや!」


 釘バットを振り下ろした横宮さんが叫ぶと、遥香を追いかけるように東城さんのひなたが現れる。


「ごめん、この子逃げ足早くてさ」


 ひなたはすぐにリリィへと攻撃を仕掛けた。


「遥香!?」

「太陽! ここもしばらくしたら沈下するって透子が! サンマルコ広場に向かって!」

「わかった! テラス!」

「逃がさんて!!」


 すぐにこはるがテラスの前に立ちはだかる。


「我慢比べといこうや。あんたらの仲間が来るのが早いか、うちらの仲間が来るのが早いか」


 スキルを使わず振りきることは出来ないだろう。例え逃げたとしても、彼女は必ず追い付いてくるに違いない。目がそう語っている。

 絶対に逃がさない、と。


「テラス、やれるか?」


 相手を見たまま、テラスは僕にメッセージを返してくれた。


――チーム太陽はバディタクティクスで負けなしです。やれるに決まってます。


 テラスを見ると、少しだけ笑っていた。


「さっすが僕の相棒あいぼう! それじゃあテラス、ここで勝負を付けるぞ!」


 頷いたテラスは刀をより力強く握りしめる。


「ええ相棒バディやんか、こんな時に笑うなんて。こはる、構わん、せや」


 一撃、二人の武器が交差する。


「テラス、炎刃!」


 最近のネット模試で取得したアビリティ。武器に自分の属性を付与することで、魔力の威力も乗せられる。


「力には力で対抗だ!」


 炎の刃はこはるの釘バットを弾く。


「一気に決めろ!」

「我慢比べだけじゃなく力比べもしたいんか? なら受けたるわ!!」


 こはるはテラスの胸ぐらを掴み頭突きをかました。


「テラ……!?」

「おら、まだまだ行くぞぉ!!」


 ぐらついたテラスに、こはるは釘バットを思い切り振り下ろした。その一撃でテラスは地面に叩き付けられる。


「なんや大したことないなぁ! 頼まんでも勝手に負けてくれるんちゃうんけ!?」

「テラス、とりあえず転がれ!」


 ごろりと転がって、テラスはこはるの追撃を免れる。けれどそれを逃すかと、こはるは連続で何度も攻撃を仕掛けてくる。


「ってかちょっと遠慮してくませんかね!?」

「あんたのこと潰せば終わりやろ!? 遠慮なんかせぇへんて!」


 楽しそうに暴れるこはる。その気持ちは僕らにも伝播する。


「テラス、ファイアストーム!」


 転がりながらテラスは炎纏う刀を振るった。こはるを中心に炎が舞い上がるものの。


「こはる、こんなん温いよなぁ!?」


 やっぱり一振りで炎を一撃で薙ぐこはる。

 さすがにわかる。今の彼女らをこの程度じゃあ止めることなどできない。


「いやはや、やっぱこの程度のアビリティじゃあないと驚かせられないよな」


 僕が使うアビリティはちょっと頑張れば取得できるアビリティ。それを三年生相手に使ったところで子供騙しも良いところだ。このレベルなら彼女らも勿論簡単に防げるだろう。


「んじゃあ……とびっきり、見せてやるか」


 僕だって、校内大会からずっと、ただただ馬鹿やってたわけじゃないんだ。


「テラス、あれ使うぞ!」


 転がっていたテラスは咄嗟に体を起こし、刀を握り直し立ち上がった。


「〝終わる世界〟!」


 炎属性のアビリティの中でも(僕的に)上位のアビリティ、コードは三桁序盤の121! このアビリティのかっちょいいところは!


「紅蓮の精霊たちよ、その怒れる灼熱の力をもって我が眼前の敵を塵芥と化せ!」


――千葉県チーム太陽。アビリティコード121。終わる世界、特殊条件が満たされました。威力、範囲が微上昇します。


 隠し条件で特定の単語を含んだ詠唱を行うと、威力が上昇するところだ!


「ばっか太陽! それは消費技力の割に威力やらなにやらが微妙だから使うなって、正詠に言われたでしょ!」

「うるせぇ! かっこいいからいいんだよ!」


 そのアビリティ発動と同時に、テラスの頭上に大きな火球が現れる。それは赤く輝きつつも小さな爆発を何度も起こしていた。


「横宮さん、受け止めてくださいますかね!?」

「……かかってこいや、情報熟練者エキスパート。花鳥風月の大将があんたの受けたるわ!」


 テラスが刀をこはるに向けると、その火球は彼女に向かっていく。


「こはる、炎特攻!」


 え、マジっすか?


「うちはそういった役目なんでな!」


 向かった火球に臆することもなく、横宮さんは……こはるは、その火球に釘バットを突き刺した。


「三桁やろうと所詮は炎や! 打消しは出来へんけど、弱めることはできるやろ!」


 火球は一旦弾けると、小さくなった。


「マジかよ!?」

「この程度やったら……!」


 しかしそれでも威力は十分……のはずだ。

 火球は周囲に火花を散らし、その散った先から赤い火柱が上がっていく。


「耐えられるよな、こはる!?」


 当然だとでも言うようにこはるは頷き、その場で一度くるりと回って周囲の炎を払った。

 衣服は所々がちりちりと燃えているが、こはるは笑みを浮かべつつ僕らを見ていた。


「こんなもんか……情報熟練者エキスパート?」


 そういやさっきも横宮さん、情報熟練者エキスパートって言ってたけど……。


情報熟練者エキスパートって、僕のことですか?」

「当たり前やろ? うちらから見たらこの大会に参加しとる奴ら全員が情報熟練者エキスパートや。下剋上ってやつで、あんたらのこと潰したる」


――ヒェヒェヒェ! 毛繕いが終わったよう!

――チェシャ猫の毛繕いが終わりました。スキルの使用禁止が解除されます。


「ちっ!」

「テラス、招集!」


――スキル、招集。ランクEXが発動しました。ノクト、セレナ、イリーナをリーダーテラスの近くに呼び出します。


 全員がテラスの近くに集まると、横宮さんと東城さんの相棒は二度後ろに跳んで距離を取る。


「退くぞ、東城」

「うん」


 そしてそのまま一気に姿を消してしまった。


「まるで獣ね……彼女らは」


 感想を漏らしたのは風音先輩だ。その相棒のイリーナはボロボロの姿で、口元を手で拭うと唾を吐いた。


「どんだけやり合ってたんすか?」


 率直に感想を述べると、イリーナと風音先輩は僕を見てにっこりと微笑んだ。


「とっても楽しかったわ。でもね、今回は地盤沈下だから良いけど、次は邪魔しないでね?」


 その笑顔がとっても怖い。


「おい太陽。俺と優等生を変えろ」

「おっけー。チェンジ、ノクトをロビンに」


――チェンジコール。ノクトとロビンを入れ換えます。


 二人が入れ替わってすぐに、正詠は不機嫌そうに眉間に皺を寄せると、僕と風音先輩を交互に見た。


「これは全国です。わがまま一辺倒で勝てる戦いじゃない……って理解してますよね?」


 僕……というよりも、主に風音先輩に言っているんだろう。こういうことをはっきり言えるのが、正詠の凄いところだ。


「……私に言ってるのよね、高遠くん?」


 その言葉を受けた風音先輩が威圧的に正詠に言うが、正詠は臆することはない。


「そうですよ、風音先輩。一人で突っ走るのなら抜けてください、邪魔です」


 ぎろりと、正詠は風音先輩を睨み付ける。


「……嫌よ、抜けるのなら貴方が抜けなさいな。大将が良いって言ったの、それが絶対よ」

「太陽、お前が大将だ。最終決定はお前がしろ。でもな、この勝手な行動を容認するなら俺は今後参謀なんてやらない。やるだけ無駄だからな」


 ……ガチギレだ。珍しくガチギレだ。

 なんかこういう空気は胸がひりひりしてすっげぇ苦手。


「えーっと……」


 何か言わないと……えーっと……こんな時、晴野先輩ならどうすんのかな。

 あの人って不思議と笑って納得できること言うんだよなぁ……。


「あー……ははは」


 ぎろりと二人から睨まれた。

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