花鳥風月/2

 フルダイブ直後に訪れたのは、いつもの電脳世界かと思いきや。


「いきなりヴェネチア!?」

「全国からはな。ちなみにここはサンマルコ広場だ」


 観光地として有名な場所ではあるが、人が誰もいないのはとても不気味だ。


「来たぞ、流星だ」


 僕らと向かい合うように現れた流星高校の五人。


『これより、全国バディタクティクス大会の一回戦、チーム太陽対チーム花鳥風月の試合を行います。両選手、互いに握手を』


 とは言っても、握手できないメンバーは二人いる。一応握手をしないのは蓮と透子にした。蓮はこの時点で問題起こすかもしれないし、透子はかなり萎縮しているからだ。


「へぇ、あんたが大将かい?」

「は、はい! よよ、よろしく、おねぎゃいしゃっす!」


 花鳥風月の大将は釘バットの相棒こはるのマスター、横宮さん。小さくなっても、見た目のインパクトは変わらない。


「ほれ、握手」

「ひ、ひゃい……」


 互いに握手をしたその時、僕は気付いてしまった。


「めっちゃおっぱ……!!」


 最後まで言う前に、全員に僕はぶん殴られていた。いくらフルダイブ中とは言え、痛い気がする。


「はは、面白いやつらだね」


 あれと思って横宮さんの顔を見ると、柔らかい笑みを浮かべていたのが一瞬見えた。


「お前はいつもいつもいつも!! 全国なんだからな!!」


 正詠が頭を振りながらいつもみたく呆れたように言っている。しかし僕はこの事実を伝えなければならない!


「あれは透子以上風音先輩未満だ、間違いない!」


 はぁ、と聞こえるように大きくため息をついて、正詠は自分の両頬を叩き、気持ちを入れ換えたようだ。


「……いいか、太陽。まずは招集、いつも通りだ」


 そんな友人を前にふざけ続ける僕でもない。


「おう。陸地で、だろ?」

「頼んだぞ、大将」

『これより、ランダム位置への転送を行います。以降はアナウンスの指示に従うようにお願いします』


 遥香、正詠、透子、風音先輩が僕を見てにっこりと微笑む。僕もそれに笑顔で返すと、僕とテラスは転送されていた。


――フィールドはヴェネチア。ランダムルールは、チェシャ猫の毛繕いが適用されます。

――制限時間は三十分。三十分で勝負が決さない場合は十五分の延長、延長でも勝負が決さない場合は、大将同士時間無制限での勝負を行い、勝者を決定します。


 アナウンスはいつもよりも一拍だけ溜めて。


――これは、日本で最強を決める戦いです。試合、開始!


 ちょっとカッコいいことを言って、僕らの一回戦は開始した……のだが。


「なぁテラスー。校内大会一回戦はビルの中、二回戦は木の上、三回戦は廃屋の屋根。県大会の決勝は遺跡の天辺……そんで今回はでっかい船の帆柱の一番高い所」


 僕はテラスの肩に座って話を続ける。


「僕らってなんでこうも高い所に縁があるかねぇ……」


 テラスは器用にそこで片足立ちし、にっこりと僕に微笑んだ。


「えっと……とりあえず向こうに行こう」


 ここは港のようだし、なるべく海からは離れておきたい。

 テラスは頷いて僕が指差した方角へ軽く跳ぶと、すぐに細い路地に入った。


「確か漫画で読んだことあるけど、ヴェネチアって細い道を歩いていくと……」


 少しだけ大きな広場に出る。


「ここじゃあ狭すぎるよなぁ……」


――イリーナとロビンが合流しました。


「ありゃりゃ、先に合流されちまったか。テラス、もうちょい奥に移動してくれ」


 テラスは小走りで進んでいき、さっきよりも大きな広場に着いた。


「うん。テラス、招集」


――スキル、招集。ランクEXが発動しました。ロビン、リリィ、セレナ、イリーナをリーダーテラスの近くに呼び出します。


 すぐにみんなは互いを見合った。


「あれ、イリーナは今回馬に乗ってないんですか?」


 風音先輩のイリーナと言えば、天馬に乗って初っ端にスペシャルアビリティがデフォルトだと思っていたけども。


「ヴェネチアはさすがにね。高い建物も少ないし、こういう細い道も多いから」

「あー……空飛んでたらバレバレな上に小道にいたら見つけにくいですもんね」


 僕は空を見る。

 建物の隙間から見える青空は、現実とそんなに変わらない。


「とりあえず、神崎伊織さんのいなりを探すぞ。誓いの盾持ちをまずは倒しておきたい」

「そう、だけど……無闇に歩き回るのも危ないんじゃ……」

「でも探さなきゃ始まらないだろ? こっちは全員揃ってるんだ、偶然他の人とかち合っても押し切れ……」


 正詠と透子がどうするかを話し合っていたその時、何か大きなものが壊れたような音がした。


――風音桜ぁぁぁぁぁぁ!! 今すぐ出てこんかぁぁぁぁ! 神崎伊織といなりが、望み通り相手したるわぁぁぁぁ!!


 続けてどっかんばっこんと工事のような音を立てながら、神崎伊織さんは叫んでいた。

 いや、ていうか結構距離あるよね。どんだけ地声でか……。


――京都府チーム花鳥風月。スキル、怒号。ランクAが発動しています。一時的に攻撃が上昇し、機動が低下します。


「色んなスキルがあるんだなぁ……」

「それじゃ、私達は先に行くわね」


 あまりにもさらりと言ってのけた風音先輩を止めたのは正詠と透子だった。


「ちょ、まっ! コンビニ行くみたいな感じでさらりと言わないでください!」

「そ、そうですよ、桜先輩! あんなの罠に決まってます!」


 僕と遥香は互いを見て頷く。


「何言ってんだ、二人とも。ここは行くべきだろ」

「おまっ、県大会の時とは違うんだぞ!」


 そういや県大会の時は、僕らがあっちの立場だったな。まさかこんなにも早く逆の立場になるとは。


「県大会の時は太陽の招集があったけど、今は違うじゃん!」

「そうそう、遥香の言う通りだぜ、正詠、透子」


 元々最初に倒しておきたいのがあの神崎さんだ。わざわざ場所を教えてくれたのなら、こっちは利用させてもらうだけだ。


「確かに正論だが、既に何人かいる可能性もあるし、何より作戦決め……」


 まだ話しを続けようとした正詠だが、ロビンの首元にイリーナの槍の切っ先が向けられたことで口を閉じた。


「うるさいわよ、高遠くん? うちの大将が良いって言ったの。そうよね、天広くん?」


 風音先輩の瞳は遊びを我慢している子供のように、まだかまだかと輝いている。


「よろしくお願いします、風音先輩! 僕らもすぐに追い付きます!」


――おらぁぁぁぁ!! ビビってんのか我こらぁぁぁぁ!


「イリーナ、マナーの悪いお客様には早々にご退場していただかなくてはね?」


 力強くイリーナは頷くと、手を空へと翳す。


――千葉県チーム太陽。スペシャルアビリティ、幻想生物・天馬。ランクEX+が発動しました。アビリティ使用者は、天馬に騎乗します。投擲に分類される全攻撃に対し特防を有し、騎乗時は機動が最大となります。


 イリーナは現れた天馬に飛び乗ると。


「神崎伊織!! 風音桜がすぐにそっちに向かってあげるわ!!」


 風音先輩は楽しそうに叫びながら、向かっていった。


「天馬乗るときってアナウンスあるんだ」

「ああいう騎乗タイプは最初から乗ってる場合はアナウンスされないんだ……ってか急ぐぞ、全く……」


 呆れる正詠は、すぐに屋根に飛び乗りイリーナの後を追う。それに僕ら全員が続いた。


――千葉県チーム太陽。天馬。攻撃ヒット。残り四回です。

 

「どんだけだよ……」


 早くも天馬に攻撃が一度当たったようだ。

 途中で何度も激しい土煙が常に上がっているので、暴れているのは間違いないだろうけども。


「見えました!」


 透子が叫ぶ。

 僕らの相棒はより足に力を込めて、その場へ一気に向かった。


「うへぇ……」


 まさにそこは戦場だった。

 周りの建物は既に土塊になっており、その中心では神崎さんのいなりが鉄パイプを振り回している。


「どうしたお嬢!! 逃げてばっかじゃうちに勝てへんぞ!」


 縦に鉄パイプを振り下ろすと、そのあまりの力強さに地面が割れる。


「地を這う蟻が言うじゃない!」

「空飛ぶことしかできひん羽虫程度が、獅子に勝てると思ってんかこらぁ!!」


 風音先輩は攻撃をすればすぐに空中へ逃げるヒットアンドアウェイ戦法だが、あっちはそんなのお構い無しに滅茶苦茶に鉄パイプを振り回している。

 そのやり方は和装に身を包む相棒の見た目と全くそぐわない。


「周囲に相手の仲間が集まるはずだ、お前達はそっちの警戒を頼む。俺はここから風音先輩を援護する」


 正詠は屋根の上から弓を引き、いなりに狙いを定め矢を射るが。


「おいこらぁ! 男なら正々堂々と真正面から来んかい、玉無しか我はぁ!?」


 その矢を一振りで叩き落としつつも、神崎さんは風音先輩への警戒を緩めずに隙を突こうとした天馬へ攻撃を当てた。


「嘘だろ……?」


 正詠は顔をひきつらせた。


――千葉県チーム太陽。天馬。攻撃ヒット。残り三回です。


「ちっ!」

「はははっ!! どうしたんや羽虫風音!? やっぱ獅子には勝てんか、えぇこら!?」


 一際大きく鉄パイプを振り上げるいなり。


「いなりぃ、スキル使うぞ!!」


――京都府チーム花鳥風月。スキル、渾身の一撃。ランクCが発動しました。スキル発動後の通常攻撃時、攻撃のステータスが一時的に上昇します。


「ビビッてねぇで来てみろや風音ぇ!」

「あれはやばそうだ……風音先輩、一旦退いてください!」


 正詠は風音先輩に叫んだが、当の本人には聞こえていないようで。


「イリーナ、受けるわよ! 獅子の一撃、耐えてみなさい!」


 僕も正詠も透子も、「うわぁ……」と声を漏らしたのだが。


「桜先輩かっくいい!!」


 遥香だけはノリノリだった。


「ええ根性しとるやんけ! いなりぃ!!」


 全力で振り下ろしたその一撃を、イリーナは槍でがっしりと受け止める。すると、その衝撃が周囲に広がり地面を揺らし、建物をいくつか破壊し始める。


――千葉県チーム太陽。天馬。攻撃ヒット。残り二回――ち千葉県チーム太陽。て天馬。攻撃ヒットトトト。残りり一回です。


「正詠ぃ! アナウンスバグるとか何なんあれぇ!?」

「んなのは後だ! 風音先輩、一旦ここから離れますよ!!」

「北東にまだ広い場所があります、そっちへ!」

「桜先輩、行きましょう!」


 揺れる足場を慎重に飛び移る中で。


「逃げるとかつまらんやん!」


 自転車のチェーンを伸ばして、藤本さんのいろはがロビンの右足を捕らえる。


「くそっ! 太陽、チェンジ!」

「チェンジ、ロビンをノクトへ!」


――チェンジコール。ロビンとノクトを入れ換えます。


 ロビンとノクトが入れ替わるが、それでも足のチェーンは外れない。


「ははっ! 変えたからなんやねん!」


 地面に叩き付けられようとしたノクトだが、器用にも体を捻り両足をしっかりと付けて着地した。


「舐めてんじゃねぇ、こっち来いやアマぁぁぁ!!」


 そして力一杯に足を引いて、ノクトは無理矢理いろはをこちらに引き込むと。


「歯ぁ食い縛れ!」


 右の拳でいろはを殴り飛ばした。


「いろは!?」


 僅かに、いなりの注意が逸れる。


「イリーナ、疾風迅雷!」


――千葉県チーム太陽。スキル、疾風迅雷。ランクCが発動します。自身の攻撃が優先されます。


「私以外を見るなんて、妬けるじゃない」

「ちぃ!!」


――京都府チーム花鳥風月。いなりに攻撃がクリティカルヒットしました。


「いなり、やられたらやり返さんかい!!」


 いなりは近付いたイリーナの髪を、鉄パイプを持たない手で掴み全身を使って膝蹴りを入れた。


――千葉県チーム太陽。イリーナに攻撃がクリティカルヒットしました。


「イリーナ!?」

「はっはは! その綺麗な顔潰して不細工にしたれや!!」


 いなりは髪を掴みつつ、反対の手の鉄パイプを器用にも逆手に持ち直し、イリーナを何度も殴り付ける。


「お馬さんごっこはこれでしまいや、お嬢!」


 そして無理矢理イリーナを天馬から引きずり下ろした。


――千葉県チーム太陽。天馬騎乗条件が強制的に解除されました。


「遥香、風音先輩の援護を頼む!」

「任せて!」


 足場の悪い中、リリィが向かおうと踏み出すと。


「あんたの相手は私のひなたがしてやる」


 駆けつけて邪魔したのは東城さんのひなただ。


「伊織の邪魔はさせないよ?」

「このっ……!」


 二人の相棒の拳がかち合う。その衝撃ですら地面は揺れ始めた。


「透子! 風音先輩の援護を!」

「太陽くん、それよりも離れて招集を使って! 地盤沈下が始まってる!」

「わかった! みんな、少し任せたぞ!」


 テラスが背を向けて走り出そうとしたところ。


「天広くん、邪魔しないで!」


 風音先輩が叫んだことで、テラスは足を止め振り返る。


「イリーナ、あなたもやり返しなさい!!」


 槍でいなりの足元を掬うと、イリーナは槍尻を彼女の鳩尾へと打ち込む。体勢の崩れたいなりへ、イリーナは素早く槍を持ち直し一撃斬り付ける。


「ははっ! 足りんぞ! そん程度じゃうちのいなりは倒れへんなぁ!」


 しかしいなりは、それでも倒れない。


「あら、ごめんなさい。手加減していたこと忘れていたわ。イリーナ、本気で行くわよ」


――千葉県チーム太陽。スキル、本気。ランクAが発動します。全てのステータス、スキル、アビリティを解放します。解放レベル3。


「あ……?」

「足りないのでしたっけ? それなら安心していいわ、神崎伊織さん。私のイリーナが貴女達のこと……」


 顔に痣ができたイリーナは、今まで見たこともないほど狂暴な笑みを浮かべ。



 槍を再度構え直した。

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