第二章 憧れをその名に込めて

花鳥風月/1

 バトルロワイアルは十二時前に終わったため、僕らは風音家特製カツ一色弁当を控え室で食べた後、作戦会議を行おうとしたのだが。


「私はスタメンで出るわ。これは絶対よ」


 風音先輩が何よりも先に口にしたのは、そんなことだった。


「えーっと、どうすんの?」


 にこにこと満面の笑みを浮かべる先輩を横目に、正詠へと聞いてみると。


「まぁいいんじゃないか。ランダムルールも〝チェシャ猫の毛繕い〟だし、スペシャルアビリティの騎乗効果が無効にされることもないしな」


 ランダムルール。

 全国バディタクティクスでは、毎年一試合毎に特殊なルールが適用される。去年までは四つだったが、今年から五つに増えた。


「プライドルールは慣れっこだけど、他のはあんまり馴染みがないなぁ……」


 いくらか練習で色んなルールを使ったことはあったが、僕らが実践で経験しているのは校内大会で適用されたプライドルールのみだ。

 ちなみに、プライドルールは校内大会と同じくプライドプレイヤーを決めて行うルールで、プライドプレイヤーが敗北すると、大将が生存していてもチームの敗北となる。

 今回のチェシャ猫の毛繕いは、ランダムで全スキル、全アビリティのどちらかが一定時間使用不可能となるルールだ。

 他にも条件次第で攻撃が上昇するラッシュルール、ランダム配置されたアイテムを使うことのできるアイテムポイント、参加メンバーがランダムに入れ替わるランダムチェンジというのがある。


「んー……あとはメンバーチェンジのタイミングだよなぁ」


 全国からは参加可能メンバーが全部で七人となるため、大将が控えのメンバーを好きなタイミングで変更できる。とはいえ誰か戦闘不能になった場合は、現在の戦闘参加メンバーの数を上回ることができないので、結局は全員生存が望ましい。


「誰か一人が戦闘不能になって参加メンバーが四人になったら、メンバー追加して五人とかできないってことだよね?」

「その通りだ。だけど四人の中からまた二人は入れ換えられる。大将はメンバーチェンジできないが、プライドプレイヤーを代える可能だ」


 遥香の質問に正詠は答えると、僕らの相棒に何かの情報を共有させた。


「これは?」

「相手高校の情報だ。京都の流星高校な」


 テラスが表示しているホログラムを見てみると、詳しい情報は少なかった。この情報の少なさは正詠らしくない。


「少なくね?」

「いや、な。さすがに流星高校が出場するなんて誰も思っていなかったしな……」

「そうなのか?」


 僕が首を傾げると、テラスはノクトを見て親指を立てた。


「ん?」


 ぴこん。

 ノクトより情報取得。表示します。

 その表示された情報を見てみると……。


「……え、マジかよ」

「面白ぇだろ?」


 蓮は楽しそうだが、その情報を見て唯一同じく笑ったのは風音先輩だけだ。


「暴行で謹慎処分・停学処分・退学処分最多、地域からの評判最低、通うぐらいなら中卒のがマシ……」


 遥香は「うわ、引くわ」と言いながらそれを読み上げていった。


「時代遅れのヤンキー高校、入学者の二割が中退、三割が留年を経験、卒業者のフリーター率全国一位……嘘でしょ、今のご時世で」


 悪評がひどいってもんじゃない。これでよく大会出れたな。


「あれ、でも京都府大会では優勝候補を正攻法で倒したとか書いてるよ?」


 透子は一番下に書かれているトピックをクリックした途端に、顔をしかめた。


「えっと、その……見た目はどうあれだけど……」


 何のこっちゃと僕も同じ情報を見てみると。


「うげ、ひでぇな、これ……」


 マスターは全員三年の女子で行き過ぎたロングスカート、針金のように細い眉毛、色を抜きまくった白髪に近い金髪、バツマークのついたマスク等、一世紀程度前の不良……レディース? っぽい格好をしていた。


「偏差値も全国出場校の中でも最下位。けど、ここが凄いのは……」

「初参加でありながらも、全国に初出場したダークホースということか」


 正詠の続きを王城先輩は口にする。


「しかも普通は七人で参加しなければ不利だと言うのに、最低人数の五人とはな」


 ふむと腕を組んだ王城先輩。

 僕はついでに、彼女ら五人の相棒を確認する。バトルロワイアルに参加していたのは、神崎 伊織かんざき いおりさんの相棒〝いなり〟、藤本 咲ふじもと さきさんの相棒〝いろは〟。どちらも和装ではあるのだが、武器がなんつーか……怖い。


「バトルロワイアルでは武器を出してなかったですよね、この二人」

「そう言えばそうね。何でかしら?」


 風音先輩は小首を傾げて、僕と同じ情報を見た。


「いなりは鉄パイプ、いろはは自転車のチェーン……」


 他三人の武器は、パイプ椅子、メリケンサック、釘バット……なんなの、この人たち。


「武器は隠していたんじゃないですか? 戦い方がバレないように」


 正詠はそう言うが、それでもおっかないことには変わらない。


「えーっと、パイプ椅子の相棒が〝かるた〟で朽木 宮子くちき みやこさん、メリケンサックの相棒は〝ひなた〟で東城とうじょう 奈美なみさん、釘バットの相棒は〝こはる〟で横宮よこみや はるさん……」


 全員の相棒の名前は平仮名で、可愛らしいんだけども……。


「とりあえず参加メンバー決めろよ、優等生」


 蓮はにやにやと笑いながら正詠に言った。


「あー……風音先輩は確定で、遥香、俺、透子かな。そんで今回の大将は太陽でいいだろ」


 おやと思い、僕は正詠に質問する。


「あ、そうか。全国も県大会と同じで大将変えられるのか」

「あぁ。それと全国は完全にランダム位置で開始だぞ」

「おーそうだったそうだった」

「それと一回戦の場所はヴェネチアだからな」


 あ、そういや夏休みにそんなことも言ってたな。


「いきなり海の上からとかないよな、それ」

「それはない……が、海の上に誘い込まれるということもあるから気を付けろよ」

「お、おぅ」


 そして僕らは最初の行動について話し合う。

 とりあえず、テラスが陸地で召集を使ってみんなを集め、そこから各個撃破を狙うということで固まったのだが。


「厄介なのはいなりの誓いの盾だな。スペシャルアビリティは無さそうだから無視していいが、決めの一手を防がれる可能性は高い」


 さてどうしたもんかと頭を悩ませる正詠は、アドバイスを求めるように透子を見た。


「うーん……途中で王城先輩と遥香ちゃんを代えて、決闘で持ちこたえてもらえばいいんじゃないかな? 蓮ちゃんの勇猛果敢は誓いの盾より優先度低いし、他の相棒じゃちょっと無理かも……」

「回数を消費させるってのも有りじゃねぇのか?」


 正詠と透子の話し合いに蓮は割って入る。


「それも有りなんだが、そうするとどうしてもこっちが先手を取らないといけなくなる。テラスのこともあるし、なるべく後手で動きたいな」


 そんな話し合いに僕と遥香は入れないので、とりあえず京都の五人の情報を集めることにした。


「ってか全員前衛だ、すげぇ攻撃的だよな」

「レンレンみたいな不良ならまだ可愛いけど、この人達ガチ過ぎるよね……」


 色々見ている内に、気分が悪くなる書き込みを見つけてしまう。


――ゴミ高校が全国出場とか、京都の恥。

――京都どんだけ弱いんだよ、だっせぇ。

――これでゴミクズは調子に乗るな。

――不良がゲームなんかやるなよな、つまんね。


「なんだよ、これ。気分悪いなぁ……」

「なになに?」

「流星の悪口書いてんだよ」


 そんな書き込みを遥香に見せた。遥香も不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。


「んー……言い過ぎな気はするけど、評判は本当に悪いよね」

「なんだよ、遥香まで。それでも頑張ってここまで来てるんだぜ、むしろすげぇじゃんか。確かに見た目は怖いけどさ」


 僕はもう一度流星の人達を見る。やっぱり見た目は怖いけど、それでも努力したからこの人達はここにいるのだ。


「天広、その相手を敬う気持ちは忘れるなよ」

「天広くんらしくて良いと思うわ」


 先輩達は僕の頭をぽんぽんと撫でながらそう言ってくれて嬉しいのは嬉しいが、子供扱いされてるみたいで何か素直に喜べない。


「あ、そろそろだよ、みんな!」


 遥香が時計を見て、そう言うと僕らはみんなの顔を見合って頷く。


「よっしゃ、作戦は固まったかね、頭脳組?」

「あぁ。とりあえずいなりは陸地で王城先輩に交代して相手してもらう。あとは太陽の招集後、各個撃破で行くぞ」

「よっしゃ」


 控え室を出て僕らは再び地下演習場に向かう。

 扉は王城先輩が軽々しく開けてくれた。僕らが演習場に入ると、眩しいスポットライトと共に。


『さぁぁぁぁ! やって、来ましたぁぁぁぁ! 千葉県代表、我らが陽光高校! かつてない最強の情報初心者ビギナー、チーム太陽!!!』


 演習場が歓声と拍手でびりびり震える。


「前より多いし……出席日数とか大丈夫なのかよ……」

『イケイケ太陽!』


――イケイケ太陽!


『ヤレヤレ太陽!』


――ヤレヤレ太陽!


 王城先輩は僕の肩に手を置くと、にっこりと微笑んで観客席の人達に手を振り始める。


――キャアァァァァ王城くーん!!


 さすがイケメン王城先輩、歓声が黄色いっすね。


――負けたら承知しねぇぞ、翼ぁぁぁぁ!!


 そんな中でも野太い声援。その声援の主は観客席で自作の旗を振る晴野先輩と男子一同だ。


「今度は一回戦敗退など有り得ん」

「はい!」

『さぁ、時間も後少しだぁぁぁ! チーム太陽、フルダイブの準備をよろしくぅ! また楽しませてくれよな!!』


 僕は大きく深呼吸して。


「よし、じゃあ円陣」


 全員で肩を組んで。


「チーム太陽、まずは一回戦だ! 絶対に勝つぞ!」

「あぁ!」

「うん!」

「おぅ!」

「はい!」

「えぇ!」

「うむ!」


 そしてその円陣の中央では僕らの相棒がいつものポーズを取っている。

 まずは一回戦。

 相手の見た目がちょっと怖かろうと、全力で戦うのみだ。

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