穢れた生誕/■

 その部屋には、タマゴが一つだけあった。

 タマゴの中は半分透けており、中は赤い血のようなもので満たされている。そして中央には黒い影が見えていた。タマゴの至るところからはチューブが伸びており、時折脈動し何かを送り出しているようだった。

 一人の男が現れ、そっとそのタマゴに触れる。


「ブラスフェミィ、もう……いいよ? 準備は出来た」


 タマゴの殻に罅が入ると、その隙間から赤いどろりとした液体が溢れてくる。

 殻は少しずつ剥がれていく。


「さぁ、目覚めたまえ。君は涜神とくしんのブラスフェミィ」


 殻が半分以上無くなると、その中には一人の少女がいた。少女はゆっくりと瞼を開き、虚ろな表情で男を見た。

 赤い水が滴る艶やかな長く黒い髪。右の頬から左の瞳まで伸びている呪いのような赤い痣。瞳の色は、右は白銀でありながらも怪しく黒曜に揺らぎ、左は蒼く美しい。

 その姿を見た男は卑しく笑い、彼女に上着を羽織らせる。それには月らしき紋様がいくつも刺繍されていた。


「やぁ、ブラスフェミィ」

「ねぇ」


 少女の声は美しかった。それは音色のようにも聞こえ、集中していなければ、楽器が奏でたのではと間違えるほどだった。


「何かね、ブラスフェミィ」

は、どこにいるの?」


 男は口が割けそうなほどに笑みを浮かべたが、すぐにその口元を隠しゆっくりと首を振った。


「誰のこと、かね?」


 喜びを圧し殺すように、男は少女に問いかけた。


くん。約束してたの。学校に行って、結婚式を挙げるって」

「そうなのかい? あぁけれど、その子の名前を私は聞いたことがあるかもしれない」

「本当に? 本当に太陽くんを知ってるの?」


 少女の表情は不安げだ。

 男は優しくそんな少女の頭を撫でてやった。


「天広太陽くんの話を、もっと聞かせておくれ?」


 少女は悲しそうに目を伏せた。


「約束したの、本当よ。あの花畑で、私と太陽くんは約束をしたの。そこでキスもしたの。指切りもしたの。迎えに来るって、言ってくれたのよ?」


 少女の瞳から涙が流れ始める。それをそっと、男は拭いてやる。


「それなのに、太陽くんはの」

「ひどい話だね」


 男は既に笑みを隠しきれていなかった。それでも少女は何も疑問に思わず、堰が切れたように話を続けた。


「私、待ってたのよ。ずっと、ずーっとよ。ねぇ、太陽くんはどこにいるの? きっと迎えに来てくれたのよね?」

「あぁ、思い出したよ。天広太陽。うん、思い出した。彼はね、君ではなく今違う子と一緒にいるんだ」


 少女の顔が、絶望の闇を映し出した。


「とても幸せそうだよ。君と同じ顔をした、という子と幸せに過ごしている」

「なん……で?」

「彼にとって君はきっと、大事ではなかったんだ」

「嘘よ、嘘嘘嘘嘘嘘嘘。太陽くんは、私のこと大好きって言ってくれたもの。そんなの、嘘よ。だって、私のことを……」

「嘘じゃない、本当さ。証拠もある。さぁ、ここでは君も寒かろう? 違う場所で続きを話そう」


 男は少女を腕で抱える。


「ねぇ、貴方は誰なの? 太陽くんのお友達?」

「私はパーフィディ。太陽くんの友達ではないよ、ブラスフェミィ」

「ねぇ、もう一つ、質問して良いかしら?」

「何でもどうぞ、ブラスフェミィ」

「ブラスフェミィて、かしら?」

だよ。君の新しい名前さ」


 男は少女を慈しむように見つめ。


天草あまくさ ひかりちゃん?」


 二人は暗い部屋から立ち去っていく。その先に、光は存在しないというのに。

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