願い/7
人形の大群は、目立った攻撃らしい行動をすることはなかった。
向かっては来るものの、大きく手を振り上げたり、噛みつこうとしたり……本当に大した攻撃ではなかった。
けれどそれが僕らにとっては、心苦しいものに感じられる。
「なんだこれは……」
人形を一体倒した王城先輩が僕に話しかける。
「何が目的なんだろ……」
何もしないわけじゃあない。彼らはこっちに向かってくる。でも攻撃は明らかにお粗末だ。避けるだけなら大して苦労はしない。
「もしかしたら倒さなくても何とかなるんじゃあ……」
けれどそんな希望は、パーフィディに否定された。
「こいつらが欲しいのはマスターだ。もっと正確に言うと、君ら相棒の
「お前は……!」
しかし数が多すぎる。
「一斉にハッキングされたらすぐに奪い取られる可能性もある。俺が道を拓くから、任せるぞ」
正詠の言葉にロビンは天之麻迦古弓を力強く引き絞る。
その弓に番えられているのは普通の矢だ。さっき使ったアビリティは威力と射程距離は申し分ないのだが、それに伴って反動ダメージを使用した相棒が受けることになっている。
「ダメージは大丈夫なのか、正詠?」
「直ダメージじゃあないから大丈夫だ……大丈夫、だよな?」
ロビンは頷いた。
「ここで終わらせるんだろ、太陽?」
正詠はそんな状況で僕に笑顔を向けた。
「あぁ、頼むよ、正詠」
激しい閃光と共に矢は放たれ、その場でロビンは膝をついた。
『お……クソッ……こっ……処理落ち……終わり次第ログアウトを…………無理するな……逃げるのも…………!!』
途切れ途切れで晴野先輩の声が聞こえてすぐに、「処理落ちを解消次第すぐにログアウト処理を行う。しばらく指示はできない。すまない」とメッセージが送られてきた。
「ロビンはリリィが守るから、パーフィディ達をお願い!」
リリィはロビンをそっと支えながら、テラス達を見た。その姿に僕らの相棒は、ロビンが拓いた道を一気に駆け出した。
「風音、天広兄妹と共に先に行け。俺と日代、平和島は後で行く」
「……そうするわ。フリードリヒに無理させちゃダメよ、翼?」
「ふん。お前もあまりイリーナに無理させるなよ……風音」
「えぇ」
一歩、イリーナは僕らよりも先を進む。
「天広くん、遅いわよ?」
「すぐに追いつきます! テラス、他力本願セット、速攻!」
――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキル速攻Aがランクアップし、速攻EXになります。
――スキル、速攻EX。機動と攻撃が上昇します。ランクA以上の場合、更にステータスが上昇します。
テラスが最前に立ち、一歩踏み込み飛び上がる。
「パーフィディ!」
「ふふ、良い目だよ。ゴッドタイプ」
テラスの刀とパーフィディの剣が激しい音を立て鬩ぎ合い、互いに弾く。テラスは空中で何とかバランスを取り直す。
「テラス、他力本願セット、地雷矢!」
――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。アビリティ地雷矢Bがランクアップし、地雷矢Sになります。
――アビリティ、地雷矢S。投擲に分類される全攻撃が、爆発効果を持ちます。ランクA以上の場合、威力が上昇します。
――スキル、適材適所。ランクD+が発動します。適材適所の効果により、地雷矢の発動条件を無視し発動します。アビリティ地雷矢D+が使用可能です。
テラスが刀を振るうと、その軌跡が爆発を伴いながらパーフィディに向かった。
「おや、良いスキルだ。一人で戦えない貴女らしいね、女神様?」
リジェクトの体からくるりと降りてパーフィディはその攻撃を回避する。
「しかしまだまだ弱い」
「イリーナ!」
――スキル、疾風迅雷。ランクSが発動します。自身の攻撃が最優先され、防御不可能の攻撃となります。
パーフィディの鳩尾に、イリーナの槍の切っ先がクリーンヒットするが……。
「だから君や君の相棒に興味はないんだよ。本当に邪魔だね、どうも」
何事もなかったかのようにパーフィディはそう言って、剣を持たない手でイリーナの後ろ頭を掴んだ。
「見飽きた面構えだ。土でも舐めているといい」
そしてそのまま地面に思い切り叩き付ける。
「リジェクト。まだ足りないよ!!」
リジェクトはまた一度叫び、新たな人形を生み出した。ただし、それは徐々に形が崩れ始めていた。既に何体かの人形は手足のどこかが欠けていたり、人としての形を成していなかった。
「ノクト!」
人形をいくつか斬り伏せたノクトはその勢いを失わずにパーフィディに大剣を振るうが、それをふわりと回避しノクトの後頭部を蹴り飛ばす。そのノクトへ天羽々斬を振り降ろすが。
「セレナ!!」
セレナはアビリティをノクトへと放った。その威力でノクトはごろりごろりと転がって、パーフィディの攻撃を回避することとなった。
「乱暴だけど、賢い選択だ」
セレナも透子も険しい顔をしているのは、きっと先程のファブリケイトとの戦闘が原因ではない。
「あなたは! あなたは人間と同期していて〝心〟を持っているのでしょう!? こんなことを、何で笑いながら出来るんですか!?」
リジェクトの体は変わらず人形を産み続けたせいか、自重を支えられずに崩れていく。
「〝心〟? あはっはははははははははははっははははっはははははっはははははっははははははははっははははははっははははっはははっははははっははははははははははっははははっははははははっはははははははははははははあははっははっはひーひひっひひひ!!」
耳障りな笑い声を上げたパーフィディに正詠の矢がいくつか放たれたが、それを一振りで全て落としきり、決して混じり合わない混沌の瞳を僕らに向けた。
「心、ねぇ!! その通り、私は人間の〝心〟を所有している!」
呻き声を上げているリジェクトを尻目に、パーフィディは楽しそうに語り出す。
「だがだからこそ! 私は今もなおこのようなことが出来るとお答えしようか!」
「そんなの答えになっていません!」
「簡単じゃないか!? 君は私を許せない、だから怒る! 私は神を手に入れたい、だからリジェクトを利用する! 心なんてそんなものさ! やりたいからやりたいことをやる!」
パーフィディはリジェクトへと剣を突き刺した。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「原初から何も変わらない! 人間なんて、そんなものなんだよ!」
そして剣を抜き、パーフィディはテラスを睨み付ける。
「私はこの〝心〟のままに君を欲しているだけさ。さぁかかっておいで、自称正義の味方の諸君!」
その一声に僕らの怒りは燃え上がる。
「テラス!」
「ロビン!」
「ノクト!」
「セレナ!」
「リリィ!」
「フリードリヒ!」
「イリーナ!」
全員が一斉に相棒の名を呼んで、相棒達は攻撃を仕掛ける。しかし、パーフィディはそれを嘲笑いながらいなしつつ、僕ら全員を反撃で吹き飛ばした。
「おや、どうしたんだい? 随分とお粗末じゃないか。これじゃあファブリケイトやリベリオンが浮かばれないよ」
「この……!」
パーフィディに煽られ僕はまた反論しようとしたのだが。
「……っ!」
こんなとき、何度も何度も晴野先輩や王城先輩に叱られたことを思い出す。
「このまま消えるのをおすすめするよ」
怒っていい。だけど急いてはいけない。この怒りのままに、僕はみんなの大将であるべきだ。
みんなの気持ちを、僕は知っているのだから。
「落ち着いて、でも乱れちゃダメだ。思い出せ、晴野先輩は……」
晴野先輩はいつも僕達を見ていた。
晴野先輩はいつも焦らなかった。
晴野先輩はいつも落ち着いていた。
晴野先輩はいつも笑っていた。
僕達をきっと、安心させるために。
――余裕などないかもしれないがな、あいつの采配をよく覚えておけよ。
そうさ。
晴野先輩はいつも、本当にいつも。
僕らを見ていてくれた。
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