願い/7-2/涙と約束と
元より友のことを考え続けた太陽にとって、彼らが最も動きやすい位置を見抜くことなど容易い。
「正詠、お前は僕の後ろに!」
正詠は狙撃手だ。相手の隙を突きつつ、数を減らすことがそもそもの役目。多くの役目を担っていたことでその役目が削がれていたが、狙撃手として専念すれば相手にとって大きな脅威となり得る。
「透子、王城先輩、正詠の守りは任せた!」
透子と王城は守護者だ。二人とも〝自分が倒れれば負ける〟という重圧をしっかりと受け止め、そしてそれでも倒れぬ気概がある。だからこそ柔軟に、攻めにも守りにも入れる。負けないために動くことが得意な二人だ。
「風音先輩!」
全員を守るように、物量で攻めてくる人形を薙ぎ倒しながら、彼女とイリーナは目だけを僕に向けた。
「もう援護なんてしなくていい! 一番前で、一番暴れてください!」
「まぁ……丁度イライラしていたのよ」
そして最前線は風音だ。この中で一番血の気が多く、そして蛮勇でもある。機動力故に支援に回ることが多いが、彼女自身が好むは後方を気にせず暴れる最前線。スタンドプレイこそが彼女の最高のチームプレイだ。
「遥香、蓮!」
リリィとノクトが攻撃を弾くのを見届け、二人は太陽へと目を向ける。
「頼んだからな!」
リリィが両の拳を強く叩き合わせ、ノクトは大きく深呼吸する。
遥香と蓮は、遊撃手である。守りを行う者がいるからこそ、彼らは自由に戦える。彼らの戦いは誰かが邪魔していいものではない。時に最前衛で、時に中衛で。チームを活かすことが彼らの最高の才能だ。
「テラス、他力本願セット、ヒール!」
そして太陽。彼こそが誰をも越えるオールラウンダー。仲間を常に見守り、傷付かぬよう、少しでも戦いを作っていく。誰よりも仲間を信じ、愛し、誇っているからこそ、彼の指示は皆の士気を常に高め続ける。
それを支えるテラスのスキルは、仲間のバランスが良い分彼の才能を遺憾なく発揮する。
「テラス、他力本願セット! ガードアップ!」
それに気付かぬパーフィディではない。この中で一番厄介なのはやはり、天広太陽とテラスのペア。
彼らの戦いは常に仲間の士気を上昇させ今のままでは間もなく、自分やリジェクトは御されてしまうのは確実だろう。
「厄介な才能が芽生えてしまったね」
新たに芽生えた才能は、芽生えたその時のみは勝利をもたらす。それがわからぬパーフィディではない。
今の状況では勝てない。それだけは間違いない。
「しかし、これで終わらせませんよ……」
芽生えた才能は放っておけば成長し、いずれ脅威となるだろう。
ならばと彼は、それを腐らせる術を知っていた。
「天広太陽! そこまで自らを削る価値があるのかい!?」
すぐに腐らなくとも良い。
「誰かが望むから、誰かが求めるから、誰かが声にしたからと、君は自分を犠牲にしていくつもりなのかね!?」
僅かだけでも、禍根を残しておく。いずれ、それが寄生木のように成長し腐らせるから。
「他人のために身を犠牲にし、他人のために心を削り、他人のために君は自分が傷つく道を選ぶのかい!? その先に残るのは、摩耗しきった君だけだ! そんな君を結局誰も助けてくれないよ!?」
さぁ腐れ。貴様のことなど知っている。今までの行動でわかりきっている。
貴様は、助けを求める者を見捨てられない。
さぁ言え、貴様自身を縛る言葉を。
「それでも僕は、誰かのために……!」
「ふふ、そうかね……」
美辞麗句を口にしていては、いつか必ず、限界が来る。
「君はこの化け物を救えるのかい? 拒絶することでしか存在できないこの化け物を!!」
醜い音を立てながらリジェクトは新たに人形を作り出した。
「助けるに決まって……」
「無理さ!」
ぱちんとパーフィディは指を鳴らすと、リジェクトの体の一部がぶくりと膨らんだ。
「この化け物はここで消える!! 君ごときには救えないんだよ、はははっはははははっははは!!」
その膨らみは爆発を伴い破裂した。
「天広太陽! 君は誰も救えない! 一人の少女も、そしてこの化け物も救えないのだから!」
「あぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
リジェクトが痛みから叫び出す。
その叫びが太陽の頭をより回転させる。
「くそっ! みんな! 僕とテラスがリジェクトを助ける!」
みんなが人形を倒した道を縫いながら、テラスはリジェクトへと向かう。
「たす……けて」
体中が膨れ、破裂していく。それでも、リジェクトは彼に手を伸ばしている。
それを太陽が見捨てるわけがない。見捨てられるわけがない。
「大丈夫だ、リジェクト! 必ず助けて……」
「言ったろう!? 君には無理だよ、天広太陽!」
パーフィディの言葉と共に、リジェクトが伸ばした手が太陽とテラスの前で破裂した。
「さぁ! 手がないのならどうやって助ける!?」
「リジェクト!」
リジェクトは首をテラスと太陽へと伸ばした。
「助け、て」
「絶対に助けてやる!」
にやりとパーフィディは笑った。
「絶対に助けられないさ、君ごときにはねぇ!」
救ってみせる。
救わせるものか。
しかし此度勝ったのは、救わせない方だった。
「ここで死ね、拒絶のリジェクト! エンペラー権限で命じる……リジェクトの
リジェクトの体全体が大きく膨らむ。
「助けて、お兄、ちゃん。お姉ちゃ、ん」
苦悶の表情を浮かべたリジェクトは涙を流した。
パーフィディ達に実験台にさえされなければ、あと一年で彼女は愛華の相棒として産まれていたかもしれないというのに。
きっと今のように、テラスと太陽を本当の姉と兄のように慕っていたろうに。
――エンペラー権限、確認。対象リジェクトガ選択サレマシタ。デリートシマス。
その尊い命なき命は、ここで赤い血と肉片となり爆ぜた。
「あ……」
噴水のように降り注ぐ血肉の中、テラスと太陽は呆然と何もない場所を眺めた。
「……リジェ……クト?」
「ははっ! 君では救えない! 君は誰も! 何も! どうやっても! 救うことなんてできやしないんだよ!!」
「僕は……」
そして、テラスは吠えた。
――うるさぁぁぁぁい!!
「テラス?」
――黙れパーフィディィィィィ!
きぃんと、耳鳴りのような異音と共に。
――貴様ごときが私の妹を好きにするなんて、もう許さない!
はっきりと、テラスはリジェクトを妹と呼び。
――バディクラウド!! パーフィディの人間権限の剥奪、相棒権限の剥奪を命じます!
――ルーラーより申請有り……ノー。命の侮辱は認められません。
――異論は認めません! 抹消殺害の許可を下しなさい!! あいつは……あいつはぁ!! 私の妹の命を弄び、殺したんです!!
――ノー。命の侮辱は認められません。
天叢雲剣を血が滲む程に握りしめ、テラスはパーフィディへと向かう。
――ここで死ね!! 背信のパーフィディ!!
「あっははははっははは!! 怒りに狂うか女神!」
構わない、彼はそれで構わない。
どうせ負け戦だ。場が乱れるのは彼にとって都合が良い。
「貴女も! 彼も! 誰も救えない! これを覚えておくと良い! はははっはははははっ!!」
パーフィディの背後の空間が割れる。
「哀れな
ぼそりと呟いたパーフィディは、太陽達を見てもう一度笑みを溢すと。
「ではまた会おう、誰も救うことのできなかった自称ヒーロー諸君」
パーフィディはその空間に消えていく。それを逃がさすかとテラスは走り出した。
――逃げるなぁぁぁぁぁ!
「私に執心してくれるのは嬉しいよ」
嫌味を残し、パーフィディは姿を消した。
しんと静まる場の中で、愛華だけが静かにリジェクトの残骸へと近寄った。
「私の……リジェクト」
プログラムとは思えない肉片。その中でも頭と思われるそれに、彼女はそっと手を伸ばした。
「ごめん……ね? 私が、私じゃなければ、あなたは傷付かなかったかもしれないのに」
その姿を見て、全員の胸がきゅっと締まる。
何を謝ることがあるのだ。彼女が、彼女らが何かをしたかと。
「ごめん……ね?」
その彼女の涙が一粒、その肉片に零れると。
「マ……マ……」
それは、か細い声をあげた。
「リジェクト!?」
全員が一気に駆け寄る。
「透子、ヒールを! テラス、お前もだ! 正詠、風音先輩も急いで!」
太陽の言葉に全員が回復を行おうとしたが。
――対象が見つかりません。
アナウンスは残酷にそう告げるだけだった。
「はじめ、まし、て。私のな、まえは、なぁに?」
途切れ途切れの弱々しく、儚い声。震える声で、愛華は答えた。
「貴女は……リジェクト。私のリジェクトよ?」
「私は、リジェ……クト? マ、マの名前、は?」
「私は……愛華、天広愛華」
肉片は……いいや、リジェクトは確かに微笑んだ。
「まな、か? 知って、るかも、その、名前。好きな、名前、だよ」
愛華はリジェクトの欠片をその小さな体で抱き締めた。
「あったか、いなぁ。あの暗い、部屋より、も、あったかいなぁ……あ、私、ママに、会ったら、伝えたい……ことが、あった、の」
リジェクトの欠片は徐々に光と共に消えていく。
「なぁに?」
「私と、出会ってく、れて、ありがとう、ママ。私、貴女のために、これからも……頑張るから……」
一旦言葉を切って。
「だから、愛して、くれ……ますか?」
願いを込めて、リジェクトはその言葉を口にした。
「当然じゃない! あなたはこれから私の相棒になって! たくさん、たくさん仲良くなるの! だからここで消えちゃ……!!」
「良かっ……た。ママ……に会えて、私、幸せ、だよ……」
そしてリジェクトの欠片は全て消えてしまった。
それを眺める愛華の背中に、僕は声をかけられなかったが。
「ねぇ、にぃ……」
震えるその声は怒りか、悲しみか。
「なんだ?」
「リジェクト、幸せって言ってたね」
「あぁ」
「本当に私の相棒かもわからなかったのに」
「愛華……」
「だから、助けてあげてよ」
「……」
「あの子を助けてあげてよ。あんな……あんな奴ら倒して……リジェクトはちゃんと、私の相棒で、仲間だったんだよって! リジェクト、私達に何もしなかったもん!! ただ助けてっていうだけで、何も!」
振り向いた愛華の瞳からは大粒の涙が溢れていた。
「だから、リジェクトのためにも倒してよ!」
「当たり、前だろ!」
――私が必ず、倒します。あの子は、私の妹だったのですから。
テラスは彼愛華と同じく涙を流している、
「ありがと、テラス……リジェクトを、妹って呼んでくれて……」
そして彼らの夏休みは、あまりにも後味が悪いまま終わりへと向かったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます