願い/6
リジェクトは体を動かさないものの、目だけはしっかりと愛華を見つめている。
そんなリジェクトの下半身を、アルターはそっと撫でる。下半身の犬らしき頭は大人しく目を瞑りそれを受け入れていた。
「赤ちゃん……私の、赤ちゃん……」
優しく、愛しそうに。
母が子をあやすようなその仕草に、徐々に僕と風音先輩の戦意は削がれていった。
もしかしたら、アルターとは話をすることが出来るんじゃないだろうか。
「アルター」
僕の声に、アルターはゆっくりと顔を向ける。顔を覆うほどのぼさぼさな金髪のその隙間から、涙の浮かぶ瞳が見えた。
「僕らはリジェクトを傷付けるためにここにいるんじゃない」
「知って……る。ま、まな、愛華が、私の、赤ちゃんの、マスター、なのも知ってる」
アルターの言葉からは全く敵意は感じられない。
「あかちゃ、ん。帰りた、い?」
アルターは語りかけるために、リジェクトの顔を見上げた。じゃら、と重い鎖が僅かに揺れる。
「愛華、好き?」
リジェクトは言葉にはせず首肯する。
「私、きら、い?」
今度は首を振った。
「ひひ、ひ。良い子、良い子。良い子には、ご褒美、決まって、るから」
アルターは先程と同じように下半身の犬の頭を撫でる。
「愛華ほしい?」
リジェクトはまた首を振る。
「愛華と、一緒に、いたい?」
ゆっくりとリジェクトは頷いた。
「仕方ない、ね」
そこまで話して、アルターは僕らへと体を向ける。
「ゴッド、タイプ。私と、戦って」
「何言ってるんだ、アルター!?」
唐突な言葉に、つい驚いて声を荒らげてしまった。
「た、戦わない、と。ぱ、パーフィディが、怒る、から。パーフィディ、怒ると、怖い。私の赤ちゃん、いじめ、るから。戦って」
「何で……」
僕が問いかけようとしたそのとき、イリーナがテラスの前に立って槍を構えた。
「私のイリーナが戦うわ。それで良いわね、アルター?」
「む、だ。それ、じゃあ、私をころ、殺せ、ない。私を、殺せる、子じゃないと……赤ちゃんは、助けられない」
その言葉に、僕だけではなく風音先輩も「え」と声を上げた。
「私と、赤ちゃんは〝
静かに、淡々とアルターは語り続ける。
「赤ちゃんは……〝
一歩だけ、アルターは僕らへと足を進めた。
「実験、成功した。だから、この子は、解放していい。解放していい、はず。この子のためなら、なんでもして、あげる」
「何故、そんなことをしたのかしら?」
アルターは爪を噛んで、瞳を忙しなく泳がせると。
「ゴッドタイプは、人間。人間の、大切な、記憶。アップデ、アプ、アップデートして、ダウン、ロード。記憶は、電気信号、脳、情報取得、できる。重要。子供、成長過程、だから、新鮮。無駄、ない」
アルターが語る言葉は断片的だが、とても重要な……もしかしたらゴッドタイプという存在そのものの核心について語っているのだろう。
「人間からじゃ、ないと、ゴッドタイプできない。でも、同調素体で、生まれたての相棒の、記憶、情報をモニタリング、保存。リバース、ゴッドタイプと、イコール、なら、人為的に、ゴッドタイプは、創れる」
「ゴッドタイプを……創る?」
こいつらは……一体何をするつもりなんだ?
「リ、バース。再誕。逆、反対。天草光。天広太陽。ファースト、サクセス。人間の心、保存。アップデ、ト。愛情、保存。アップデート、して、ダウンロード。私の赤ちゃんは、検索で、天草光と天広太陽に、関わりのある子、まだ確定していない、チョイス。だから、愛華」
アルターは両手で頭を抱える。
「バースデーエッグは、全部、子供。生きてる、子供。今も、生きてる、子供が、タマゴ」
「生きてる……だって?」
「肯……定。天草光は、生きている」
「それは本当な……!!」
光の矢が走る。
「正詠の弓……!?」
その攻撃と共に、周囲では戦いが激化したようだ。
「あぁくそっ! アルター! 光のことをもっと……」
「天草光は、あ、ああ、あの子は天才……あの子が、いないと、私の赤ちゃん、甦らない!! 天草光は、全部、受け入れて、それでも愛を……うぅ、痛い、いた……ぃいぃぃぃ!」
ぼたりと、アルターの顔から血らしきものが溢れた。
「え……なん、で?」
バディタクティクスのはずなのに、何で血が?
「アナウンス! モードチェック!」
風音先輩が空に向かって声を張る。
――バディタクティクスモード、フィールドは永遠の平原。
「何で……?」
「にぃ、リジェクトが!」
愛華の声でリジェクトへと目を向けると、リジェクトは頭をがしがしと掻き毟っていた。
「痛い……痛いよぉぉぉぉぉ!! マ、マァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
苦痛の叫びが破壊を伴って響く。思わず耳を塞ぐが、それでも頭が割れそうになるほどだ。
「あ、あ、あ、ああぁぁぁぁぁあ!! 改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄かいざぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁん!! 赤ちゃんの、拒絶は、慈愛!」
それに負けないほどの叫びでアルターはスキルを使用したが、耳から血が吹き出していた。
――スキル、改竄。ランク■ガ発動シマシタ。スキル、拒絶ハ……
――スキル、背信。ランク■ガ発動中です。貴女の愛に背信を。スキルは無効化されます。
「あ、ああぁぁぁぁぁあ!!!! パーフィディ、邪魔しない、でぇぇぇぇぇぇえ!! 改竄改竄改竄改竄!!」
――スキル、改竄。ランク■ガ発動シマシタ。スキル、拒絶ハ……
――スキル、背信。ランク■ガ発動中です。貴女の愛に背信を。スキルは無効化されます。
アルターは身体中から血を吹き出しながら、その場で踞る。
「ああああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」
「話しすぎたね、アルター……?」
ぞわりと、あまりにも冷たい声に背筋が凍りつく。
「いけない子にはお仕置きだよ。慈愛などと似合わないものはやめなさい、彼女の拒絶は……」
「ち、違、う!! 今から、たた、かう! 赤ちゃんに、ひどいこと、しないでぇ!!」
「ははっ。それは駄目だよ、これは君に対するお仕置きだ。リジェクトの拒絶を〝母体〟に改竄」
「駄目ぇぇぇぇやだぁぁぁ!! やめて、お願い! なんでも、何でも、する! 赤ちゃんを、いじめないで!!」
――スキル、改竄。ランク■ガ強制発動シマシタ。スキル、拒絶ハ〝母体〟ニ改竄サレマス。
アナウンスが、リジェクトのスキルの改竄を告げる。
それと同時に、リジェクトとアルターの動きがぴたりと止まり。
「「あ」」
二人のそんな一言が発せられ。
「「あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
絶叫が一気に響き渡った。
「赤ちゃん赤ちゃん赤ちゃん赤ちゃん赤ちゃん赤ちゃん赤ちゃん赤ちゃん!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
二人は頭を抱えてその場で血をまき散らす。
「パーフィディ! どこだ!? 二人に何をしやがった!?」
「私はさっきから君の友達と遊んでいるよ? 中々骨があって苦労しているさ」
「じゃあなんで!?」
「あぁそんなことかい? それはね……」
今気付いた。
その声は、僕の耳元から聞こえていることに。
「君の近くに私がいるからじゃないかな?」
僕の隣から急に現れたパーフィディに、テラスはすぐにイリーナを抱えて距離を取った。
「おやおや、嫌われたものだな」
そこにいたのは、僕らと同じ〝人間〟だった。
「お前がパーフィディのマスターか!?」
「ご明察。私の顔を明かせないのが残念で仕方ないよ」
大きさこそ僕らと大差ないが、その姿は明らかに〝大人〟であった。
「たまにはフルダイブをしておかないと調子が狂うからね。それにパーフィディにだけ任せておくのも気が引けるというものさ」
黒衣で体全体を覆い、仮面は海外の祭りで着けるようなものだった。その仮面から見える瞳は敵意に満ち満ちている。
「彼女らに、何をしたのかしら?」
「あー……君は、そう。風音桜ちゃんだ。黙っていてくれるかな。私は君と話すつもりはないんだ」
「そう、残念だわ。イリーナ、あのマスターを捕らえなさい。マスターを人質にすればパーフィディも簡単に手は出さないでしょう」
「天広太陽くん、天草光ちゃんに会いたいだろう?」
パーフィディのマスターは完全に風音先輩を無視して僕に話しかけた。
「イリーナ!」
「どうかな、天広太陽くん。私達に協力しな……おっとっと」
イリーナがパーフィディのマスターを掴もうとしたが、それを軽い身のこなしで避けられた。
「邪魔をされるのは好かないな。パーフィディ、招集を発動」
――スキル、召集。ランクEX+が発動しました。スキル使用者は任意の位置に任意の対象を移動可能です。またこのスキルはあらゆるスキルとアビリティに発動は妨害されません。対象、ファブリケイト、リベリオン、ロビン、リリィ、ノクト、セレナ、フリードリヒが選択されました。
パーフィディのマスターを取り囲むように黄泉の一団が集まり、テラスの周囲にみんなが集まる。
「ファブリケイト。リジェクトの偽造を解除してくれ。このままアルターまで使い物にならなくなっては困るからね」
「仰せのままに」
ぱきりと、軽く折れたような音がした。
「あ、あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁ!? 赤ちゃん、私の、赤ちゃん!!」
「リベリ……はは、無様だね、君はいつもいつも」
パーフィディはリベリオンに目を向けた。リベリオンは左腕を完全に失い、助けを求めるように残った右腕を伸ばす。
「パーフィディ! 力を、くれ! 俺は、まだぁぁぁぁ!」
文字通り見下すその顔には、嘲笑が貼り付けられている。
「もういらないよ、君は」
そんなリベリオンにパーフィディは冷たく言い放ち。
「さて、チーム太陽の諸君、ありがとう。これでリジェクトは解放しよう。とは言え……望んだ形じゃないかもしれないけどね」
愛想を通り過ぎて腹立たしい笑顔を僕らに向けた。
「天広、どうなっている!?」
「えーっと!?」
王城先輩がすぐに確認を取るが、僕は答えられなかった。
『全員に通達するぞ。とりあえず今起きたことは全部録画しているが、説明している暇はない。今が……』
晴野先輩は言葉を一度切って。
『最大のチャンスだ!!』
――Emergency! New Challenger!!
騒がしいサイレンが響く。
――相棒フェリーツェ、エクスマキナが参戦します。
「エクスマキナ、ノクト、お前らはパーフィディ! フェリーツェ、ロビン、フリードリヒはファブリケイトを! 天広ぉ! このチャンスを逃すなよ!」
晴野先輩の指示の元、パーフィディとファブリケイトを複数人で押さえつけて。
「テラス! 絶対に命は奪うなよ!」
テラスはようやく訪れた機会に、天叢雲剣をしっかりと握り直した。
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