願い/友情の形

 周囲で徐々に戦闘が開始された、いくつもの音が乱舞し始めたその時。王城とパーフィディは黙って向かい合い、互いの様子を伺っていた。

 そしてその数分の沈黙を破ったのは、王城からだった。


「背信のパーフィディ。貴様は黄泉の一団のリーダーだと思っているが、間違いないか」


 静かな言葉だ。

 はっきりと、無駄なく、真っ直ぐに王城は伝えた。

 そんな王城に対し、パーフィディは興味なさげに答えた。


「間違いないよ」


 そのパーフィディの言葉が、彼らにとっての開始の合図だった。


「ではあの校内大会で指示を出していたのも貴様だな?」

「だったらどうだと言うんだい? 君には興味が……」


 地面が割れた。

 空気が弾けた。

 パーフィディの腹部に、深くフリードリヒの拳がめり込んでいた。


「フリードリヒ、狙いを誤るな。左腕だ」


 頷いたフリードリヒは連続でパーフィディの左腕を打つと、めきりめきりと痛々しい音が立つ。


「さすがの高レベルだね」

「まだ余裕か、それは良い」


 激しい連打がパーフィディに打ち込まれていくが、パーフィディは反撃をする仕草すら見せない。むしろ攻撃をわざと受け止め、何かを確認するようにも見えた。


「さて、どうする? そのままでは戦闘に支障が出るぞ」


 パーフィディの左腕は滅茶苦茶に折れ曲がり、鎧も連打により所々が破壊されていた。


「この程度、どうということはないさ」


 黒い靄がパーフィディの体を包むと、彼の傷は全てが一瞬で癒えてしまった。


「常時発動のスキル……ではないな。アビリティ、もしくはチートか」

「さて、もう一度言おうか。君には興味がない。ましてや、君では私に傷一つ付けられない。このように元通りにできるからね」


 パーフィディは相変わらず興味なさげに王城に語るが、それに笑みを浮かべながら王城は返す。


「それは良い……俺とフリードリヒの気が済むまで貴様の左腕を壊せるな」


 フリードリヒは再度突進。先程のようにまた左腕を集中的に攻撃するが。


「無駄だよ、無駄」


 黒い靄でまたその傷は癒えていく。


「君は全国の模試でも中々上位成績だと思ったのだが、所詮はその程度かい?」

「フリードリヒ、まだ壊せるぞ?」


 フリードリヒは背中の大剣を抜き、パーフィディの左腕を斬り落とす。


「だから無駄だと言っているだろう?」


 それでもやはり、パーフィディは一瞬で回復してしまう。


「リベリオンを一度は退けた。君達の復讐はそれで終わっている」


 はぁ、と大きくため息をついたパーフィディに、王城は沸々と滾る怒りを徐々に燃え上がらせる。


「俺の友はな、決して才能に恵まれた男ではなかった」


 無駄などということ、王城もフリードリヒも既に理解している。


「常に負け続け、辛酸を舐め、それでも次はと腐らず、努力する男だ」


 四度目の回復でも、王城とフリードリヒは攻撃の手を緩めはしない。


「それが俺の友だ。その友が俺の前で泣いたことがあった。初めて弱音を吐いたことがあった。後悔を口にしたことがあった」


 王城の怒りは収まらない。


「俺に出来ることは一つしかない。それは貴様を倒し、その友の前で跪かせることだ!」


 王城の怒りにフリードリヒはその身に炎を纏い、パーフィディの腕を斬り落とし体を燃やした。


「……むっ」

「まだやれるだろう、電子生命体サイバーライフパーフィディ!! 何度でも俺は貴様の腕を壊し続けてやる!」


 回復したパーフィディだが、今度は無防備ではなく天羽々斬あめのはばきりを手にしていた。


「気を付けろ、フリードリヒ。あの剣、間違いなく天広の相棒が使うものと同等だ」


 大剣を構え直したフリードリヒだが、パーフィディは剣を振るう様子を見せない。


「これを君如きに使うのは気が進まないなぁ……」

「ほざけ」


 間合いを詰め大剣を振るおうとしたフリードリヒだが、それを振り切った後には刀身が消えていた。


「なっ……!?」

「つまらぬものを斬ってしまった、と言うべきかな?」


 大剣の刀身は宙で何度か回り地面に刺さる。


「これで実力差はわかったと思うが、どうだい?」

「確かに」


 フリードリヒは再び間合いを開き、パーフィディを睨み付けた。


「おや、意外と君は臆病だね」


 光の矢がパーフィディの背後では放たれている。


「あの弓を使う相棒や女神のように特殊な武器を持たずして我々と戦うのは無謀だ。諦めなさい。えーっと……君は何て言ったかな? すまない、無駄な記憶領域は使わないようにしているから」


 そんなパーフィディの態度に、王城は片眉をあげた。


「王城翼と相棒のフリードリヒだ」

「あぁ、えー……そうだったね。そう、おーじょーとフリーなんたらだった。すまない。言い直すよ。覚えるつもりなどないから名乗らなくてもいいよ?」


 そしてパーフィディは天羽々斬を構える。


「どうせこの一太刀で終わるからね」


 白銀の一閃が走る。


『伏せろ、フリードリヒ!!』

「フリードリヒ、晴野に従え!」


 フリードリヒがその場に伏せると、一拍遅れて風を切る音がした。


「おや、避けられてしまったか」


 その一閃は、まさしく必殺のものだった。

 防ごうとすればそれごと斬り落とし、相対するのならばやはり斬り落とす。唯一の対抗は逃げるのみ。


「さて、ここで退場するかい? それとも静観するかい?」

「選択肢が足りないな。俺とフリードリヒは抵抗を選ぶぞ」

「無駄だよ。君もこの威力は見ただろう? 不可能だ。当たれば終わりさ」

「当たらなければ良い」

「子供だね。じゃあ退場をお望みということでいいかな?」

「抵抗だと言っている」


 パーフィディは天羽々斬をまた構え。


「さよならだ」


 目にも止まらぬ速さでそれを振り抜く。


『踊遊鬼! フリードリヒに攻撃範囲扇形面積連携! 上方33度!』


 一閃をフリードリヒは完全に避け切り、パーフィディに駆ける。


「おや、手元が狂ったかな?」


 また天羽々斬をその場で振り抜くが。


『上方38度、情報連携! 踊遊鬼、天羽々斬の刀身情報急げ! フリードリヒ、常に踊遊鬼の情報に更新申請をかけろ! 属性判定完了、〝光〟! 刀身情報取得をしたら扇形面積から攻撃範囲を変数に代入! パーフィディの腕の長さも考慮しろ! 不確定要素を減らしていけ!』


 友の声に、王城は心地よさを感じ始める。


『翼、テメェ考えなしで動きすぎだろうが!』

「すまんな」


 パーフィディは兜を外し、怪訝そうにフリードリヒを見た。


「あぁ、なるほど。 オブザーバーがいるのですね。ジャスティスか、はたまた私達の知らないあなた達の味方か……」


 そのようなパーフィディの言葉に、王城は笑った。


「はははっ! 知らないとはよく言ったものだな!」


 ぴくりと片眉を上げたのは、今度はパーフィディの方だ。


「わざわざ教えてやる義理はないがな」

「子供は本当に……すぐに調子に乗るね」


 二振り。


『左方30、下方15!』


 それら二つすら躱し、フリードリヒはパーフィディを殴り付け吹き飛ばす。


『刀身77.8、右腕73.1! 変数にすぐに代入して算定式をフリードリヒに展開しろ! 翼、数学はお前の方が得意だな!?』

「任せろ」


 パーフィディは自分の体から土を払い、フリードリヒを睨み付けた。そして「ちっ」と舌打ちすると、左の指の骨を一本ずつ鳴らした。


「当たらないぞ、パーフィディ。それでは天広の相棒に指一本触れられないな」

「仕方ない……これは使いたくなかったのだが、サービスさ」


――スキル、背信。ランク■が発動します。あらゆる信義に背信を。あらゆる倫理に背信を。あらゆる道徳に背信を。このスキルはあらゆるスキル、アビリティの効果を受けず、どのような条件でも無効化されません。


「さて、本番だ」

「……チートスキルか」

「好きに言えばいいさ」


 しかしパーフィディの様子に変化は見られない。


「布石はこれで整った。あとは時間が経てばそれでいい」

「その前に俺の後輩たちが貴様らを潰す」

「はは、子供は何も知らなくていいよ」


 パーフィディの天羽々斬の刀身の色が僅かに変化したことを晴野は見逃さない。


『翼、刀身の色が変化している! 何かやばそうだから一旦下がれ!』

「仕方あるまい……」

「甘いよ」


 フリードリヒが後退しようとしたその時。

パーフィディは一歩踏み込み、剣を真上に振り上げる。するとフリードリヒの背後に氷の柱が勢い良く現れ、砕けた。その破片は一つひとつが鋭利な破片となってフリードリヒを襲う。


「まだやれるな、フリードリヒ?」


 それにフリードリヒは力強く頷いた。

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