願い/決心を超えて

 ロビンの攻撃で吹き飛ばされたリベリオンは、すぐに体勢を立て直しロビンを睨み付ける。


「効かねぇ効かねぇ! 早くあの弓を使ってみろよ、ロビィィィィィィィィン!!」


 そしてまたロビンへと襲いかかる。その攻撃をリリィがいなしつつ、隙間を縫うようにロビンの矢が放たれる。


「邪魔すんなアマガキィ!」


 そんなリリィを力ずくで吹き飛ばす。


「ハハハッ! ギャハハハハハッ! テメェは殺ぉぉぉぉす! 喰らえ、ヤ=テ=ベオ!」


 リベリオンの頭の触手が地面に潜る。


「ロビン、リリィ、一時の方角に退避!」

「リリィ、正詠の指示に従って!」


 二人の相棒は頷いて、指示通りに回避。それを追いかけるように地面から触手は這っていく。


「逃がさねぇぞ、ロビィィィィィン!!」


 更にリベリオンが二人を猛追する。


『那須、柔軟思考を使え』

「今ですか!? 逃げるのに超忙しいんですけど!?」

『早くしろ』

「リリィ、柔軟思考!」


――スキル、柔軟思考。ランクC+が発動しました。ランクに応じて、一定時間条件を満たす未取得スキルが使用可能となります。


「使いましたけどもぉ!」

『よし。高遠、とりあえず驟雨を使え』

「ロビン、驟雨!」


 一度大きく前方に飛んだロビンは空中で振り向きながら空へといくつもの矢を射る。


『那須、なんかやれ』

「はぁ!?」

『俺じゃあ何も思い付かん』

「あぁんもう! リリィ、頑張れ!」


 遥香の曖昧な言葉に、緊張の場でありながらリリィは苦笑した。

 しかしそれは、リリィが遥香を信頼しているからこそ見せる表情だ。それがわからぬ遥香ではない。


「えーっと! 飛んで矢を殴り飛ばしなさい!」


 どうせ遥香なら何とかする。リリィはいちいち疑うことなどしやい。足に力を溜めたリリィは飛び上がり、そして小さな矢尻を器用にいくつも殴り飛ばした。


「相変わらず無茶苦茶な指示を……リリィもよくやるもんだな」


 ぽそりと呟いた正詠はロビンを見て頷く。


「あのままじゃあ着地と同時に的になる。ロビン、助けてやってくれ」


 ロビンもまたリリィと同じように苦笑を浮かべ飛び上がり、攻撃の終わったリリィの襟首を掴む。


「こらぁ正詠ぃ! リリィは女の子なんだからもっと優しく扱えー!」

「じゃあ無茶させんなよ……」


――スキル、柔軟思考発動中です。スキル発動、一撃必殺D。攻撃の威力が上昇します。


 アナウンスが流れると、リリィが殴り飛ばした矢は地面に当たり盛大な土煙を上げるほどの威力となった。


「……ロビン、丁重に扱え。こいつら怖ぇわ」


 こくりと頷き、ロビンはリリィを優しく抱きかかえる。その時のリリィの表情は確かに乙女であったのだが、そんなものを確認している余裕はなかった。


「なぁおい、邪魔すんなアマガキ?」


 リリィとロビンの攻撃を回避し飛び上がったリベリオンは、既に爪を振り上げていた。

 そんな状況で器用にもリリィのみを狙うように爪をすぼめて突くものの、それを片足でロビンは弾く。


「あぁ?」


 ロビンはそのまま体を捻り、リベリオンへと回し蹴りをかますものの、勿論それは大したダメージにはならない。

 だが、だからどうした。ここで女を守らずして何が男か。


「リリィに手を出すならまずはロビンからにしろ」

「はっは! ナイト気取るならもっと強くなってからにしろよ!」


 リベリオンの触手が一際大きく口を開けてロビンに向かってくる。


「ロビン逃げ……!」

「リリィ、突っ込んで!」

「はぁ!?」


 逃げようと背を向けかけたロビンだったが、リリィは腕の中から飛び出し、彼を踏み台にしてまでその触手に突っ込んだ。


「バッカお前!」


 ロビンはリリィに手を伸ばすが、リリィを掴むことはできない。


「おい遥香! 無理させるな!」


 しっかりと着地したロビンは再度リリィを支援しようとするが、当のリリィは大きく開かれたその口に迷うことなく突っ込み、拳をぎゅっと固く握っていた。


「なんだ自殺希望か、アマガキ!」


 触手がリリィを飲み込むその寸前。


「私達の日常を、これ以上邪魔するなぁ!」


――スキル、柔軟思考発動中です。スキル発動、鋼鉄の願いC+。戦闘中一度のみ、一定時間ステータスを最大にします。また、このスキルはあらゆるスキル、アビリティの効果を受けず、どのような条件でも無効化されません。


「これから地区大会も全国もあるんだっつーの!!」


 固く握られた拳は、触手の上顎と下顎を目にも見えぬ速さで殴り飛ばし、その攻撃で更に大きく開かれたその中央に、拳圧を打ち込んだ。


「さっさと倒れろぉ!」


 吹き飛ばれた触手に釣られ、リベリオンは大きく体を後ろに逸らした。


「アマガキ……テメェ如きが俺のヤ=テ=ベオに何をしやがんだ……?」


 しかしその一撃はやはり、リベリオンにとっては大したダメージにはなっていない。むしろ彼の沸騰しやすい怒りをより助長させ、攻撃を激化するだけだ。


「テメーから殺してやろうか?」


 ぐいっと体を起こしたリベリオンは、狂気の瞳をリリィへと向けた。それは夏の羽虫を見る程度の、気まぐれな殺意に満ちていた。


「お前程度俺の眼中にねぇんだよ……俺がテメェの日常の邪魔だぁ? そんなもん……」

「喋るな、リベリオン」


 そんなリベリオンに一番の怒りを向けたのは正詠だ。それは自分が好いた異性を傷付けようとしたからという理由もあるだろう。だが、それだけではないのだ。彼が怒りを抱いたのはそれだけではない。


「ロビン!」


 正詠の声色から感情の機微を感じ取り、ロビンは弓を引き絞るその腕にいつも以上に力を込める。人の激情というものを一度は勘違いしたロビンと言えど、二度も間違えるほど世界最高峰のAIは愚かではない。


「俺たちにとっては……そんなもんが大切なんだ!」


 リベリオンは彼らの日常を「そんなもん」と言った。

 それが、堪らなく許せないだけだ。

 正詠にとっても、遥香にとっても。幼馴染や親友と共に、築いてきた日常はかけがえのない程の大切なものなのだ。

 だって一度、大切な幼馴染との日常が壊れたから。

 だって一度、大切な親友達との日常が壊れかけたから。

 失ったからこそ、それが大切だと知っているのだから。

 だから二度と、壊すものか。

 その想いは、ロビンにもしっかり伝わっている。


「だから……お前が俺たちの日常を〝そんなもん〟だなんて言うことは許さない!」


 十全に引き絞られた弓から放たれた矢は、リベリオンの額へと突き刺さった。


――リベリオンに攻撃がクリティカルヒットしました。


 それが例え、意味のない一撃であっても。

 彼は、彼の相棒は矢を射るのだ。


「いいぜぇ……楽しくなってきた」


 額に刺さっている矢を抜くと、その矢尻をべろりと舐める。


「じゃあ俺がその大切な日常ってやつを壊したらよぉ……」


 頭の触手は不気味に蠢く。


「ロビン、お前は本気になれるんだよなぁ!?」


 その触手は全てがリリィを捉える。そして二人が何かを言う前に触手は向かっていた。


「日常ってやつを喰らい尽くせ、ヤ=テ=ベオ。狙いはアマガキだ!」


 狙いが一つになった分、触手は余計な動きをせずにリリィへと向かう。

 それだというのに、リリィは細く息を吐きだして、両拳を叩き合わせ遥香を見た。その顔には、少しだけぎこちのない笑みを浮かべている。


「リリィ……」


――ねぇ遥香マスター。私、怖くないよ?


 そんな彼女の言葉メッセージに、遥香の心は一気に熱くなる。


「よっしゃあ! 一つずついなして、本体狙いで行くよ、リリィ!」


 そんな遥香の言葉にリリィは頷き、リベリオンを見据えた。

 彼女の指示通り、リリィは一本ずつ触手をいなしていく。その姿は今までのバディタクティクス以上の緻密さだった。襲ってくる触手一つひとつをよく見極め、まずは最も近いものを弾き、しかし不穏な動きを見せたものは早々に叩く。少しずつ彼女らはリベリオンとの距離を詰めていった。


「こんなの王城先輩のしごきに比べたらチョロいっての!」


 そんな彼女らの姿にロビンと正詠は、一瞬だけとは言え見惚れていた。

 自分たちもあれ程までに戦えたら。あれ程までに信頼し合えたら、きっと楽しいだろうと。


「リベリオン!」

「ヤ=テ=ベオから逃げたことは褒めてやるよ、アマガキ」


 しかしその程度の動きを見せたところで、リベリオンの心は動かない。


「だがテメェらは……ゴッドタイプじゃねぇ!」


 渾身の力が込められた拳をその身に受けつつ、リベリオンは大きく手を広げリリィを掴まえる。


「所詮はただのザコ! 俺に傷一つ付けられねぇんだよ!」


 そのまま勢い良く地面へと叩きつけた。


「おら泣けよ! これからテメェは俺に切り刻まれるんだ! ボロ雑巾のようになぁ!」


 いくつかの触手は舌を出しリリィを舐め回す。

 それだというのに。

 そんな状況だというのに。

 リリィはリベリオンを真っ直ぐに睨み付けながら、笑みを浮かべた。


「何笑ってやがる……!?」

「あんた、バッカじゃないの?」


 そんな遥香の言葉と共に、リリィは不自由な体勢であるにも関わらず膝蹴りを打ち込む。


「効かねぇ!」

「じゃあもう一発!」


 何度も何度も。リリィは諦めずに攻撃を繰り返す。リベリオンの爪のせいで自分の体が傷付けられていることすらも厭わずに。


「テメェはゴッドタイプじゃねぇ! ただの有象無象のザコ相棒なんだよ! 最初から相手にならねぇ!」

「それがどうしたってのさ! 私もリリィも! だから逃げるなんて考えない!」


 リリィの〝無駄〟な攻撃は止まらない。


「だから無駄だって言ってんだよ、アマザコ!」

「無駄だって考えるならそれでいいっての! あんたは所詮そんなもんでしょ!? 言っとくけど、私達バディタクティクスじゃあ負けなしなんだからね!」

「もういい、死ね。アマガキ!!」


 押さえ付ける爪はそのままに、もう一方の爪をリリィへと突き刺そうとしたその刹那。


「私の相棒あいぼうを舐めんなぁぁぁぁぁ!!」


――バディクラウドよりマスター那須遥香、相棒のリリィへ通達。エグゼクター権限付与を一時許可。執行名【電子生命体リベリオンとの対等戦闘】。


 アナウンスが流れると、リリィの膝蹴りでリベリオンが吹き飛ぶ。


「あぁ!?」


――バディクラウドより相棒のリリィへ通達。勝ちなさい。貴女は、その義務がある。


 そのアナウンスに、リリィは力強く頷いた。


「ふざけんなぁぁぁぁぁぁ!! こんなところでバディクラウドだと!? テメェら依怙贔屓えこひいきしてんじゃねぇぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


――電子生命体リベリオンへ回答。バディタクティクスは対等でなければなりません。


「ふざけっ……!」

「リリィ、臥王拳!」


 荒れるリベリオンの隙を逃す必要などない。リリィは間合を詰めて腹部へと一撃を打ち込んだ。

 めきりと確かに肉と骨が軋む音に、遥香は一瞬顔を歪めるが。


「リリィ! ちゃんと加減しなさい!」


 冷静に、彼女はリベリオンの身を案じた指示を出した。


「こ、の……!」


 そしてそのまま回し蹴りで相手を地へと叩きつけた。


「アマガキがぁぁぁぁぁぁ!!」


 すぐに体勢を起こしたリベリオンへ、ロビンが矢を射る。


「俺の親友はなぁ……仲間が傷付くのが一番嫌いなんだ。そんな親友のためにも俺が! 俺達が! お前如きにやられると思うなよ!!」

「ザコガキ! テメェは無力なんだよ! ゴッドタイプでもないロビンが! テメェが! テメェらがぁ! 俺を倒せるわけがねぇんだよ!」

「ははっ! どんな状況でもな、うちのチームは勝ってきてんだ。俺達を舐めんのも大概にしろよ、リベリオン!」


――バディクラウドよりマスター高遠正詠、相棒のロビンへ通達。エグゼクター権限付与を一時許可。執行名【電子生命体リベリオンとの対等戦闘】。


「はぁ!?」


――バディクラウドより相棒のロビンへ通達。忘れるな。守るために、傷付かなくともよい。戦うために、狂わなくともよい。救うために、失わなくともよい。我々は、それを望まない。忘れるな。決して、忘れるな。


 それに頷きつつ、ロビンは大きく息を吸い込むと、弓があの輝く弓へと変化する。


「絶対に命は奪うな、ロビン! あんな奴だろうと、お前の仲間だ!」


 反論しそうになったロビンだが、それは飲み込み。


――認めよう、リベリオン。お前は仲間だ。だから、決して命は奪わない。


 光り輝く天之麻迦古弓を、引き絞る。


「何だよ、えぇおい……俺は、俺は神に成るんだぞ!? 何でその俺が! この俺様がお前ら如きに情けをかけられなきゃいけねぇんだよぉぉぉぉぉ!?」


 乱れながらリベリオンはロビンへ触手を向けるが。


「ロビン!」


 それよりも早く、天を貫く矢は放たれた。

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