願い/5
翌日。
前日と同じように、僕と愛華だけが十時半に地下演習場に到着する。
みんなは思い思いの表情を浮かべており、また普段はいない二人もいた。
「セバスチャンさんとマリアンヌさんもいると、なんか緊張するなぁ……」
頭を掻いて二人を見ると、二人はにっこりと微笑んで会釈をしてきた。思わず僕も会釈を返す。
「天広、準備をしろ。俺達は問題ない」
指の骨をごきりごきりと鳴らす王城先輩は、これから熊とでも戦うような気迫だ。昨日の弱音が嘘のように思える。
「座る順番は前と同じですか?」
「おうよ。俺がフォローすんのも同じだ」
快活に晴野先輩は笑う。この人の元気な顔は安心するから好きだ。
「一日ずれてしまったけれど、これが決戦よ。終わらせましょう、こんなつまらないゲーム」
風音先輩が言うと、背後の執事とメイドは頷いた。
「よっしゃ、先輩達以外のチーム太陽集合」
そんな掛け声に、愛華は僕をちらりと見る。
「お前も一員だからな?」
「え……」
「先輩達とも地区大会からこれをやりますからね、見ててくださいよ」
首を傾げる先輩達は置いといて、愛華を含めて肩を組んで円陣を組む。
するとその円陣の中央でも、僕らの相棒が同じように円陣を組んでいた。
「行くぞ、チーム太陽! 絶対に勝つぞ!」
「あぁ!」
「うん!」
「おぅ!」
「はい!」
そしてばーん、というSEが鳴り僕らの相棒はいつものポーズを取った。
「……」
「……」
「……」
「……」
一緒に円陣を組んでいる愛華と少し離れて見ている先輩達三人は、何してんだこいつら、というのを無言で語る。
「決まったな……」
満足のいく円陣だった。うむ、これはいいぞぉ。
「くく……」
「お前ら……はははっ!」
「もうあなた達はホントにもう……ふふふ」
よし、笑いも取れた。
「にぃ、これなに?」
「ん? チーム太陽の儀式だけど?」
「うわ、はっずー……」
愛華はそんなことを言いつつも、僅かに笑みを浮かべている。
「そんじゃあ行きますか」
一番に僕は筐体に座り準備を始める。それに続いてみんなも準備を整えた。
最後にもう一度だけ全員が顔を見合わせ、頷いたのを確認してゴーグルを付ける。
――同志宣誓を確認。相棒名、ロビン、リリィ、ノクト、セレナ、フリードリヒ、イリーナ。固定座標設定完了、フルダイブ準備完了。
――バディタクティクスモードでフルダイブを行います。よろしいですか?
「おうよ」
――フィールドは永遠の平原。これより転送いたします。開始位置は固定。またフルメンバーでの戦闘になります。
ふわりと体が浮いて移動したのは、何もない平原だ。
――制限時間は三十分、三十分で勝負が決さない場合は十五分の延長戦を行います。それでも勝負が決しない場合、ドローとなります。
「そっか。プライドプレイヤーがいないから、延長で決着つかなかったら引き分けになるのか」
「そこまで長引かせはしないさ」
隣にいる正詠がそう言って、ロビンが頷いた。
――相手チームのログインが確認できません。五分以上ログインが確認できない場合、フルダイブを終了します。
「来ると思う?」
透子の緊張した問いかけに、セレナは細剣をぎゅっと握り頷いた。そしてそれが合図とでも言うように、パーフィディ達は空間を割いて現れた。
「お待たせいたしました。チーム太陽の皆様。我ら黄泉の一団、遅ればせながら到着です」
口調では丁寧に言いながら悪びれる様子もなく、パーフィディは頭を深く下げる。
パーフィディを先頭に、その割れ目から一人ずつ奴らは現れた。
ファブリケイト、アルター……そして、リベリオン。
――チーム・黄泉の一団。パーフィディ、ファブリケイト、アルター、リベリオン、リジェクトのログインを確認。
「リジェクトはどこ!?」
僕の隣にいる愛華が叫ぶ。
「あぁ彼女は少々〝大きい〟ものでね……」
愛華の叫びに、呆れるようにパーフィディは応えた。
すると、がしゃりと重い鉄が擦れる音がした。
その音は徐々に大きく聞こえてくる。
「どこから……?」
「上だ……愛華……」
ゆっくりと……天から伸びる鎖に繋がれたリジェクトは現れた。
「あ、あ……ママ……」
あの巨体のまま、しかし体は傷だらけで。
「リジェクト!!」
「ママ……?」
涙で腫れた瞳からは血が滴っていた。それは涙のようで、見ているだけで心が締め付けられる。
「さて、これで揃いました。あぁそうだ、こちらは五人で構わないよ。開始はあなた達のタイミングでどうぞ?」
リジェクトの巨体が地面に着くと、鎖は天から落ちて耳障りな音を立てた。
「相変わらず下衆な真似をするな、パーフィディ」
正詠がなるだけ冷静に言ったのに対し。
「ひひ……なぁパーフィディ! あいつは俺が殺していいんだよな!? ロビンを殺せば、俺にまた力をくれるんだよなぁ!?」
リベリオンは興奮しながらパーフィディに問いかける。
「いいとも、リベリオン。殺すことは出来ないかもしれないが、それはもう滅茶苦茶にしてしまって問題ない。だが女神には手を出すことは許さないよ?」
「あぁ! あぁ勿論だ! 俺はゴッドタイプになんかこれっぽちも興味はねぇ! あ、あの野郎を……ぶち殺したいだけだからなぁ!」
両手の大きな爪を舌舐めずりしながら、リベリオンは赤と金の瞳をロビンに向けていた。
『天広。熱くなるなよ』
先んじて晴野先輩に釘を刺される。
「わかってます……けど!」
『だけどな、キレていい。お前の大事な妹の相棒をあんなにしてやがんだからな』
リジェクトの弱々しい瞳はただただ愛華をじっと見つめ、助けを求めているように見えた。
――本当に、助けるんですね?
テラスは確かめるように、僕へと聞く。どうして今更そんなことを聞いてくるのかはわからない。
――リジェクトは、天広愛華を一度でも傷付けました。我々の決勝戦を邪魔もしました、あなたを……一度でも傷付けました。
テラスは僕をじっと見つめる。その瞳はとても真っ直ぐで純粋だ。
「助けるさ。それが僕たち……チーム太陽の不文律でルールで、誇りだ。リジェクトは敵だった。でも今は、パーフィディに利用された僕の妹の相棒だ」
――はい。そして、私の妹です。
テラスは天叢雲剣を光から取り出して、構える。
「みんな、準備はいいな!?」
全員の顔を見て、全員が頷いたのを確認する。
「準備はできた。一分後に開始してくれ」
――チーム・太陽。準備完了をリーダー天広太陽がコール。
「私たちも問題ありません。天広太陽くんの言う通り、一分後に開始してください」
――チーム・黄泉の一団。準備完了をリーダーパーフィディがコール。両チームの準備が整ったため、一分後にバディタクティクスを開始します。
全員が全員、戦うべき相手を睨み付け合う。僕はパーフィディとリジェクトを睨みながら、隣にいる愛華に話しかける。
「愛華」
「……?」
「お前も仲間だ」
「うん」
「みんなで、助けるぞ」
「うん!」
――試合……開始!
ブザーが鳴ると同時に。
「テラス、他力本願セット、気炎万丈!」
――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキル気炎万丈Aがランクアップし、気炎万丈EXに……。
「アルター、ファブリケイト、援護は任せるよ!」
「あああああ改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄! 他力本願は……無力!」
――スキル、改竄。ランク■ガ発動シマシタ。スキル、他力本願ハ……
パーフィディが剣を抜き放ち、アルターがスキルを使用するが。
「ノクト! 行け!」
――スキル、勇猛果敢。ランクBが発動しました。相手スキル発動時、自身の全ステータスを上昇させた上で先制攻撃を行います。また、確率で相手のスキル効果を打ち消します。スキル効果を打ち消せなかった場合、使用される予定であったスキルの効果を自らが受けます。
「やるじゃないか」
アルターのスキルに対し、ノクトが一瞬で間合いを詰めて先制攻撃を仕掛ける。攻撃は当たったものの、スキルのキャンセルはできなかった。でも、それでいい。
――スキル、改竄。ランク■。対象相棒ハ、対象スキルヲ保有シテオリマセン。スキル条件ヲ満タシテイナイタメ、スキルハ発動シマセン。
「ファブリケイト! ノクトの隙を逃さなぬように!」
「承知!」
攻撃し終えたノクトに対しファブリケイトが太刀を振るおうとするが。
――スキル、疾風迅雷。ランクSが発動します。自身の攻撃が最優先され、防御不可能の攻撃となります。
そんなファブリケイトの攻撃をイリーナが防いだ。
「実に愉快!」
「いつまでも笑っていられませんよ、ファブリケイト」
スキル不発となったのならば、今まで途中で止まっていたテラスのスキルは問題なく発動する!
――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキル気炎万丈Aがランクアップし、気炎万丈EXになります。
――スキル、気炎万丈。ランクEXが発動します。全ての攻撃に炎属性が付与され、一時的に全てのステータスが最大になります。また、敵味方関係なく攻撃がヒットします。
――スキル、顕現。ランクAが発動しています。こちらからの攻撃時、全ステータスランクが上昇します。このスキルはあらゆるスキル、アビリティの効果を受けず、どのような条件でも無効化されません。
「耐えられるもんなら耐えてみろよ、黄泉の一団!」
「ははは! それでは貴方達が助けたいリジェクトやお仲間も巻き込まれてしまうよ!?」
「そんな対策うちの遥香が考え済みだ! 失せろ、パーフィディ!!」
充分に力を溜めて放たれた剣閃は、目の前の全員に向かって放たれる。
その剣閃から一瞬火花が散ると、それは輝くように紅い火柱を盛大に上げながら全てを燃やし尽くしていった。
「風音先輩! 蓮!」
その火柱が襲い掛かる前に、ノクトはリジェクトの前に立った。
気炎万丈の攻撃は敵味方を巻き込む。だがそれには、発動後僅かな時間差が生まれる。
――スキル、召集。ランクAが発動しました。テラス、ロビン、リリィ、セレナ、フリードリヒをイリーナの近くに呼び出します。
だからそれを利用して僕らはリジェクトを囲むようにして。
「まさか味方の攻撃に使うなんて思わなかったけどな!」
――スキル、誓いの盾。ランクAが発動します。自相棒の近距離にいる味方を対象、もしくは対象にされた場合のみ使用可能。ランクに応じた回数分、相手の攻撃を無効化します。
わざと気炎万丈の攻撃範囲に入り、ノクトのスキルで守ってもらう。リジェクトの体は大きいからこそ、各々が要所要所に乗っかかれる。
僕らの考え通り、リジェクト含む僕らにダメージはなく周囲を取り囲むように火柱は走る。
「どうだ!?」
電子生命体を攻撃できるテラスの最大威力での一撃。これなら!
「ギャハハハハハ! だから、どうしたぁぁぁぁ!!」
リベリオンはその炎の中を突っ切って現れる。
「ロビィィィィィン!!」
両爪を大きく振りかぶるリベリオンへ、リリィが一撃を放つ。
「あんたの相手は……!」
「俺達二人だ!」
ぐらりと体勢を崩したリベリオンにロビンが矢を放つと、それは爆発を起こし吹き飛ばす。
「こっちは任せろ!」
ロビンとリリィがリベリオンを追いかけた。
「初手で決着を急ぐとは、単純ですねぇ!!」
紫炎を纏いながら、ファブリケイトはセレナの背後から。
「愚策かどうかは勝負がついてから言って!」
その不意討ちをフリードリヒが防いだ。
「貴様の相手は平和島と日代だ」
そのまま襟首を掴み、リベリオンとは違う方向へとフリードリヒは投げ飛ばした。
「ファブリケイトは任せたぞ、平和島! 日代!」
王城先輩の言葉に二人は頷いて、一気に駆け抜ける。
「残っているのは三人……いいや二人、か?」
両の拳を叩き合わせ、フリードリヒはパーフィディへと目線を向ける。
「貴様の相手は俺がする」
「おや、それはいただけない。君の相棒に興味はないのだけど」
「そうか。だが諦めろ」
ふん、と鼻で嗤うパーフィディは手に持つ剣の切っ先を、フリードリヒに向けた。
「仕方ない。君を潰した後に、女神はいただくことにしよう」
「天広兄妹、風音。残りは任せたぞ」
王城先輩が言ってすぐに、フリードリヒはパーフィディへと攻撃を仕掛け、僕らから距離を取った。
「さて、私達はリジェクトとアルターね」
イリーナがリジェクトの体から降り、槍をアルターに向けた。
「あの攻撃を受けて尚無傷……ですか」
緊張の混じる声で風音先輩はアルターを睨み付けるが、動く気配は見られなかった。
「赤ちゃん……」
長すぎる髪の隙間から見えるアルターの瞳には、涙が浮かんでいた。
「天広くん、どういうことだと思う?」
「わかんねっす」
アルターを睨み付けたまま風音先輩は僕に問いかけるが、素直に答えた。
「あ、赤ちゃん、大切。まも、ま、守る。あなた、達は、赤ちゃんを泣かせ、ない」
アルターは動かない。それが僕らにとってはとても不気味であった。
「赤ちゃん……私の、赤ちゃん」
ぼそりぼそりと、アルターは呟き続ける。まるで自分に言い聞かせるように。それにはどこか悲哀が含まれているように感じられた。
「愛してる。愛してる。愛してる。貴女は、私の赤ちゃんだもの」
しかし周囲では、激しい戦いが繰り広げられていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます