願い/4

 地下演習場での食事風景は暗かった。

 いや地下だからとかそういう意味ではなく、雰囲気的に暗い。その主な原因は言わずもがな僕なのだが、セバスチャンさんとマリアンヌさんが一切笑っていないのも原因だろうと思われる。


「天広様、お茶のおかわりはいかがですか?」

「あ、いただきます、はい」


 セバスチャンさんの顔に笑顔はない、怖い。


「天広様、お食事のおかわりはいかがですか?」

「あ、いや、もうその、お腹一杯です……」


 マリアンヌさんの無感情なお勧めが怖い。

 さすがにそんな様子に見かねてくれた風音先輩が、ため息をついた。


「やめなさい、セブ、マリー。喧嘩はこの後にするって決めてるの。そうよね、遥香さん、透子さん、愛華さん?」


 紅茶を上品に口へと運びつつ、物騒な言葉を同じ口から発する。多分一番怖いのはこの人に違いない。


「お嬢様の目元が赤く腫れているのは、天広様が原因だと私は推理しております。何故なら……」

「ねぇセブ、やめてと言ったの。日本語わかる? あなた日本に来てから何年経っているの?」

「しかしお嬢様……」

「や・め・な・さ・い。昔から血の気だけは本当に多いんだから、もう……」


 こんな空気だというのに、王城先輩と晴野先輩、そして蓮はばくばくと二人のお手製お弁当を食べている。僕のフォローをする気はないのだろう。

 ちらりと遥香を見た。

 遥香らしくなく、もそもそとお弁当を食べている。目が合うと、ふいと逸らされる。ちなみに隣の透子も同じような反応をされたし、さらにその隣の愛華にも同じ反応をされた。

 確かに光のことで周りが見えなかった僕も悪かったけどさ……。


「なぁテラス……」


 テラスに声をかけてみると、テラスは相変わらず疲れ切ったように体を丸めてごろりと転がるように休んでいた。ぱっと見拗ねた子供のように思える。というかこの姿、タマゴの時を思い出すわ。


「テラス」


 目線だけをこちらに向けたテラスの表情はあまりよろしくない。


「光について、教えてくれ」


 テラスは唇をきゅっと一文字に結んでメッセージを表示する。


――私は、まだ無力です。あなたを私の力で救うこともできません。


「そういうことじゃなくてさ、僕は光について……」


 的外れな答えにため息をついた。


――彼女のことは、知っています。私にとっても大切な人です。でも……ダメです。私は絶対に教えたくありません。


「変なところでお前は頑固だよな……」

「お前にそっくりじゃねぇか、太陽」


 苦笑を浮かべながら話しかけてきたのは正詠だった。こういう時の正詠の気遣いは痛み入る。


「先に言っておくが、テラスが話さないんなら俺たちも話さないぞ」

「……くそぅ。やっぱり知ってたんだな、テラスと光のこと」

「怒るか、太陽?」


 少しだけ困ったように微笑む正詠の顔は、僕が起こらないことをわかっている顔だ。


「怒らねぇよ。もうそういうのはやめるって決め……なるだけやめると決めた」

「そこはやめた、って言い切ってくれよ」


 だって……目の前に光の手がかりがある。それだけで僕の気持ちは急いていくのも仕方ないじゃないか。

 なんとなく生きているんじゃないか、多分無事なんじゃないか、きっとまた会えるんじゃないか……そんな根拠のない希望。それが今、僕の目の前で不貞腐れたように転がっている。

 ……うむ。もっとこう、かっこいい感じであってほしいが、それはわがままだろう。


「さて、腹も膨れたな」


 ぽん、と一回腹を鳴らしながら言ったのは晴野先輩だ。


「んじゃあまずは何から話す? 俺としては天広がどうしてログアウトが遅くなったか、から話すのがいいと思うが?」


 各々が少しだけ考える仕草をして、無言で頷いた。


「だそうだ、天広。話してくれ」

「はい」


 空気は緊張の糸が張り詰める。


「えっと……ログアウトが遅れたのは僕のやり方が悪かったからです。で、ようやっとログアウト処理ができたと思ったら、ログアウトできなくって……」


 そこから僕はなるべく細かく説明した。

 ジャスティスが何かをテラスに話しかけ、それに対してテラス……いや、光が言い返した。

 光が言っていたのは、「どうしてジャスティスがそんなこと言うの?」、「自分と世界中の子供たちの命と心を弄んだ」、「ジャスティスは天才と呼ばれて満足だろう」、「もう私の大切な思い出を玩具にするのはやめてほしい。約束と願いは自分だけのもの。自分はあなた達に興味なんてない。光から何かをする気はない」。

 ジャスティスが何を光に言って、それの何が彼女の逆鱗に触れたのか。それは今回全くわからなかった。


「それに対して幼馴染の二人は何かあるか?」


 晴野先輩の問いかけに遥香が何かを言おうとしたが、「というわけで、次は俺から話すぞ」などと、聞いていながらも晴野先輩は質問をさせるつもりはなかったようだ。


「お前がログアウトできなくなったのは、ホントに十数分だ。その間確認できたエラーは四回。〝上位権限により拒否されました〟だ。何か知っているか?」

「四回……確かに四回ミスってました。原因はジャスティスがログアウト拒否をしていたってアナウンスで言ってました。そのあと光が……ルーラー権限? というので僕とテラスをログアウトさせてくれました」


 ルーラー権限はアドミニストレイター権限より上位とのことだったっけど……。


「なるほどな。天草とジャスティスのいざこざがあったから、テラスと光の名前を呟いていたんだな。納得納得。だけどな、外から見てたら異常以外なんでもないんだ。すげぇ心配したんだからな?」


 そんなことを言われて状況を僕は理解した。

 確かに、前に記憶喪失だなんだとあったのだ。ぶつぶつとそんなことを呟いていていたら、僕だって尋常ではない心配をするはずだ。


「遥香。その……すまない、心配かけた。ただ、光のことでテンパってたんだ。ごめん、ホントにごめん」


 その状況を改めて理解して、僕は遥香に声をかけた。


「私だけじゃ、ないし」


 僕は遥香から順繰りとみんなの顔を見た。


「ごめん、みんな。心配かけた」


 それぞれがそれぞれの反応を見せて、少しだけ微笑んでくれた。許してくれたと思ってもいいのだろう。


「さて、これで一つの問題は解決だが」


 ずずっと、紅茶を飲んだ晴野先輩は一度深く息を吸い込み、細く吐きながら。


「残りは二つなわけだが、どっちから話す? 天草のことか、それともパーフィディ達とのことか」


 僕としては光のことについて話したいが、テラスが話したくないと言っている以上無理に聞き出すのは好まない。


「パーフィディ達のことを話しましょう。テラスはまだ教えてくれないみたいですから」

「おうよ。じゃあその場にいた翼と高遠に任せたぞ」

「うむ」

「はい」


 王城先輩と正詠は互いに頷き合い、口を開いたのは王城先輩だった。


「明日の……パーフィディ達との件だが、あくまでも我々は徹底的に防戦すべきだと思っている」


 王城先輩は続ける。


「先のリベリオン……そして今回のリジェクト。これら二体は異形へと姿を変えた。その凄まじい戦力を我々は知っている。特に、ヤ=テ=ベオ。あれはこちらの相棒を飲み込み、その能力を模倣した。リジェクトのスキュラというものに対しても、最大限の警戒をすべきだ」


 その言葉に頷いた正詠は、ロビンに何かを表示させて僕らと共有する。

 寝転がりながら、テラスはその情報を表示する。


「スキュラ……ギリシャ神話?」

「あぁ、そうだ。ちなみにリベリオンの言っていたヤ=テ=ベオってのはアメリカでの伝承……というか、まぁ妖怪みたいなもんだな」


 続いて表示されたのはヤ=テ=ベオの情報だ。二つともあまり読んでいて気持ちの良い話ではない。


「ヤ=テ=ベオに関してはリベリオンのときに多少説明もあったから、今回はスキュラについてだが……」

「そういうお勉強はいらねぇんだよ。対策とかそういったのを話したほうが建設的じゃねぇのか」

「対策する上で、元ネタを調べるのは建設的だと思うぞ。ヤ=テ=ベオは食人木ということから、イリーナを捕食したしな」


 蓮の意見に対し、正詠は真っ直ぐに言い返した。どっちの言っていることも尤もだが、結果的に相手を知ることが対策になるのは間違いなさそうだった。


「蓮が言っていることも正しいからな、掻い摘んで説明するぞ。スキュラってのは元は美しい人間で、色んな男から求婚されていたがそれを拒み続けた乙女だ」

「お、さすが愛華の相棒だな。美人だってよ」


 愛華を見て言うが、愛華は僕を鋭く睨み付ける。


「あぁはい、ごめんなさい」

「愛華の相棒だという根拠はまだないが……あぁすまん、説明を続けるぞ」


 正詠はデータを見ながらまた話し始める。


「そこにグラコウスという男が現れ、求婚をする。それをいつも通りスキュラは断るが、グラコウスは諦めず魔女に助けを求めるんだ。けどその魔女は助けを求めてきたグラコウスに惚れこんでしまい、スキュラがいつも水浴びをする泉に毒を撒き、そこに下半身を浸けたスキュラの体は画像のようになってしまった」


 画像には下半身が犬と魚の尾のようになった美しい女性の画像が表示されている。確かに、この姿はあのリジェクトに似ているが……。


「でも、これだけじゃあどんな攻撃してくるとかわからないよね?」


 透子がさらりと突っ込みを入れてくれた。これだけじゃあただの化け物で、ヤ=テ=ベオのように人を食うかとかそういった攻撃の予想を立てられない。


「その通りだ。だが、な。攻撃対象だけははっきりわかる」


 正詠は紅茶を一口飲んで、僕と愛華を見た。


「愛華と太陽。お前らは絶対にリジェクトに狙われる」


 それに王城先輩は頷き、続きを話す。


「奴らの狙いは天広の相棒だ。そしてあのリジェクトは天広の妹に執着している。パーフィディの奴は丁度良い武器の一つ程度と考えているだろうさ。あの巨体で襲われてはさすがに混乱もするが……その混乱を今の会話で避けられると思うが?」


 あぁ、なるほど。つまり「お前らは確実に狙われるから覚悟しとけよ」ってことか。

とんでもねぇことをさらり言ってくれますね。


「残りの六人は、パーフィディ、ファブリケイト、アルター……それとリベリオンも考えたほうが良いだろう」


 王城先輩は腕を組んで、大きくため息をついた。


「どうしたんすか、先輩?」


 急に狼狽したように見えるが、何かあったのだろうか。今のところ作戦会議は上手く進んでいるように思えるけども。


「あぁすまん。あまりにも現実離れしていて、少し疲れている」


 僕らからすれば最初からパーフィディ達と絡んでいるが、王城先輩から見れば急に非現実的な状況に巻き込まれたようなものだ。


「その……すみません」


 今更になって、申し訳なくなる。本当なら今回でこんなことを終わらせる予定だったから余計に、だ。


「いや、やると決めたからには、な。すまん……本当にすまん」


 そんな王城先輩の肩をぽんと叩いたのは晴野先輩だ。


「うちの翼は意外とデリケートなんでな。続きは俺が話す」


 そんな晴野先輩に「助かる」と王城先輩は呟いた。


「で、残りの四人を誰が止めるか、だが……」

「リベリオンがいるのなら、俺とロビンがやります」


 食い気味に答えたのは正詠だ。


「あいつは消える前にロビンを目の敵にするような発言もしていました。もしもいるのならば、絶対にロビンを狙ってくる」


 正詠の言葉に、ロビンは力強く頷く。


「今度は正詠とロビンだけに背負わせたくありません。私は正詠を手伝いたいです」


 そんな正詠を支えるように、遥香が言うと。


「ならファブリケイトは俺と透子がやる。ファブリケイトの野郎はよくわからんが透子のことを気に入っているからな」


 続いて蓮がそう言うと、透子も頷く。


「あとはパーフィディとアルターか。動けるのはフリードリヒ、イリーナだけか。パーフィディは何をしてくるかわからねぇし、アルターは能力次第じゃあすぐにこっちが無力化されちまうな。さてどうしたものかね……」


 全員がさてどうするかと考えようとした矢先に、「あの、いいですか?」と遥香は手を挙げた。


「なんだよ、那須」

「だったら……」


 遥香は自信なさげに話し出したが、それを聞いた先輩たちは目を丸くし、僕らは「あぁまた無茶を」といつもの反応をする。


「翼、俺は賛成だ」

「私も賛成よ、翼」

「お前たちがそう言うのならば俺が反対する理由はない」


 先輩たちはそんな遥香の作戦に賛成を示す。


「それなら一日で出来るが……いくらなんでも突飛な発想だな。お前らしいよ」


 正詠は苦笑しながらも遥香の意見を褒めている。

 いや、突飛すぎるしそれって僕と蓮にめっちゃ負担がかかると思うんだけども。


「俺も良いぜぇ……そういう方が燃えるってもんだ。なぁ、大将?」


 意地の悪い顔で言う蓮に「けっ」と普段彼が取るような悪態を僕が返すと、みんなは気持ちよく笑った。

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