願い/3-2

――パーフィディ、リジェクト、ファブリケイト、アルターのログアウトを確認。よって、チーム・太陽の勝利です。


 無感情なアナウンスは、通常のときよりも大きく、うるさく感じた。


「にぃ……」


 愛華はまだリジェクトがいた場所をじっと見つめている。そんな愛華の頭に僕は手を乗せる。


「助ける。大丈夫だ」

「うん……」


――君達は本当にいつもいつも無茶をする。


 静かにゆっくりと、ジャスティスは空から舞い降りた。


「それでもお前らにとっては都合が良いだろうが。アルターって奴の姿まで確認できたんだ」


 蓮はそう言いつつ、僕と愛華を守るように前に立った。


「それはそうだが、アルターの能力は危険すぎる。予想してはいたものの、あそこまで際限なくスキルを改竄できるとはね」


 ジャスティスはため息をつきながら頭を振る。


『あーっと……声聞こえてるか、ジャスティス?』

「問題ないよ、晴野輝くん」

『お前も気付いているだろうが、あいつは一人のスキルを一つしか改竄できなかった。それなら対策はしようがあるだろ?』

「そこだけ見ればそうだろうさ。だがね、問題はそれだけでもゴッドタイプを奪うに足る能力だということだ。能力を改竄されたテラスくんを見たろう? 奴らが全員でかかれば容易く奪い取られ……」

「黙れ」


 短く冷たい一言と共に、フリードリヒは背中の大剣の切っ先をジャスティスに向けた。


「貴様の言い分はどうでも良い。明日もまた協力しろ。奴らが不正などしないように、だ」


 そんな王城先輩の態度に、ジャスティスは「わかった」と短く答えた。


「とにかくだ、明日は愛華を連れて来ない方が良い。愛華のためにもだ。良いよな、太陽?」


 ぴりとした空気を変えるように正詠は言うものの、僕はそれに頷けなかった。


「どうした?」

「……それは、僕が決めることじゃない」


 愛華を見る。

 愛華は少しだけ迷ったようにも見えたが、首を横に振って正詠を見た。


「明日も、来る。私のリジェクトのためにも」


 そんな返事に、先輩達を除いた全員が大きくため息をついた。


「だよな。お前は太陽の妹だもんな」


 正詠は額に手を当てつつ。


「まぁそうだよね。兄妹だもんね」


 遥香は困ったように笑みを浮かべ。


「けっ。確認するだけ時間の無駄だろうが」


 悪態をつく蓮はいつものように。


「やっぱり、そうなるよね……」


 透子は半ば呆れ気味に。


「天広。お前が仲間にどう思われているのかが、改めてよくわかったぞ」


 王城先輩は口ではそう言いつつ、優しい笑みを浮かべている。


「ひどい奴らでしょ?」


 それに僕も笑って返した。


「でも……彼らとバディタクティクスをやるとなると、少し面倒になるわね。決め手のスキルは改竄されてしまって、最悪一人動けなくなるし……」

「それは一旦ログアウトしてから考えるべきだ、風音」


 風音先輩の言ったことに、王城先輩は冷静に返す。その意見に「それもそうね」と風音先輩も頷いて、僕らは同時にログアウトの操作を始めた。

 みんなの相棒の体から光の粒子が零れ始め、一人、また一人とログアウトしていくそんな中。


「君…………まだ彼と…………? …………原因…………のに」


 僕が操作に手間取ってしまったため最後になったテラスに、ジャスティスは途切れ途切れの言葉で語りかける。

 よく自分の言葉に何か付け足す奴だからと気にしなかったが、何故かログアウトが途中で止まった。


「あれ、どうしたんだろ?」


 何度もログアウト操作を繰り返すが、一向にログアウトはされない。


「テラス、ログアウト……」


 できないんだけど。そう続けようとしたが、テラスの表情を見るとそんなことは言えなかった。

 テラスは瞳に大粒の涙を溜めつつ歯を食い縛り、ジャスティスを真っ直ぐに睨み付けた。


「テラスに何かしやがったのか、ジャスティス?」


 ジャスティスは僕の言葉に答えず、テラスと同じように彼女を真っ直ぐに見つめる。


「どうしてあなたが……そんなことを言えるの?」


 ジャスティスからテラスへと視線を戻す。

 今確かに、テラスは喋った。ちゃんとした人間の声で、二度目のリベリオン襲撃のときのように。


「テラ……」

「私の……世界中の子供達の命を弄びその心まで利用し〝天才〟と呼ばれ、もう満足したでしょう!? これ以上私や太陽くん達に関わらないでって何度も言ってるじゃない! 私はあなた達と同じ〝天才もの〟になんてなりたくない! 太陽くんが望んでくれるのなら、あなたなんてすぐに削除デリートするのに!」

「それ…………私は君を…………助け…………!」


 ジャスティスの声はやはり途切れ途切れで聞き取りづらい。


「やっと……やっと一緒になれたのに! 私はそれだけで良いのにどうして掻き回すの!? もう私の大切な思い出を玩具にするのはやめて! 私のこの約束は! この願いは! 私だけのものなの! 私はあなた達になんて興味なんてないし、こちらから何かしようなんて思わない! 私は……太陽くんが笑ってさえくれれば、それでいい!」

「待っ…………! ちが…………パーフィディ達…………私は…………!!」

「うるさぁぁぁぁい! 私と、テラスと、太陽くんの日常をもう壊さないで! あなた達が招いた事態に、どうして太陽くんを巻き込むの!? あなた達なんて大嫌い! バディクラウド、支配者ルーラー権限で強制ログアウトを実行!」


――アドミニストレイター権限より上位権限であるルーラー権限を確認。アドミニストレイターのログアウト拒否を棄却。これより天広太陽、テラスの強制ログアウトを行います。


 アナウンスがログアウトできなかった理由を述べた。


「テラス……一体何が起きたんだ?」


 テラスの体が光に包まれていく中、テラスは涙で腫れた瞳を僕に向ける。


「テラス……?」

「そんな顔で私を見ないで……笑って……笑ってよぉ……昔みたく私に笑いかけて……お願い、だから……」


 儚くて、切ない……願うような一言。

 この顔は知っている。そうだ、思い出したんだ。僕は、思い出したじゃないか!


「ひか……!!」


 ぷつりと、視界は真っ暗になった。



 体に急に重みが戻ったように感じる。フルダイブから戻ってきた証拠だろう。


「おい、太陽!」


 怒声にも似た呼び声を僕にかけているのは正詠だ。

 だけど、今はそれどころじゃない。すぐに機器を外して近くにいるはずのテラスを探した。


「心配かけさせるなよ……」

「テラス! 出てこいテラス!」


 SHTITからぴこんという呼び出し音と共に、テラスがぐったりと両肩を落として現れた。


「どうし……」

「テラス! もう一回光を呼べ!  もう一回話をさせてくれ!」

「待て、太陽!」

「正詠! 光だ! 光がいたんだよ! 確かにテラスの体で、僕に話しかけてきたんだ!」

「落ち着……」

「嘘じゃない! 本当に光が……!」

「落ち着かんか天広!!」


 空気が振動するほどの大声のおかげで、僕は少しだけ落ち着きを取り戻す。


「王城先輩、光がいたんです。もう一度フルダイブします。何か、何かできないですか? 逆探知とか、そういうの! やっと会えたんです!」

「今は駄目だ」

「どうしてですか!?」


 先輩の両腕を掴む。


「まずは周りを見てみろ」


 そう言われ、僕は周りを見た。みんなが僕を見ていた。辛そうに、悲しそうに。愛華に至ってはその場で座り込んで体を小さく震わせている。


「どうしたんだよ、みんな……?」


 何が起きたのか尋ねてみると、遥香がぽろぽろと涙を零しながら僕に歩み寄る。


「な、なんだよ、遥……」


 ぱしん。

 弱々しい張り手だった。僕は自分の左頬を抑えて、遥香に「なんで……?」と問いかける。


「あんた、全然戻ってこないで、テラスとか光とか呟くから……! 私達、あんたにまた何かあったかもって心配して!」


 口をへの字に結び、遥香は鼻をすすりながらまだ涙を流す。


「愛華なんて、また私のせいだって泣いちゃっ……」

「でも遥香! 光が……!」

「最後まで聞きなさいよバカぁ!! あんた、自分がどんだけ大切に想われてるかわかんないって言うつもり!? ふざけんなよ! いっつも人のことばっかり気にして! 自分のこと……ぐらいっ、心配しなさ……!」


 話している途中で、遥香は肩を震わせ嗚咽を漏らした。そんな遥香の背中を、透子は肩を抱きながら優しく撫でた。


「遥香ちゃん……少しあっちで休もう?」

「遥香……」

「太陽くん……私も蓮ちゃんも、太陽くんに忘れられたとき本当に悲しかったんだよ。もう二度と、あんなの嫌だからね」


 透子は僕の顔を見ずに言い、そのまま愛華のところで座り込んだ。


「でも光が……いたんだ……」

「まずは飯を食うぞ。そろそろセバスチャンとマリアンヌが飯を持ってきてくれるしな。それに、お前の相棒は消えていなくなったりしない。そん時にでも聞いてみろよ」

「晴野先輩……」


 晴野先輩は右手で僕の頭をぐっしゃぐっしゃと撫で回す。何となくだけれども、晴野先輩は蓮の親父さんのようになるのではないかと思った。


「天広。お前はかなり成長した。あとは、そうだな……自分自身が仲間にどう思われているかを理解できれば完璧だな。そうすればきっと、な。お前は良い大将になれる」


 僕だけに聞こえるようにこっそりと晴野先輩は言って、優しく微笑んだ。


「ところで天広くん」


 急いている気持ちに区切りが付けられるかというタイミングで、おっぱ……もとい、風音先輩が腕を組んで僕の前に立っていた。


「遥香さんや透子さんに免じて、私があなたをぶん殴るということはしません」


 ……綺麗な顔でぶん殴るとか超怖い。


「ですが……次はありませんからね? 次私の大事で可愛い後輩を泣かせたら、その時は絶対にぶん殴ります」

「すみません……」


 風音先輩に頭を下げて、僕は遥香たちを見た。

 さっきよりは幾分落ち着いているようには見えるが、遥香も愛華も目が真っ赤に腫れている。


「……」


 自分の胸に手を当てて、僕は深く息を吐き出してテラスを見た。


「テラス。ちゃんと納得いくよう話してくれよ。みんなの前で」


 テラスは辛そうに目を逸らすだけだった。

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