願い/3

 愛華の叫びに、全員が視線を向ける。


「リジェクト! そんなことやめなさい!」

「ママ……?」


 リジェクトは泣きながら笑みを浮かべる。


「私を、呼んで、る。ママが、私を、呼んでくれる、の?」


 ずるり。

 ずるり。

 リジェクトはゆっくりと、確実にこちらに近付いてくる。


「愛華、どういうことだ?」

「あの子は……リジェクトは私の相棒なの!」

「そんなわけあるか! あいつがお前の相棒なわけない! それにお前はまだ十七歳じゃないし……」

「違くても、私の相棒なの!」


 あぁ混乱する!


「正詠、どういうことなん!?」

「何でも俺に聞くなって! わからねぇっての!」

『混乱するのもわかるが落ち着け。妹が言ってるのを間違いと断定はできないだろ』


 だが、晴野先輩の言葉を否定するように風音先輩は口を開いた。


「ですが相棒の性格確定は配布前年の夏頃、配布確定は十二月です。リジェクトはもっと前からパーフィディ達といたはずです。リジェクトがマスターを知る由もありませんし、ましてや愛華さんがわかるわけが……」

「ということなんですけども!」

『あくまでもそれは俺らの常識だ』


 リジェクトの巨体の奥にいるファブリケイトに目をやると、怒りの表情は消え、にんまりと笑みを浮かべていた。


「あぁなるほど。これはこれは……ははは、面白くなりました。スキュラに侵されたのが吉と出ましたか……」


 そしてファブリケイトは指を鳴らした。


「止まりなさい、リジェクト」


 それと同時に、ずしんと何かが落ちるような音と共にリジェクトは地へと押し付けられた。


「あ……あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!」


 それでもリジェクトは地を這おうと必死に体を動かした。兜の奥にある髪色と同じ淡桃の瞳は、愛華をじっと見つめている。


「マ、マ……」

「リジェクト!」


 飛び出そうとした愛華を、風音先輩が制止する。


「いけません!」

「離して! 私の相棒が!」


 僕らは混乱を隠しきれないが、対するファブリケイトは落ち着き払いながらゆっくりと歩み寄ってきた。


「素晴らしい……確かに、確かに検索条件に貴女は一致していますね」


 そしてリジェクトの頭の位置まで来ると、ファブリケイトは彼女の頭を一度強く踏みつけた。


「出来損ないの実験相棒テストパターン……マスターを持たぬ不安定な素材! それだというのに! 侵されたが故にマスターを知るとは! なるほど、これは良いデータが取れる」

「あぁぁぁぁぁぁ!!」

「嘆きなさい。出来損ない如きを彼らは助けない。ましてや、あなたは傷付けすぎた。そうでしょう、チーム太陽の諸君?」


 あまりにも醜悪な笑みに、吐き気がする。


「あぁそういえば。性格確定、配布確定。風音嬢が仰ることは全て正しい。しかしそれは、あなた方人間が知り得る範囲のみ」


 ファブリケイトはリジェクトの頭を踏み付けながら続ける。


「バディクラウドでは、人間が誕生した時点で既にある程度決めてしまうのですよ。その者の周りの相棒から情報取得を行い推測し、そして性格確定まで随時更新する。そしてこの出来損ないはそのバディクラウドから奪い取ったタマゴから強制孵化させたものでしてね。くくく、これは嬉しい誤算です。早速報告します。パーフィディも大いに喜ぶでしょう!」


――や、めて。ファブリケイト、行動の停止を、要求、する。私の、赤ちゃん。赤ちゃん!


「黙れアルター。さて、助けますか? このまま我らと戦いますか? そこのマリオネットの未来の相棒を……貴方達は殺せますか?」


 そしてファブリケイトは太刀の刃をリジェクトの首元に宛がう。


「やめろ!!」


 止めてはみたものの、まだ迷いは消えない。


「おや、女神の父は止めますか。他の皆さんは?」


 胸糞が悪い言い方だ。こいつはわかっているんだ。

 僕らがすぐにリジェクトを助けないことを。誰よりも、僕らよりも確信してやがる!


「ははっ! まずは腕を切り落として貴方達の気持ちを確かめますか! どうせ助けないでしょうけどねぇ!!」


 ファブリケイトは太刀を握り直し、リジェクトの腕にそれを振り下ろした。

 だがその刹那、彼女の右腕を守るように誰かが現れそれを庇う。

 ファブリケイトはそれだというのに気にせずに太刀を振るった。


「やめ、て! 私の赤ちゃん!! 赤、ちゃん!! 駄目! 駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目! 私の、赤ちゃん!」

「あっはははははっはははっははははっ!! 出来損ない同士仲がよろしいのですねぇ!!」


 現れたのは女性型の相棒のようで、長すぎるボサボサの金髪が顔を覆い隠していた。


「駄目! ファブリケイト! り、り、リジェクトは、私の、赤ちゃん!!」

「くくく! そうですか、そうですか!! 実に愉快! 美しい母性愛ですね、アルター!!」


 ファブリケイトはアルターと呼んだ相棒の背中を斬り刻む。


「あぁぁぁぁぁ! 赤ちゃん! 私の、私のぉぉぉぉ!!」

「良いですね、良いですよ! アルター! もっと泣いてみなさい! そうでなければあなたの赤ちゃんは死にますからねぇ!」


 何を見せられているんだと、僕以外も思ったろう。

 今まで姿を隠していたというアルターは仲間であるリジェクトを庇い、そして仲間であるはずのファブリケイトはアルターを傷付けている。


「ママ!! ママぁぁぁぁ!!」

「赤ちゃん! 私の赤ちゃん! 私が、まも、守る、守ってあげ、る! 私の赤ちゃん!」

「あはははははっははっ!」


 見ているだけで胸が締まる。見ているだけで嫌気が差す。見ているだけで……殺意が沸いてくる!


「やめろこの野郎!!」


 僕が叫ぶと同時にテラスはファブリケイトに向かっていた。


『無闇に突っ込むな天広!』


 晴野先輩は止めるが、これ以上こんな光景見ていられるか!


「あはぁ?」


 狂喜に満ち満ちた顔をファブリケイトはテラスに向け。


「やっぱり貴女だけでしたねぇ、助けに来たのは」


 テラスの襟を掴み、ファブリケイトはそのまま押し倒す。


「あぁやはり女神は美しい」


 リベリオンと同じような紫と青が混じった瞳は、纏わり付くようにテラスを舐め回した。


「これにて終演にしますか。女神は頂きます」


 紫炎がテラスを包んでいく。


「テラ……!?」

『強制ログオフ! ターゲット、天広太陽、テラ……!!』


 駄目だ、間に合わない!


「リジェクト! ファブリケイトの紫炎を拒絶しなさい!」

「私はぁぁぁぁ!! 拒絶、する!!」


――スキル、拒絶。ランクEX+が発動しました。ランクに応じ対象を拒絶します。対象、特定相棒のスキルが選択されました。ファブリケイトのスキル、〝陽炎〟を拒絶します。


 ぱりん、と何かが割れた音がする。

 するとファブリケイトの紫炎は一瞬で消え失せた。


「……は?」


 場は一転して静まり返る。


「出来損ない如きが私の……紫炎を……拒絶するだと……?」


 ファブリケイトのこめかみから血らしきものが零れる。


――スキル、情報伝達。ランクBが発動します。得た情報を味方に伝達します。


「太陽くん、急いで!」


 セレナのスキルでファブリケイトのスキルの正体がはっきりと表示される。


「テラス! 他力本願、セット! 陽炎!」


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキル陽炎Bがランクアップし、陽炎Sになります。

――スキル、陽炎S。相手からの正面攻撃時、もしくはこちらからの正面攻撃時、指定のタイミングで一度の攻撃で一度のみ完全に姿を消し、あらゆる当たり判定を無効にします。ランクA以上の場合、相手にバッドステータス動揺を確率で付与します。また、このスキルは通常使用時アナウンスされません。


 押さえられていたテラスは白い炎と共に消え、ファブリケイトを背後から斬りつける。


「……っ!」


 声はあげていないが、天叢雲剣で斬りつけたためダメージがあるのだろう。ファブリケイトは顔をしかめテラスを睨み付けた。


「かかっ……!」


 その時、ファブリケイトの体全体の輪郭が曖昧になったように感じた。


「我は偽り……全てを虚偽の元に、真を成し神を為す。語るべくは真偽ではなく審議であり、闇は光を隠し、光は闇を生む。我を望め愚者共よ、全てを無為に偽り無位とする。それら全てを崩す咆哮は、我が偽造の……」


 その不気味な雰囲気に、僕とテラスは後退し、様子を伺おうとしたのだが。


「やめなさい、ファブリケイト」


 自然に。前触れもなく。

 当たり前のように。薄っすらと。

 だけれど確かに。それは不吉を伴って。


「……パーフィディ」


 最初で、最大の敵対者。パーフィディはいつの間にか現れ、ファブリケイトの頭を撫でていた。


「あなたが送ってくださったデータ、非常に興味深いもので素晴らしかった。思わず出てきてしまうほどに」


 そんなパーフィディは漆黒の兜を自らゆっくりと外した。


「リベリオン、ファブリケイト、今まで姿を見せたことのないアルターまで素顔を晒したのです。私もいい加減……ね?」


 その素顔は、あまりにも身に覚えのある醜悪な笑み。

 整っているのに、思わず誰もが振り向くほどに精悍な顔つきだというのに、それは……余りにも、不快感を隠しきれないほどの素顔だった。

 パーフィディの瞳は、紅、蒼、碧、菫、金の五色が蠢く瞳。その瞳はまさに、黄泉の一団を統べるに相応しい瞳だ。


「やぁ、天広太陽くん」

「パーフィディ!!」

「久しぶり、というのは違うかな?」

「だま……!」


 ぱん、とパーフィディが一度手を叩くと、まるで場は生まれ変わったかのように空気が一変した。


「明日また、同じ時間に私達とバディタクティクスをやりましょう」


 ……は?


「あなた達はゲームがお好きな様子。それで決着をつけましょう」

「決着だなんて……信じられません!」


 パーフィディの提案に噛みついたの透子だ。


「あなた達が今まで何をしてきたか忘れたとでも思っているんですか!?」

「そ、そうだそうだぁ! 透子の言う通りだ!」


 そんな透子に遥香は同調するが、二人の小さな体は僅かに震えていた。


「おや。それではバディタクティクスではなく、バディブラッドをやりますか? 私達は一向に構いませんよ?」


 パーフィディは口を三日月に結びながら言ってのける。それに透子と遥香は口を噤み、じっと睨み付けた。


「勘違いしないでいただきたいのですが……貴方達の返事はイエスしかないのです。ノーと仰るのならば仕方ありません。すぐにバディブラッドに移行し、今度こそ殺してあげましょう」

「けっ。随分と強気じゃねぇか、パーフィディ。ここはジャスティスのホームだって言ったのはそっちのファブリケイトだぜ?」


 ずいと、ノクトが一歩前に出る。


「彼が出てくるのなら構いません。アドミニストレイター権限程度ならば、いくらでも〝偽造〟できますし〝改竄〟もできます」


 肩を竦め、パーフィディは続けた。


「もっと残酷に事を成すことも出来ますよ。ホトホトラビットのマスター……人間の名前は覚えておりませんが、確か相棒名バディネームはアンゴラでしたか? あれを壊すこともできますし、他にもマスター自身に手を出すことも出来ますねぇ……」

「親父やアンゴラに手を出したらどんな方法使ってでもテメェのことぶっ殺してやるからな!!」


 蓮の怒りにまたパーフィディは笑った。


「それでどうしますか、天広太陽くん? 貴方が大将なのでしょう?」


 上等だ、受けて立つ。

 そんな言葉がすぐに口から出そうになったが、何度も噛み砕き何とか飲み込んだ。

 ここで感情のままに応えてはいけない。それじゃあ何も変わらない。


「相談、させ、ろ」


 何とか絞り出せた言葉は、その程度だった。


「おや、大人になりましたねぇ……男子三日会わざれば刮目して見よ、ですね」


 ぎり、と自分の歯軋りがはっきりと聞こえる程に、僕は奥歯を噛み締めていた。

 パーフィディ達への警戒を緩めずに、みんなにメッセージを飛ばすようにテラスへ指示を出すと。


――ロビンよりメッセージを受信:要求への拒否を推奨。

――リリィよりメッセージを受信:要求への拒否を推奨。

――ノクトよりメッセージを受信:要求への拒否を推奨。

――セレナよりメッセージを受信:要求への拒否を推奨。

――フリードリヒよりメッセージを受信:要求への拒否を推奨。

――踊遊鬼よりメッセージを受信:要求への拒否を推奨。

――イリーナよりメッセージを受信:要求への拒否を推奨。


 返事は全て、要求拒否だった。

 当然の結果かと思いつつ、テラスを見る。

 私は、あなたの気持ちを尊重します。

 と、緊張の混じるぎこちない笑みでメッセージを返した。


「マ……マ……」


 何かに押さえ付けられているリジェクトは、叫ぶ気力もなくなってしまったのか、虚ろな瞳で愛華をじっと見つめている。


「にぃ……リジェクトを助けてあげてよ」


 切実な妹からの言葉に、僕は残酷な言葉を告げなければならない……はずたったが。


――マスター高遠正詠よりメッセージを受信:受けろ、太陽。俺はそれでいい。ロビンはあとで説得する。

――マスター那須遥香よりメッセージを受信:バディタクティクスなら私達は絶対勝つよ。大丈夫! リリィだってわかってくれるって!

――マスター日代蓮よりメッセージを受信:かまわねぇ、受けろ。ノクトがなんと言おうと、こいつらは全員ぶっ潰してやる。

――マスター平和島透子よりメッセージを受信:私は大丈夫だよ、太陽くん。セレナにはちゃんと話しておくから。

――マスター王城翼よりメッセージを受信:構わん。いい加減ケリをつけたかったところだ。フリードリヒは少々慎重になっているようだがな。

――マスター晴野輝よりメッセージを受信:成長したじゃねぇか。安心しろ、俺がフォローする。受けろよ、天広。踊遊鬼だって俺から言えば理解するさ。

――マスター風音桜よりメッセージを受信:暴れてあげる。それも全力で、ね。イリーナだって本当は苛立っているはずですもの。


――同士宣誓のメンバーからの全承認を確認。


 相棒からではなく、みんなからメッセージが返ってきた。その時、日代の親父さんがかけてくれた言葉が頭に過る。


『でも俺は人間だ。間違った道を進むしかないときだってあった』

『正しいことを言っていることはわかってる、でも時には間違っても進まにゃならん時があるんだって、ちゃんと伝えたぜ』


 みんな、わかっている。わかってくれているんだ。

 大きく、一度深呼吸をして。


「大丈夫だ、愛華。兄ちゃん達に任せろ」


 精一杯の笑顔を妹に向け。


「お前も、リジェクトも、絶対に助けてやる。僕は……僕らはお前の味方だ」


 その言葉に愛華は何度も頷いた。


「テラス。お前の気持ちも、お前の仲間の気持ちも、全部わかった。だけどすまない。間違っていたとしても、これは受けなきゃ駄目だ」


 ぴこん。

 構いません。あなたなら、きっとそう言うと思っていましたから。


「パーフィディ……」

「返事はイエスということですね? ふふ、楽しみにしています」


 そしてパーフィディ達はノイズと共にゆっくり消えていく。


「ママ……ママ……」


 すがるようなリジェクトの声に、愛華が答える。


「にぃ達が助けてくれるから、待っててね……リジェクト」

「マ……」


 一際大きいノイズと共に、黄泉の一団は完全に姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る