願い/2

 ホトホトラビットの作戦会議後、僕らはそれぞれ家路に就く。


「ただいまーっと」


 そのままリビングに向かうと、ソファーでは愛華がだらしない服装でだらしなく横になってた。


「愛華も出るとこ出てきたんだなぁ」

「キモい」


 妹の成長を喜んだ兄の言葉に、辛辣な言葉を返される。


「まぁそう言うなって。ほれ、お土産。あと母さんは?」


 僕は帰りがけコンビニで買った高級アイス(少なくとも僕にとっては)をスプーンと一緒に渡す。


「ありがと……」


 頬を僅かに紅潮させながら愛華はそれを受け取り、早速蓋を開けた。


「んで、母さんは?」

「夕飯の買い物」


 アイスを一口食べてから愛華は答えた。


「おー丁度いいや」

「なにがさ?」

「明日ファブリケイトの端末を正詠に持ってきてもらう。お前も来いよ」

「……」


 愛華はスプーンを咥えたまま黙りこくった。


「おーい聞こえてるかー?」

「壊してって、言ったじゃん」

「お前はそう言ったけどさ、何か調べたかったんだろ? というかSHTITって貸与されてるから壊すと問題あるじゃん」

「……明日、何時から?」

「十時半」

「……わかった」


 それから愛華と僕の会話は、一日中なかった。



 翌日、いつも通り僕は準備を整え、部屋から出るとほぼ同じタイミングで愛華も部屋から出てきた。


「お、タイミングバッチリじゃん」

「そう……だね」

「何だ、元気ないじゃん」


 その原因自体はわかっているが、それでも僕はそう言うしかなかった。


「別に」

「どうしたってんだよ」


 頭を撫でてみると、愛華は嫌がりもせずにただ黙って頭を撫でられる。


「……行くか」

「うん」


 学校に向かう途中では誰にも会わなかった。これはみんなの気遣いでもあった。

「誰かがいると途中で帰るかもしれないから」と言ったのは透子で、みんなは僕と愛華よりも先に学校に向かっている。

「にぃは……私のこと、嫌い?」

「好きだよ」


 唐突な愛華の問いかけに、迷うことなく答える。


「なんで?」

「可愛い妹だから」


 そもそも、この質問に迷う理由なんてない。


「何があっても、好きでいてくれる?」

「何があっても好きでいる」

「みんなを傷付けても……にぃが大切なもの全部傷付けても、そう言ってくれる?」

「その時は全力で叱って、それでも好きでいる」


 ぽろぽろと、愛華の目から涙が零れ落ちた。その涙を、僕は絶対に拭ってやらないと決めた。これから起こることに対して、愛華は泣いているんだろう。でも……こいつが思っているようには、何がなんでもさせてやらない。


「さ、着いたぞ。涙拭いとけよ?」

「うん」


 バスから降りて、僕らは真っ直ぐに地下演習場に向かった。暗い廊下を進んで、重い扉を開けるとチーム太陽全員が僕らを出迎えた。


「おぃーっす」


 かるーく挨拶してみたが、みんな答えてくれなかった。その代わりに、睨むような視線が愛華に向けられる。

 僕の背後にいる愛華が、見えないように服の裾を掴んだのがわかった。


「来たか」


 冷たい口調で正詠はそう言って、無表情のまま僕と愛華に近付く。


「愛華、お前が気にしてたファブリケイトのSHTITだ」


 僕らにとっては忌々しいものを、正詠は愛華に渡した。


「確認してから、壊したい」


 か細い声で愛華は呟きながら、それを左腕に嵌めた。


「どうするんだ、太陽?」


 全員の視線が愛華から外れ、一気に僕へと集まる。


「まぁいいんじゃね? 何かあったらすぐにログアウトする。それでいいよな?」


 みんなの顔を見ながら言うと、みんなは少し戸惑いながらも頷いた。


「愛華、フルダイブのやり方わかるか?」

「たぶん、大丈夫」

「とりあえずお前は僕の隣な?」

「わかった」


 僕は打ち合わせ通り愛華を隣に座らせ、みんなを見た。

 緊張の面持ちは変わらず、それぞれが筐体に座り始める中、晴野先輩が僕の背中を軽く叩いた。


「どうしたんすか?」

「怖い顔すんなよ、天広」

「え?」


 自分の顔をぺたぺたと触ってみたが、ぶっちゃけよくわからない。


「気を抜けとは言わないけどな、少し余裕を持て」

「はい……」


 大きく深呼吸して、筐体に座る。

 既に慣れた電脳空間で、アナウンスが響く。


――フィールドは空想の廃墟。これより転送いたします。


 転送されたのは校内大会の初戦で戦った場所によく似ていた。


「んで、愛華は……」


 テラスと一緒にに周りを見ると、所在なさげに相棒サイズになった愛華はふよふよと浮いている。


「おーい、愛華」


 愛華は驚いたようにこちらを振り向く。


「にぃ……」

「こっちに来いよ。ってか、動けるか?」

「……て」

「は?」

「離れて!」


 愛華が叫んだ瞬間、テラスは目にも止まらぬ速さで刀を抜くと。それとほぼ同時に、甲高い金属音が響いて僕らは吹き飛ばされた。


「本当に……子供ですねぇ」


 体勢を立て直し目に映ったものは、紫炎を身に纏う……偽造のファブリケイト!


「普通気付くでしょう、罠だと」


 心底呆れるように言い放ち、ファブリケイトはため息をついた。


「どういうことだ、愛華!?」


 わざと……わざと愛華に問いただす。


「わた、私だって、こんなことしたくなかっ……!」

「黙りなさい、木偶人形」


 ファブリケイトは愛華を左手でがっしりと掴み、そのまま自分の顔の前に持っていく。


「ひっ!」

「余計なことを、口走るなよ」

「あ……た、助け、助け……!」


 瞬間、愛華を掴んでいたファブリケイトの左腕は切り落とされた。


「む?」


 切り離された左腕は紫炎を伴いながら消え、解放された愛華をイリーナが抱いて元の場所に戻る。


「返してもらいます」

「おやおや……血の気の多いお嬢様だ。しかし、私の腕を落としたのはあなたではない」


 仮面の奥の瞳が楽しそうに歪みつつ、テラスの刀を見た。


「かなりの上物ですね……バディクラウドでも中々目にできるものではありません」


 天叢雲剣。白銀に輝く……僕らの唯一の攻撃手段。


――戦闘を確認。バディタクティクスモード、開始します。フィールドは空想の廃墟。


「ふむ……」


 ファブリケイトの腕は、また紫炎と共に現れる。


「なっ!?」

「その程度で勝ったつもりですか?」


 大きくファブリケイトは太刀を振るう。それは一振りであったにも関わらず、いくつもの剣撃が放たれた。初撃をテラスは躱しきれなかったものの、それでも残りの剣撃を防いでいたのだが。


「未熟……何たる未熟。この程度で何故リベリオンもリジェクト失敗したのやら……」


 太刀の振りにそぐわない圧倒的な剣撃の数にやがてテラスは防ぎ切れず、それに身を斬り付けられ始める。


「リジェクト! すぐに空間拒絶! 女神をご案内しなさい!」


 薄桃色の箱がテラスを囲もうと展開される。

 だが疾風の如き速さで、イリーナはテラスを抱えてその場から離脱した。


「甘く見すぎでは? リベリオンもリジェクトも、そしてあなたも」


 イリーナが険しくファブリケイトを睨み付け、風音先輩が冷たく言う。


「ははっ! やはり女神のお付きの女性は面白い!」


 短く笑ったファブリケイトに、重い風切り音を伴いながら大剣が振り下ろされた。しかし、ファブリケイトはそれを片腕で余裕を持って受け止める。


「おや。出来の悪い男性代表ではないですか」

「言ってろ、クソ野郎」


――スキル、怒涛。ランクAが発動しました。攻撃が上昇し、防御が低下します。


「はっ! 何たる愚策! 我々相手に防御を捨てるとは!」


 ノクトの大剣を弾いたファブリケイトは、返しの刃を向けたものの。


「愚策とは貴様がやろうとしていることを言うのだ」


 その攻撃の隙を逃さず、フリードリヒの一撃がファブリケイトを吹き飛ばした。


「どうした、紫炎の侍。まだリベリオンという奴の方が殴り甲斐があったぞ?」

「なるほど……確かに」


 ファブリケイトはむくりと起き上がり、首の骨を何度か鳴らした。


「自分の馬鹿っぷりでも確認したのか、ファブリケイト」


 蓮の挑発に、ファブリケイトは短く笑い。


「いやいや、ははは。前向きですねぇ、あなたは。ダメージがないことにね、ははは、少々驚いていたのですよ」


 そう言ってファブリケイトはまた太刀を構え直す。


「いやはやしかし、女神の武器は危険です」


 紫炎がファブリケイトの全身を包み、徐々に燃え上がっていく。


「リジェクト、支援なさい」


 落ち着き払ったファブリケイトの声と共に、背後の空間が硝子でも割ったかのように崩れ出した。


「愛華は私にくれる約束だったじゃない。何でくれないのよ」


 割れた空間のその先から現れたのは、拒絶のリジェクトだ。


「すぐ取り戻します。支援を」

「……私は拒絶する。ファブリケイトの制限を!」


――スキル、拒絶。ランクEX+が発動しました。ランクに応じ対象を拒絶します。対象、特定相棒の制限が選択されました。制限を拒絶します。


 ファブリケイトを包む炎はより高く燃え上がる。


「偽造のファブリケイト……全力で行きますよぉ?」


 漆黒の甲冑は所々が焼け落ちていき、ファブリケイトの素顔が明らかになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る