第六章 その尊き願いを

願い/1

「高遠。ジャスティスのアクセス元にピングは通せるか?」

「……それが、ジャスティスのアクセスは最初からアンノウンと表示されていて、どうにも……」

「いいからそのアンノウンにピングを通せ」

「わかりました」


 弓道部の晴野、高遠ペアは二人の相棒が表示するホログラムをじっと眺めていた。その背中はとても頼もしい。


「……天広、一応言っておく」


 その背中を眺めつつ、王城先輩はこそりと僕に呟いた。


「晴野はオブザーバーとして今回の作戦に参加する」

「はい?」

「フルダイブは俺達とお前の妹の八人で行い、晴野はもしものために外で待機。常にあいつが俺達に指示を出し、監視し、最悪の場合に強制ログアウトを行う役目でもある」

「まぁ……晴野先輩なら確かに任せられますね」


 リベリオンが初めて襲来した時、一番的確な指示を出したのは晴野先輩だったし……。


「余裕などないかもしれないがな、あいつの采配をよく覚えておけよ」

「が、がんばります」

「期待しているぞ、大将」


 くしゃりと僕の頭を撫でた王城先輩の顔を見ると、真っ直ぐに晴野先輩を見つめていた。


「……晴野先輩と全国行きたかったんですよね?」


 王城先輩は驚いたようにこちらを見る。しかし、それは一瞬だけですぐに先輩の表情は優しく変わる。


「あぁ、行きたかった。だが、そうだな。二年後、あいつはまた弓を持てると踊遊鬼は言ったそうだ。その時に……俺達とまた戦ってくれないか、チーム太陽」

「良いですよ、チームトライデント。その時、僕らはもっと強くなってますけどね」

「はは。お前のそういうところ、俺達は好きだぞ。しかし、次に勝つのは俺達だがな」

「ははは、王城先輩も冗談を言うんですね」

「ははは、相変わらず口は達者だな、天広」


 互いに負けぬと言い切ったその後、急にライトが落ちた。


「何が起きた、晴野?」

「どうしたんだ、正詠?」


 緊張と共に僕と王城先輩は、二人で作戦参謀に声をかける。


「偽善者が返事をくれたみたいだぜ、翼」

「ジャスティスが返事をくれたみたいだ、太陽」


 地下演習場中央の大きなディスプレイだけが、通電されて表示されている。


――君達は……一体何をしたいのかね?


 そのホログラムに表示された白銀の騎士ジャスティスは、呆れ気味にそんなことを口にする。

 さて誰が交渉をするのかと思ったその矢先、蓮がジャスティスを指差し言った。


「俺達は明日パーフィディに喧嘩を売る。うちの大将の妹を脅してやがるからな。俺達を大切に思っている、なんて戯言ほざくなら助けてみろよ、偽善者」


 正詠と晴野先輩は二人して額に手をやり、とても大きくため息をついた。交渉というより、これじゃあ挑発行為だ。しかもかなり危ない類いの。


「蓮……それじゃああいつもこっちに協力を……」


――いいよ、手を貸そう。


 ……はい?


――以前は誤解をさせてしまったからね。私も君達の味方だと知ってほしい。


 その言葉に嘘はないように思えた。きっとこの白銀の騎士は、嘘偽りなく言ったのだろうけど、だが。


「その……もう一つ、お願いがあります」


 僕がその僅かな疑念を口にする前に、透子が口を開いた。透子をちらりと見ると、透子は僕の視線に気付き一度頷く。


――何かね?


「強制ログアウトだけの協力をしてほしいんです」


 透子にしてははっきりと、一緒に戦いたくはないと拒絶らしい拒絶を口にする。

 それがわかるほどに、透子の言葉は刺々しい。


「透子、あんた言うよねぇ……」

「平和島さんのそういったところ、強かで良いと思うわ」


 苦笑いを浮かべながら遥香と風音先輩は言うが、僕ら男性陣は一切笑えない。


――君達だけでは危険だ。前回はリベリオンのみだったが、今回はそれ以外も来るかもしれない。


「んなのわかってる。だからテメェにわざわざ声をかけたんだ。テメェはアドミニストレーター権限持ってるしな。だが一緒には戦いたくねぇ、そういうこった」


 そう蓮が答えると。


――それは許容できない。君達にもしもの事があったら……。


「もしもの事など……もう起きているだろう!」


 ここで声を張り上げたのは王城先輩だった。先程まで話していた穏和なものとは違い、隣にいる僕が驚くほどの声量で、先輩は両拳を固く握っている。


「俺の友は……晴野は! あいつらのせいで大切な大会に出られなかったんだぞ!」


 そしてすぐに僕は、その激昂の意味を理解した。

 この人もきっと、辛かったんだ。落ち着いた素振りをしていても、反対を口にしていても、優しく振る舞っていても……自分の無力さに後悔していたんだ。

 それなのに〝力〟のある者が、あの時自分達を救えたかもしれない者が、〝もしも〟なんて口にしたから。


――もしも、ジャスティスがもっと早く来ていれば、彼の左腕は無事だったかもしれないのに。


 そんな〝もしもの事〟を一瞬でも考えてしまったのだろう。


「うちの晴野含め、全員がやると決めた。天広の妹が同じ目に遭わぬようにと、二度とあのような後悔はしたくないからと決めたんだ! 勘違いするなよ、ジャスティス。これは命令だ。俺達を全力で守ることが貴様の贖罪だと思え! 俺達を一度でも危険に晒した貴様如きが、もしもなどと二度と口にするな! 虫酸が走る!!」


 王城先輩の一喝に、場は静まり返る。だが、そんな中で晴野先輩と風音先輩は二人で王城先輩の肩に手をやる。


「お前の逆鱗はホントよくわからねぇとこにあるな、翼」

「よく言ったわ、翼。私も同じ気持ちよ」


 そして、僕ら全員はジャスティスを真っ直ぐに見つめる。


――……わかった。私が危ないと判断したら……。


「それは俺が判断する。強制ログアウトを俺が判断したら、あんたは指定した奴をにログアウトしてくれれば良い」


 ジャスティスが話している途中で、晴野先輩は口を出した。


――わかった。だが充分に気を付けなさい。


 そしてホログラムからジャスティスの姿が消え砂嵐が映ると、地下演習場に明かりが戻った。

 安堵から胸を撫で下ろすと、どん、と王城先輩は机を力強く叩いた。


「翼、落ち着けって」

「大丈夫よ、翼。もうあんなこと起きないわ」


 王城先輩はまだ気が済まないのか、額には青筋が浮いていた。


「大丈夫かな、王城先輩……」


 遥香が僕の服の裾を引っ張りつつ、小声で呟いた。王城先輩の急な怒りの原因を察したのは僕だけではない。


「おい、俺達は出るぞ。王城先輩は晴野部長達に任せよう。明日の作戦はホトホトラビットで説明する」


 正詠も察したのだろう。小声で呟き、それに僕らは頷いて地下演習場から出ていった。


――……


 後輩五人が地下演習場から出ると、王城は大きくため息をついて椅子に座った。

 晴野と風音も彼と同じように両隣に腰掛ける。


「もう少し我慢しろって。らしくないぜ?」

「晴野。それだけ翼は彼らを信用しているのよ。こんな姿、私達にしか見せなかったのに」


 王城は歯を食い縛り、拳を固く、固く握る。

 こういった王城の姿は、晴野と風音にとって見慣れた姿だ。


「すまん。また熱くなってしまったな」


 王城は気持ちを落ち着けるため、大きく何度も深呼吸をした。風音は背中を摩り、晴野は肩を二度程ぽんぽんと叩いていた。


「お前は怒るタイミングがちょっとおかしいんだよ、いっつも」

「それが翼の魅力でもあるわよ」

「キレるタイミングの魅力ってなんだよ、女ってわかんねぇわ」


 ぐしゃりと王城は自分の髪を掴んで、今までジャスティスが映っていたホログラムを見つめた。少しするとホログラムからも砂嵐は消え、やがて電源が落ちる。


「晴野、風音」

「んだよ?」

「なーに?」


 王城はまた深呼吸して。


「勝つぞ。今回の俺達の布陣は問題ない。油断もない。驕りもない。ただ純粋に……守るために、だ」


 今まで一度たりとも口にしたことない言葉を王城は口にする。

 相手を徹底的に負かす戦いではない。相手の心を折る戦いではない。相手の上に立つための戦いではない。

 守るために、勝つのだと。


「当たり前だ、大将」

「当然よ、翼」


 今までとは違う決意。その心地よさに三人は頷き合う。それが、後輩五人の影響だということに気付かずに。


――……


 ホトホトラビットでのいつもの角席で、正詠は作戦を話した。


「いいか、今回やることはあくまでも守ることだ」


 僕らの相棒はテーブルの中央に全員集まり、それぞれが見やすいようにホログラムを表示している。その様子はぼーっと天井を眺めているようで少し間抜けっぽい。


「愛華はファブリケイトのSHTITを付けることになるから、近くで晴野部長が状況を常に見張る」


 ホログラムにはフルダイブをする際の座る順番がイラスト付きで表示された。

 入口から一番近い筐体……つまり僕がいつも座る場所には『太陽』と表示され、順に『愛華』、『正詠』、『透子』、『風音先輩』。向かい合う筐体には、『王城先輩』、『遥香』、『蓮』。


「それと、さっきジャスティスは協力するとは言ったが信用はしていない。あいつは自分の望みのためにわざわざリベリオンと俺達を戦わせたからな」


 正詠は少々渋そうに表情を歪める。正詠自身が〝好都合だ〟と言ったことが引っ掛かっているのかもしれない。


「んで、肝心の倒しかたは?」


 遥香が気を遣ってか、話の流れを変える。


「……テラス、あの刀は出せるか?」


 テラスは正詠を見てから僕を見る。僕が頷くのを見ると手をかざし、光が弾けた。するとテラスは天叢雲剣を手にしていた。


「あとは俺が感覚共有を行って、あの弓を使う」


 驚きのあまり、僕は言葉を失った。


「今用意できる武器はこの二つだ。だから……」

「ふざけんなよ、優等生」


 低く、はっきりと怒気を込めて蓮は言葉を続ける。


「俺は反対だ。それじゃあ前と何も変わらねぇ」

「私もっ! 断固っ! 反対っ!」


 蓮と遥香が反対を口にする中、正詠は困ったように微笑みなつつ。


「最後まで聞けって。そんなわけだから、悪いが弓を使っているとき俺は最後方に下がる。俺の事は遥香と蓮……つまりリリィとノクトに守ってもらうからな。リリィは機動力も高いし、ノクトには誓いの盾がある。その代わり前線の守りが手薄になるが、そこは太陽とテラスの二人に任せる」


 正詠の答えに蓮と遥香は納得し細く息を吐く。


「僕とテラスでノクトのスキルを使って前線を守るのか?」

「それだけじゃない。テラスの武器は唯一の攻撃手段だからな。攻防両方だ。そこら辺の指示は晴野部長が出してくれる」


 正詠は一つ細く息を吐いた。


「こっからは提案者の透子に説明を任せる」

「ふぇ!?」


 急な正詠の振りに透子は素っ頓狂な声を上げて正詠を見るが、「俺よりお前の言葉のほうが良い」と正詠は肩を竦めて答えた。


「で、でも……」


 中々説明をしたがらない透子に対し、蓮が声をかけた。


「早く話せよ」

「だ、だって……その……」


 もじもじとする透子に、遥香は少し考える素振りをして、指を鳴らした。


「ぴこん」


 普段相棒が出すような呼び出し音を、間抜け感全力で口にする。何となく面白そうなので、乗ってみる。


「スキル、もじもじ。ランクAが発動しました」


 僕と遥香が悪ふざけするのを見て、正詠は口角を上げてその続きを口にする。


「自信がないと呟き、背中を押されるのを待っています。日代蓮、背中を押しますか?」


 正詠は蓮を見た。


「AI研究所でファブリケイト達と戦ってたお前は最高にかっこよかったぜ?」

「「「ひゅー!」」」


 僕ら幼馴染三人が茶化すと、「ばか」と呟き透子はぺしんと自分の両頬を叩いた。


「こ、今回はその……あくまでも私達は騙されるんです!」


 そして透子は、僕らに作戦の続きを説明してくれた。

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