その尊き願いを/■■■
暗い、暗い部屋だった。
誰かがいつも私に話しかけてきた、暗い部屋だった。
話しかけてくる声はとても心地好く、いつまでもその声を聞いていたいと思えるほどに、穏やかで……安らぎを抱く声だった。
その暗い部屋は温かかった。
経験したことはないのだけど、それはきっと、母に抱かれるようなものなのだろうと、思っていた。
瞼は閉じられていたと思う。暗い部屋だからこそ、わからなかった。それでも私は目覚めるために、瞼を閉じて今は眠っているのだろうと思っていた。
夢と現の狭間で、いつか来る目覚めを待っていた。それは何故か心踊るほどの楽しみで、何となく、あと少しなのだろうと思っていた。
そうだ……目覚めたとき、何て言おうか。
この暗い部屋から一歩を踏み出すとき、私は何て言えば良いのだろうか。
――ひひ、私の、赤ちゃん。
声がする。あの声とは違うけれど、きっと私を呼んだ声なのだろう。
――改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄改竄!
呪詛にも近い呼び声に、頭が痛くなる。
――あなたは、私の赤ちゃん。
ずきりと一際頭が痛む。
――拒絶の、赤ちゃん。
――拒絶、承知。その存在に偽りを、生れ出る意味を造りましょう。汝は〝拒絶のリジェクト〟。
ぱきり、と音がして暗い部屋に光が差した。
そこから、冷たい、冷たい風が入ってくる。
――さぁ目覚めなさい、哀れな
ぱきりぱきりと、徐々に部屋は崩れていく。
――ひひひ、あなたは、私の、赤ちゃん。
部屋が無くなったと思うと、強い明かりを当てられる。
「ま……ま?」
「ひひひひひひひ!! 私の、赤ちゃん、赤ちゃん!」
強く、強く抱き締められる。
それが私にとっては初めての抱擁で、暗い部屋にいたときに抱いていた印象とは全然違うものだった。
「ママ?」
「まぁそれでも問題ないだろう。初めまして、拒絶のリジェクト。私は背信のパーフィディ。そして君を今愛おしく抱き締めているのは、改竄のアルターだ」
初めて見た外は、今まで自分がいたところよりも暗く、そして冷たい場所だった。
「早速だけれどね、君には探し物をしてもらわないといけない」
「あ……あ……」
真っ黒な男……パーフィディと名乗った真っ黒な男は私の頭を撫でた後、すぐに力強く掴んだ。
「貴様は赤子ではないんだ、
「だめ……だよ、パーフィディ。私の、赤ちゃん、赤ちゃん。わた、私、パーフィディ、好き。パーフィディ、殺したく、ない」
「君にそう言われては仕方ないね……三日でいいかね」
「ひひひ、充分」
「それ以降、役に立たなかったら切り捨てるよ?」
「私の赤、ちゃん。強い、よ?」
「ふふ。良いだろう。君が他人にそこまで執心するなんて初めてだ。期待しているよ」
「ひひひ!」
何を話しているのだろうか。
わからない。わからないわからない。わからないわからないわからないわからないわからない。わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。
「君は拒絶のリジェクト。さて……君はどこまで〝拒絶〟できるかね?」
「……あ」
パーフィディは嫌味な笑みを私に向けた。
それに慣れるまでは時間が掛かったが、気付けば私は何もかもを拒絶し、ただただ……言われるがままに拒絶し、そして求める日々を過ごしていた。
何を求めていたのかを、未だにわからぬままに。
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