約束/5
図書館から自宅に戻り、夕食のあと僕はすぐに借りた本を読み始めた。
主人公の相棒が、「あなたが……望んでいるから」と言った理由。それは物語の終盤に明らかとなった。
どうしてかは明確に書かれていないが、新しい恋人の相棒は死に別れた恋人の記憶を継いでいる相棒だった。
だからこそ、主人公の相棒はその相棒に恋をした。マスターが望んでいたのは、彼女との恋だったからと。叶えられなかった願いだから、彼の分身である自分自身がそれを叶えるのだと語って。
主人公はそんな相棒の気持ちに涙し、新しい恋人に本気で向き合うことを決意した。
その時の主人公の気持ちは、こう書かれている。
――私は
そして物語は、最後にこう締め括られる。
――これからも私は、〝彼女〟と生きていく。
と。
本を閉じて、僕はいつものサイダーを一口飲んでテラスを見た。
テラスは机の上で鼻ちょうちんを出しながら正座して眠っていた。頭の上にはスリープモードと表示されている。
「……テラス」
テラスの鼻ちょうちんが割れ、寝ぼけ眼で彼女は僕を見た。
「本は読み終わった。評価、星五個、満点」
テラスはこくりと頷いて、ぼーっと宙を見る仕草をすると頭の上に星を五つと評価送信完了と表示した。
「さて、読書感想文を今のうちに書いちゃうか。残りの宿題は明日で終わる予定だし」
僕は原稿用紙を出して、一気に書き始めた。
彼の辛い過去に向き合おうとした勇気と弱さ、そしてそれを支える相棒の気持ち。決してハッピーエンドにならなかったが、愛しく思える物語の感想を。
それを書き終えたのは二時間後で、枚数としても申し分ない程になっていた。
「よし」
すっかり炭酸の抜けてしまったサイダーを一気に飲み干し、僕は新しいのを持ってこようと居間に向かった。
自分の分とついでにテラスのお猪口分も持ち自室に戻ると、この僅かな間に愛華は侵入して僕の椅子に座っていた。
「お前なぁ……何してんだよ」
「テラスに稽古付けてる」
僕の顔を見ずに愛華は答えた。そんなテラスはというと、愛華が持つ爪楊枝に刀を持って懸命に応戦している。
「からかってやるなよ……ほらテラス、サイダー」
机の上にお猪口を置いて、僕はベッドに座った。
「……にぃもこれ読んだんだ」
愛華はテラスとじゃれつくのをやめて、机の上にある本を手に取ってぺらぺらとページを捲り始めた。
「読書感想文書くためにな」
「最後の一言が良かったよね」
「そうだな」
愛華の表情は夏休み中ずっと暗い。その原因は紛れもなくパーフィディ達だろう。
僕としてはすぐにでも助けたかったのだが、みんなから「準備が整うまで」と何度も念を押され今も尚、何もできずにいた。
「ねぇ」
「どうした?」
なるべく普通に、平静を装って。
「ううん、やっぱ何でもない」
愛華はため息をついて、僕の部屋から出ていった。
そのときの背中は弱々しく、今にでも消え去ってしまうのではないかと錯覚するほどだった。
ぴこん。
マスター。
テラスはいつの間にか僕の目の前に現れ、真剣な顔で僕に話しかけた。
「どうした、テラス?」
大丈夫です、助けられます。
「おう」
明日また、みんなに聞いてみよう。準備がいつ整うかを。
翌日。
この日は学校の地下演習場での練習日だったのだが、午前中はみんなで宿題の最後の追い込みを行う予定にしていた。
「あとは太陽だけか」
先輩たちはとっくに宿題を片付けており、僕は数学の問題を解いていた。
「太陽、その式じゃない。こっちを使え」
「むぐぅ」
ただ言われた通りやっては理解できないため、参考書と睨めっこしながら何故かを調べる。
「あーなるほど」
解答を書き終えると、僕はテラスを見た。
テラスはノートに書かれている問題を見ると、花丸を頭の上に表示させて嬉しそうに頷いた。
「終わった……」
大きく背伸びしながら深呼吸をすると、一気に気が抜けていく。
「宿題を最短記録で終わらせてやったぞ……」
「お前も遥香も読書感想文が一番時間がかかると思ったが、よくやったじゃないか」
「みんなで約束してたからなぁ……」
あの別荘で、僕らは宿題を同時に終わらせる約束をしていた。
僕や遥香のペースを考えてのスケジュールだったが、中々にタイトだったと思う。
「もうちょい余裕あっても良かったと思うんですけどー」
目の下に僅かながらクマがある遥香が言い、それに僕も頷いた。
「お前達がのんびりやりすぎだ」
実は正詠も読書感想文は終わらせていたようで、昨日の図書館で読んでいた本は完全にただの趣味とのことだった。
「だが、これで都市伝説が本当か確かめられるぞ」
「なんのことだよー?」
「八月十五日までに宿題を終わらせると、二年の時に限り相棒が新しくスキルを取得するっていう都市伝説だ」
「なんだと!?」
「同志宣誓してる相棒達と目標を決めて、ちゃんと成し遂げると……っていうやつだけどな。ネットじゃあ何故かその真偽に関する情報はないんだよ」
僕はテーブルの上にいる相棒達を見る。僕らの相棒は五人が手を繋ぎ円を作り回っている。
「まぁ……とっても愛らしいわよ、翼、晴野」
「おーおー仲睦まじいなぁ」
「うむ」
先輩達三人は僕らが宿題をこなしている中、違うテーブルで受験勉強をしており、終わったのを察してかこちらのテーブルにやって来た。
「正詠。これ回ってるだけじゃん」
「あくまでもまぁ……都市伝説……」
ぴこん。
ぴこん。
ぴこん。
ぴこん。
ぴこん。
と、いつもの呼び出し音が連続して鳴り出す。
「あ!」
透子が驚きの声をあげるとほぼ同時に。
――セレナが情報伝達、ランクBを取得しました。
――ノクトが勇猛果敢、ランクBを取得しました。
――リリィが柔軟思考、ランクC+を取得しました。
――ロビンが激昂、ランクB+を取得しました。
――テラスが■■■■、ランク■を取得しました。
「って隠すなよテラス!」
順当にみんなのスキルが開放されていく中、テラスだけがそれを隠していた。
「目立ちたかったんだろ、お前の相棒だしな」
マリアンヌが淹れた紅茶を飲みながら蓮は言いつつ、珍しくノクトの頭を撫でていた。
「お、さすがの蓮もこういうときは褒めるのか?」
「う、うるせぇなぁ」
ノクトはノクトで、珍しく可愛らしい表情でそれを受け入れていた。
「んで、私達の大将の相棒はどんなスキルなのさ?」
頬杖を付きながら、遥香はにまにまと微笑む。
「お前、またテラスが運頼りなスキル手に入れるの期待してるだろ?」
「招集、他力本願、天運……顕現はちょっと意外だったから、次は何かなーって」
そんな遥香の言葉に、全員が考える素振りをする。そしてみんなは「祈祷」やら「神頼み」やら「運任せ」やら「願掛け」やら「一か八か」やらもうよくそこまで言葉を知ってるなとツッコミを入れたくなる言いようだった。
「で、テラス。どんなスキルなんだよ?」
テラスは手を腰に当て、胸を張る。すると頭の上に『適材適所D+』と表示された。
僕は透子を見る。
「透子せんせー、スキル詳細はー?」
「テラスに聞いてあげなよ、太陽くん。テラス、すごい顔で睨んでるよ?」
透子から視線を戻すと、テラスは頬を目一杯に膨らませて僕を睨んでいた。
「はは、すげー顔。テラス、適材適所の詳細を頼む」
ぴこん。
適材適所D+。常時発動スキル。特殊な条件を除き、スキル、アビリティの発動条件を無視し発動することが可能。
「おー」
僕がそれを何となく見てると、がたり、と正詠が立ち上がった。
「テラス、特殊な条件の詳細表示とランクデメリットの詳細表示を頼む」
「うわ、なんだよ正詠」
「テラス、早くしろ」
テラスは僕を見て首を傾げている。
「テラス、頼む」
ぴこん。
適材適所D+の特殊条件オープン。スペシャルスキル・アビリティを含むユニークスキル・アビリティの使用不可、エリア隔絶状況下でのエリア隔絶を越えるスキル・アビリティの使用不可(ただし、使用スキルのランクが当スキルランク未満の場合であり、かつその他発動不可条件にならない限り使用可能)、1フィールド中で一人しか使用できないスキルが発動中の場合に限り該当スキルの使用不可、スキル・アビリティ使用時に距離が関係する場合、当スキル使用相棒が物理的に移動不可な場合使用不可。
「意外と多いな、おい」
思わずツッコむが。
「太陽、お前まだわからないのか?」
「ん?」
「まぁいい、あとで説明する。次はランクデメリットを頼む」
「お、おう。テラス、頼む」
ぴこん。
適材適所D+のランクデメリットオープン。スキル、アビリティの発動の際、条件が満たされていない状況下で使用すると、当スキルのランクD+までダウン。使用スキル・アビリティが当スキルよりランクが低い場合は、使用スキルランクをワンランク下げて発動する。尚、スキル・アビリティの発動条件が満たされている場合、当スキル効果は発動せず、通常のランクで使用可能。
「まさに……太陽とテラスにぴったりのスキルだな」
正詠の言葉にテラスは首を傾げたが、誉められていると察してまた胸を張った。
「んで、どういうことなんだよ正詠」
「お前、まだわからねぇのか?」
正詠ではなく蓮がため息をついた。
「だからそんなすげぇもんなのか?」
「あほか。これ単独なら大したことないけどな、テメーとテラスの場合は文字通り何でも使えるようになるんだっつの」
やれやれと頭を振りつつ答える蓮だが、まだ僕にはわからない。
「えーっと……」
「ねぇ太陽くん。セレナの信念の発動条件はわかる?」
蓮に代わり、透子が説明してくれるようだ。
「確か一対一の場合にステータス上昇で発動妨害不可、だよな?」
「うん。そのスキルをテラスが他力本願で使用すると、適材適所の効果で一対一じゃなくても使えるってこと。ランクはD+になっちゃうけど、それでもステータスは上がるし妨害もされないの」
「おー……」
「それだけじゃないぞ、太陽。俺のロビンの驟雨っていうアビリティは投擲武器のみ対象だが、それをお前は近接武器で使用できる」
「お、おー……」
「ノクトの誓いの盾も、お前のテラスが対応できる距離なら使える」
「おー!」
それってすごい!
「うむ。全員新しいスキルを取得したな」
僕が感動している中、王城先輩は空気を変えるように口を開いた。
「知ってたんですか、先輩達」
「そりゃあ俺達もそれで新しいスキル取ったしな」
王城先輩の肩に手を乗せながら、晴野先輩はにやにやとからかう笑みを浮かべている。この顔は話したくてうずうずしているけど、僕たちがあーだこーだと議論するのを見て楽しみたい顔だ。付き合いは短いが絶対にそうに違いない。
ぴこん。
このことは内密にすることをお薦めします。宿題を早めに終わらせ、友人たちと思い出を作り、そして青春を謳歌しましょう。あなた達にはその権利があります。
「んで、どうしますかマスター? この情報をネットに書き込みますかね?」
あぁもうこの先輩はホント意地の悪い人だ。
「書き込みませんよ。こっちだってこのデジタル時代にわざわざ手書きで読書感想文まで書いて苦労したんだ。これぐらいの苦労、後輩がやっても得はしても損はしませんよ」
はぁ、とため息をついて、僕はテラスの頭を撫でた。
「これで少しは全国に近づいたかな?」
ぴこん。
もちろんです!
「さて、スキルを取得したのならば、早速練習だ。今日中にそのスキルの使い方を身に付けろ。明日は決戦だ」
「え?」
王城先輩の言葉に、耳を疑った。
「言ったろう、天広。準備が整うまでお前の妹を救うのを待て、と。よく耐えたぞ、天広。あとは……あいつらを倒すだけだ」
王城先輩の瞳はいつも以上に鋭く、そして緊張を宿していた。
「お前には話してしまうと妹にばれると思ってな。すまない、黙っていて」
頭を下げる王城先輩に少し驚いたが、僕を除く全員は神妙そうに目を伏せている。
「って、何この空気」
「何って……お前、こういうの嫌いだって準決勝のとき言ってたろ?」
正詠はその表情のまま頭を抱えてため息をついた。
確かに僕は準決勝でそういったことを言ったが、それは遥香もそうだし……それにあの時は。
「仲間を犠牲にして勝とう、っていう気持ちが許せなかったていうか……」
上手く言葉にできないが、そういうことだ。
「お前は……あぁもう、良い。お前が怒っていないならそれで。とりあえず、お前にとっては唐突だが明日は……あいつらとの戦いだ」
ぴりと、空気は一瞬で張り詰めた。
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