約束/4
夏休みは、気付けば半分も過ぎていた。その頃には僕らの宿題はほとんど終わっていて、今は僕と正詠、遥香三人の家に近くにある図書館に全員いた。
僕らの高校では二年のみが読書感想文が宿題で出る。学校の……というより、うちの校長の方針らしく、相棒を配られたばかりの二年生は本を読むことが減るだろうから、ということらしかった。
うん、余計なことを!
「正詠は何読んでんの?」
図書館ということもあり、小声で聞いてみると正詠は背表紙を僕に見せた。
「何それ」
「坂口安吾だ」
「誰それ」
「1900年代の作家だ」
「うわ……ふっる」
「お前は何読んでんだよ」
「これ」
最近巷で大人気の恋愛小説で、主人公の恋人が学生の頃に事故で亡くなり、数年後彼女にそっくりな女性と出会い、恋をする話だ。タイトルは、『また、君に恋をします』。
「今っぽいな」
「ネットですげーオススメされてた」
「読み終わったのか?」
「まだ前半」
正詠はため息をついて、また本に視線を落とした。
これは「もうお前にはかまわないからな」という意思表示に違いない。こうなったら正詠は徹底的に塩対応になるので、とりあえず隣に座っている遥香を見てみると……。
「いや、お前。いくらなんでも高校生になって『鶴の恩返し』はねぇわ」
「……だよね」
遥香は絵本を閉じて、大きくため息をついた。
「小説というか、本を読むのが駄目なんだよね……リリィもさすがに頭を悩ませてるし」
テーブルの上にいるリリィは両手で頭を抱えながら悩む仕草をしている。
こいつに本を読ませることは、さすがに世界最高のAIでも難しいようだ。
「お前普段はどうやって勉強してんの?」
「そういうときは勉強モードになってて本も読めるし、リリィがちょいちょい面白い教え方してくれるから飽きないんだけどさ……」
「ふーん……」
小さいときはそれなりに本とか読んでた気がするけど、その反動で読まなくなったのかね。
「お前は絵本っていうか、童話好きそうじゃん。宮沢賢治だっけ? そういうの読めば?」
「童話かぁ……そういや昔に読んでたっけ」
宮沢賢治童話全集ならばこの図書館にあります。五のミの棚です。
図書館だからかいつもの呼び出し音は鳴らず、リリィはメッセージを表示した。遥香はリリィの頭を撫でて、その棚に向かっていった。
「うーん……僕も続きを読むか」
ちなみにだが、蓮と透子は既に読書感想文を書き終えていた。どうやら二人は別荘への移動中にも読んでいた本で書いていたらしい。というかあの二人はよく本を読んでいるよな……やっぱ蓮が話を作るのが好きだから、幼馴染の透子も本好きになったのかな。
ぼーっと二人のことを考えていると、テラスがメッセージで話しかけてくる。
どうかしましたか? 先程からページが進んでいません。
「ちょっと考え事してた。大丈夫大丈夫。読書感想文なんて何が何でも今日中に終わらせるし」
僕はまた小説を読み始め、そしてこの作品の世界観に徐々に漬かり始めた。
この話の大筋は死に分かれた恋人に似た女性と恋に落ち、新たな愛を見つけるというものだ。しかしこの話の本当に面白いところは、そこではない。
「死んだ恋人の相棒に靡かなかった主人公の相棒もまた、新しい恋人の相棒に恋をする……か」
主人公の相棒はむしろ前の恋人の相棒を嫌っていた。それなのに、新しい恋人の相棒には好意的だ。主人公はそれに不思議な感情を抱きながらも……それに悲しみを抱き始める。
どうして最愛の女性の相棒に恋はしなかったのだろう?
その疑問は徐々に彼のわだかまりになっていく。そんなことを考えてしまった彼は切なくなり、辛くなり、いつしかその思いの丈を自分の相棒に零す。
本来、相棒というものはマスターを第一に考え、そしてその行動理念に相棒は常に従っていく。だからこそ、マスターが望む感情を持っている相棒であってもそれは変わらない。
「たいよー?」
それに相棒は答える。
あなたが……望んでいるから、と。
「おーい、ロリコン変態太陽?」
「ロリコンでも変態でもないから」
本から視線は逸らさず、遥香の奴の言葉にはざっくりと答えて、またページを捲る。
「正詠、太陽が本を読んでる」
「お前だって珍しく長く読んでたじゃないか」
「太陽が童話を薦めてくれたからね」
「こいつは、他人のことに関してはよく気が付くからな……」
小バカにされているが、そこは無視して小説を読み進めていたが。
「おい太陽。そろそろ晩飯時だぞ」
「マジ?」
「マジだ」
テラスを見ると、17時とでかでかと表示していた。
「久しぶりに読み耽ったなぁ……」
「読み終わったら感想聞かせてくれよ、太陽」
「何だよ、こういう本に興味なさそうなのに」
「お前が面白そうにしてるからだっつの」
ぺしん、と僕の頭は正詠に叩かれて良い音が鳴った。
「本……借りたことないんだけど」
「テラスがいれば借りられるから借りとけ」
「ほーい」
あと少しで読み終わる本を借りるのも微妙な気持ちだが、僕は貸出のために貸出カウンターに向かう。
夕方ということもあって貸出カウンターは空いていたが、一人の女の子が大袈裟な身振り手振りで何かを話していた。
「どうしたんだろ、あの子……」
遥香は正詠の服の裾を掴みながらそう言った。
「太陽、隣が空いてるからそっちに……」
などと正詠が口にしたことを背中越しに聞き流し、僕はその子の元に足を進めた。
「どうしたんすか?」
その一言に、その少女とカウンターの女性が振り向く。
「違うんだヨー! 私はこの
泣きそうな顔で僕にしがみついてくる女の子は綺麗な金髪で、話し方からして純粋な日本人ではないようだった。状況は何となくわかったけど、とりあえずカウンターの女性に確認がてら聞いてみると。
「この方は神奈川県の方なので、こちらの図書館では借りられないんです。何度も説明しているんですが……」
女性は困ったように微笑んでいる。
「お前は本当に面倒ごとに首を突っ込むよな……」
「うちの大将はまったく……」
幼馴染二人がさすがに見かねてやって来たものの、何でまた馬鹿にされてるんだ、僕は。
「えーっと……君、名前は?」
その金髪の少女に名前を尋ねる。助けてくれると悟ったのか、ぱぁっと笑顔を浮かべて少女は答えた。
「天王寺、天王寺ステラだよ!」
その子の名前は、偶然にも三年連続で全国バディタクティクスで優勝した高天高校の生徒と同じ名前だった。
「天王寺ステラ……さんってもしかして高天の?」
「Wow! やっぱり私って有名人!? だから助けてよ、ネ!?」
というか本人だった。
「こちらの
「えーっと……」
やばい。この人、話聞かないタイプだ。
「マサナリともキヨフミともコーミとも、ましてやタダオミともはぐれちゃって不安なんだヨー!」
僕の胸に顔をうずめて泣く仕草をするのだが、語尾というか話し方のせいで全然危機感を感じられない。むしろ海外のコメディドラマチックすぎて、遠くから眺めていたくなってしまうほどだ。
ぴこん。
「んぁ?」
突然の呼び出し音に思わず変な声が出た。
天王寺ステラの相棒を確認できました。現在呼び出し中です。
「お、さっすがテラス!」
「あ!」
理由はわからないが、驚いたように天王寺さんは言葉を漏らした。
「異性タイプ?」
あー、それに驚いたのか。
「そうなんすよ、僕の相棒はテラスっていって、異性タイプなんです」
ぴこん。
テラスの呼び出しで現れたのは、天王寺さんと同じぐらい綺麗な金髪の相棒だった。
「Wow! どうしたのさ
マスター。マスターは今神奈川に住んでおり、学生情報、個人特定情報、全てが神奈川になっているのです。同じ本なら神奈川にもございます。
「
一言二言相棒と会話した天王寺さんは、カウンターの女性に申し訳なさそうに頭を下げ、図書館を出ていった。
「嵐だ……」
素直にそう思う。
「大分天然入ってるんだな、高天の大将って」
正詠は苦笑を浮かべた。
「ふーん……正詠はあの人のこと天然って思うんだ?」
「なんだよ、遥香。棘のある言い方して」
「べっつにぃ。ほら、太陽。さっさと借りちゃいなよ」
遥香に背中を叩かれ、僕は本を借りようとしていたことを思い出した。
――……
天王寺ステラが図書館から出て少し歩いた先にある公園。そこに四人の男女がいた。
一人は赤い短い髪が印象的な少年、
一人は男性にしては長い黒髪の少年、
一人はふわふわとした可愛らしいパーマの少女、
一人は背が高くひょろりとした印象を受ける少年、
その四人に、天王寺ステラは小走り気味に合流する。
「みんな待っててくれてありがとー!」
可愛らしい笑顔を浮かべつつ、ステラは山成神海に抱きついた。
「ステラ。テメェは毎回毎回理由も言わず勝手に飛び出しやがって……」
正威は天王寺ステラの首を軽く絞めつつ、ぐりぐりと頭に拳を捻る。
「イタタタタッ! やめ、やめなヨ、マサナリ! 私は女の子なんだゾー! あとちょっと汗臭いヨー!」
「そうか汗臭いか! 友達を待ってやった甲斐があったぞこのアマ! ってかな、今は夏なんだぞ、夏! コンビニでの暇潰しにも限度があったんだよっ!」
やめろという割には、コミュニケーションと取っているのか天王寺ステラは本気で嫌がってはいなさそうだった。
「正威、じゃれつくのは後にしよう。ステラ、いきなり図書館に突っ走ったからには何かあったんだろ?」
清文の一言に正威は渋々彼女を解放する。
「
「誰と会ってきたの?」
神海が首を傾げながら聞くと、ステラはまた神海に抱きついた。
「コーミは猫みたいで可愛いニャー」
その様子に男子陣はため息をついた。
「ねぇステラ、早く教えてよ」
忠臣が子供に言うように優しく話しかけると、ステラはにっこりと笑いながら答えた。
「ゴッドタイプ……天広太陽くんのテラスに会えたよ」
その言葉に、一瞬で空気が張り詰める。
「どうだった?」
抱きつかれつつも、神海は至って真剣に言葉を発した。
「普通の相棒と変わんない。あれをパーフィディ達が欲しがる理由がわかんないなぁ……」
ステラは神海を解放し、ぽんぽんと頭を撫でる。
「これ以上パーフィディ達に余計なちょっかい出される前に何とかしないか?」
清文が全員の顔を見ながら言うが、それに誰もが頷きはしなかった。
「清文は血の気が多いんだかラ! まだ様子見にしとこうよ。女神様もまだ完全には目覚めてないってパーフィディも言ってたし……ネ?」
返された言葉に清文は頭を振り図書館に目を向けると、自然とステラ以外も同じように図書館を見やる。
「大丈夫だよ、みんななら勝てるっテ!」
そんな中、能天気に天王寺ステラは笑っていた。
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