約束/3

 あの旅行から数日経った後の地下演習場。王城先輩達とお昼ご飯を食べているときに、僕は三人へと愛華の話をした。


「……待て。わからないことが多すぎる」


 額に手をやる王城先輩は、大きくため息をついた。

 もりもりと風音家特製弁当のおにぎりを頬張る晴野先輩。これまた風音家特製弁当の可愛らしいサンドイッチを口に運ぶ風音先輩。


「お前たちも食べてないで何か言え」


 先程とはまた違うため息をつく王城先輩に対し、晴野先輩は唐揚げを口に運ぶ。セバスチャンさんは風音先輩に紅茶を注ぐ。


「簡単よ。愛華さんを助ける。パーフィディ一味……黄泉の一団を傷付けずに、でしょ?」


 口元をハンケチーフで拭きつつ、風音先輩はそう言った。


「違う、そこではない。そもそもゴッドタイプだ電子生命体サイバーライフだと、わからないことが多すぎるだろう」


 王城先輩は僕を見た。


「いやぁ……実は僕らもさっぱりでして」


 冗談めかして答えつつ頬を掻いてみたが、王城先輩の瞳は鋭いままだ。


「天広の入院中にも思ったが、お前達は事の重大さを理解しているのか?」


 マリアンヌさんは王城先輩に紅茶を注ぎ、それを王城先輩はごくりと一口で飲み干す。


「あいつらはテロリストだぞ? それもフルダイブで感覚共有を強制し、迷いなく攻撃を仕掛けてくるような。ましてや学校であんなことがあった後に……」


 もっともな意見に僕らは黙って話を聞くしかなかった。


「一歩間違えば相棒どころか我々も共倒れだ」


 三度目の大きなため息。

 さすがに蓮が噛み付くかと思ったが、噛み付いたのは彼の隣にいる晴野先輩だった。


「ごちゃごちゃうるせぇなぁ」


 晴野先輩が卵焼きを口に運び、腹を一度叩く。


「お前はいつも変なところで慎重になりやがる。その辺りはこいつらを見習えよ」

「晴野、お前がそれを言うのか?」


 辛そうに言った王城先輩はちらりと晴野先輩の左腕を見た。その左腕をひらひらと振りながら、晴野先輩は言葉を返す。


「日代も言ってたろうが。こっちだってやれるんだと見せれば、あいつらは手を出しにくくなる。これは守りの一手だ。あ、マリアンヌ俺にも茶をくれ」


 言われたマリアンヌさんは晴野先輩に紅茶を注ぐ。


「ありがとな、マリアンヌ。ここで何もしなかったら天広の妹はあいつらの言いなり、天広の相棒は奪われるかもしれない、県大会どころか全国にも行けねぇぞ」

「だがもしものことがあるだろう!?」

「そのを減らすためにわざわざ俺達に相談したんだろ。後輩が頼ってんだ、無理です嫌です止めなさい、なんて言うなよ」


 そして晴野先輩は正詠を見た。


「んで、我らがチーム太陽の作戦参謀。てめぇの作戦は?」

「……学校であいつらを迎え撃ちます。ここではジャスティスも二回現れた。ジャスティスなら感覚共有を解除する権限もありましたし……」

「かぁ! 大将と同じで他力本願かよ! 情けないねぇ!」


 やれやれと頭を振る晴野先輩に、蓮が遂に噛み付く。


「うるせぇ文句あっか!?」

「文句しかないっつーの。お前らは桜の別荘で何を学んだんだ?」

「舌の根も乾かねぇ内に否定とは良い根性だなこの野郎!」


 蓮は机をばんと叩き晴野先輩の胸ぐらを掴む。


「俺は否定なんかしちゃいねぇだろうが! 短慮軽率、無鉄砲! そんなんじゃあ誰も命を賭けたがらねぇ! テメェらと違って俺たちは友情ごっこがしたいんじゃねぇんだ!!」


 その腕を右手でぐいと捻ると、蓮は痛みに顔を歪め手を離した。

 そして晴野先輩は目元をぴくつかせながら、僕らを一人ずつ見つめて言葉を繋いだ。


「天広! やっぱテメェは気持ちだけか!? 自分の気持ちしかわからねぇし伝えられねぇってのか!?」


 びくりと体が震える。


「日代! そんなんじゃあ誰もお前のために動かねぇからな!」


 蓮の次には遥香に。


「那須! テメェは何のために前に立って吠えてんだ!? 暴れてぇだけなら他人を巻き込むな!」


 遥香の次には透子に。


「平和島! 言いたいこともねぇのか!? テメェなんか守る価値も仲間の価値もねぇ!」


 そして最後は正詠に。


「高遠! 頼れるのはジャスティスだけってか!? 他の奴らは……お前の仲間ってのはそんなもんか!?」


 言い切った晴野先輩は、大きく息を吸って細く息を吐く。


「どうなんだ、チーム太陽」


 少しの沈黙。

 それに答えるのは……大将である僕以外ではいけない。しかしすぐに言葉は出てこなかった。

 誤魔化したいとかじゃあない。

 ここまで叱ってくれた先輩に、僕は〝わかってほしい〟。半端な気持ちとか、そういうので僕らはパーフィディ達と戦おうとしているわけではないということを。

 みんなで悩んで、みんなで決めて、そしてみんなが愛華を助けようとしてくれているのだ。


「僕達は……みんなで決めたんです。僕は自分の気持ちだけ伝えたわけじゃありません。蓮は自分がやりたくなくても、みんなのために助けると決めてくれました。遥香は落ち込みそうな僕らを元気付けてくれました。透子と正詠は誰も傷付かない方法を必死に探してくれました。だから……」


 みんな、愛華を助けるために、考えてくれた。


「友情ごっこなんかじゃ、ないんです。僕らは上辺だけでこんなこと言っているんじゃありません。本当はジャスティスなんかに頼りたくない。でも、それでも僕らは考えて、決めたんです」


 上手く、伝わったろうか。

 不安になってつい目線を下げると、テラスは真っ直ぐに僕を見つめていた。

 そんなテラスは頷くと、旗を手に取った。

 ばーん、というSEと共に、僕らの相棒はあのださいポーズを取って。

 我ら、チーム太陽!

 と、王城先輩達に向けてメッセージを表示した。


「……」


 鋭い瞳のまま、晴野先輩は彼女らを見つめたが。


「はは……」


 頬を緩めて一笑した。


「おい翼。俺はこいつらの肩を持つぜ?」


 そんな事を言った晴野先輩に、王城先輩は頭を振る。


「白々しい。最初からお前はこいつらの肩を持っていたろうが。つまらん三文芝居や発破までかけて」


 呆れたように王城先輩は言った。


「それにしても他に作戦は必要ね。セバスチャン、マリアンヌ。貴方達も協力なさい」

「無論です、お嬢様」

「勿論ですわ、お嬢様」


 二人の執事とメイドは嬉しそうにそう言うと、全員にまた紅茶を注ぐ。先程から結構淹れてもらっているのだが、この人たちの水筒には紅茶でも勝手に沸くオーパーツでも仕込まれているのだろうか。


「あ、あの……その……先輩達は、反対だったんじゃ……」


 僕の変な考えを他所に、透子は口にした。そんな先輩達は三人が三人顔を見合わせ、皆性格に見合った苦笑を浮かべて頷き合った。


「反対してたのは翼だけよ。翼はとっても真面目ちゃんだから」

「俺と桜は別に反対してねぇだろうが」


 腕を組みつつ、頭を掻いた王城先輩はおもむろに立ち上がった。


「とにかく練習だ。ここでの練習は有限だからな」


 そのまま王城先輩はフルダイブの筐体へと進んでいき、座ってしまった。


「頭を使うならまずは体を動かせってことかね、桜女史?」

「そうかもしれないわね、晴野博士?」


 先輩達二人は楽しそうに笑っていたが、全国を見据えたこの練習は僕らに予想以上の負担であった。夕方の練習が終わるころには、僕らはすっかり疲れ果てていた。


「いくらなんでも辛すぎる。王城先輩、僕らに何か恨みあるんすか?」


 長時間のフルダイブの疲れだけではない。バディタクティクスの練習とはいえ、徹底的に弱いところを叩かれ続け、精神的に物凄く疲れた。


「僕ら……というより、何故貴様は二度、三度と同じことを言わなければ覚えないのだ……」


 王城先輩は腕を組みため息をついた。その肩にいるフリードリヒもまた同じようにため息をつく。


「いやぁ……何か体というか心が言うことを聞かないというか」


 僕のテラスは頭の上でぷくりと頬を膨らませる。


「まぁ天広、那須の二人は仕方ねぇだろうよ。考えられるようになるにはまだかかる」


 ぼりぼりと頭を掻きながらそう言ったのは晴野先輩だ。


「でも天広くんと那須さんも、少しは考えて動けるようになりましたね」


 それにうんうんと頷きながら、風音先輩が言う。

 ……よくわからないけど、僕と遥香がすごい馬鹿にされている気がする……いや、馬鹿にされてる?

 そんな風に思い始めた矢先、正詠が僕の肩をぽんと叩いた。


「お前ら二人は良い意味で番狂わせを持って来れる。それを狙ったタイミングで持って来れるなら、俺たちにとっては大きな強みだ」

「褒めてる?」

「おう、褒めてる」

「なら良し」


 とは言え疲れた。


「これからみんなどうすんの?」


 スマホの時計を見ると、丁度十五時。まだまだ家に帰ってのんびりするには早い気がする。


「時間が余ったなら、ホトホトラビットで一服だろ」


 晴野先輩は言いながら片付けを始めていた。それに倣い、僕らも荷物を片付け始める。


「って、いいのか蓮?」

「客商売やってる店が拒絶すると思うか?」

「それもそうだよな」


 あはは、と笑って地下演習場の扉を押したところで。


「あ、私たちはこれから女子会やるからパスだよ」

「って、今このタイミングで言うのかよ!」

「ついさっき決まったんだもーん」


 遥香は楽しそうに言いながら、透子と風音先輩を連れて僕が開けた扉を先にくぐっていった。

 そして残された面子を確認する。


「……うむ。男臭いな」

「おーおー。じゃあこっちは男子会だな」


 晴野先輩にがっしりと肩を組まれた。僕のトラウマ『男の体に日焼け止めを塗る』が頭を駆け巡る。


「おっぱいが恋しい」

「雄っぱいなら翼のがあるぜ?」

「雌っぱいの方が良いです!」

「贅沢言うな」


 まぁでも、男同士で語り合うのも良いかもしれない。雄っぱいは嫌だけども。


「そんじゃあ行くぞ、男共」


 晴野先輩が先陣を切り出した。

 うん。あなたが仕切るのですか、なるほどです。

 ぴこん。

 男子会に私がいても良いのですか?


「あ、そっか……お前だけが女子会に出られないのも少し違うな。なぁ正詠、良い方法ないか?」

「あー……」


 全員地下演習場から出て歩き始めたときに問いかけると。


「まぁ、遥香とかなら大丈夫だろ。太陽、俺からは命令できないからお前から許可を出すんだぞ?」

「ん?」

「ネットワークファイアウォールのポート開放。ポート・リリィ。ナンバーシークレット、エントラスト。リミットトゥデイ」

「何それ、呪文?」

「いいからテラスに命令しろ」

「……? テラス、ネットワークファイアウォールのポート開放。ポート・リリィ。ナンバーシークレット、エントラスト。リミットトゥデイ」


 ぴこん。

 セキュリティが一時的に低下します。よろしいですか?


「怖いんだけど」

「そらそうだ。遥香のリリィに対して道を開いたんだ。あいつらがウィルスとかを流して来たらやばい」

「やばいんじゃん!」

「遥香ならそういうことしねぇよ」

「あ、まぁそうか」


 テラスはクエスチョンマークを頭の上に表示したままこちらを見つめている。


「一時的に頼むよ、テラス」


 ぴこん。

 了解。ポート開放、完了。本日までの限定で開放します。


「おけ。で、これからどうすんの?」

「これで遥香のSHTITにテラスは移動できる。行って来いよ、テラス」


 正詠の言葉にテラスはまた僕を見た。


「行っておいで、テラス」


 テラスは満面の笑みを浮かべて頷くと、姿を消した。


「さて、僕らはこれから男子会だ」


 テラスがいないのは少し寂しいが、これはこれで新鮮だった。

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