第五章 約束、二つ

約束/1

 リムジン、プライベートジェット、リムジンという金持ちルートで家に帰ってきて、僕は早速妹に舌打ちされた。


「愛華ちゅわーん、お兄ちゃんでちゅよー」


 両手を広げてハグを待ったが、愛華はまた舌打ちをしてリビングに向かってしまった。


「ひでぇ妹だ」


 ため息をついて、僕もリビングに向かった。


「おかえり、太陽」


 キッチンで素麺を茹でていた母さんは、額に汗を浮かべてそう言った。


「ただいまー、お土産屋さんなかったわー」

「あら、ひどい息子ね」

「でも色々あったからもらってきたよ」


 僕はバッグからマリアンヌさん自作のコースターを数種類取り出して、母さんに渡した。


「ありがと、太陽」


 母さんは嬉しそうにそれを受け取って、僕の頭を撫でた。


「へへ、愛華にもあるぞー」


 ソファに座ってテレビをだらしなく観ていた愛華は、僕へと体を向けた。


「テラスの水着よりも高いものだよね?」

「いや、あれは割引とか諸々入れて三千円ぐらいだから……」


 愛華に渡したのはパワーストーンで作ったブレスレットだ。これはセバスチャンさんが作り方を教えてくれたもので、僕らチーム太陽全員が持っている。


「ほれ、チーム太陽の仲間の証だ」

「は?」

「愛華はピンクだから、ストロベリークォーツってやつにしたんだ。愛と美を象徴する石らしいぞ」


 ブレスレットはシンプルな革製の紐に石を数個付けたものだ。

 愛華は僅かに頬を赤く染めてそれを腕に付けた。


「地味ー」

「それぐらいなら邪魔にならないだろ?」


 僕は自分の腕のブレスレットを愛華に見せた。


「にぃのはオレンジっぽいね?」

「僕のはサンストーンだってよ。ていうか、これ以外選ばせてもらえなかった」

「にぃっぽいじゃん」


 少しの間他愛もない話をしていると、母さんが素麺を出してくれたのでそれを食べることにした。


「そういや、さ。あの……にぃはさ、あれから、どう?」

「あれから?」


 ずぞぞと素麺を啜る。


「うーん、ほら、その……」

「なんだよ歯切れ悪いな」

「ううん、やっぱ何でもないや」


 らしくない愛華に首を傾げたが、素麺を食べ終わった愛華は自分の部屋に戻っていった。


「なしたの、あれ?」


 僕も食べ終わったので、食器を片付けついでに母さんに聞いてみた。


「私があんたに聞きたいくらいよ」

「ふーん……」


 まぁ、年頃だし言いにくいこともあるのかね。

 大して気にせずに、僕はバッグから洗濯物を出して籠に放り込んで、自分の部屋に戻った。


「テラス、スケジュール表示してくれよ」


 ぴこん。


「少し進捗は悪い……か。残りは数学と英語、現代文と読書感想文……どれも苦手なんだよなぁ……」


 早速机に向かって宿題をやろうとしたとき、ドアがノックもなく開いた。


「……」

「ちゃんとノックしろよな、愛華」

「ごめん」


 一言だけ謝ると、愛華はベッドに足を抱えて座った。


「……どうした?」


 逡巡した愛華は、小さな声で話し始めた。


「私のSHTIT、どこにあるの?」


 どくんと、心臓が強く鳴る。


「あれは、壊れたろ」

「……ファブリケイトのSHTITは?」

「どうしてそんなこと聞くんだ、愛華」


 愛華は髪の毛の先をくるくると弄っていた。


「愛華?」

「ファブリケイトのはどこにあるの?」

「理由を聞かないと答えられない。どうしてだ、愛華」


 何度か愛華は言葉を出そうとしたが、喉に何かつかえているかのように声を出せずにいた。


「にぃ。何も聞かないで答えて」

「駄目だ。理由を聞かないと答えない」

「教えてよ……」


 ぴこん。


「テラス、今は真剣な話をしているんだ。邪魔を……」


 ハッキングを確認。ハッキング対象、天広愛華所有スマートフォン。私のメッセージはシークレットメッセージです。ハッキングをされる心配はありません。


「お前、こんなときまで愛華のこと目の敵にするなよな……」


 なんとか〝嘘〟を吐いたが、上手くいったかはわからない。

 ぴこん。

 天広愛華に接触しファブリケイトの端末の居場所を聞くということは、十中八九パーフィディの一味と推測できます。


「すまない、愛華。テラスがまたわがままを言ってて……」


 伝わってくれるか。伝わってくれ。そうなじゃないと、何も……。


「にぃはやっぱり、私よりもテラスの方が大切なんだね」

「違う、そうじゃ……」


 愛華の肩を掴むと、愛華は涙を流した。


「もういいよ。私のことどうでもいいんでしょ。私はただ、ファブリケイトのSHTITを壊してってお願いしようとしたのに。やっぱり信じてくれないんだね」


 涙を拭った愛華は、言葉にせずに口だけをゆっくりと動かした。


 た・す・け・て


 体中に、熱い血が一気に巡った。


「信じてるに……決まってるだろ。お前こそ、わかってくれてないじゃないか」

「ホンット、にぃは口だけだね」


 愛華は僕の両腕を払って、部屋から出て行った。

 その背中は幼い頃によく見た、か弱いものにとても似ていた。


「テラス。パーフィディ達にばれないように愛華を助けられるか?」


 ぴこん。

 不明です。ですがオススメしません。


「何でだ!?」


 ぴこん。

 彼女は嘘を吐いている可能性があります。信頼に足りません。


「……テラス。もう一度そんなことを言ったら、僕はお前を許さないぞ」


 テラスは黙って、僕から目を逸らした。


「それでも助けるって約束を……!」


――気持ちだけじゃあ伝わらないものもある。


 晴野先輩の言葉が、頭に過る。

 大きく息を吸い込んで、僕はベッドに座った。


「気持ちだけしか、僕には伝えられないんすよ……」


 情けない。本当に、何も僕は変わっていない。


――……


 とりあえず家にいてはいつ会話を聞かれるかもわからないので、僕は一人でホトホトラビットに向かった。親父さんは少しだけ驚いた顔をしたが、いつもの角席が空いていることを顎で教えてくれた。

 僕は一人では広い角席に座って、アイスティーを注文した。


「テラス、愛華が嘘を吐いているってどうして思うんだ?」


 テラスはテーブルの上で自分の着物を掴み、俯いたまま答えようとはしなかった。


「テラス?」


 ぴこん。

 彼女はあなたを一度でも傷付けました。

 ぽろりと、テラスの瞳から大粒の涙が零れた。


「それでもあいつは、僕の妹なんだ」


 約束したんだ。今度は何か起こる前に、必ず助けると。テラスもそれを聞いていたはずだ。

 ぴこん。

 私は、私は嫌です。天広愛華を信用したくありません!


「なんで、なんだよ……」


 ぴこん。

 あなたにとっては大切な存在かもしれません。ですが、私にとって彼女は! あなたを傷付けた存在なんです!


「そんなこと、言わないでくれよ……」


 悲しくなるじゃないか。あいつだって、本当はあんなことしたくなかったに決まってるのに。


「どうして……」


 テラスは首を振って、それから何も言わなくなった。僕は頭を抱えて、どうすればと考えるが良い答えは出なかった。


「なぁに頭抱えてんだ、太陽の坊や」

「えっ?」


 日代の親父さんはアイスティーとケーキを机に置くと、僕の向かいに座った。


「楽しい旅行帰りって面じゃねぇな?」

「旅行は楽しかったんですけど、その……テラスと意見の食い違いというか……」


 親父さんはテラスを見て、苦笑する。


「異性タイプはコミュニケーションが難しいって言うしな」


 それだけではないんだけども。


「こいつら相棒ってのはな、そもそもマスターを何より大事にするってわかってるか?」

「そんなことわかって……」

「わかってねぇから意見の食い違いってのが出るんだろ?」


 そこまで親父さんが話すと、テラスの横に相棒が現れる。

 剛健な容姿から考えるに、間違いなく親父さんの相棒だろう。


「俺も何度かアンゴラと喧嘩したぜ。こいつらはいつでも人として正しい選択をマスターに選ばせようとする。でも俺は人間だ。間違った道を進むしかないときだってあった。その度にこいつと言い争いさ」


 アンゴラはやれやれとでも言いたげに首を振ったが、親父さんには優しい瞳を向けていた。


「正しいことを言っていることはわかってる、でも時には間違っても進まにゃならん時があるんだって、ちゃんと伝えたぜ」


 頬杖をつきながら、親父さんはアンゴラとテラスを見て言った。その言葉は僕にとって答えそのものだった。

 気持ちだけでは伝わらない。いくら自分の気持ちを伝えても、それが間違いならばきっと誰もが首を振る。そんなの当たり前だ。バディタクティクスの時だってそうだった。

 僕はわがままばっかりで、作戦とかそんなの考えなかった。でも、蔑ろにしたろうか。みんなの気持ちを無下にしたろうか。もしも僕が逆の立場だったらどうしていたろうか。


「気持ちだけじゃあ、伝わらない……」


 正詠のときが、きっとそうだ。

 感覚共有しようとした正詠を、僕は止めたじゃないか。でも正詠は勝つために、前に進むためにその道を選んだ。


「みんなの気持ちも伝える……」


 〝自分の気持ち〟だけではきっと伝わらないから。


「テラス。僕は……お前のこともわかっているよ」


 〝君の気持ち〟は伝わっているよと、話さないといけない。


「お前が愛華のことを本当は嫌いじゃないってこと。僕を危険な目に遭わせたくないってこと。わかってるよ」


 テラスは涙で赤く腫れた瞳を僕に向けた。


「危険があると教えてくれてありがとう。それでも僕は、妹を助けたい。力を貸してくれないか?」


 ぐしぐしと涙を拭い、テラスは不服そうではあるが頷いた。


「お、何だ? 喧嘩でもしにいくのか?」

「えっと……まぁ、そんなとこ、ですかね……」

「深くは聞かねぇが、あんまやんちゃすんなよ」


 ぐっしゃぐっしゃと僕の頭を撫でて、親父さんはカウンターに戻っていった。


「テラス」


 口をへの字にしながら、テラスは僕を見ていた。


「ありがとな」


 そして頬を膨らませると、「あなたはずるい人です」とメッセージを表示した。それを見て思わず僕は笑ってしまった。

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