夏休み/9
フルダイブから戻ってきた僕らは、何も言わずに機器を取り外す。
改めて実感する。僕達は、負けたんだ。
「まだ足りねぇなぁ」
放心にも近い僕らへ最初に声をかけたのは晴野先輩だった。
「那須と平和島はよく動いたが、天広、高遠、日代。男共は全然足りねぇ」
その言葉に蓮は晴野先輩の胸ぐらを掴んだ。
「このっ……!!」
「何か言いたいことでもあんのか?」
「あんなの、あんなの避けられるかっ!!」
蓮の腕にそっと手を伸ばしたのは風音先輩だ。
「まずは追撃のスキルを見た時点で、あなた達は総攻撃をすべきでした。そしてエクスマキナのことを知らないからこそ、真っ先に彼を叩くべきだった。わざわざ翼は忠告したはずですよ。『驚くのは早い』と」
風音先輩の言葉に、晴野先輩は更に付け加える。
「油断しすぎってのもあるな。お前ら、セバスチャンとマリアンヌのこと舐めすぎ」
蓮は晴野先輩を睨みながら手を離した。
確かに、僕らは王城先輩達のことばかり考え、未知である二人への警戒を疎かにしていた。
「那須が囮になったのは良い。だがお前らはそれを活かせなかった。那須と平和島の二人が翼と桜を止めていた。ならお前達は残り二人を見極めるべきだった。天広は仲間を守ろうとしすぎた。高遠は状況を把握しようとしすぎた。日代は前に立ちすぎた。お前ら全員が体を動かさなかった」
上手く、戦えたつもりでいた。上手く、立ち回っていたつもりでいた。
「今日はここまでだ」
王城先輩は僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「まだ夏休みはある。明日帰ったとしても、学校への施設申請許可もしてある。この夏休みで強くなれ。お前達の相棒はまだまだやる気だぞ?」
そう言われ、僕らは自分の相棒を見た。
テラスは刀を右手で振り回しながら、左手には先手必勝という文字が書かれている旗を持っていた。
「お前はもうちょっとちゃんとした旗を持てよな……」
テラスの頭を撫でて、僕らは全員で地下室から出ていった。
リビングで僕ら二年勢はしばらくぐったりと座り込んでいたのだが、そんな僕らの頭を晴野先輩は笑いながら一人ずつ軽く叩いた。
「喜べ、晩飯はバーベキューだ」
ぴくりと、僕と遥香の体が反応した。
「しかもいいか……桜の家が用意した肉だぞ」
風音先輩を見ると、セバスチャンさんとマリアンヌさんとキッチンで談笑していた。
「……にく」
「肉か……」
ごくりと唾を飲んで立ち上り、僕はキッチンをちらりと覗く。
分厚い肉々しい肉が鉄串に刺さっていたものが何本かある。
美味い(確信)。
こそこそとまたリビングに戻る。
「太陽調査員、報告したまへ」
「遥香隊長、肉です。あまりにも肉です」
「うむ。ご苦労」
そんな僕らを、正詠、蓮、透子は冷めた目で見ていた。
「美味そうだったぞ」
正詠はため息をついて、僅かに笑みを浮かべた。
「今はこいつらの気持ちの切り替えを見習おう」
正詠は立ち上がってキッチンに向かった。
「何か手伝わせてください。罰ゲームとして」
いやおい待て何言ってんだ。
「あら? 私達がホストだもの。気にしなくていいのよ?」
言いながらも風音先輩はエプロンと鉄串を正詠に渡していた。
この人のこういうところ、本当に凄いと思う。
「あ、あの、私も、手伝います」
照れながらも透子もキッチンに向かっていた。
これはあれですか、僕らも手伝わないといけないパターンですかそうですねそうですよね。
「風音先輩、僕らにも手伝わせてください」
勝てば官軍負ければ賊軍。働かざるもの食うべからず。
美味い飯を食いたいのなら、その分手間も時間もかけるべきだ。
「あら悪いわね。じゃあ外でバーベキューセットを用意してくれるかしら?」
「マジっすか」
「一番手伝いに来るのが遅かった天広くんと那須さん、日代くん、よろしくね?」
僕の後ろにいる二人の表情は見なくてもわかる気がした。
余計なことしやがってとか、お前のタイミングの悪さのせいでとか、そういった表情に違いない。しかし、しかしだ。ここで何も手伝わずにいたとしてだ。もしかしたら僕たちは飯抜きとかそんなことになったかもしれない。それを理解してほしい。いや理解しろ。
「んじゃあパワータイプ二人と外で色々やりますかね。どこにあるんすか?」
「もう外にあるの。よろしくね」
「はい」
三人で外に出ると、スズムシの羽音がちらほらと聞こえていた。
「おー……夏だなぁ」
生暖かい風が体を撫で、僕を息を大きく吸い込んだ。
「あれじゃねぇか?」
蓮は指を差す。
既にバーベキューセットの組み立ては出来ており、近くには炭が入っている箱が置かれていた。
「太陽、あんたのテラス火属性でしょ。ささっと火を起こしなさいよ」
「遥香、お前のリリィ風属性だろ。僕のテラスが火を起こしたら風出せよ」
「くだらねぇこと言ってんな。ほらやるぞ」
蓮は手際良く炭をセットし、ライターや着火剤を使って火を起こした。
「あとはうちわで扇ぐだけだ」
「蓮すごいじゃん」
「夏野菜の茄子とは違うもんでな」
「……っ!」
「ぐっ!」
余計なことを言ったせいだろう。遥香の鉄拳は蓮の脇腹にクリティカルヒットした。
とりあえず扇ぐ役目は風属性の遥香に任せ、僕と蓮は一度キッチンに戻った。
「お、丁度いいな」
晴野先輩と王城先輩の二人は折り畳み式の椅子とテーブルを持っていた。
「まだ何個かあるから運んでくれ。肉は料理組が持ってくるからよ」
それに頷いて僕らはせっせと椅子とテーブルを外に運び、組み立てた。その途中で料理組が沢山の料理を持ってきた。
「これは……凄い」
ぱたぱたとうちわで扇ぎながら、遥香はそれを見ていた。
鉄串は肉だけのものと野菜だけのものの二種。肉は分厚く、野菜は色艶がとても美しい。まだ焼いてもいないのによだれが垂れそうなぐらいだ。
「あとはお米とサラダです。若いうちからバランス良い食生活は大切ですよ」
マリアンヌさんは色とりどりのサラダを小皿に取り分けていく。
「では始めましょう」
両手を合わせ、風音先輩はにっこりと笑みを浮かべそう言った。
串を網の上に置くと、じゅっと音を鳴らす。ついでに言うと僕の腹もぐぅと鳴いた。
「こんな分厚い肉食べるの初めてだわ……」
ぴこん。
「ん?」
肉にくニク肉にくニク肉にくニク肉にくニク……。
「いやお前こぇよ」
テラスはよだれをだらだら垂らし肉が焼ける様子をそりゃもうじぃっと見つめていた。
「やっぱりテラスは太陽の相棒だな」
顔に似合わぬ可愛いエプロンをしている正詠が言うと、みんなが笑う。
「ほら」
正詠は肉を皿に伸せ僕に渡してくれた。
「うひょー!」
それから正詠は焼けた肉や野菜を皿に取り分けてみんなに渡していった。王城先輩とは違う方向で正詠も女子力が高い。
「まずはテラスに取り分けてあげなさいよ?」
遥香は肉を一つ皿に置いて、肉にかぶりついた。
「わかってるっつーの」
僕も同じく肉を一つ皿に置いて、肉を口に運んだ。
がっつりとした歯応え、溢れ出る肉汁、口一杯に広がる野生の味。
「うまぁ!」
良かった。ここに来て良かった。色々あったけどホントに良かった。
「そういや今年の全国の初戦はどこで開催されるんですか?」
がつがつ食う僕と遥香に僅かに引きながら、正詠は王城先輩に聞いた。
「確か初戦はイタリアのヴェネチアだな」
「となるとノクトやフリードリヒは不利ですかね」
「ヴェネチアとは言え船の上で戦うとは限らんぞ。陸地で戦うように誘い出すのも作戦だ」
「あれ、じぇんこく《全国》は海外にゃんですか?」
野菜も美味い。新鮮で美味い。口の中の油を浄化してくれる。
「フィールドがヴェネチアということだ。フルダイブをする場所は学校のままだ。それと天広、もっと落ち着いて食べろ」
落ち着いて食べられないほど美味いんです。
「二回戦は中国、準々決勝はフランス、準決勝はアメリカ、決勝は日本だ。それぞれフルダイブを充分に活用している。街中で戦うのは中々楽しいぜ?」
晴野先輩がサラダを食べながら王城先輩の言葉に補足する。
「去年はすぐに負けてしまったけれど、インドは楽しかったわね」
「桜楊の火神の奴はフィールドをばっかんばっかん壊してたけどな」
「次は負けんさ」
三人は静かな闘志を燃やしていた。
「桜陽かぁ……」
北海道にある高校だが、野球とかでも甲子園に行ったとかを聞かない。
「ってか桜楊って有名なんすか?」
また肉の串を取って、三人の先輩に聞いてみる。
その質問に三人は少し考える仕草をすると、晴野先輩と風音先輩は王城先輩を見た。自然と僕も王城先輩を見る。
「桜楊は……火神を中心とした、その……あれだな、スーパーワントップチームだ。それが観客には面白かったんだろう」
王城先輩は自分の肩にいるフリードリヒをちらと見た。
「フリードリヒ、鏡花を見せてやれ」
フリードリヒは頷くと、ホログラムに火神という人とその相棒の画像を表示した。
「……王城先輩、何でツーショット撮ってるんすか?」
フリードリヒが表示したのは、王城先輩と肩を組んでいる火神さんだった。
「フリードリヒ、それではない」
顔を真っ赤にしながら、王城先輩は肉を頬張った。それを見てフリードリヒはまた違う画像を表示する。
表示したものは何か食べている最中の画像だった。頬に何か白いものが付いていることから、クリームとかの甘いものだろう。
「フルダイブで会ってるのに何でマスターの写真あるんすか?」
「……」
「あれ、王城先輩?」
「……去年の冬休みに家族旅行に来たらしくてな。そのときに会ったんだ」
王城先輩は、顔を真っ赤にしたまま、今度は野菜の串を手に取った。
王城先輩にあれこれ聞いたが全く答えてくれず、夕食は終わってしまった。バーベキューセット等も自分達で片付け、腹が膨れた後はいつもの宿題タイムだ。
先輩達に質問することにもすっかり慣れて、当初の夏休み宿題計画は大きく進んでいた。
「よっしゃあ……化学終わったー……」
問題集を閉じて大きく背伸びして、そのまま後ろに倒れる。
ぴこん。
お疲れ様です。
「あーテラス。レベルどれぐらいになった?」
ぴこん。
テラス:レベル38
所持スキル:招集EX、他力本願EX、天運C、権現A
「13もレベル上がったのか!?」
がばりと起き上がってテラスをまじまじと見つめると、テラスはえっへんと胸を張った。
「お前がんばったなぁ!」
テラスの頭を撫でながら言うと、テラスは本当に嬉しそうに笑みを浮かべて背中から花火を飛ばした。
「はは……」
その様子を見て、正詠は笑った。
「なんだよ、正詠」
「頑張ったのはテラスだけじゃなくてお前もだ」
「え?」
「忘れたのか? 相棒の成長はお前の成長だ。特に学力な」
ロビンはテラスの近くに来て頭を撫でた。それを見たセレナ、リリィ、ノクトも同じようにテラスの頭を撫で始め、いつの間にかもみくちゃにされていた。
「あ。そういや、王城先輩達の相棒のスキルも見せてくださいよ」
そう言うと、三人はペンを止めた。
「そうか。お前達は知らなかったか……フリードリヒ、ステータスを表示してやれ」
ぴこん。
フリードリヒのメッセージを見て「そういえば」と遥香は口にした。
「先輩達とやってなかったね、あれ」
「恥ずかしいけどやるか」
僕が左腕を机の上に出すと、みんなも同じように左腕を出す。
「数が多いときはコツがある。太陽以外は俺の真似をしろよ」
正詠はみんなの顔を見た。なんで僕以外かを説明もせずに。
「高遠正詠は誓う。天広太陽と共に、友を誓うことを」
正詠は短い口上を述べた。それを真似るように遥香、透子、蓮は続いて言った。みんなの視線が僕に向けられた。
「え?」
「お前が口上を言えば俺達も先輩達と同志宣誓できる。かっけぇの頼むぜ、太陽?」
「この……!」
「早くしろって」
嵌められた気がしてならないが、時間が長引けばもっと恥ずかしくなるのでさっさと言うことにした。
「天広太陽は誓う。王城翼先輩と晴野輝先輩、風音桜先輩を友として、共に戦い、共に進み、共に絆を紡ぐことを……」
それを聞いた先輩達三人は頷いた。
「風音桜は誓います。王城翼と共に、友を誓うことを」
「晴野輝は誓う。王城翼と共に、友を誓うことを」
二人は王城先輩を見る。
「王城翼は誓う。天広太陽と仲間を友として。共に支え、共に立ち向かい、共に喜び合うことを」
一拍置いて。
「同志宣誓!」
八人の端末が一瞬強く光ると、僕らの相棒は手を繋ぎあって輪を作っていた。
「ってあれ? イリーナは?」
その相棒の中にイリーナの姿はなかった。
「イリーナのことは風音が言いたくなったら言う。それよりもフリードリヒ、ステータスを表示しろ」
ぴこん。
フリードリヒ:レベル55
所持スキル:天賦の才A、努力A、勝利への執念A、決闘S
「踊遊鬼、頼むぜ」
ぴこん。
踊遊鬼:レベル51
所持スキル:挑発A、正射必中D、気合D、狩人の瞳C
「イリーナ、表示だけでもしてね」
ぴこん。
イリーナ:レベル53
所持スキル:気品A+、疾風迅雷S、本気A、気炎万丈A
この人達のレベルやスキルを見ると、やはりかなり高い。スキルは軒並みA以上だし、戦いで見せた強力なアビリティもまだ沢山あるのだろう。けれど、それよりも気になるのは……。
「晴野部長、その踊遊鬼のスキル……」
晴野先輩は少しだけ困ったように微笑んだ。
「怪我してから、な。さっきはマリアンヌのおかげで多少は動けたが」
踊遊鬼はじっと晴野先輩を見つめた。
「大学卒業までには弓持たせてくれるんだろ、踊遊鬼?」
ぴこん。
勿論です。
「ほれほれ、宿題はまだ残ってるぞ」
払うような仕草をして晴野先輩はまた問題集を開いた。それを見て王城先輩や風音先輩も問題集を開いた。
「早く強くなれよ、
晴野先輩はさっきまでとは違った優しい笑みを浮かべながらそう言った。
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