夏休み/7

 そんな訳でとりあえず僕以外みんな筋肉があることがわかったので、僕も少しは筋トレをしようと思います。夜間の学校侵入のときもそんなこと思ってたけど、割とマジで体を鍛えないとちょっと悲しくなりそう。


「遥香も透子も宿題進んだか?」

「私は全然進まなかったよぅ……」

「私は苦手科目一杯教えてもらっちゃった」


 対照的な答えと表情を浮かべた二人に、風音先輩は上品に笑っていた。


「セバスチャン、マリアンヌ。お夕飯の準備は?」

「できております、お嬢様」

「腕によりをかけて作りました」

「ご苦労様」


 夕飯と聞いて、僕のお腹はくぅんと子犬のように鳴いた。


「腹減った……」


 ぐぅと、また違う腹の音が鳴った。


「俺だって腹減ったわ」


 蓮も腹を擦りながらそう言った。


「ではお夕飯にしましょ」


 楽しそうに風音先輩が言うと、僕らはダイニングで各々が椅子に座った。既にナイフやフォーク等は用意されており、セバスチャンさんとマリアンヌさんは一礼すると静かにスープから出してくれた。


「て、テーブルマナーとか知らないけど、大丈夫ですかね?」

「良いのよ、気にしなくても。楽しく食べましょう?」


 料理は一つひとつがとても美味で、今まで食べたものの中で一番だった。

 これだけで先程の『ドキッ★男だらけの夏の思い出』を帳消しにするほどだ。


「あー幸せなんじゃー……」


 食事が終わり、腹を叩いてソファに横になろうとするタイミングで王城先輩に肩を叩かれる。


「このあとは肝試しだ」

「マジっすか」

「うむ」

「私は反対でーす」

「なんだ、怖いのか夏野菜」


 遥香はとても嫌な顔を一瞬して、蓮の腹を殴った。


「ぐっ……」

「夜にレディを連れ出すなんて言語道断だっての」

「レディっていうのは男の腹を殴ったりしねぇからな……?」

「レンレンうるさーい」


 いつもの遥香と蓮のやり取りを見ながら、風音先輩は「さ、行きますよ?」と言って、先輩達を連れて玄関に向かっていった。


「何て言うか……王城先輩達、やたらと乗り気というか、何というか……」

「あの人達なりに俺達を楽しませてくれようとしてるんだろ?」


 正詠は僕の背中を軽く叩いて、渋る遥香の頭をぽんぽんと叩いた。


「行こうぜ?」


 海でのはしゃぎっぷりもそうだが、正詠はとても楽しそうだった。


「何かあったら責任取ってよね、正詠」


 そんな正詠の服の裾を掴みながら、遥香は続く。


「おーおー肝試しぐらいで何かあるとは思えないが、責任取ってやる」


 そんな二人に続き、僕らは外に出た。玄関を出てすぐに先輩達はいて、僕らを少し離れた森の中に案内した。


「ここからは相棒にも協力してもらう」


 王城先輩のフリードリヒが現れ、メッセージを僕らの相棒に送った。

 ぴこん。

 メッセージ受信完了。『ハラハラっ! 先輩達との肝試し!』を表示します。

 タイトルから先輩達が浮かれているのは明らかだった。


「ルールやルートは各相棒に送ってある。ペアは我々が勝手に決めた」


 ぴこん。

 ルートとペアを表示します。

 テラスはホログラムを二つ展開した。


「僕と……晴野先輩?」


 他のペアは、正詠とマリアンヌさん、透子と風音先輩、遥香と王城先輩、蓮とセバスチャンさんだった。


「セバスチャンさん達も参加するんですか?」

「うむ。ルールはちゃんと読めよ。罰ゲームもあるからな」

「さらりと罰ゲームって言った! 罰ゲームって言ったぁ!」


 大事なことなので二回言いました!


「何、ひどいものではない。食器を片付けるだけだ。しかし、かなり高級な食器だから気を付けろよ」


 いや、充分すぎるでしょうが!?


「ほら、早くルールを確認しろ」

「何で肝試しで男とのペアなんだ……」


 今日は厄日か何かなのかな……。

 ぴこん。

 ルールを読んでください、マスター。


「あぁはいはい」


 テラスが表示しているルールを眺める。

 道で現れるモンスターを、相棒に指示を出しながら倒していきましょう★

 いきなりモンスターとか言われても困る。


「何すか、これ?」

「最後まで読め」

「あ、はい」


 相棒に指示を出すときはバディタクティクスのときとは違い、的確に、わかりやすくしましょう。曖昧な指示では相棒がどこを攻撃していいかわからないからね★

 モンスターに攻撃されたり、びっくりしたりすると『びびったゲージ』が蓄積するぞ! このびびったゲージが一番高いペアが罰ゲームだぞ★

 あとこの辺りは熊が出るから要注意だよ★


「……王城先輩」

「なんだ」

「熊って?」

「熊。食肉目クマ科の構成種の総称だ。英語でbear」


 違う。僕はそんなことを言いたいんじゃないんです!


「危ないですよねぇ!?」

「安心しろ、滅多に出ない」

「でも出るんですよね!?」

「どうだ、本物の肝試しだろ?」

「肝試しちゃいます! これじゃあ根性試しです!」

「ごちゃごちゃ言うな。大丈夫だ。まずはお前達だぞ、早く逝け」

「逝けの字が違う!!」


 どんと力強く背中を押される。


「観念して行くぞ、天広」

「いやだぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ずるずると晴野先輩に引きずられ、夏の思い出『ドキッ★命を賭けた肝試し!』が始まったのだった。


――……


 森の中は本当に静かで、時折気持ち良い風が吹いていた。そのせいか恐怖よりも清々しさの方が勝り、肝試しというよりはただの夜の散歩に近い。


「言っとくが俺と踊遊鬼を当てにするなよ」

「え」

「俺の踊遊鬼はまだ弓を持てねぇからな。守ってもらうことしかできない」

「え」

「なるだけ逃げ回るが、攻撃はやらんぞ」

「えぇ……マジっすか」

「マジだ」


 そこまで話すと、目の前に子供の絵本に出てくるようなオバケが現れた。


「モンスターだな。頼んだぜ、天広」


 晴野先輩は僕の後ろに回った。


「まぁ今更こんなのにびびらないですけどね……テラス、攻撃を頼む」


 しかしテラスは動かずに僕を見て首を傾げた。


「どうした、テラス?」


 テラスは首を傾げるだけで、目の前のオバケに攻撃をする仕草を見せない。というか、武器すら持ってない。

 オバケはケラケラ笑いながら、テラスを大きな舌でべろりと舐めた。


「て、テラスたん!?」


 顔を青ざめながら、テラスはオバケを見た。そして瞳に涙を貯めながらテラスはオバケを指差し僕を見る。


「天広、ルールに書いてたろ。これはバディタクティクスとは違うゲームだ。ちゃんと相棒の視点になって指示を出せ」

「普通わかりますよね!?」

「だからそういうルールなんだっての」

「マジかよぉ……テラス、今お前を舐めた奴に攻撃!」


 テラスは僕と先程のオバケを交互に見て、ぽかぽかとオバケを叩き始めた。


「えーっと、武器を出して攻撃!」


 テラスは頷いて刀を抜くと、オバケを斬りつけた。オバケは蜃気楼のように揺らいで消えていった。


「ほら。どんどん出てきたぞ」


 人魂を伴って、オバケはもっと数が増えた。


「あーえー、右、右から順に倒していけ、テラス!」


 僕の指示を聞き、テラスは右のオバケに狙いを定めるが、オバケ達はゆらゆらと動きながら順序を変えていく。そのせいかテラスは戸惑い、また僕を見た。


「うがぁ!! めんどい!!」

「天広、俺に指示させてくれ」

「テラス、晴野先輩の指示に従え!」


 テラスはこくりと頷いて、メッセージを表示させた。

 ぴこん。

 一度だけですよ?


「おうよ。テラス、右三時方向、角度上方約三十度、左目が赤い奴をターゲット。まずはそいつを潰せ」


 動き続けるオバケの一体にテラスは狙いを定め、一撃で斬り伏せた。


「天広、よく見ろよ。全部に特徴があるだろ?」

「え、あ、ホントだ」


 晴野先輩の言う通り、オバケには全て何かしらの特徴があった。


「完全な指示は出さなくていい。だがな、わかりやすく伝えろ。気持ちだけじゃあ伝わらないものもある」

「……はい」

「じゃあやってみろ」

「テラス、真ん中辺り、ランタン持ってるやつを攻撃! あいつが一番でかい!」


 テラスは一足で間合いを詰めて攻撃したが、それを他のオバケが前に出て防いだ。


「えーっと、アビリティ使えるな!?」


 テラスは頷いた。


「ファイアウォールでランタン持ってるでかい奴を包囲、他の奴を近付けなくさせてあいつを倒せ!」


 可愛らしい花火がでかい奴を囲むと、テラスはまた突っ込みでかいオバケを倒した。すると他のオバケも消えていった。


「よっしゃナイス!」

「まだまだ、だな」

「え?」

「ほれ、先に進むぞ」

「あ、はい」


 今まで後ろにいた晴野先輩は前に出て歩き出した。


――……


 太陽と晴野が進みしばらくすると、彼らのSHTITから音がした。


「なんだ?」


 正詠が自分のSHTITを見る。


「準備が出来たということです。では高遠様、行きましょう」


 マリアンヌはそう言うと、先を歩き始めた。


「えーっと……?」


 正詠は風音を見た。風音は頷き、進むように促す。


「なんだかなぁ……」


 頭を掻いて正詠はマリアンヌの後に続く。

 少しするとマリアンヌは立ち止まり、正詠に向き直る。


「高遠様。恥ずかしながら私、バディゲームは素人でして。正直言って全くお役に立てません。ご了承くださいませ」


 マリアンヌの傍らに、彼女と似たようなメイド服を身に纏う相棒が現れ、一礼する。


「まぁ大丈夫ですよ。俺とロビンで何とかします」

「ありがとうございます。では、よろしくお願い致しますね?」


 にっこりとマリアンヌが微笑むと、彼女の背後に蚊の化け物が大群で現れた。


「これ、モンスターですかね?」


 引き攣る笑顔で正詠は問いかける。


「そうだと思われます」


 笑顔を崩さずに、マリアンヌは正詠の背後に回った。


「私の〝フェリーツェ〟を、どうぞお守りください」


 それが合図とでも言うように、蚊の化け物達は羽音をよりけたたましく鳴らした。


「ロビン、数が多いのは好都合だ。前方の化け物共を驟雨で一気に打ち落とせ!」


 ロビンは自分の両手を見て、正詠を見た。


「そこまで細かく言わないといけないのかよ……ロビン、弓を取り出せ! 前方の化け物共に驟雨! ターゲットは絞らなくていい!」


 ロビンは力強く頷いて矢を空に放つが、蚊の化け物は一気に散るとロビンを無視してフェリーツェ

へと向かった。


「ロビン、アイストルネード!」


 しかしロビンはまた正詠を見た。


「フェリーツェを中心にアイストルネードだ! 急げ!」


 ロビンがアビリティを使用するが、蚊の化け物達はまた散らばってそれを回避した。


「マリアンヌさん、フェリーツェを動かせますか!?」


 さすがにこのままでは不利と悟った正詠はマリアンヌに聞いてみたが。


「できません。言ったでしょう、役に立たないと」

「動かすこともできないって……!」

「ほら、またフェリーツェが攻撃されそうです。ちゃんと守ってくださいね?」


 内心舌打ちをし、正詠は蚊の動きを見た。


「数が多い上に早すぎるな……一気に気散らしたいが、ロビンじゃ不利か」


 ロビンの武器は弓。普通のバディタクティクスなら相手は人間サイズ。どんなに相手が素早くともここまで悩むことはない。しかし、今の相手は蚊の化け物。数が多い上にサイズも大きくはなかった。


「守るのはノクトの専売特許なんだが……」


 誰かを守るのはノクトが非常に特化している。こういった状況でのロビンは、実力を発揮しきれない。


「高遠様。ではございませんよ?」

「……わかってます! ロビン、リリィを見習うぞ! 突進して一番近くの相手に地雷矢を突き刺せ!」


 ロビンは群れの中に走り、一体の蚊に矢を突き刺した。


「距離を取って爆発させろ!」


 ロビンは後退し、矢を爆発させた。


「まずは一体……!」


 そんな正詠を見て、マリアンヌは小さく嘆息した。


――……


 すっかり聞き慣れた音が鳴る。


「では行きましょうか、平和島さん」

「はい」


 風音と透子は森に向かう。


「そういえば、私のイリーナは出てこないからモンスターとの戦いはよろしくね?」

「はい……えっ!?」

「ふふ」


 朗らかな笑みを浮かべながら風音は言った。その笑顔のせいか、透子は何も言えずに彼女の後ろに続くだけだ。


「あら。出てきたわよ、平和島さん」


 現れたモンスターは頭は牛のようで、しかし体は屈強な人間のものであった。片手には武骨な斧を持っており、両目はぎょろぎょろと忙しなく動いている。


「ミノタウロス……でしょうか?」

「これでは肝試しというよりはハロウィンですね、ふふ。本当に楽しませてくれますね」


 風音はくすくすと笑いながらそのモンスターを見ていた。


「さぁ平和島さん。よろしくね?」


 風音は変わらぬ雰囲気のまま、透子に言う。それを聞いた透子はおろおろとしながらも覚悟を決めたのか、そのモンスターをきっ、と睨み付けた。


「セレナ! 武器を取りなさい!」


 細剣を抜き、セレナは構える。


「まずは遠距離から行きます。アクアランスをモンスターに!」


 いくつかの水の槍をセレナは出すと、それをモンスターに発射した。それは紛れもなくモンスターに直撃するのだが、モンスターは何事もなかったのようにセレナを見た。


「アビリティは利かないのかな……」


 透子は考えるようにそのモンスターを見ていたが、その様子を見て大きく、とても大きく風音はため息をついた。


「これではただの頭でっかちですねぇ」


 風音が呟いた言葉は透子には聞こえない。

 そんな透子は遠方から剣での攻撃とアビリティでの攻撃を繰り返しながら、常にモンスターからの一定の距離を保っていた。モンスターには何もダメージらしきものもなく、全く状況は進展していない。


「平和島さん、そのようなこと誰でもできるのよ?」


 ぽんと透子の肩を叩き、風音は笑みを浮かべた。


「風音、先輩……?」

「今のあなたは価値無し、です」


 また大きくため息をついて、風音はモンスターを見る。


「あなたは守られる理由を守ったことはありますか?」


 その風音の言葉に、透子は首を傾げる。


「わかりませんか?」

「わかりま……せん」

「無くては勝てない存在になりなさい。友情があって守られるのも結構ですが、〝勝ちたい〟のなら、あなたはもっと強くあるべきですよ」


 透子とセレナは顔を見合わせ、そしてモンスターを見た。


「強く……ですか?」

「翼と戦っているあなたは、誰よりも〝守られる価値〟がありましたよ」


 透子の頭に、あの王城との戦いが思い出される。

 恐怖というよりは、負けられないという勇気にも似た感情。それが彼女の胸にはあった。


「理由……私がいないと、勝てない理由……」

「その強さ。決して捨ててはいけません。戦いなさい、平和島さん?」


 倒すべき相手をじっと見つめ、透子は持ち直す。

 自分という存在を、守るために。


――……


「次は俺達だな。行くぞ、那須」

「お、おす……」


 SHTITからアラームから鳴ると、王城と遥香は足を進めた。

 道中の会話はほとんどなく、そんな中で遥香は僅かながら体を震わせていた。


「お、王城先輩、はや、早すぎませんか……?」

「ん?」

「歩くの、早すぎ、ませんか?」

「あぁ、すまんな」


 王城は立ち止まり、遥香が自分の隣に来るまで待った。遥香の歩みは遅く、王城は腕を組みため息をついた。


「何に怯えている、熊か?」

「熊ならまだ良いです!」

「な、え、そ、そうなのか……」

「ていうか暗すぎませんか!?」

「いや、相棒のおかげでそこまで暗くは……」

「暗い、です!!」

「あ、あぁ……」


 遥香の気迫に押され、さすがの王城も気後れする。


「……む、出たな」

「何がですかぁ!?」

「モンスターだ。さて、倒すぞ」


 遥香と王城の目の前に、翼を有する大きな片目しかないモンスターが現れる。それはジャスティスを彷彿とさせる容姿だった。


「なに、これ……?」

「ルールにあったろう? モンスターだ。倒さねばここに長居することになるぞ」

「リリィ、先手必勝速攻勝負! あいつをぶん殴って!」


 両拳を強く叩き合わせ、モンスターに突進し拳を打ち込む。


「ナイス!」


 しかし、モンスターは怯む様子を見せない。ぎょろりと片目を動かし、フリードリヒに触手らしきものを飛ばす。


「フリードリヒ、向かってくる触手を左の拳で弾け」


 落ち着いて王城はフリードリヒに指示を出し、フリードリヒもそれに従う……が、完全に弾いたはずだというのに、何故かフリードリヒは大きく吹き飛んだ。


「なるほど、面白い考えだな。ふむ……フリードリヒ、体勢を整えあいつの面を殴ってみろ」


 唾を吐いて、フリードリヒは飛びモンスターの顔面を殴る。

 モンスターはまた片目を動かし、今度はリリィを見て触手を伸ばした。


「リリィ避けて!」


 リリィは戸惑うように触手と遥香を見るだけで、避けようとはしない。そのせいか触手はリリィに直撃し、フリードリヒのように大きく吹き飛んだ。


「なんで!?」

「的確に指示しろ。避けるにしてもどう避けるか、どちらに避けるかを、な」

「むぅ!」


 モンスターは口を大きく歪ませた。


「馬鹿にして!」

「落ち着け、那須。あいつは攻撃をしてこなかった奴を狙うぞ」

「フリードリヒなら受け切れるでしょ!? リリィ、早く倒してこんな所さっさと抜け……」

「那須!!」


 王城の怒号がびりと遥香の体を震わせた。


「は、はい?」

「貴様は自分のせいで仲間が傷付くことを強要するのか!!」

「そんな、ことは……」

「好きに戦うことを俺は攻めん、それが貴様の持ち味だ。だが、その代わりに狙われるのは仲間だ。よく見ろ、よく考えろ、!!」


 遥香とリリィはモンスターを見た。


「……リリィ、臥王拳をあいつの腹に一発!」


 右の拳を強く握り、モンスターへとアビリティを放つ。モンスターは避けずにそれを受け、また片目をフリードリヒに向ける。


「リリィ、下がってフリードリヒに来る触手を攻撃!」


 フリードリヒに向かった触手をリリィは攻撃する。しかし、それでも触手は止まらない。


「リリィ! フリードリヒを掴んでモンスターに投げて!」


 すぐにリリィはフリードリヒを掴み、指示通りモンスターに投げ飛ばす。


「不細工だが、まぁ及第点か。フリードリヒ、全力であいつに打ち込め。四重牙連しじゅうがれん


 フリードリヒは空中で体勢を整え、一撃を放つ。モンスターは僅かに体を仰け反らせる。


「那須、同時にやるぞ」

「はい!」


 リリィとフリードリヒは同時にモンスターを殴り飛ばした。


「やった!」

「ふむ……」


 やれやれとでも言うように、王城は首を振った。


――……


 最後に森に向かったのは蓮とセバスチャン。二人の間には会話はない。

 何度か蓮は話しかけようとしたものの、話題が見つからずに頭を掻くだけだった。そんな彼を見る度に、セバスチャンは柔和な笑みをを浮かべるだけだった。


「日代様」

「なんだ……何ですか?」

「モンスターです」


 彼らの前に現れたのは、赤色と青色のミイラのような姿をした二体だった。


「けっ。ノクト、一撃で決めてやれ」


 ノクトは頷いたものの、蓮を見る。


「早く剣を抜け」


 またノクトは頷いて剣を構える。


「やれ」


 そしてまたノクトは蓮を見た。


「日代様、指示は細かく的確にしなければいけませんよ?」

「めんどくせぇなぁ」

「〝エクスマキナ〟、鎌を取り出しなさい。青色を攻撃します。行きなさい」


 セバスチャンのエクスマキナは白い燕尾服を身に纏い、大きな歯車のような鎌を振るった。


「後退、アビリティ〝アイスシックル〟を青のミイラへ」


 エクスマキナの鎌が氷を纏い巨大化する。それを振るってミイラに攻撃するが、ノクトは危うく巻き込まれそうになった。


「何しやがる!」

「棒立ちでは邪魔です、日代様」

「この……! ノクト、バスターを赤いやつだ!」


 ノクトはエクスマキナを一度睨み付け、赤のミイラに攻撃するがそれをエクスマキナの氷の鎌がまた邪魔をした。


「邪魔すんな!」

「邪魔? それはあなたでは?」


 エクスマキナは鎌を降ろし、ノクトへとニヒルな笑みを向けた。


「テメェ……!」

「今まで大分ご友人の方々に甘やかされていたのですね、日代様は。エクスマキナ、構いません。アビリティ〝氷嵐ひょうらん〟の使用を許可します。ターゲットは青」


 エクスマキナはノクトのことなど気にせず、頭上で氷の鎌を回し始めた。徐々にそれは勢いを増していき、嵐が巻き起こる。


「ノクト! 俺の方に来い!」


 ノクトは氷嵐から逃げるように日代の元に走った。

 氷嵐は二体のミイラを飲み込み激しく吹き荒ぶ。


「テメェはさっきから何しやが……!」

「いつまでも訳ではありませんよ。人に合わせても自分を活かせることこそ最善。忘れなきように」


 目尻をぴくぴくと動かしながら、日代は「けっ」と悪態をついた。そのような態度にセバスチャンは肩を竦めつつ首を振った。


「さぁエクスマキナ。まずは一体潰しましょうか」


 エクスマキナは頷き大鎌を振り上げつつ、青色のミイラに突進。先程の嵐によって態勢を崩していたミイラがそれを避けられるわけもなく、大きなダメージを与えたが。


「ふむ……?」


 しかしそのミイラは倒れることはなく、攻撃をしてきたエクスマキナを虚ろな瞳で見つめた。


「エクスマキナ、連続で斬り付けなさい。軽くでかまいません」


 エクスマキナは軽く何度かミイラを斬り付けたが、ミイラにダメージが通っているようには見えない。


「おやおや、これは珍妙な……」

「けっ」


 セバスチャンの背後で悪態をついた日代は、セバスチャンに右に立ち首の骨を二度鳴らした。


「おや、拗ねるのはやめたのですか?」

「最初から拗ねてねぇっての。ノクト、赤い方を斬り付けろ」


 真正面から赤いミイラに斬りかかるものの、やはりダメージを与えられているようには見えなかった。


「……けっ。そういうことかよ、くだらねぇな」

「おや、何かお気付きですか?」

「あんたの相棒、加減知らねぇだろう。俺が人に合わせられるってこと見せてやるよ」

「それは助かります。エクスマキナは少し特殊でしてね。エクスマキナ、日代様のお言葉に甘えます。アビリティ、アイスシックルを青色に」


 エクスマキナの鎌が再び氷を纏うと、充分に力を溜めて青色にその鎌を振り下ろした。それと同時にノクトも赤いミイラへと攻撃を行った。するとミイラ二体は痛みに苦しむように悲鳴を上げた。


「ほう……」

「同時にダメージを与えりゃあいいんだろ。お前の氷嵐見ればわかる。めんどくせぇ」

「慧眼をお持ちなのは良いですが、口が悪い。そして勿体ない。本領発揮するのが遅すぎる」

「うるせぇ。合わせてやるから早くやれ」

「本当に口が悪い……」


 にやりと笑みを浮かべながら、セバスチャンはそう言った。

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