夏休み/5

 朝の七時。それは僕の家の前に到着していた。

 テレビや雑誌でしか見たことない人がほとんどの、本物のリムジンが。


「天広太陽様ですね?」


 初老の紳士はそう言いながら恭しく頭を下げる。


「は、はじめまして。あの、セバスチャンさん、ですか?」

「はい。高遠様と那須様は既にお乗りになっております。どうぞ」


 後部のドアを開けるその所作にすら気品が漂い、僕は二の足を踏んだ。


「どうされましたかな?」

「あ、その、はい。いえ、なんでもないです……」


 リムジンに乗り込むと、僕以外全員が揃っていた。その中でもチーム太陽の一員は肩身狭くかしこまって座っていた。


「よ、よう、みんな」


 ぎこちない挨拶をすると。


「あ、うん。太陽、ご、ごきげんよう」

「あ、そのいい天気で、良かったよな?」

「えっと、その、た、楽しみだね、太陽くん?」

「おう、あーっと、り、旅行日和、だな」


 そんな僕らを見て、向かいに座る風音先輩はくすくすと笑った。


「そんな緊張しなくていいのよ?」


 あまりにもほんわか言われる。


「緊張するでしょう、こんなの! っていうか風音先輩の家、どんだけ金持ちなんすか!?」

「そうねぇ……世界長者番付で上から数えた方が早いぐらいにはお金持ちよ?」


 がっくりと肩を落とす。


「俺達が断り続けた理由がわかるだろ、天広?」

「うむ」

「これは男女比とかの問題じゃなく、確かに遠慮しますわ……」


 はぁ、とため息が漏れる。

 ぴこん。

 リムジンです! リムジン! 凄いです!

 テラスは子供のようにはしゃいで鬱陶しい。


「まだ驚くのは早いわよ? これから空港のプライベートジェットに乗るのですから」


 いやもうあんたホントに日本人かよ。

 リムジンはあまりにも静かに発進し、二時間もかからず空港に着いた。簡単な荷物検査が行われ、僕らは風音家所有のプライベートジェットに乗り、今はもう空の上だ。


「どこに行くんすか、これ」

「無人島よ。お金持ちが何人かで出し合って買った、ね」

「日本、ですよね?」

「ふふ、当然でしょう? 天広くんは面白いわね?」


 日本に金持ちが出し合って買った無人島があることに驚いたんです。当然の疑問なんです。


「どうしよう、めっちゃ不安になってきた」


 それは先輩達を除いては同じらしく、みんな同じような顔をしていた。

 そんな不安をよそに、飛行機は数時間のフライト後着陸した。


「おーいい天気だ……」


 文句なしの快晴。思いっきり外で遊べというほどの快晴だ。

 降りてすぐに僕らは用意された高級車に十数分乗って別荘に到着した。


「でっけー!」


 別荘は僕の家よりも一回りも二回りも大きく、物凄く綺麗だった。


「セバスチャン、マリアンヌ。私達は海に行くわね」

「かしこまりましたお嬢様」

「さ、那須さん、平和島さん、水着に着替えましょう?」

「はーい」

「はい」


 女性陣は奥に向かった。


「二人は水着履いてるのか?」


 正詠と蓮は首肯した。


「晴野先輩も王城先輩も履いてるんすか?」

「おう」

「うむ」

「じゃあ早く行きましょう!」

「行ってらっしゃいませ」


 セバスチャンさんとマリアンヌさんの見送りを背中に受け、僕らは別荘の目の前にある海へと駆け足で向かった。

 海は太陽の光をきらきらと反射していてとても美しかった。しかもこんなに美しいというのに、他に海水浴をしている人はいない。


「海だぁぁぁぁ!! 誰もいねぇぇぇ!! いぃぃやっほぅ!!」


 服を脱ぎ捨てとりあえず海に足を突っ込んだ。


「うっひゃあ冷てぇ! ちょーきもちぃー!」


 僕に続いて正詠も海に足を入れた。


「ロビン、海水は大丈夫だったな?」


 ぴこん。

 イエス。


「よし……太陽」

「なんだよ、まさよ……」

「おらぁ!!」


 正詠は僕の肩を掴みながら一気に駆けていき、海に潜った。


「あははは! 何すんだ馬鹿野郎! らしくねぇぞ!」

「俺だってたまにはハメを外すっての!」

「あはははは! 蓮も先輩も早く遊びましょうよー!」


 まだ海に入ってない三人に手を振る。


「おーおーガキンチョは元気だなぁ。俺達はパラソルとか設置したらすぐに行くっつーの」

「三本ぐらい刺せばいいか、晴野?」

「おう。マドモアゼル達が涼める場所は確保しとかねぇとな」

「うむ」


 二人が手際良くパラソルを指している中、蓮は手持ちぶさたのように落ち着いていなかった。


「お、蓮ちゃん暇そうじゃん」

「はは、おい素行不良! 照れてるのか! 早く来い!」

「うるせぇな……ガキかよ、てめぇらは」


 頭を掻きながら近寄って来た蓮を、僕と正詠は一気に海に引っ張り込む。


「てめぇらなに……しょっぺぇな、くそっ!」

「あははは! ばーかばーか!」

「はははっ! 海はしょっぱいって知らなかったのか素行不良?」

「てめぇら!!」


 ばっしゃばっしゃと水を掛け合っていると。


「あら、待ってくれないなんてひどいじゃない?」

「ずっるーい!」

「準備運動はしたの、みんな?」


 遂に女性陣が到着した。


「うぉぉぉぉぉ! おっぱい万歳おっぱい爆発ー!!」


 黒いビキニに白い花柄の風音先輩! たわわな胸はスイカと言っても過言ではない!

 白いパレオタイプの水着の透子! ふくよかな胸はメロンか成長途中のスイカか!

 あとついでに遥香も中々良いね、うん。


「海さいこぉぉぉぉぉがぼぉっ!!」


 急に海に頭を突っ込まれた。


「さすがに」

「はしゃぎすぎだ」

「がぼぁ!」


 二人の手を押し退け顔を出す。死ぬかと思った。


「おーい遥香ー、おっぱ……透子ー早く来いよー!」

「あんたねぇ……」

「今最低な呼び間違いしそうになったよね太陽くん!?」

「細かいこと気にすんなっての!」


 とりあえず海から上がって二人の手を引いた。


「うわ、冷た……」

「準備運動しないとあぶな……」

「ははっ! おらぁ!」


 正詠が二人に水を掛ける。


「わっぷ!」

「きゃあ!」

「準備運動したいんだろ? 手伝ってやるよ!」

「お、正詠! 僕も手伝うぜぇ!」


 二人で遥香と透子に水を掛ける。


「あはは! やめてよぉ!」

「もう!」

「このぉ!」


 遥香からの反撃に僕らもより多くの水を返す。


「あらあら、一つ下とは思えないはしゃぎっぷりね」

「楽しそうで何よりだ」

「あいつらガキだなぁ……」


 先輩達は軽く準備運動をしていた。


「翼、日焼け止め塗ってくれるかしら?」

「うむ」


 日焼け止めという単語を、私、太陽は聞き逃しませんよ!


「はいはーい! 僕が風音先輩の日焼け止め塗りまーす!」


 水を掛けられながらも風音先輩の元に向かう。


「天広くんはいやらしいからお断りするわ」

「え?」


 嘘でしょ。夏といえばこういうイベントでしょ。日焼け止め塗ってる男子が少し照れて、それを「ふふ、照れてるの?」とか年上の女性が言いながらからかってくれる最高のイベントでしょ。


「そんな、馬鹿な……」


 ぴこん。

 マスター。


「テラス、夏といえば日焼け止めのイベントだよな!?」


 テラスに勢い良く顔を向けると、テラスは少し照れながらも僕に日焼け止めを手渡そうとしていた。しかもトップの紐は外れており、片腕で大切な所は隠している。

 ぴこん。

 日焼け止めを塗ってくれますか?


「……え?」

「おーおー少女が大人になる瞬間じゃねぇか」


 ハメが外れた正詠が肩を組みながら言った。


「塗ってあげなよ、太陽。イベントなんでしょ?」


 きゃっ、とでもいうようにテラスは頬に手をやった。


「テラス、リリィとかセレナにやってもらえば……」


 そこまで言うとテラスは頬を膨らませ、正詠と蓮を交互に指差した。


「ん?」


 正詠と蓮を見てみると、ロビンがリリィへ、ノクトがセレナへと日焼け止めを塗っていた。


「……え」


 相棒がイベントを回収している、だと!?


「あはは、仲良いんだからもう。丁度いいや、正詠。私のもお願いね」

「あ、あぁ」

「じゃあ蓮ちゃんは私をよろしくね」

「なっ!? いや、あ、お、おぅ」


 四人は砂浜に戻っていった。


「馬鹿な……」

「よう、天広」


 がっしりと、晴野先輩に肩を組まれた。


「お前には俺に日焼け止めを塗る権利をやろう」

「え」

「俺は肌が弱いんだ」

「え、普通に嫌です」


 晴野先輩の体に力が入るのがわかった。意外と体がしっかりしている。っていうか直接触れ合ってる分、何かすげー嫌だ。


「俺は同じことを二度言うのは好かねぇ。天広、テメェはそれでも俺に同じことを言わせるか?」


 スキル、後輩脅し。ランクSが発動しました。天広太陽は逃げられない!


「う……ぐぅ……!」


 首が、しまっ、て、る!


「選べ。俺に塗るか、くたばるか」

「塗り、ますぅ……」

「よし」


 天広太陽、十六歳と五ヶ月。夏の思い出に〝男の体に日焼け止めを塗る〟のページが追加されてしまった。

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