夏休み/4
土曜日の午前十時。我らチーム太陽とチームトライデントの面々は巨大ショッピングモール、〝らんらんポート〟の水着売り場に来ていた。夏もいよいよ本番ということもあり、店内はかなり賑わっていた。
「ねぇねぇ透子。これどう?」
「赤……私はそこまで攻めれないな……」
「まぁ平和島さん。あなたももっと攻めた方がいいわよ。折角男の子も行くんだもの」
「で、でも……」
女子勢は楽しそうだが、我々男子勢はというと、ベンチに座ってその様子を眺めていた。
「何で最初に女子の水着なんだよ」
愛華のときにも思ったが、女子は買い物が長すぎる。こうさ、さくっと買うもの決めればもっと時間節約できるじゃん。無駄ですよ、無駄。
「おい翼。これ、見てみろよ」
「む。これは少し風音には似合わないな」
先輩達は先輩達で何かやってるし。
「なぁなぁ正詠。何か面白い話してくれよ」
「あぁ」
「正詠?」
「あぁ、赤色はうん、まぁ悪くないな」
駄目だこいつ。
「なぁ蓮」
「あれじゃあ攻めすぎだ、他の男の目も考えろよな」
……駄目だ、こいつら。
「ただいまキャンペーン中でーす! 水着を買ってくださったお客様には、同じ柄の水着を相棒にプレゼントしまーす」
ぴくりと、全員が店員さんの声に反応した。
「相棒の水着って……こいつらに必要なのか?」
ぴこん。
水着、着てみたいです。
テラスが僕の膝の上でそんなことを言った。
「お前いつも何だかんだ好き勝手着替えてんじゃん。今回も好き勝手着替えてみろよ」
ぴこん。
水着は別です。
「別なのかよ」
「相棒は課金することでコスチュームを買えるんだぞ。テラスが着替えてるのは無料の奴を引っ張ってきてんだろ。バースデーエッグの授業でそういうのも習ったろ」
教えてくれた正詠の視線は真っ直ぐに女子勢に向けられている。
もうさすがに暇すぎるので、僕も水着を選ぶため立ち上がった。
「どうした?」
「僕も水着選んじゃう」
蓮にそう答えて、僕は先程キャンペーンのことを言っていた店員さんの元に向かった。
「すんません」
「はい、何でしょうか?」
「異性タイプの場合、水着ってどうなるんですか、そのキャンペーン」
「異性タイプの場合は簡単なゲームをしてもらって、その結果に応じて水着を選べますよ。挑戦しますか?」
「あぁ……お前、水着欲しいよな、テラス?」
ぴこん。
もちろんです。
「じゃあお願いします」
「早速マスターが相棒のためにゲームに挑戦してくれまーす!」
一気に注目が僕に集まった。
目立つのは嫌いではないんだけども、こういった注目はあんまり好きじゃない。なんか、こう……客見せパンダというか、晒し者というか。
「しかも相棒ちゃんは異性タイプです! 可愛い相棒のために、挑戦でーす!」
ざわざわと人だからりが出来始めた。その中には勿論、僕の友達もいる。さすがにここまで大々的に宣伝されてしまっては仕方のないことなんだけど、パーフィディ達のこともあるし他人にテラスを見られたくないんだよな……。
「では、まずお客様自身の水着を選んでいただけますか?」
……忘れていた。僕が水着を買わないとテラスの水着のゲームにも挑戦できないのか。というか店員さん、お願いだから僕が買ってからそういう大声出してよ。
「えーっと……」
男性水着のコーナーを見渡すと、黄色の生地に太陽の柄がプリントされているものがあった。値段も予算内だし、これでいいや。
「これで」
「ありがとうございます! 会計後、ゲームに挑戦してくださいね!」
レジで会計を済ませている最中、テラスは僕の周りをくるくると回っていた。その様子を見て店員さんが笑ってしまうほどに、今のテラスは浮かれている。
「はい、ありがとうございます」
「あの……今僕の周りにいる相棒の水着も、ください」
なんだろ、これ。すっげー恥ずかしい。
「では、こちらのゲームに挑戦してくださいね?」
店員さんがタブレットを僕に差し出した。とりあえず僕はそれを受け取って画面を見た。爆弾避けゲームと、レトロゲームチックなドットでタイトルがでかでかと表示されている。
「爆弾避け?」
「はい! 簡単な相棒ゲームです。このタブレットとお客様の相棒をペアリングしていただくことでプレイできますよ」
「ふーん……テラス、ペア……」
僕が言うよりも早く、テラスはペアリングを終えていた。
「えっと、準備できました」
「はい、ありがとうございます! ゲームは至ってシンプルです。上方から落ちてくる爆弾を左右に避けるだけの簡単なものです! 得点次第では高級水着もプレゼントしますよ!」
「ういっす」
「では、ゲーム、スタート!」
「えっいきなり!?」
ゲームはいきなり始まった。とりあえずタブレットで表示されたドット絵のテラスを操作して爆弾を避けていくが、自分の周りのテラスがっきからぴこぴことうるさすぎる。
あぁ! 次は右がいいです!
急いでひだ、右です!
右……からの左からの右で左です!
過去最っ高にテラスがうるさい!
「こ、の!」
最初から難易度高過ぎだろ! っていうかレトロゲームだってのやたらと作りしっかりしてるし、これ絶対に高級水着取らせるつもりないわ!
「だぁくそっ!」
タブレットに表示されてたテラスに爆弾が当たってしまい、ゲームオーバーと表示された。
ゲームの画面には『4486点』と表示されている。これが高いのか低いのかわからない。
「ゲームプレイありがとうございました! では女性水着で4486円分選んだ水着から値引きします!」
あ、なるほど。点数がそのまま値引き額にになるわけか。
「じゃあ遥香とかに選んでもらおうかな」
遥香達を見つけ、僕は近付いた。
「おっすおっす。テラスの水着選んでくれよ」
「あれって異性タイプだけなのかな?」
「え、さぁ?」
「彼氏彼女の相棒の水着を選ぶためにやるもんじゃないの、あのゲームって」
……待て待て。ということは、だ。僕みたく自分の相棒のためだけにゲームやるのってもしかして、物凄く寂しい男な感じなのか。
「あんた、公衆の面前で彼女いないアピールしたんじゃ……」
「い、いいだろ別に! テラスたん可愛いもん! 相棒のために水着選ぶのだっていいじゃねぇか!」
たかがゲームでどうして人だかりができたのかもよくわかった。こんなのってひどすぎる。
「くそぅ……とりあえず4486円の水着を一緒に探してくれよ」
「まぁいいけどさ」
ぴこん。
マスターは何色が好きですか?
顔の目の前に現れたテラスがでかでかとメッセージを表示する。かなり鬱陶しい。
「あーと、そうだな。お前には白が似合うと思う」
ぴこん。
マスターの好きな色を聞いています。
「うーん、僕は黄色とか赤色とかかな。白色も好きだけど」
くるくるとその場で回転するテラスを見て、遥香は「可愛いじゃん」と笑いながら言う。
「これとかいいんじゃない?」
遥香は白色のビキニを僕に見せる。確かに可愛らしいのだが、少しテラスには大人っぽすぎる気がする。それと高い。4486円だって言ってるのに、軽く5000円も予算オーバーしてるし。
「テラスちゃんはサロペットも似合うんじゃない?」
透子はまた違う水着を僕に見せる。だから高いっての。
「あら、マイクロビキニも有りじゃない?」
風音先輩はかなり際どい水着を選んだが、やっぱり高い。
「布面積少ないのに高すぎだろ、水着」
「そう、高いんだよ。だから海に行ったときめっちゃ褒めなさいよ」
遥香はにんまりと笑っているが、それには言い表せない威圧が見え隠れしていた。
「お、おぅ……」
今こいつになにか余計なこと言うと殺されそうな気がする。
「太陽。テラスには子供用の水着が良いんじゃないか?」
いつの間にか男性陣が背後にいた。
「さすが正詠。子供用ならそんなに高くないはず……!」
ぴこん。
ヤダ。
「え?」
ぴこん。
私は子供ではありません。大人です。
「お前なぁ……大人用は高いんだよ。わかってく……」
ぴこん。
ヤダ。
遥香や正詠に助けを求めようとするが。
「テラスも女の子なんだもん、仕方ないね」
「まぁここの子供用はデザインも少ないしな」
二人はテラスの援護に回った。
「透子は子供用でも良いと思うよな!?」
透子なら、透子なら僕の気持ちをわかってくれる(あと財布的にも)!
「うーん、やっぱり大人用じゃないかな?」
嘘だろ。
「あ、ほら。これなんかすっごく可愛いよ!」
透子は白いフリフリが付いた水着を僕に見せた。
ぴこん。
これがいいです!!
テラスも即決。
「11900円……?」
こんな、低面積の水着が、そんなに、するのか? 僕のなんて3000円だぞ。なんで相棒の水着に四倍以上も払わないといけないんだ。値引きがあっても三倍だぞ、三倍!!
「て、テラスちゃん? もうちょっと安いのにしませんか?」
なるべく優しい笑顔で言うが、テラスは既にその水着に着替えていた。頭上には試着モードと表示されている。
ぴこん。
どうですか?
「うっ……ぐぅ……に、似合い、ますね」
可愛い。確かに可愛い。胸が少々残念だが、可愛いのは認める、けど……。
「これって、マジでこの値段払うの?」
「あ、相棒特価って書いてある。相棒の場合は表示価格より四割引きだって」
11900円の四割引きということは約4800円の値引き。ゲームの値引きを入れて大体3000円。
「これに……する、か……」
3000円とは言えバイトしてない学生からすれば決して安くない額だけど……テラスが気に入っているなら、仕方ない……。
「レジ……行ってくる」
「彼女なしで人生初の女性水着購入が自分の相棒の太陽、行ってらっしゃい」
「遥香、てめぇ……」
「良い勉強になったじゃん、太陽。女の子はお金がかかるってこと、よく覚えておきなさいよ」
覚えておくよ。女ってのは面倒な生き物だってことを。
「あーマジかぁ」
そして僕は周囲の奇異の目の中、相棒用の水着を足を出してまで購入したのだった。
――……
「にぃは可愛い妹を置いて楽しい旅行に行くんだね」
終業式を終え、いよいよ旅行前の準備をしている中、愛華はそんなことを言った。
「我慢しろよな。お前だって友達や彼氏と遊びに行くんだろ?」
ボストンバッグに荷物を詰め込みつつ愛華の相手をするが、それが更に愛華を卑屈にさせたようだ。
「何か起こる前に助けてくれるんじゃないんですかぁ?」
「拗ねるなって。土産も買えたら買ってくるから」
財布は大分寂しいけども。
しばらく荷造りを眺めていた愛華は、やがて僕のベッドに寝そべった。
「ねぇテラスは?」
「いやぁ……あんなことあった後に出てこないだろ」
「何それ、超ガキ」
ぴこん。
「お」
呼び出し音と共にテラスは白装束で現れた。赤い鉢巻きと背中には〝女の戦い!〟と意味不明な文字が書かれている旗を差していた。
「お、おぅ」
「何、喧嘩売るつもり?」
ぴこん。
売ってきたのはそっちです!
「はぁ? あんたがガキだからガキって言っただけじゃん」
あぁ……我が天広家DNAの奇跡が汚い言葉を並べるのは頂けない。
「やめろって、愛華。あとテラスも」
「にぃのテラスが喧嘩売ってきたんじゃん!」
「売ったのはお前だっての」
ぴこん。
そうだそうだ!
「あと買ったお前も悪いんだからな」
「あはっ! ザマァ!」
ぐぐぐ、と上目遣いで睨み付けるテラスの頭に、ぽんと電球が現れた。
このタイミングでそんなものが現れるということは、きっと何かしら良くないことを思い付いたに違いない。
「何その水着」
……この馬鹿テラス、余計なことを。
ぴこん。
マスターがお財布が厳しい中、〝私のために〟買ってくれました。
「ホントなの、にぃ?」
「いやまぁホントだけど」
「……っ」
ぴこん。
ロビンもノクトも、フリードリヒもあの踊遊鬼でさえ可愛いと言ってくれました。
「にぃ」
「はい、何ですかな?」
宿題をバッグに詰めていよいよ荷造りも終わりだ。
「これいくらだったの?」
「さんぜ……」
ぴこん。
11900円です。
「いちま……!? にぃの変態! いくら何でも相棒の女の子に注ぎ込む金額間違えてるでしょ!」
「だから、割引とか……」
「テラスのより高いの買って。お土産でも何でもいいから。そうじゃないとしばらく口利かないから」
ベッドから起き上がって、愛華は僕の部屋から出ていった。ついでにその時、乱暴にドアも閉めた。
「テラス。愛華との因縁はあるにせよ、少し喧嘩腰すぎないか?」
ぴこん。
……ごめんなさい。
「あんまりあいつのこと煽るなよ? 僕としては仲良くしてほしいんだ。それに来年あいつも相棒が配布されるし、お前の妹分もできるんだしさ」
ぴこん。
……彼女はあなたを一度でも傷付けたんです。好きになれません。
「……聞いてたんだろ、僕と愛華の話を。あの花畑でさ」
テラスは拗ねるように口をすぼませ、水着からいつもの着物に着替えた。
「ま、今すぐにとは言わないよ。喧嘩できるだけまだマシだしさ」
ぽんとバッグを叩いて、大きく背伸びした。
「明日は早いぞ。ちゃんと起こしてくれよ、テラス?」
ぴこん。
もちろんです。
テラスは目を伏せたまま返事した。
――……
愛華は自室に戻るとベッドに横たわる。
「ホント、馬鹿……」
はぁ、と大きくため息をついて、彼女はスマートフォンを手にした。電話も来ていないし、チャットもなかった。
「ちぇっ、暇でやんの……」
――ちゃお、愛華!
そんなときにチャットが届く。相手の名前は表示されず、愛華は首を傾げそのメッセージをタップする。
――久しぶり、元気してる?
続いてメッセージが表示された。
「誰だろ。中学の友達かな」
――ごめん、名前が表示されなくて誰かわからないや! 名前教えて?
――忘れちゃったの? ひっどーい!
愛華は自分の記憶を辿り、この相手を考えるが全く思い当たる伏がなかった。
――あなたのお兄ちゃんを助けるために、一緒に頑張った仲でしょ?
ぞわりと、愛華の背筋が凍る。
――またお兄ちゃんを取り戻したいでしょ?
冷や汗が彼女の額を伝い、心臓が強く鳴る。
――また欲しいでしょ? あの胸が焦がれるほどの情念を。
手が震えながらも、愛華は相手にメッセージを送った。
――リジェクト?
――だいせーかーい!
「ひっ!」
愛華はスマートフォンを手放し、また太陽の部屋に向かおうとした。だが、スマートフォンが着信を知らせた。
ドアノブにまで手を伸ばしていた愛華は、スマートフォンの画面を見る。
非通知、と画面には表示されていた。
スマートフォンを手に取り、通話ボタンを押した。
「駄目だよ、愛華。逃がさないよ?」
「何で、番号知って……?」
「一度でも私、あなたの相棒だったじゃん。知らないわけないでしょ?」
「もうあんたらには協力なんかしないよ。二度と連絡してこないで!」
「キャハハハ! 無理無理! 愛華は逃げられないよ! だって一度でも私達に協力しちゃったんだもん! だーれも助けてくれないって!」
「にぃは、助けてくれるって約束してくれた!」
リジェクトは黙ったが、それが愛華にとっては不気味だった。
「じゃあそんな約束、ぶっ壊してあげる。今度はもっと、滅茶苦茶に」
リジェクトの声に〝笑み〟はない。
「あなたがもう何も気にできなくなるぐらい、全部、ぜーんぶ壊してあげる。楽しみにしててよね、愛華」
ぶつり、と電話は切れた。
「何よ、それ……」
がたがたと愛華の体が震え始めた。それを抑えるように愛華は自分の両肩を抱き、大きく深呼吸した。
「やめてよ……私が、何したって言うのよ……」
ぽろりと大粒の涙が愛華の両目から溢れ出す。
「助けてよ……にぃ……」
愛華は一人、不安に押し潰されそうになるのを耐えることしかできなかった。
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