夏休み/3

 そして遂にやって来てしまった実力テスト。準備は充分にしたはずだが、それでもこの時間はかなり緊張する。


「やるぜぇ、僕は超やるぜぇ……」


 なんとか自分を奮い立たせ、テスト開始を待つ。

 ぴこん。

 きっと大丈夫です。いつも通り、あなたらしく問題を解いてください。


「おぅ、任せろぉ……」


 そして予鈴が鳴ると同時に、最初の科目数学のテストが配られた。

 今日のテストは、数学ⅡとB、英語、ヒアリング英語、そして現代文。


「では、始め」

 本鈴と共に、テストという戦いに僕は挑戦を開始した。


――……


 テスト一日目、なんとか乗り越えた。いつものホトホトラビットで、僕らはみんなで答え合わせをしていたのだが。


「だからここは〝世を憂う〟だろう?」

「違うぞ、優等生。それじゃあ後ろの文に繋がらねぇ。〝世に希望を持つ〟が正しい」


 現代文の答え合わせで正詠と蓮がヒートアップしていた。


「……待て。マジか、ロビン」


 ぴこん。

 マジです、マスター。


「くそ、現代文じゃあ蓮に勝てないかもな」

「現代文で俺に勝とうなんて百年早い」


 と、蓮は胸を張っているが他の科目で負けているのは言うまでもない。


「もうやめようぜ、勉強なんてしたくない……」


 ため息をついて、机の上にいるテラスを撫でる。

 気持ち良さそうにするテラスを見て、心が和む。


「とりあえず明後日でテストも終わりだ。ここで誰か一人でも赤点取ったら遊べなくなるからな。わかってるな、太陽、遥香?」


 名指しで正詠からキツい一言が飛んできた。


「わかってる……頑張る……」

「私も、頑張る……」


 テストはあと二日。僕の残りは生物、物理、古典、日本史、政治・経済、保健体育……あぁ、しんどい。


――……


 そんでテスト最終日。

 地獄のテスト週間が終わりを……告げた!


「終わった終わったぁぁぁ!」


 勢い良く鞄に教科書やらノートやら参考書を押し込む。夏休みに向けて、ロッカーの中も綺麗にするぜぇ!


「太陽」

「おうよ、正詠! わかってる、ホトホトラビットに集合だろ!? いやっほぅ!!」

「いや、そうなんだが……」


 正詠は教室の外を指差した。


「あれ、王城先輩達じゃん」


 僕のテンションは急激に通常に戻る。王城先輩と晴野先輩、風音先輩の三人がこちらを見て手招きしていた。


「王城先輩達が仲間になりたそうにこちらを見ている」

「お前の謎のギャグセンスは何なんだ」


 正詠がため息をつくとほぼ同時に、僕の机の周りにみんなが集まった。


「おい、おっかねぇ奴等がいやがるぞ」


 蓮がその三人を見て、皮肉を漏らす。


「あんた何かしたんでしょ、クソバカ太陽」


 遥香からの謂れのない罵倒。


「どうしたんだろ……?」


 相変わらず天然っぽい透子。

 風音先輩はにっこりと微笑んで、僕達を指差し、そのままくいくいっと指を動かして僕らを誘った。


「おっぱいが僕を誘っている……揉ませてくれるのかな」


 ごちんと、四人にそれぞれ殴られた。


「いってぇ……冗談だっての、もう……」

「冗談でも殴らなきゃいけないだろ、今のは」


 正詠は再度ため息をついた。


「とりあえず話があるんだろうな、行こうぜ」


 鞄を背負い、三人の元に向かう。


「どうかしたんすか、先輩方?」

「あぁ。お前らと少し話したくてな。どこかで話せないか?」


 僕の質問に答えたのは王城先輩。


「じゃあホトホトラビットって喫茶店でいいですか?」

「かまわん」


 王城先輩が頷くと、風音先輩は両手の指を合わせ、ぱぁっと笑みを浮かべると少し跳ねた。おっぱいも揺れた。すごい。


「まぁ! 学校帰りに喫茶店なんて学生みたいね、翼、晴野!」

「俺達は正真正銘学生だぜ、桜」

「うむ」

「あら、冷たいのね?」


 ぷくぅと頬を膨らませた風音先輩の頬を、晴野先輩が指で突付いた。二人は楽しそうに笑い合い、それをうんうんと頷きながら王城先輩が見ていた。

 三人の意外な姿に少し驚いたが、僕らはが知らないだけでこれが先輩達の普通なのかもしれない。


「じゃあ行きましょうか」

「えぇ、とっても楽しみ!」


 王城先輩と晴野先輩の二人は互いの顔を見て肩を竦めた。


「あいつらキャラ変わってねぇか?」

「元からああいう人なのかもよ?」

「元からって……じゃああのお嬢様は元から狂暴ってことかよ」


 蓮が「おっかねぇ」とか言ってたのは、どうやら風音先輩のことのようだ。確かにリベリオンの時はおっかなかったけども。


「あの三人は昔から仲が良いぞ。どうやって仲良くなったかは知らんが」


 ぺしんと、正詠は蓮の頭を叩いた。


「あんまり悪く言わない方がいいぞ。多分あの人は地獄耳だ」

「何でお前にそんなことわかんだよ?」


 蓮の質問に正詠は答えずに、指を差していた。その指先を蓮が辿ると、にっこりと怖い笑顔を浮かべている。


「……おっかねぇ女だ」

「蓮がビビりすぎなんだっての!」


 あっはっはっと呑気に遥香は笑っているが、ぶっちゃけ僕も蓮の意見に賛成だった。多分だが正詠も同じ気持ちを抱いているに違いない。というかきっと、あの人は男という男に対して強そうだ。まさに魔性の女。おっぱい大きいし。


「よく王城先輩も晴野先輩も普通にしてられるよなぁ。あんな美人を前にしてさ」


 前を歩く三人を見て僕は呟いた。


「俺の好みじゃない」

「俺もだ」


 いやぁ、正詠も蓮もよくはっきり言えるよなぁ。あとでチクっといてやろ、風音先輩に。


 ホトホトラビットまで歩くこと十数分。もうすっかり慣れた扉をくぐる。

 からん、と上品な鐘の音がする。


「あら、素敵なドアベルね。ハンドメイドかしら?」

「けっ、ありがとよ」


 頬を掻きながら蓮はそう答えた。


「もしかしてこれ、蓮が作ったのか?」

「暇潰しで作ったのを勝手に親父が使ってんだよ」


 全員が店に入ったところで少しの問題がある。いつもの角席ではさすがに八人は座れない。


「親父、テラス使うぞ」


 ぴこん。


「あぁお前のことじゃあないからな、テラス」


 テラスが出てくる前に釘を打っておく。


「お、今日は随分と大所帯じゃねぇか……って、へぇ……」


 蓮の親父さんは僕らを見て、にんまりと笑みを浮かべた。


「うちの息子達をいじめた奴らも一緒か。よく来たな、いじめっ子ども」


 明らかな皮肉を親父さんは口にしたが。


「あの時は申し訳ありませんでした」


 言い訳をするでもなく王城先輩は親父さんに頭を下げた。

 何か言い訳でもするのかと思ったのか、親父さんは毒気を抜かれたような顔をしていた。


「なんでぇ、つまんねぇな」


 肩を竦めて親父さんは蓮の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「紳士淑女が一組いるから邪魔するなよ」

「いちいち頭を触んなクソ親父」


 悪態をついた蓮に優しい笑みを浮かべる親父さんの顔は、どこか心温まるものだった。


「とりあえず客から離れた席に行くぞ」


 テラス席は観葉植物に囲まれていて、傘のように広がった窓が屋根にあった。今日みたいな陽気が入る日は人気の席だ。雨が降っている日などは引き戸になっている窓を閉め、しとしとと落ちる雨粒を見るのもまた趣がある。

 前を歩く蓮と共に席へ目を向けると、親父さんが言う通りの〝紳士淑女〟がテラスで紅茶を飲んでいた。

 男性は真っ白なワイシャツが映える黒曜の髪の男性。左目が僅かに隠れる程度の長さで、スーツは少し光沢のあるものだった。顔立ちは漫画から出てきたように美しい。

 その向かいに座る女性は、亜麻色の長い髪、桃色の薄い唇、切れ長な瞳。シンプルな刺繡が施された水色のワンピースの上に、白いカーディガンを羽織っている。


「めっちゃ気を遣うんだけど」


 こっそりと正詠に耳打ちすると、「あんまりはしゃぐなよ、太陽」と返された。

 蓮はなるべく二人から離れている机を二つくっつけ、僕達を手招きした。


「八人は多いな、やっぱ」


 蓮がぽりと頭を掻きながら言って全員が座るのだが、それだけでも騒がしい気がした。そんなタイミングで親父さんはティーポッドを四つ、カップを八つ、そしてミルクピッチャーを八つ持ってきた。


「とりあえずサービスだ。ちゃあんと何か注文しろよ。あと静かにな?」


 顔の前で指を立てる親父さんはどことなく洒落ている。


「あら? ミルクはないのにミルクピッチャー?」


 風音先輩は頬に手を当てながら首を傾げた。


「えーっと、まぁお供えみたいなもんなんです。お付き合いいただければと」


 テラス達チーム太陽の相棒は机に現れると、一つのティーポッドを手を繋いで囲み、くるくると回り始めた。


「まぁ……翼、晴野、可愛いわよ」

「お前らの相棒、面白れぇな」

「何かのまじないか?」


 そうなんです。僕らの相棒は可愛いし面白いし謎のおまじないもやるんです。


「おらどけ相棒共」


 蓮は彼らが囲んでいるポッドを取って、王城先輩、晴野先輩、風音先輩の順に紅茶を注いでいく。


「ダージリンかしら?」

「言っとくが安モンだからな」

「別にシルバーニードルズを求めたりはしないけど?」

「そんな超最高級のなんてウチだけじゃなく、他の店でも出ねーっての」


 蓮はおっぱ……風音先輩と楽しく話しながらも手際よく僕らのカップにも紅茶を淹れてくれた。

 そして僕らは自分の紅茶をスプーンで掬ってミルクピッチャーに淹れ、各々の相棒の前に置く。


「なるほど、お供えか」


 頷いて、王城先輩は僕らの相棒をじっと見ていた。

 僕のテラスは紅茶を見て、すぐに僕へと笑みを向けた。それがとっても可愛らしい。


「なんかサイダーあげたら癖になったみたいなんすよ」

「初めて見たな、こんな相棒の姿は」

「フリードリヒにもあげてみたらどうですか?」

「……そうだな」


 王城先輩もミルクピッチャーに紅茶を淹れた。


「フリードリヒ、紅茶だ。出てこい」


 フリードリヒが机の上に現れ、その紅茶を訝しげに眺めた。


「ダージリンらしいぞ」


 王城先輩の言葉にフリードリヒは首を傾げる。

 正直、これが相棒の反応としては正しいと思う。彼らにとっては飲食など不要だろうし、それを出されてもどのようにして楽しむかもわからないだろう。


「ふむ。風音、イリーナはどうだ?」

「ごめんなさい、私のイリーナは外には〝出ない〟から……」

「そう、だったな。すまん。では晴野の踊遊鬼はどうだ?」


 晴野先輩はちょいちょいと、自分のティーカップに指を差していた。


「はは、なんだそれは?」


 王城先輩が……笑った!


「こいつ馬鹿だろ?」


 晴野先輩の踊遊鬼はティーカップに浸かっていた。しかも腰にタオルを巻いて、お風呂スタイルで。


「飲みづれぇったらないぜ」


 そんな様子を見て僕らも笑みを浮かべた。


「そういえば王城先輩達が話したいことってなに?」


 遥香は紅茶を一口飲んで切り出す。


「あ、そうだったわ、ごめんなさい。つい放課後のティータイムが楽しくて」


 口元をハンケチーフ(ハンカチというよりハンケチーフというのがしっくりくるものだった)で拭いた。


「あなた達、夏休みに旅行のご予定とかあるかしら?」


 全員で顔を見合わせ、それぞれが「ない」と答える。


「それなら丁度良かった。うちの別荘に遊びに来ない?」


 みんなが内心思ったことを、あえて言葉にせず代弁しよう。

 やっぱりあるんだ、別荘……と。


「いつも翼や晴野を誘うけど断られてしまって。今回はあなた達も来るのならとようやく首を縦に振ったのよ、彼ら」


 困っちゃうわよね、と言うように風音先輩は肩を竦める。


「問題を起こすつもりはないが、さすがに男二人と女一人ではな。いつも断っていたんだ」


 王城先輩が付け足すように言った。


「はいはーい! 海ありますかぁ?」

「勿論よ、那須さん。綺麗な海が見える別荘よ」

「やった!」

「待て、遥香。いくら先輩達が一緒でも大人がいないのは……」

「大丈夫よ、高遠くん。執事のセバスチャンとメイドのマリアンヌも一緒だし」


 再びみんなが内心思ったことを、また言葉にはせず代弁しよう。

 やっぱりいるんだ、執事とメイド……と。


「問題なーし! 透子、らんらんポートに水着買いに行こうよ!」

「えっと、その前にお父さんとお母さんに聞かないと……」

「じゃあ今日早速聞いてね! そんで今週買い物! 決定!」

「水着を買いに行くなら私もご一緒していいかしら? どんなところで買うのか気になるわ」

「もっちろんでーす! 太陽達も王城先輩達も強制参加ね!」


 遥香は早速リリィに水着を調べさせた。


「強制参加だってよ、正詠?」


 正詠にそう言うと、「なら仕方ないな」と楽しそうに正詠は肩を竦めた。


「勿論、蓮も来るだろ?」

「……うるせぇ。楽しみにしてるわけじゃねぇっての」


 とか言いつつ僕には蓮が少し楽しみにしてるように見えた。


「じゃあらんらんポートに今週の土曜十時集合ね!」

「わかったから騒ぐな夏野菜。他の客に迷惑だ」


 蓮に言われて、テラス席にいたあの紳士淑女を思い出した。

 申し訳ない気持ちで彼らをちらと見ると、にこやかな笑顔でティーカップを掲げていた。


「学生さんは元気でいいですねぇ。こちらのことは気にしなくていいですよ」


 紳士はにこやかな笑みを顔に浮かべた。


「ふふ、可愛い、ね」


 淑女はカタコトのような話し方だったが、紳士と同じように柔らかい笑みを浮かべている。


「良い思い出になることを祈っていますよ、若人諸君」

「私も、祈る、ね」


 さすが紳士淑女。行動や言動、全てに気品がある。


「マスター」


 紳士は親父さんを読んだ。


「彼らにケーキをプレゼントしたいのだが、良いですかね」

「あ、いや、そのようなご迷惑をおかけするわけには」

「良い。子供、好きだから」


 淑女にも言われ、親父さんは「申し訳ございません。ありがとうございます」と頭を下げる。


「お会計はこれで足りるね?」


 紳士は懐から福沢諭吉をそっと取り出し、親父さんに渡した。


「お釣りはいらないよ。若人の楽しい話を聞かせてもらったお礼だ。さ、失礼しようか……イザベラ」

「うん、ソウヤ」


 二人は立ち上がり、僕らに軽く会釈をすると店を出ていった。


「まぁというわけで、だ」


 紳士淑女に奢っていただくことになったので、早速僕らはメニューとにらめっこをしている。


「ねぇ透子、私いちじくタルトにする」

「じゃあ私はパイナップルタルトにするね」

「風音先輩は?」

「ではアップルタルトで」


 女性三名はタルトシリーズに決めたようだ。


「僕はチョコケーキで」


 そんで僕はチョコケーキ。実は以前から狙っていた。


「俺はアップルパイだな」

「んじゃあ俺はミルクレープだ」


 正詠はアップルパイ、晴野先輩はミルクレープ。中々可愛らしいチョイスだ。


「あー……トリプルベリータルトにする。余ってるのあったろ、親父?」


 蓮は店の人間らしく手のかからないものを注文。


「……イチゴの、ショートケーキ」


 そして王城先輩はまさかのイチゴショートケーキ。


「お前ら全員注文違うのかよ……」


 親父さんはため息をついて奥へ戻っていった。


「可愛いの頼むんですね、王城先輩」


 何となくイメージが違うので王城先輩に聞いてみたが、当の王城先輩は耳まで真っ赤にしていた。


「翼は女子力高いんだぜ、知らなかったろ?」


 からかうように笑いながら、晴野先輩は王城先輩の脇を小突いた。


「甘いものは集中力を高めるためにも必要だからな」


 言い訳がましい王城先輩は、バディタクティクスのときとは印象が大きく違って面白い。


「そういや別荘に行くのって何日にするんすか?」

「そうですね……夏休みに入ってすぐにしようかと思います。勿論、夜は宿題をやるので忘れないようにね」


 ……え。


「助かります、風音先輩」


 正詠は嬉しそうだ。嘘だろ、なぁ嘘だろ。


「先輩達がいれば宿題も早く終わりそうです!」


 そして透子も嬉しそうだ。有り得ない。こいつらきっと人間じゃない。たぶん。

 僕は遥香と蓮の顔を見る。二人とも同じような表情をしていた。


「おい、まさかわざわざ遊びに行って勉強すんのかよ?」

「グッジョブ、蓮! その通りだ、僕らは遊びに行くんだ!」

「あら。学生の本分は勉強よ。それに、地区大会前にあなた達には少しでも相棒のレベルをあげてもらわないと困るもの」


 不敵な笑みを浮かべながら風音先輩は紅茶を一口飲む。


「どうせ夏休み前にひぃひぃ言うだろうが、お前らは。宿題を消化できる楽しい夏期講習だと思え」


 同じように正詠も紅茶を飲み、透子もその言葉に頷いた。


「折角の夏休みなのに……部活も休めるのに……」

「あ、そういやみんな部活は休みなんですか?」


 とりあえず話を変えてみる。


「最初の一週間ぐらいはな。あと盆とかも休みだ」

「うちの空手部は三年以外全員夏合宿だな」

「吹奏楽部は特に……」


 各々の部員が答え、文化部と運動部の違いを談笑していると、親父さんが注文されたものを持ってきた。


「へいお待ちどう」


 ラーメンでも持ってきたような言い草で、親父さんは注文の品を机に並べてくれた。


「おいしそー!」


 遥香と透子はスマホでタルトの写真を撮り、それを真似るように風音先輩も写真を撮り始めた。ついでに王城先輩も写真を撮っていた。かなり面白い。


「か、カロリー管理のためだ」


 僕は何も言っていないのに、王城先輩はそんなことを口走った。


「王城翼ちゃん先輩……」


 何となく呟くと、全員が吹き出した。


「ちょっ、太陽……やめてよ、馬鹿」

「太陽くんたら、もう……」

「はっはっはっ! 言われたな、翼ちゃん!」

「翼ちゃんは甘いもの好きだもの、仕方ないわよね?」


 正詠と蓮だけは肩を震わせるだけだった。


「天広、外で絶対言うなよ」


 顔を赤く染めながら、王城ちゃん先輩はケーキを口に運んだ。


「言わないよう頑張ります」


 そう言って僕は、テラスの頭をちょんちょんと突付く。

 テラスが何事かと僕を見た。


「これがチョコケーキだ」


 テラスはケーキの周りを何度かくるくると回って、僕に笑顔を向けた。


「お前は本当に可愛い奴だな」


 テラスを指で撫でる仕草をすると、目をきゅっと閉じて気持ちよそうにしている。毎回毎回見ているのだが、この姿は本当に可愛い。


「まぁ夏休みは忙しいってことだからな、太陽?」


 そんな僕とテラスに、正詠は冷たい言葉を吐いた。

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