日常徒然/4

 翌日の金曜日。

 学校生活に大きな変化はなく、僕らは授業を終えると地下演習場へと向かった。


「……はは」


 そんなとき、僕は前のことを思い出して笑ってしまった。


「何笑ってんだ、太陽」


 怪訝そうに蓮が言った。


「いや、ごめん。この緊張感、夜に学校忍び込んだときに似ててさ」


 あのときはセレナが電子遭難サイバーディストレスしていた。それに相棒のことなんて何も知らない状態だった。


「何かさ、懐かしくて」

「あんたが不謹慎に笑ったのも前と同じだね、太陽?」

「遥香がうるせぇのも前と同じだな」

「何よ」

「何だよ」


 正詠と蓮の二人が同時にため息をついた。


「そろそろ着くぞ」

「テメェらはあの時からあんま成長してねぇな」


 地下演習場の重い扉を開けると、中央のホログラムには一人の相棒が表示されていた。

 それに驚いて少し後退りするが、その分多目に一歩を踏み出した。すると筐体の近くで影が二つ動いた。


「遅かったな、お前達」

「久しぶりね、チーム太陽の皆さん」

「王城先輩と風音先輩?」


 動いた影は、王城先輩と風音先輩の二人だった。


「お前達も呼ばれたのだろう?」

「私と翼もジャスティスにね」


 そう言うと、二人はホログラムに目を向けた。ホログラムに表示されている相棒、これがジャスティスなのだろう。

 僕は初めて見るが、ジャスティスの姿はパーフィディやリベリオンと非常に似ていた。全身を包む白銀の甲冑、そして赤い外套。そして人間と機械の中間にあるような不気味な存在感。


「とは言え、先程から黙ったままだがな」


 王城先輩は肩を竦めた。


「全員揃うまで待ってたんだと思いますよ」


 正詠がそう返すと、ホログラムのジャスティスが動き出した。


――全員揃ったようだね。


 地下演習場全体に、声が響く。


――では、講義を始めよう。早速フルダイブをお願いしたい。


 すぐに緊張が走る。

 フルダイブするということは、いよいよこれが罠だという可能性が高い。


「まずは俺から行く」


 正詠が筐体に座り、機器を取り付け始めた。


「僕も行く」

「太陽、お前は……」


 正詠が僕を止めようとしたが、蓮が切り返す。


「うるせぇ優等生。俺達全員で行くっつーの」


 僕と正詠以外も、全員が筐体に座り出した。


「私達全員でチーム太陽だもん」

「うん! 透子の言う通り!」


 やれやれと正詠は頭を振ったが、その顔は嬉しそうだった。


「行くぜ、チーム太陽!」


 ゴーグルを最後に付けて、僕らは再び電脳空間へと向かった。


――フィールドは永遠の平原。これより転送いたします。


 ぬめりと世界が溶けると、何もない平原へと送られた。

 そして僕の隣には、懐かしの人間サイズになったテラスがいた。


「おー相変わらず可愛いなぁお前は」


 照れながらもテラスは可愛らしく満面の笑みを浮かべた。すると周りにみんなが現れる。そこには王城先輩のフリードリヒ、風音先輩のイリーナもいた。


「先輩達まで……」

「俺達も今はチーム太陽だ。忘れるな」

「そういうことですよ、天広くん」

「へへ、あざーっす」


――役者は揃ったようだね。


 どこからか声がした。


「上です!」


 透子の声に全員が上を向き、武器を構えた。

 ジャスティスはゆっくりと空から降下してきた。


「武器は構えなくて良い。私に戦う気はない」


 白銀の騎士ジャスティスは、地面に両足を付けると、僕ら全員の顔を一人ずつ確認しながら頷いた。


「時間も限られている。いきなり本題に入らせてもらう」


 ジャスティスは自分の目の前にディスプレイを表示させた。


「待てよ、テメェがあいつらの味方じゃねぇってのをまずは証明しろ」


 蓮の言葉と共に、ノクトは大剣の切っ先をジャスティスに向ける。


「話を聞いてから判断すれば良い。話を聞いて、私を敵だと判断したなら斬り付けろ」

「……けっ」


 ノクトは一度武器を納めた。


「ではまず……君達の敵である〝黄泉の一団〟のメンバーを説明しようか」


――背信のパーフィディ。黄泉の一団のリーダー的な存在。前線に立つことは少ないが、強力なスキル、アビリティを複数所有しており、その戦闘能力は正直計り知れない。


――反逆のリベリオン。攻撃に特化した黄泉の一団の特攻隊長。直情的でスキルとアビリティも攻撃に特化している。


――拒絶のリジェクト。最も若い黄泉の一団の一人。強力なスキルである拒絶を有しており、彼女が使用するスキル拒絶は、通常の相棒の攻撃を完全に防ぐ効果がある。


――偽造のファブリケイト。一時的に相棒の構造を偽造することで、潜入工作を行うことを主な役割にしている。またステータス、スキル、アビリティ、装備も偽造でき、看破されない限りはそれは能力を維持し続ける。


――改竄のアルター。詳細は一切不明。


「さて続いてたが……」

「待て」


 正詠がジャスティスに制止をかける。


「いくらなんでもアルターの情報がないのはおかしい。隠しているんじゃないのか?」


 その言葉に全員が警戒心を抱き、また武器を手にしようとした。


「こいつは一度も表舞台に立ったことがないんだ。名前だけは彼らも時折漏らすのだが。質問は終わりでいいか?」

「……とりあえずそれでいい。続けてくれ」

「続いてたが、彼らと君達の違いについて話そう」


 ディスプレイが切り替わる。


「通常の相棒はAIだ」


 思わずがくりとこけてしまう説明だった(こけようとしたがみんなの雰囲気がそれを許さなかった)。


「そして彼らもそれの類だ。しかし明確に違うものがある」


 ジャスティスは一拍溜めて。


「彼らは人間としての意思を持っている」


 沈黙。

 僕には全く意味がわからない。AIの類で、人間としての意志、とは。


「つまり彼らは生きているのさ。比喩ではなく、本当にね」


 ますます意味がわからない。


「勿論、これだけではわからないだろう。だから分けて考えれば良い。彼らの体……君たちと戦ったリベリオンの体は間違いなくプログラムで作られたものだ」


 ディスプレイに人間の簡単なイラストが表示され、〝プログラム〟と注意書されている。


「そして感情、つまり心だね。これは今もなお生きている人間のものだ」


 イラストにハートマークが現れ、〝心〟と注意書されている。


「ま、待ってください! そんなのあり得ません!」

「あぁやはりここで止めにきたね」

「生きている人間の〝心〟を相棒が持つなんて不可能です!」

「なぜそう思うのかな、平和島くん」


 驚いたのはきっと僕だけではないはず。ジャスティスは確かに透子の名前を呼んだのだ。


「何で……私の名前を……?」

「パーフィディ達の説明をすればわかるさ」

「あ、えっと……その……」


 ジャスティスは呆れるようにため息をついた。


「続けるよ、平和島くん?」

「で、でも、〝心〟は……」

「大丈夫、それもすぐに理解できる」


 そしてまたジャスティスはディスプレイの表示を変えた。


「彼ら黄泉の一団は、常に生きている人間と同期しているからこそ、心を得ることができる」


 さらりと彼は、〝心〟の答えを口にした。

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