日常徒然/3

 地区大会が終わり、いよいよ僕ら学生の楽しみである夏休みが迫っていた。


「あーだるーい」


 ホトホトラビットのいつもの席で遥香はだらりと突っ伏した。


「ほら遥香ちゃん。次の問題だよ」

「もーやだー!」


 突っ伏したまま喋る遥香を、僕らの相棒が首を傾げながら見ていた。

 ちなみに遥香達バレー部は四位だったようで、彼女らも全国の切符を逃したらしい。


「おい夏野菜。だらけるな。俺だって何でお前の勉強みないといけないかわからねぇんだっつの」

「レンレンうるさぁい」


 体を起こした遥香はため息をつく。


「遊びたい雨止まない勉強したくない」

「遥香ちゃん、この問題解いて」


 ずいっと透子は問題集を渡して、にっこりと笑みを浮かべた。はっきり言って少し怖い。


「太陽もだるいでしょ遊びたいでしょ?」

「いやぁ、僕は透子センセイが怖いんでとりあえずノルマを終わらせますわ」


 ぴこん。

 英訳を間違えています。これは過去完了であり、通常の過去を表す文章ではありません。


「テラス、過去完了の問題作っといてくれ。どうもよく間違える」


 ぴこん。

 わかりました。


「うぁー太陽が真面目に勉強するから雨が止まないんだぁー」

「遥香、いい加減にしないと透子が勉強を見てくれなくなるぞ」


 遥香に言ったのは正詠で、物理の問題に頭を悩ませていた。


「蓮、すまん。ここもう一度説明してくれないか?」

「けっ。だから接地面を考えるんだっての。いいか、こういうのは頭で考えるな。絵に直接矢印を書いて考えろ」

「あぁそうだったな。くそっ、ロビン。この辺りで問題を作っといてくれ」


 ぴこん。

 わかりました、マスター。


「……透子センセ、これやれば良いんですよね?」


 周りが勉強に集中しているのを察したのか、さすがの遥香も諦めたようだ。


「うん。それが終わったらこっちもやろうね?」

「はーい」


 そう。地区大会が終わったということは、期末試験があと少しで来てしまうのだ。出来ることならここで一気に勉強して、来るべき入試に備えたいところ。

 そんな気持ちでようやく三時間。僕らのホトホトラビット大勉強会は終わった。


「ほらよ、学生諸君」


 蓮の親父さんが紅茶を注いでくれた。もちろん、相棒達の分も一緒に。


「あざっーす」


 一息ついて、僕らはその紅茶を一口飲む。


「疲れました」


 率直な遥香の一言に、僕らは皆頷いた。


「さすがに疲れたな……」


 正詠もなんとか物理の問題を乗り越えられたらしく、安堵のため息を漏らした。


「そういやさ、バディタクティクスてどうなるんだ?」


 僕は兼ねてからの疑問をようやく聞くことができた。答えたのは我らが参謀、正詠だ。


「トライデントが棄権したから、俺達が地区大会進出だ。トライデントから借りるのは王城先輩と風音先輩だな」

「そう、だよな。やっぱ晴野先輩は……」

「晴野部長は来週退院だ。見舞いに行ったら『負けたら殺す、マジで』って言われたぞ」


 正詠が笑みを浮かべながら言ったことで、僕の気掛かりは一つ解消した。


「そっか……そりゃあ負けらんねぇな」


 ぴこん。

 同時に僕らの相棒がメッセージを表示させた。


「お、なんだお前ら。また応援して……」


 いつもの応援かと思い、テラスが表示したメッセージを見たが、予想外の相手からで言葉を失った。


――チーム太陽諸君。久しぶりだね。私は〝高天ヶ原の守護者〟の一人、ジャスティスだ。


 みんなを見ると、全員が緊張の面持ちを浮かべていた。


――君達を明日の放課後、陽光高校の地下演習場へ招待したい。そこで神を……いや、天広太陽君の相棒テラスを狙う者達の正体を伝えるつもりだ。それと学校への確認は不要だ。安心して来たまえ。


 メッセージはそこで終わっていた。


「罠だな」


 蓮が言ったのに対し、透子は頷いた。


「だよ、ね。ベタというか何というか……」


 遥香もそれに同意する。


「俺は……行くぞ」


 しかし、一番反対しそうな正詠はそう言った。


「どうしてだ、正詠。っていうかジャスティスって、僕が気を失っていたときに出てきたって奴か?」

「ジャスティスは一応、俺達を助けてくれた奴だ。行きたい理由は……すまん、個人的な理由だ」


 理由に関しては歯切れが悪かった。


「いいから話せよ、優等生」


 蓮の目が鋭くなる。


「……本当に個人的な理由だぞ?」


 正詠は確認するように言うと、僕ら全員を見た。僕らは首を縦に振り、それでも構わないことを伝える。


「……リベリオンについて聞きたい、それだけだ。もしもこれがリベリオンの罠ならそれでもいい。俺はあいつを倒す」


 正詠は〝黄泉の一団〟ではなく、〝リベリオン〟と言った。はっきりと、怒りを込めて。


「俺は絶対に、あいつを許さない」


 僕は正詠にどのような言葉をかけるか少し悩んだが、悩んでも仕方ないと思い率直な気持ちを伝えた。


「それなら明日僕と行こう、な?」

「……何言ってんだ、お前。お前だけは駄目だろ」


 うんうん、と頷いていた僕に正詠から予想外の解答が送られた。

 ここはほら、何というかさ。弓道の大会のときみたく感動するところじゃないの。


「あいつらはお前のテラスが狙いなんだろ? それに被害は少ない方が良い。だから俺一人で……」

「やだ」


 正詠が話しているのを遮り、僕はやっぱり素直に口にする。


「僕だって聞きたいことがある」


 光のこと……あいつらからまだ全部聞いていない。

 あの後、どうなったのか。一体あいつらは何を実験していたのか。光は、何に巻き込まれたのか。全部知らないといけない。


「約束があるんだ。僕はその約束を果たす。そのために、あいつらに会う必要がある」


 机の上にいるテラスと目が合うと、テラスは真剣な表情で頷いた。


「だから、僕は行く」


 正詠は大きくため息をついた。


「わかった。なら俺とお前だけで……」

「ふざけんな」

「ふざけないで」

「ふざけるのはやめて」


 正詠に総ツッコミが入る。

 正詠の人生でここまでストレートなツッコミが入れられることもなかったのか、何とも言えない表情で三人を見た。


「太陽も正詠も行くなら、私も行くに決まってるでしょ」


 遥香は少しだけ拗ねたように。


「けっ。ここまで来て放っておけるか」


 蓮は不貞腐れながら。


「今更仲間外れは私もヤダよ」


 透子は確かな意思を込めて。

 みんなが、この罠にはまることを決意してくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る