日常徒然/2

 梅雨時の晴間。弓道の地区予選は行われた。僕と遥香、蓮、透子は土曜日に市内の弓道場に来ていた。

 観戦者は多くはないが、それなりに賑わっており場所を取るのも大変だった。


「お、正詠達だ」


 陽光高校は晴野先輩が参加しないからと三人で団体戦に出場していた。


「弓道って矢があたった数で競うんだよな、不利じゃね?」


 僕の言葉に、透子はルールブックをセレナに表示させ確認した。


「そうみたい……基本は大前おおまえ二的にてきなか落前おちまえおちの五人が順に合計二本ずつ矢を射って、それを一順。対戦相手が一順したら、もう一度一順するみたい。合計一人四本でえーっと……正詠くんたちは八本ハンデだね」

「大丈夫かな、正詠……」


 八本て、大会じゃあかなり不利なんじゃ……。


「優等生なら大丈夫だろ」


 根拠のない信頼を蓮が口にした。


「そうそう! 正詠なら十本ぐらいやってくれるって!」


 遥香がそれ以上に根拠どころかルール的にもないことを口走った。

 きっと蓮も透子も同じ気持ちだろうが、二人が何も言わなかったので僕も何も言わなかった。

 正詠が弓を構え、矢を射る。弾ける音と共に、矢が的に中る。そんな正詠に続き、全員が矢を命中させると小さな拍手が起きた。


「さっすがチーム太陽の狙撃手だな」


 自分のことではないのに、とても嬉しくなったのは僕だけではないはず。


「けっ。これぐらいあいつならやるだろ。優等生なんだからな」


 言葉ではそんなことを言いつつも、蓮の顔には笑みがあった。

 その後も正詠たちはすべての矢を的中させた。


「凄い……もしかしたら優勝できるんじゃない?」


 遥香が呟いた言葉は、僕にも大きな期待を持たせた。そしてその期待通り、彼らは全ての試合を全射的中をやり遂げたが……。


「え、あれ?」


 遥香が射場に張られているリーグ表を見て声を上げた。


「ねぇ、おかしくない? なんで正詠達全部負けてるの?」


 あれほど矢を的中させているのに、陽光高校は全ての対戦相手に〝敗北〟していた。


「けっ……」

「うん……負けてるね」


 連と透子は不服ながらも納得しているようだ。


「ねぇ、何で?」


 ぴこん。

 陽光高校は全射的中で十二本。他の高校は全て、十三本以上を的中させています。

 遥香の疑問に答えたのは彼女の相棒であるリリィだ。


「だって、他の相手は外してるじゃん。こんなのって、こんなのっておかしくない?」


 ぐしゃっと、誰かが遥香の頭を乱暴に撫でた。


「うわ、何」

「弓道ってのは的中勝負だ。数が多けりゃ勝ちなんだよ」

「あ、晴野先輩」

「よっ」


 晴野先輩ともう一人の先輩だった。


「晴野先輩、病院は?」


 僕の質問に晴野先輩は肩を竦ませ、「こいつと一緒に抜け出してきた。二的の貝田だ」と楽しそうに笑って言った。


「あーあー、こりゃあひでぇなぁ……」


 頭を掻きながら、晴野先輩はリーグ表を見てそんな感想を呟いた。


「でも全射的中だ」

「だな。まぁよくやってるな」


 晴野先輩と貝田先輩は、何ともないように会話を続ける。そんな晴野先輩の左腕には包帯らしきものは巻かれていなかったが、ずっとポケットに入れっぱなしだった。


「そんな気楽に言うのかよ。あんたらの仲間だろうが」


 二人の先輩にムッと来たのか、蓮は噛みついた。


「仲間だぜ? だからお前に口出される筋合いはねぇな」


 切り返すように、晴野先輩は返した。

 蓮の目尻が僅かにぴくついた。あと少しで殴りかかりそうだ。


――おいあれって怪我をした陽光の……。

――よく呑気に来れるよね、彼のせいで負けてるようなものなのに。

――かわいそ、陽光高校。


 場が僅かにざわついた。そんな中で晴野先輩は良い訳をするわけでもなく、真っ直ぐに射場を見つめていた。


「貝田、これが最後か?」

「おう。間に合ったな」

「あぁ」


 どこか寂しそうな、でも嬉しそうな晴野先輩の表情。


「まずは海丘うみおか高校か。あいつらにも一年のときからコテンパンにされてたな、貝田」


「だな」


 射場に立ったのは対戦相手の海丘高校だ。場がしんと静まり返ると、矢の風切り音とと共に、的に中る音。五人全員が持ち矢を全て的中させた。


「さっすが海丘。纏まってる」


 晴野先輩は素直に感心し、小さく頷いている。


「でもこのままじゃあ正詠達は勝てないんじゃ……」


 遥香の顔が僅かに曇る。それも仕方ないだろう。これで正詠達との差は既に四本だ。これで次に相手が八本以上ミスしないと正詠達に勝ち目はない。しかも、正詠達が全ての矢を的中させること前提で、だ。


 そんな状況の中、正詠達が射場に立った。

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