日常徒然/家族団欒の中で

 ぴこん。

 呼び出し音に、透子ははっと意識を取り戻した。


「あれ、寝てたんだ……」


 机の上で、セレナが透子を覗き込んでいた。


「起こしてくれてありがと。今何時?」


 セレナは時計を表示した。


「もう九時かぁ……」


 んーと大きく背伸びをすると、透子の寝巻きのボタンがポンと飛び、机の上でころりと転がった。


「……」


 照れながらそのボタンを手にして、彼女はちらとセレナを見た。

 不機嫌そうな顔で透子を見つつ、セレナは両手を自分の胸に当てている。


「わ、私だってわざとじゃないんだからね」


 言い訳するように透子は言うが、それを聞いたところでセレナの不機嫌そうな顔が直るわけではなかった。


「またボタン付けなきゃ……うーん、今度新しいパジャマ買わないとなぁ」


 透子は立ち上がると両親のいる居間に向かった。居間では両親がのんびりとテレビを見ていた。


「お母さん」


 透子の呼び掛けに、母はゆっくりと振り向いた。


「なぁに?」


 優しく微笑む母に透子も微笑みを返し、近くに座った。


「また胸のボタン取れた」

「あらあら……」

「ごほん!」


 咳払いして、父は居間から出ていった。


「あれ、お父さん風邪ひいたの?」

「ふふ……娘の成長が嬉しかったんでしょ」


 言われて透子は頬を赤くした。


「あらあら、お父さんとそっくりで照れ屋さんねぇ……」


 母は座りながら近くの裁縫箱を取ってきた。


「ほら、お父さんもいないから」


 そして透子に上着を脱ぐように促した。


「その……シャツ一枚で付けてないんだけど……」

「もう。女同士なのに恥ずかしがって……はい、これ」


 母は自分が使っていたショールを透子に渡した。


「すぐ終わるから我慢しなさい」

「はーい」


 手際よく母はボタンを再度付けていく。それが面白いのか、セレナはじっと母の手元を見ていた。


「あなたもボタンぐらいできるでしょ。たまには自分でやりなさいな」


 最後に糸を口で切ると、母は上着を透子に渡した。


「えへへ、家にいるときはお母さんに任せるって決めてるの」


 それを受け取り、透子は袖を通してボタンを留め始める。


「ん、どうしたのセレナ?」


 セレナは母に対し、自分の胸の前でこーんな、こーんな、と透子の胸の大きさについてジェスチャーで伝えていた。


「まぁ……そんなに大きくなってるの?」

「ちがっ! パジャマが合わなくなっただけ! もう何やってるの、セレナ!」


 頬を膨らませて、セレナはそっぽを向いた。


「あらあら。透子はふくふくして可愛いけど、あなたはスラッとしてて可愛いわよ、セレナ?」


 母の相棒が現れ、セレナを愛しく抱き締めながら頬ずりした。


「ふくふくって……そんな太ってないもん」


 今度は透子が頬を膨らませた。


「あなた達はとっても仲良しね」


 母は透子の頭を優しく撫でた。


「バディタクティクス……だっけ? 大変だったわね、透子」


 思い出すように母は口にした。


「ゲームとはいえ、セレナが怪我したとき気を失いそうになったわ」


 おそらく腕を潰されたときの話をしているのだろう。痛々しく、辛い話だ。しかし透子はそんな様子微塵も見せずに微笑みを浮かべていた。


「でもセレナは頑張ってくれたよ」

「そうね。頑張ってくれたわね」


 二人はセレナを見た。母の相棒にまだ抱き締められており、セレナは気持ち良さそうにそれを受け入れていた。


「テロリストが来たときなんて、私たち取り乱しそうになったのよ。あなたに何かあったらって……」


 母は相棒がしているように透子を抱き締めた。


「本当に良かった……」


 母の温かさに、透子は安らぎを感じる。


「天広くんも退院して良かったわね」

「うん……」

「セレナも無事で良かったわね」

「うん……」

「蓮くんとはキスぐらいした?」

「う……え!?」


 唐突な質問に透子は体を離して顔を真っ赤に染めた。

 その様子を楽しそうに母は見つめ、「どうなの?」と回答を待った。


「ま、まだ……です」

「そうなの? 最近蓮くんが丸くなったのはあなたと付き合ったからだと思ったのに」


 手をもじもじとさせながら、透子はなるべく小さい声で母に伝えた。


「その、告白、しようとはしたんだけど……蓮ちゃんが、ちゃんと守れるようになったらこっちから言う、って……」

「まぁ……!」


 嬉しそうに母は言うと、また透子を抱き締めた。


「良い男じゃない。あなたのこと、本当に大切に思ってるんだわ」

「うん……」

「お父さんも文句言えないわね」


 そんなことを言うと、居間の外から「ごほん!」とまた父の咳払いが聞こえ、透子と母は笑った。


「何か聞こえたわね、透子?」

「うん。お父さんかな?」


 襖がゆっくりと開くと、そこには透子のように顔を赤くした父がいた。


「あら、お父さん。どうしたの?」


 悪戯っぽく笑う母に、父はむっとした顔を作りながらいつもの位置に座った。


「今度蓮くんを連れてきなさい。お、お父さんは、なんだ、その。不純な付き合いは認めないからな。男同士で話をしなければいかん」

「まぁ透子。お父さん、蓮くんと話してくれるみたいよ」

「うん。でも、その前にお友達を紹介したいな。遥香ちゃんとか、太陽くん、正詠くん……それとみんなの相棒も」


 父は頬を掻き、「まぁそれでもいい」と相変わらず照れ臭そうに言う。

 そんな温かい団欒に、透子はいつも以上に穏やかに微笑んだ。

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