日常徒然/恋は盲目周りは迷惑
陽光高校体育館。ここでも来週の大会に向けて気合いの入っている部活があった。
「那須、あと一本!」
「はい!」
先輩のスパイクを、腰を落としてしっかりと遥香は受けた。
「よし、お疲れ。少し休憩してきな」
「はい! ありがとうございました!」
陽光高校バレーボール部。
二年でレギュラーに選ばれた遥香は三年に混じり、厳しい練習を行っていた。
スポーツドリンクを飲みながら、遥香は左腕を見た。
「(そっか、足だ)」
そしてすぐに左足首に視線を落とすと、そこにSHTITが巻かれていた。
バレーの練習時、腕にあっては危険なのでほとんどの部員は遥香のように足へと巻いている。
「(今日は数学が意外と難しかったな……)」
休憩の間、時おり遥香は今日の授業で苦手だと思ったことや、もう少し詳しく知りたいことを考える。そしてそれを下校中にリリィへと伝え、いつものウォーキングで問題を作ってもらうことが多い。
「ちょっと那須」
そんな遥香に声を掛けたのは同い年の
「(今日、焼肉食べたいな)」
「聞いてるの、那須?」
「(でもガツガツ食うとリリィが勝手にカロリー計算とかしだすからなぁ……)」
「……那須?」
「(そうだ。冷蔵庫にアイスあったな。食べよう)」
「聞いてるのかこのオタンコナスがぁ!」
ぼうっとしていた遥香の両頬をぐいっと引っ張りながら、三崎は言った。
「いひゃいいひゃい」
「私のスパイクの練習に付き合いなさいよ!」
「わかっちゃわかっちゃ」
遥香は汗を拭いて立ち上がる。
「ハルハル上手いから練習する必要ないのに、もう……」
「うるっさいわねぇ。なら私とレギュラー代わりなさいよ」
三崎はボールを何度か弾ませて感覚を確認した。
「やだよー」
「来年までにあんたより上手くなって顎で使って、やる!」
三崎のスパイクが打たれる。弾ける音がした。
「やれるもん、ならっと!」
それを危なげなく遥香は受け止め、そのボールをまた三崎に渡した。
「こ、の!」
「よいしょっと!」
いつもの練習光景だ。二人のハルカコンビはライバル心が強く、よくこうやって互いを高め合っていた。それを先輩や同輩、後輩は楽しそうに見つめ、自分達も頑張ろうと思う。結果的に彼女らは部活の雰囲気を良くすることに貢献していた。
何十本目かの練習を終えると、三崎はふぅと息を吐いて、遥香の元に歩み寄ってハイタッチする。
「やっぱハルハルはスパイク上手いよねぇ」
「ふふん。当然よ」
二人は同時に腰を下ろし、ドリンクを飲む。
「そ、そういえば、さ」
「んー?」
「聞いて、くれた?」
練習で赤くなった頬を、三崎は更に赤くさせる。そして自分の髪の毛の先をくるくるといじり始めた。
「……なんだっけ?」
「て、天広くんの、その……好み、とか」
遥香は出来る限り記憶を辿ったが、三崎にそのようなこと頼まれた記憶はなかった。
「頼まれてたっけ? ていうか、太陽の好みとか、マジ?」
「バディタクティクスの準決勝前の部活で頼んだでしょうが!」
「あー……そんな気がする。でも太陽の好みねぇ……それってハルハルが知りたいんだよね?」
「あ、当たり前でしょ! その、て、天広くん、かっこいいじゃない?」
「……マジ?」
「マジよ!」
遥香は三崎をまじまじと見た。
可愛いというよりは美人系。身長は遥香よりもやや高く、運動をしているだけあって、スタイルも良い。
「太陽にハルハルは勿体ないかな……」
「そんなのどうでもいいでしょ! 好み聞いてくれないなら、その、今度カラオケ行く段取り立ててよ!」
「えーめんどーい」
「あーんーたーはー!」
三崎はまた遥香の両頬をぐいっと引っ張る。
「太陽のろこがいいのしゃー」
ぱっと手を離し、もじもじと三崎は自分の両頬に手を当てた。
「その……みんなに気を配れるところとかかっこいいし、笑った顔とか最高に可愛いじゃん?」
「うわ……引くわぁ」
「なーんーでーよー!」
今度は遥香の頭をぐじゃぐじゃともみくちゃにしながら三崎は言う。
ぴこん。
天広太陽の好み、承知しました。テラスへ共有依頼完了。受信中……。
「は?」
リリィが急に現れ、メッセージを表示した。
「さっすが相棒! 早く教えて!」
ぴこん。
データ受信、コンプリート。三崎春風の相棒へ共有依頼。
「クレオ、お願い!」
ぴこん。
いえーすマイマスター! データ共有完了! 王子様の好み、展開しますね!
底抜けに馬鹿っぽい発言と共に、三崎の相棒は情報を表示した。
好みの年齢:0歳。
「……」
「……」
二人は無言になった。
「え、何これ」
遥香が呟く。
「バグ……いいえ、きっと0歳からってことね! 子供好きの天広くん素敵!」
恋は盲目……と言っていいのかはわからないが、少なくとも三崎にとっては好印象のようだ。
好みの身長:20センチくらい。
「……」
「……」
もう色々とおかしい、が。
「お腹の中にいるときから……いいえ、これから産まれてくる命を尊く思ってるのね、素敵!」
やはり三崎にとっては好印象のようだ。
好みの性格:テラスみたいな献身的な子。
好みの体格:テラスみたいな体格
好みの髪色:黒のロング
好みの食べ物:サイダー
「……」
「……」
ずらずらと出てくるデータに時おり現れるテラスという単語。遥香はため息をついた。
「テラスに聞いたのが間違いだったみたいよ、リリィ?」
リリィは頭を振ってため息をついた。
「そう、そういうことね……」
うん、と三崎は頷いて立ち上がった。
「私の恋のライバルは彼の相棒、テラスね! 絶対に負けないんだから! 燃えてきたわ!」
「は?」
「私、テラスに勝ってみせるわ!」
いやもうそんなこと考えてる時点で色々と負けてるだろう……とは遥香は言わなかった。
「ここに正詠と蓮呼びたいわぁ……」
恋の病に罹った友人を見ながら、遥香は呟いた。
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