第二章 穏やかな日々で

日常徒然/1

 僕の入院生活は多少のいざこざがあったものの問題なく終わり、また面倒な学生生活に戻ることになった。

 教室に入った途端、クラスメイトは騒ぎ立て、僕をぐじゃぐじゃにしてくれやがった。


「ちくしょう……朝からひどい目にあった」

「良かったじゃん、人気者の証拠でしょ?」


 遥香は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、僕の前の席に座る。


「人気者は大変だな」


 ぽすっ、と正詠は何かで僕の頭を軽く叩いた。


「何これ」

「休んでる間のノートだ。お前の苦手科目だけ貸してやるよ」

「ぐっ……さ、さんきゅーな」


 そうなんだよなぁ……一週間も休むと、勉強に付いていけないんだよな……。

 ぴこん。

 テラスの呼び出し音が鳴り、そちらを向くと。


「うわ、むかつくわぁ」


 テラスが表示していたのは、『怠け者のあなたにおすすめ、勉強を取り戻す方法!』、『大丈夫? 休みボケを治す方法百選』、『怠けたあなたに送る勉強方法』、『これだけやっとけ高校生!』だった。

 別に怠けて休んでいたわけでもないし、やる気がないわけでもないのだが。


「今日ホトホトラビットで教えてくれよぅ」


 すがるように二人に言うが、「無理」とあっさり答えやがった。


「なんでだよ……」

「黄泉の一団とかの奴らのせいで部活も禁止されてたからな。今日から激動の部活三昧だ」

「私もー」

「何よ! 僕の勉強よりも部活が大事だって言うの!? ひどい!」

「「当たり前」」


 がくりと肩を落として机に突っ伏した。


「もうだめだぁ、死ぬしかないんだぁ……」

「またコントしてんのか、馬鹿幼馴染ども」

「うわぁー蓮ちゃあん、僕を助けて欲しいぶひぃ」


 蓮と透子が僕らの近くに現れる。


「これ以上何を助けんだよ」

「べんきょー」

「テラスとよろしくやってろ、ばーか」


 蓮は言いながら近くの椅子に座り、それを見た透子もきょろきょろと辺りを見回してから適当な椅子に座った。


「それよりも優等生、あの話本当なのか?」

「ん? あぁ、そうみたいだな」


 蓮と正詠が話し始めた内容に、僕以外が少し残念そうに俯いた。


「なんかあったのか?」


 思い当たる伏しもないため聞いてみた。


「バディタクティクスの決勝戦、俺たちの勝ちなんだとよ」

「はぁ!?」


 驚きのあまり大声が出て立ち上がってしまった。


「なんで!?」

「太陽、落ち着け」


 頭を振って、正詠はため息をつきながら言う。


「だってあれはまだ決着が……」

「落ち着いて、太陽くん……」


 透子に言われ、渋々また椅子に座る。


「再戦予定だったんだけど、その……」

 言いづらそうに透子は正詠を見た。


「校内バディタクティクスの最低参加人数は三人だ。王城先輩達はそのメンバーを揃えられないから、棄権したんだ」


 そのとき、晴野先輩の顔が浮かんだ。


「晴野先輩、そんなに悪いのか?」

「……詳しくはわからない。今日あたり部活の先輩達に聞いてみる」


 正詠が辛そうに言うと、始業の鐘が鳴った。


「明日伝える」


 正詠はそう言って自分の席に戻っていった。


「正詠……」

「あいつから聞くのを待った方がいいな」


 蓮が言って、遥香と透子は頷く。そして三人も自分の席に戻っていった。


――□


 授業は思っているよりも進んでいて、僕は黒板に書かれていく謎の文字列を写すことしかできなかった。いや、そりゃ全くわからないわけじゃないんだけどね。


「もういやだ……」

「何だらけてんだ、お前」

「さ、太陽くん。次のところやるよ?」


 律儀にも蓮は僕の勉強を見てくれていた。というか、僕がホトホトラビットに押し掛けて、透子から勉強を教えてもらおうとしたら割り込んできた、が正しい。そして僕は気付いたのだが、勉強に関してはかなり透子はスパルタだ。


「正詠と遥香、部活がんばってるかなぁ……」

「太陽くん、そこ間違えてるよ」


 この通り、僕の独り言にすら反応しなくなってしまった。


「ちくしょう……今週でこんな勉強さくっと終わらせて、遊んでやる」

「太陽くん、ちゃんと集中して。そこは女王とかの人間の話じゃなくて、船の話だから。海外では船にクイーンとか女性の名前を付けることが多いの」


 こんなことを考えながら、僕は平和島透子お嬢様に三時間以上みっちりと勉強を教えられた。

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