想い出/9

 太陽は全てを話し終えると、涙を流した。


「僕は光を助けたかったんだ……それなのに……」


 太陽は言葉を紡ごうとするが、それ以上できなかった。

 その事実を自分が否定していたはずなのに、その事実を自分で肯定してしまいそうで。

 四人の胸に、あの悲しげな微笑みと、口にされた言葉が浮かんだ。


――でも、この事は太陽くんには言わないであげて。約束破っちゃうのは、嫌だから……


「僕は助けられなかったんだ……」


 太陽は自分の両手を見つめながら、体を震わせた。

 ぴこん。

 この場に似合わぬ呼び出し音をあげたのは、セレナだ。


 あなたは、何もわからぬ状況で私を助けてくれたではないですか。あの化け物から、あなたの〝テラス〟と共に。


 太陽の手に、その小さな手を添えセレナは太陽の目をじっと見つめた。


「テラスと……一緒に?」


 透子の相棒を助けたことは、太陽も覚えている。しかしその記憶にテラスの姿はない。

 ぴこん。

 次に呼び出し音をあげたのはリリィ。


 私たちがツルギと戦っていたとき、あなたと〝テラス〟は私と遥香マスターを助けに来てくれた。その姿にどれだけ勇気をもらえたことか。


 それも太陽は覚えている。テラスの姿は彼の記憶にないが、確かに遥香たちのもとに駆けつけた。

 リリィもまた、セレナのように手を添える。

 ぴこん。

 続いて、ノクトが。


 あんたは俺とマスターを見捨てなかった。見捨てても良かったのに、それなのにあんたと〝テラス〟は、俺たちを助けた。


 覚えている。あのとき助ける術をすぐに思い付かず、相棒と共に何も考えずに向かおうとしたことを。

 ノクトは手を添え、彼の顔を見て頷いた。

 ぴこん。

 最後にロビンが。


 思い出してほしい。痛みを恐れず、私のマスターを助けてくれたことを。あなたは恐怖を勇気に変えて、〝テラス〟と共に私たちを助けたことを。


 ロビンは手を添え、涙を浮かべる。

 忘れていない。忘れるわけがない。リベリオンに捕らえられたロビンを、自分の相棒と共に助けたことを。


「僕は……」


 あなたの勇気が。

 あなたの強さが。

 あなたの優しさが。

 あなたの決意が。

 いつだって私達を、助けてくれた。


「僕は……!」


 テラスはぽろぽろと涙を零しながら、太陽の手に頬を添える。


 マスター。大好きなマスター。泣かないで。あなたが大好きだった人もきっと、あなたが来てくれたことで、あなたが約束をしてくれたことで、救われたはずです。あなたが今なお覚えていることで、救われているはずです。だから、自分を責めないで。傷付けないで。


 光と似た姿をした相棒は、優しい涙を流し続ける。

 彼女が発した言葉は、まるで〝彼女〟が発したように錯覚するほどに温かい。きっと〝彼女〟ならそう言うだろう。きっと〝彼女〟なら、こんな自分を見て彼女のように涙を流すだろう。だからだろう、太陽の心からわだかまりが解れていった。

 その時、かちりと太陽の記憶は音を立てるように繋がれ始める。


「あぁ……そうだ。お前はサイダーが好きなんだ。お前は泣き虫で、よく笑って、僕と一緒に怒って、戦った……」


 タマゴの時、サイダーを見て物欲しそうにしていた。

 僕が馬鹿にされたとき、誰よりも泣いてくれた。

 仲間を助けようとしたとき、一緒に戦ってくれた。

 みんなと一緒に、笑い合った。


「テラス……そうだ、テラスだ。僕の相棒は……テラスだ」


 太陽は笑みを浮かべ、テラスを見た。


「おいで、テラス」


 テラスも笑みを返し、太陽の肩に乗り頬擦りする。


「ふざけないでよ……」


 しかしそんな中で、愛華は毒を吐く。


「それでもあなた達がにぃを傷付けたのは変わらないじゃない!」


 愛華は包帯の下から涙を流し、訴える。


「相棒なんていなければ……テラスなんていなければ、にぃはこんな悲しいことを思い出さずに済んだ! バディタクティクスなんかに参加しなければ、にぃがまた傷付くことなんかなかった! 全部あんた達が……全部あんた達が悪いんじゃない!」

「愛華……」

「だって光ちゃんは死んじゃったんだよ? 結局死んじゃったじゃん! それなら何で思い出す必要があったのさ! 思い出さなかったら。にぃだって幸せに生活できたもん!」


 愛華が言っていることはもっともだろう。

 〝結果〟は変わらない。それだけはどうしても変えられないのだから。


「いや、生きてるよ、きっと」


 しかしそれを否定したのは、太陽自身だ。


「だって、にぃが死んだの見たって……!」


 胸に手を当て、太陽はゆっくりと深呼吸をする。


「たぶん、生きてる」


 その言葉に、全員が息を飲んだ。


「確かに光はもうすぐ死ぬと言ったけど、それはきっと僕らが幼稚園のときから知っていたはずだ。でも、小学二年まで生きていられた。だったらきっと、まだ生きているんじゃないかなって、今なら思う。あの時、殺したと言ったのはあの男だ。今の僕は、もうそれを信じない」


 そんな言葉を聞いて、「ははっ!」と蓮は短く笑った。


「俺はお前の言う通りだと思うぜ! きっと天草ってやつは生きている!」


 そんな蓮を見て、正詠は頭を振りながらため息をつく。


「俺には正直わからん。だが、太陽。お前のこういうときの勘はよく当たることを知ってるからな。だから俺はお前を信じる」


 遥香と透子は一度顔を見合わせ、互いに頷いた。


「私も太陽が言うならそうだと思う!」

「私も、そう思うな……」


 四人には確信がある。

 あのときのテラスは、確かに自分を〝光〟と認めていた。ならば、天草が〝死んで〟いるわけがない。

 だから太陽が光の生存を口にしたことで、彼らは心の底から嬉しくなったのだ。光が言っていた約束はきっと、いつか果たされるのだと。


「何よ、それ……バッカじゃないの!」


 何も知らない愛華は、これ以上反論できなかった。

「お母さん、病室に連れてって! こんな人たちと一秒でも一緒にいたくない!」

「愛華……」


 太陽の母は話に一切付いていけず、何が正しいのかとおろおろとし始めた。


「母さん、私もさっぱりわからない。だから、太陽と愛華が退院したら、もっとゆっくりと話を聞こう。最初から、今までの話を」


 太陽の父は母の肩に手を置き、優しく語り掛けた。それに安心したように母は胸を撫で下ろし、「あとでちゃんと聞くからね」と太陽たち全員に釘を刺し、愛華を連れて出て行った。


「さて……」


 父は椅子から立ち上がった。


「家まで送っていくよ、四人とも。もう遅いからね」


 穏やかな笑みで父はそう言った。

 各々が礼を言いながら立ち上がる。


「みんな」


 そんな彼らを、太陽は一度呼び止め。


「また学校でな」


 にかっと笑って、太陽はテラスと共に手を振った。

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